シドの冒険   作:kamui00x

3 / 3
本物の戦い

「見つけたぞ、新種の魔人……! その禍々しい魔力、ここで完全に消滅させる!」

 

 先頭に立つ少年、シン・ウォルフォードが青い瞳を鋭く光らせ、漆黒の魔導杖をシドへと向けた。

 シンの背後には、数日前に帝国の魔人軍団を圧倒的な科学魔法で駆逐し、アールスハイド王国の最高戦力として世界の頂点に立ったはずの『アルティメット・マジシャンズ』が、一切の死角を排した完全なる陣形で浮遊している。

 彼らにとって、先の魔人討伐は輝かしい完全勝利の記憶だった。国を救い、英雄としての絶頂期にあった彼らの防衛網に、突如として牙を剥くような高密度のエネルギー反応が引っかかった。それが、迷宮(ダンジョン)から生還したシドの放つ、圧倒的な『マゴイ』の気配だった。

 異世界のシステムであるマゴイは、この世界の人間が感知する「魔力」とは質が異なる。しかし、その大気を引き裂くようなプレッシャーと、この世界のいかなる法則にも従わない異質の気配は、シンたちの目には「シュトロームをも超える、さらに凶悪な新種の魔人」の邪悪な魔力そのものに映っていた。

 

「……」

 

 シドは何も言わない。ただ、異世界の気配を色濃く纏い、敵意を剥き出しにして浮遊する少年たちを、冷徹な一瞥で見据える。

 手にした剣の刃には、先ほど宿した『バアル』の眷属たる証――八芒星の刻印が、青白い火花を散らしながら鈍く輝いていた。

 弁明の余地など最初から与えられていないことは、彼らの構えを見れば明白だった。

 

「やるぞ、みんな! 一撃で行動不能にする!」

 

 シンの合図とともに、十数人の魔法使いが一斉に動き出す。

 彼らはシュトロームの軍勢を滅ぼした時と同じく、無駄な魔法名も、古臭い詠唱も一切口にしない。ただ無言で、前世の科学知識を応用した圧倒的な速度と密度を持った熱線、真空の刃、絶対零度の凍結霧を、青年に向けて同時に解き放った。

 視界が光で埋まる。平原の地盤が数百メートルにわたって消し飛ぶほどの複合極大魔法。

 しかし、その爆炎の中から響いたのは、この世界の誰も聞いたことのない、天地を震わせる「真の詠唱」だった。

 

「『気高き狂気と憤怒の精霊よ、汝が身に我が魔力を宿して、地を這う雑兵どもに神の雷を落とせ』……!」

 

「なっ……なんだ、その呪文は……!?」

 

 シンの顔が驚愕に染まる。

 現代科学の効率を極めた彼らの世界において、「詠唱」とは魔力を無駄に消費する過去の遺物、あるいは理性を失った魔人が狂気の中で叫ぶ妄言に過ぎない。そんなものを、これほど堂々と、あるいは世界の法則そのものを書き換えるような圧倒的なプレッシャーと共に放つ存在を、彼らは知らない。

 

「『バアル』!!」

 

 シドが低く叫んだ瞬間、彼の持つ剣が眩い青白い落雷に包まれた。

 シドはまだ『全身魔装』すら使わなかった。手にした剣に、ジンの完全な姿を現すまでもない。ただ、剣の刻印から引き出した圧倒的な雷光を体内に巡らせ、純粋な『マゴイ操作』によって肉体の身体能力を限界以上に爆発させただけだ。

 

「ガ、ア……ッ!?」

 

 最初に吹き飛んだのは、最前列で最強の物理・魔法障壁を展開していたはずの、重装甲の魔法使いだった。

 シドが地を蹴った瞬間、音速を超えた衝撃波が平原を駆け抜けた。魔法使いが障壁の強度を認識する一瞬の隙すらお膳立てせず、青年の拳がその腹部にめり込む。

 ドゴォッ!! と、肉体が音を立てて折れ曲がり、彼は数百メートル後方へと弾き飛んで動かなくなった。

 

「アウグスト!? 嘘、速すぎ――」

 

「しまっ――」

 

 次々と、声なき悲鳴が上がる。

 シンの仲間たちは、世界最強の魔法使いの弟子であり、並み居る魔人を圧倒してきたエリートたちだ。しかし、彼らの近代的な科学魔法は「捉えられなければ意味がない」。

 シドの動きは、まさに落雷そのものだった。ジンの雷速を纏った肉体は、彼らの強化された視界から完全に消失していた。

 無言で放たれる追尾式の光弾も、シドの身体から放出される凄まじいマゴイの奔流――ただの生気の波動によって、着弾する前に霧散する。

 

「魔法じゃない……!? 魔力を、ただの質量のようにぶつけてきているのか!?」

 

 シンは目を見開いた。彼が知る魔法の理論が、一切通用しない。

 青年は魔法陣も作らず、属性の変化すらも、ただ「そこにある雷」を絶対的な規律で従わせているだけに過ぎない。

 ドカッ! バキィッ!!

 平原に、鈍い打撃音だけが響き渡る。

 シドは冷徹だった。殺してはいない。だが、戦闘不能にするための打撃には一切の手加減がなかった。肋骨を砕き、内臓を揺らし、意識を強制的に刈り取る。

 一人、また一人と、アルティメット・マジシャンズのメンバーが血を吐きながら地面に転がっていく。彼らが誇る無詠唱の即死魔法が放たれる前に、すべての間合いが「肉体言語」によって支配されていた。

 わずか数十秒。

 さっきまで魔人討伐の自信に満ち溢れていた最強の魔法使い集団は、シン一人を残して、文字通り「全滅」していた。死んではいないが、二度と立ち上がれないほどの重傷を負って、地面に伏している。

 

「みんな……っ!! よくも……よくもみんなをォッ!!」

 

 シン・ウォルフォードの理性が弾け飛んだ。

 前世の記憶を持ち、規格外の魔力を誇る異世界の主人公。彼は仲間の惨状に激昂し、自身の全魔力を解放する。周囲の大気が青く燃え上がり、空間そのものが自重で軋み始めた。彼が放とうとしたのは、都市一つを容易く消滅させる、全方位への「極大の物質分解爆発魔法」。

 

「……遅い」

 

一言。シドが呟いた瞬間、シンの視界が上下に反転した。

 

「が、はっ……!?」

 

 シンが魔法を放つ直前、シドの手掌がシンの顔面を捉えていた。

そのまま圧倒的な力で地面へと叩きつけられる。アールスハイドの英雄の肉体は、土煙を上げて激しくバウンドした。

 

「あ、が……物理、防御が、間に合わ――」

 

シンが必死に右手を掲げ、無詠唱でシドを吹き飛ばそうとする。だが、シドはその腕を容赦なく踏みつけた。ベキバキと、不快な骨折音が平原に響く。

 

「ひ、ぎゃああああっ!?」

 

天才と持て囃され、前世の知識で無双してきた少年の口から、情けない悲鳴が漏れる。

しかし、シドの猛攻はそこで終わらなかった。

シドはシンの上に馬乗りになると、その端正な顔面に向けて、マゴイを込めた拳を迷いなく振り下ろした。

 

ドゴッ!!!

「ぶふっ!?」

 

一撃でシンの鼻腔が砕け、鮮血が飛び散る。

ドカッ! バキッ! ゴカッ!!!

シドは無表情のまま、機械のように拳を叩き込み続けた。

そこに手加減や、物語の主人公に対する容赦など微塵もない。シンの顔面はみるみるうちに腫れ上がり、歯は折れ飛び、かつての面影などどこにもない、文字通り「原型がなくなるほど」に変形していく。

 

「が、あ、あ、お、おれ……が……なんで……」

 

意識が混濁し、初めて味わう「本物の暴力」の恐怖で涙と血を流すシン。

シドは、ボロ雑巾のようになったシンの髪を掴んで無理やり引きずり上げた。その冷徹な瞳が、シンの恐怖に染まった瞳を正面から射抜く。

 

「……おれを殺そうとしたんだ」

 

シドは、低く、重い声で言った。言葉数の少ない彼が、明確な意思を込めて放った言葉。

 

「殺される覚悟ぐらいあるんだよな?」

 

「ひ……っ……」

 

シンは声にならない悲鳴を上げた。

これまで、彼は「魔人」という明確な悪を倒してきた。しかし、それは圧倒的な安全圏からの魔法による駆除に過ぎなかった。自分が本物の暴力に晒され、理不尽に命を奪われる恐怖を、彼は前世を含めて一度も味わったことがなかったのだ。

目の前にいる男は、世界のシステム(魔法)の外側にいる。本物の、命のやり取りを知る戦士だった。

シドは拳を振り上げる。次の一撃は、間違いなくシンの頭蓋を粉砕する。

 

「一体なんなんだお前ら。いきなり襲ってきて」

 

シドの静かな怒りが、大気中の雷を再び激しく励起させる。

シンは完全に心を折られ、ただ死を待つしかできなかった。

 

「おっと、そこまでにしておきなよ。彼らも悪気があってやったわけじゃないんだから」

 

その時、緊迫した戦場に、あまりにも場違いな、のんびりとした声が響いた。

シドは動きを止め、声のした方向へ視線を向ける。

そこには、白い旅装束に身を包み、大きな杖を持った一本足の男が立っていた。緑色の長い髪、どこか浮世離れした穏やかな微笑み。

それは、シドをあの『迷宮(ダンジョン)』へと導き、ジンの力を授けるきっかけを作った張本人であり、ルフに愛された世界の創世の魔法使い――『マギ』のミランだった。

 

「……あんたか」

 

シドはシンの髪から手を離し、立ち上がる。シンは地面に崩れ落ち、荒い呼吸を繰り返すだけで動けない。

ミランは、周囲で転がっているアルティメット・マジシャンズの面々を見渡し、困ったように眉を下げた。

 

「やれやれ、手酷くやられたものだね。でも、死者が出ていないのは君の優しいところかな? ……ああ、彼らのことが気になるかい? 挨拶もなしに襲ってくるなんて、確かにマナー違反だよね」

 

ミランは杖をトントンと地面に打ち付け、シドに向かって微笑んだ。

 

「彼らはこの近くの国にある、『アルティメット・マジシャンズ』と呼ばれてる魔法使いのチームだよ」

 

「……アルティメット・マジシャンズ」

 

シドはその名を口の中で反芻する。彼にとっては、ただの傲慢な襲撃者の名前に過ぎなかった。

 

「そう。この世界じゃ、ちょっとした英雄さ。文字を使わない新しい魔法で、世界を脅かす『魔人』を倒して回っている。だからこそ……少し自惚れてしまったのかもしれないね。自分たちの知らない力――君が使う『マゴイ』や、ジンの金属器の輝きを、新しい魔人の脅威だと勘違いしてしまったんだ」

 

ミランはシンを見下ろし、小さく首を振った。

 

「彼らの魔法は確かに素晴らしい。だけどね、命を懸けた本当の『戦い』を知らないんだ。ただ効率的に魔力をぶつけるだけの彼らには、迷宮を突破し、ジンの試練を乗り越えた君の『覚悟の重さ』は理解できないのさ」

 

シドは何も答えず、ただ己の剣に宿る青い雷光を消し、鞘へと収めた。

戦う意思のない者をこれ以上痛めつける趣味は、彼にはない。

「さて、誤解は解けた(というか、物理的に解いた)わけだし、僕たちは行こうか。世界は広い。この国の人間の狭い常識に、君が付き合う必要はないんだからね」

ミランが歩き出す。シドはその背中に従うように、一歩を踏みした。

地面に倒れたまま、腫れ上がった目でその背中を見送るシン。

世界最強と謳われた少年は、ただ圧倒的な敗北感と、異界の戦士が残した「覚悟」という言葉の重さに、震え続けることしかできなかった。

シドは一度も振り返ることなく、再び世界の果てを目指して、歩みを進めていくのだった。

 それから数日後。

 シドとミランは、アールスハイド王国の王都から大きく離れた、緑豊かな街道を歩いていた。

 王国を去るつもりだったシドだが、旅に必要な最低限の物資や情報を集めるため、ミランの勧めで近くの地方都市へと立ち寄ることにしたのだ。

 その道中、前方の木々の隙間から、激しい金属音と、男たちの下卑た怒号が聞こえてきた。

 

「おいおい、お嬢ちゃん! 往生際が悪いぜ! 『アルティメット・マジシャンズ』の残党か何だか知らねえが、あのシン・ウォルフォードが新種の魔人にボコボコにされて意識不明なんだろ? 後ろ盾を失ったお前らなんて、ただの美味そうな獲物なんだよ!」

 

「くっ……! 下がりなさい、賊風情が! 私はアールスハイドの魔法使い、マリア=フォン=メッシーナです! あなたたちのような犯罪者に、屈するわけにはいきません!」

 

 勝気で、しかし明らかに満身創痍な少女の叫び声。

シドが木々の間から視線を向けると、そこには、数人の重武装した不逞の輩に囲まれた、美しい燃えるような赤髪の少女――マリア=フォン=メッシーナがいた。

彼女は数日前、シドがシンたちを叩きのめした戦場にいたメンバーの一人だった。運良くシドの直接的な一撃の軌道から外れており、衝撃波による軽傷で済んでいた彼女だったが、シンたちのまさかの敗北、そしてシンが意識不明の重体となったことで王国の防衛体制は完全にパニックに陥っていた。その混乱の隙を突いた無法者たちに、任務の帰り道で孤立した彼女が襲われていたのだ。

マリアは必死に無詠唱で光の弾を放つが、精神的な動揺とシンの惨状に対する恐怖がフラッシュバックしているのか、魔法の精度が酷く鈍い。賊たちはそれを嘲笑うように強固な盾で防ぎ、じりじりと彼女を追い詰めていく。 

 

「やれやれ、また『嵐』の予感だね」

 

ミランが隣で楽しそうに呟く。

シドは深くため息をついた。自分を襲ってきた組織の人間だ。助ける義理などどこにもない。

しかし、その少女の瞳の奥にある、恐怖に震えながらも決して折れようとしない「意志」の光が、どこか迷宮に挑む前の自分の渇望と重なって見えた。

シドは無言のまま、剣の柄に手をかけ、ゆっくりと歩みを進めた――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。