私、
正直自分でも不思議に思っているところはあるのだ。牛乳とスイーツとは切っても切れない関係にあるというのに、何故牛乳単品だと途端に苦手意識が顔を覗かせてくるのか。別にヨーグルトとかは平気なのに。
「飲まなければならない」っていう半ば義務感のようなものを感じているから、というのは間違いなく理由の一つにあると思う。
牛乳に含まれるカルシウムは骨の形成を促進するだけでなくその強度も高める。そしてそれは若いうちにしか作用しない。だからこそ今牛乳を飲まなければならない。予後が悪くなるから。
現に私には毎日1L牛乳を飲むというノルマがある。
義務感でやることほどつまらないものはない。スイーツを食べることは大好きだが、誰かに強制されて食べるスイーツをおいしく感じられるかと聞かれると……答えはノーだろう。それと同じ。
とはいえイチゴ牛乳とかは難なく飲めるし、結局は味の好悪の問題なのだろう。他の理由は後付けだ。最も尤もらしいものの寄せ集め。
「子供っぽい」って言われるのも、このせいなのかな。
さて、ここで問題。
何故私が今この話をしたのか。
答えは簡単。
今回お目当てのスイーツは、そんな苦手意識の克服に一役買ってくれるかもしれないものだからだ。
◇
「まさか、またここに来ることになるなんてね」
眼前に聳えるは無数の塔。その一つ一つに営みがあるというのだから恐れ入る。
大都会どころか未来都市、まるでSFの世界だ。
ミレニアムサイエンススクール。
キヴォトスの中では比較的新しい学園にもかかわらず、ゲヘナ・トリニティに並び三大学園の一角を担っているなかなかに凄い学園らしい。
最先端にして最新鋭。キヴォトスにおける新技術の大半はここで発明されていると言っても全く過言ではない。
かく言う私はかつて一度だけ訪れたことがある。他ならぬミレニアムEXPOにスイーツ部の皆で遊びに行ったものだ。
あの時は確かワニのペットロボを探したりしたんだったか(あれをワニと言い張る勇気は私にはないが。一体世界のどこに火を吐くワニがいるというのだ)。友達もできたし、まあ満足のいくものだった。
だがしかし、その時はあくまで学園内の観光にとどまっていた。こうしてミレニアム自治区を見て回るというのは今回が初めてのことだった。
どんな出会いがあるのか、今から楽しみだ。
◇
「……んー」
散策開始から約1時間。
困ったな、思ったよりも目新しいものが無い。
いやそりゃあ「新鮮」ではある。こんな近未来的な景色はトリニティでは絶対に見られないし、ミレニアムの学園内には無かった施設もあるにはあった。
だが、言ってしまえばそれだけだった。
もっと刺激が欲しい。非日常が欲しい。
「何か起きないかなぁ……」
そう呟きながら私は近くにあるコンビニへ寄った。なに、小腹が空いたからスナック菓子でも買おうとしただけだ。メインディッシュにはまだ早い。
店内は流石ミレニアムといったところか、最新の設備が備えられていた。ポップや値札は基本的に液晶上に表示されているし、陳列棚だって自動補充システムが組み込まれている。テレビも完備ときた。
「無人レジ……こんなのもあるのね……」
極めつけはこのセルフレジだ。指定のエリアに置いただけで会計してくれるという優れもの。
この自治区に住んでる子アルバイトとかどうしてるのかな……とか考えていると。
「……え?」
突然レジの液晶が暗転し、映像が流れ始めた。
私はこの手のものに疎いからよくわからないが……どうやらゲームの類いっぽい?
そういう演出……な訳ないか。
ならば新手のコンピューターウイルス?レジに感染するウイルスなんて聞いたことないけど……。
しばらくすると元に戻った。
「……?」
何だったんだ今の。
まあどうでもいいか。さっさと会計を済ませて店を出よう。……このレジ、袋に入れるのも自動なんだ。驚かされてばかりだな。
そうして帰ろうとした矢先。
店中のモニターが暗転した。
「どうなってるの……?」
一機だけならまだしも、ここまで来ると流石に恐怖が勝つ。
私は急いで店を後にした。
◇
「……何かしら、これ」
ある程度散策し終わったので、いざ目的地に向かおうとしたその道中。人通りの少ない高架下にそれはあった。
「落書き……?いや、それにしては凝ってるような……」
見たまんまを伝えるのなら、それは絵であり文字だった。恐らくはスプレーで描かれたのだろう。完成度が高く思わず目を奪われてしまう。
綺麗というよりは賑やかな感じがする。カラフルだし。色々色だ。
「V、E、R……VERitAS……ヴェリタス?」
知らない単語だ。この絵を描いたアーティストの名前とかだろうか?
こういうのをなんて言うのだったか……グラビティだったか?それは重力か。でも確かそんな感じの名前だったと思う。
バンドのロゴを作る時に少し参考にしたはずだ。
「……これ、許可取ってるの?」
町おこしプロジェクトというわけでもなさそうだし……色々と大丈夫なんだろうか?
……今日はなんと言うか、妙な出来事が多いな。
◇
小高い丘に建つ一軒の喫茶店。そこからは街を一望することができる……とまでは言わないが、まあいい眺めだ。ロケーションとしてはこの上ない。
その店内の窓際、街を見渡せるカウンター席には先客がいた。
髪は赤いお団子ヘアー。身長は大体私と同じくらいだろうか、小柄な方だ。その傍らにおいてある彼女のものと思われる銃はかなり派手なデザインをしている。……自分でペイントしたのだろうか?
「隣、いい?」
「……ん?ああ、いいよ。お構いなく〜」
……おや?
近くに座ってみてふと気づく。
彼女の着ているパーカー、その左側。つまり私から見える側。そこに見覚えのある文字列があった。
…………
「……ねえ」
「何?」
「これについて、何か知らない?」
私は撮っておいた高架下の絵の写真を赤髪の少女に見せてそう聞いた。
「あ〜!それ私が描いたやつだよ!」
ビンゴ。やはり彼女の作品だったらしい。ということはやはりあれはアーティストとしての名義だったのか。
「え?いや違うけど」
違った。じゃあどういう意味なんだこれ。
「ヴェリタスは私が入ってる部活の名前だよ。ミレニアム内ではそこそこ有名だと思うんだけど……あ、もしかして学外の人?」
彼女の説明によると、ヴェリタスとはハッカーが集まってできた非公認の部活らしい(非公認?)。ただ、ハッカーとは言っても悪いハッカーではなく、善良なホワイトハッカーとして活動することが部の指針なのだとか。
「へー。ハッカーにも色々あるのね」
「そうだよ。全員が全員悪ってわけじゃないからね」
「つまりあなたはあの一件とは無関係なのね……」
「?あの一件って?」
私は先ほどコンビニであった出来事を話した。
「──てことがあってね。ほんと、心臓に悪いったらありゃしなかったわ。あなたもそう思わない?」
「……アー、ウン。ソウダネー」
……なんだか彼女の目が泳ぎだしたような。
もしかして──
「そっ、それよりさっ!ほら、私のグラフィティどうだった!?見たんでしょ!?」
「えっ?ああ、そうね……。いや、良かったんじゃない?賑やかな感じで。私はそう思ったけど……」
「ふふん、そうでしょそうでしょ!私の得意分野だからね!ヴェリタスのロゴだって私が作ったんだよ?」
なんか露骨に話題を逸らされたような……。
しかし、ロゴか……。
「なんか、親近感感じるわね。私もバンドのロゴ作ったことあるし」
「本当!?ちょっと見せて?……おー、センスいいね!」
直球に褒められた。素直に嬉しい……のだが、やっぱり勢いがおかしいような?
なんだか誤魔化されてるような──
「そうだ!せっかくだし、この後一緒にグラフィティしにいかない?ちょうどいい壁が入っててね。きっと楽しいよ!」
ちょうどいい壁って何?恐らく真っ当な人生を歩んでいたら一生聞かないような単語が飛び出してきた。入ってるってそんな。朝市じゃないんだから。
「こちらご注文の品です。ごゆっくりどうぞ」
タイミングが良いのか悪いのか、ここで注文が届いた。
聞きたいことはあったが、まあいいだろう。
さて、本日のメインディッシュといこうか。
◇
インドなどの南アジアで親しまれている飲み物。ダヒーと呼ばれるヨーグルトをベースに作られており、その味わいは牛乳とヨーグルトを混ぜる比率によって変わる。
今回ヨシミが飲んだプレーン・ラッシーは牛乳の比率が高いためさらっとしたのどごしとなっている。プレーン・ラッシーとはそのままの味のラッシーのことである。
なお、ラッシーは果物を入れて飲むことも多い。
◇
「…………」
無言で頷いた。これはいい。
飲むヨーグルトのようだと聞いていたが少し違う。しっかりと牛乳の味がするにもかかわらず何の嫌悪感もなく飲める。
ちょっとした酸味がアクセントとなっているのだろうか、非常に飲みやすい。牛乳のような無機質さはどこにも無い。なのに確信を持ってこれは牛乳だと言うことができる。不思議なものだ。
付け合わせのチョコチップクッキーとの相性も抜群。レシピも簡単だし、これは使えるな……。
◇
奇妙奇天烈摩訶不思議な会話劇を経て、私は彼女の言うところの「ちょうどいい壁」についた。ちなみに「ちょうどいい壁」とはつまり、「グラフィティの許可が下りている壁」のことだったらしい。
ナツはどうも旅の思い出の方を重視しているらしいので、ならば断る理由は無いと了承したのだ。別に私も興味が無いわけではなかったし。
「失敗しても上から塗っちゃえばいいから、気軽にいくといいよ!」
着替えは済ませてある。ついでに防塵マスクも装備しておいた。
準備万端だ。
「ここを、こうして……こんな感じ?」
「そうそう、いい感じ!初めてにしては上手だね」
「そ、そう?」
「細かいところはスプレーを近くで噴射するとやりやすいよ」
「なるほど……」
「これってルールとかあるの?」
「うーん、基本は無いけど他の作品の上に重ねて塗るのはNGかな」
「そういえばさ、ロゴ作ったってことはバンドやってたの?」
「学園祭で少しね。私はギタリスト兼ビジュアル担当だったの。だからバンド衣装とかも用意してたわね」
「結構多才なんだね〜」
「それ、あなたが言う?」
そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。3時間くらいだったような気もするし、1時間にも満たなかったような気もする。
遂に完成した。
「よし!我ながらいい出来ね!」
描いたものは、バンド「シュガーラッシュ」のロゴ。特定を避ける為要所要所に変更点はあるが、大元は変わっていない。
「おお……これは、傑作だね!」
あの日の青春が、目の前にある。
完成した作品の写真を撮った後、今日はもうお開きとなるらしかった。
「誘ってくれてありがと。今日は楽しかったわ」
「こちらこそ、だよ!いいもの見させてもらったしね」
おっと、別れる前に。
「あなた、名前は?」
「へ?」
「名前よ。私はヨシミ。そういやまだ聞いてなかったなって」
「ああ」と、彼女はポンと手を叩く。あちらも忘れていたようだ。
「私は──」
「それはこっちから説明するよ」
彼女の動きがぴたりと止まった。
「……マキ、ちょっといい?」
◇
後日談、というか今回のオチ。
コンビニでの
しかも今回が初犯というわけではないようで、過去に何度も繰り返していたらしい。
それどころか趣味のグラフィティすら許可なしにところ構わず描きまくるからとても手を焼いてるのだとか。
ヴェリタスがホワイトハッカーの集まりだというのも半分は嘘のようで、実際はメンバーの4人中3人がマキのような問題児らしい。ちなみにこれらのことはチヒロさんに聞いた。苦労人にして常識人だ。
あと遡って言及しておくが今回の壁はちゃんと許可が下りていたから大丈夫だとのこと。よかった。犯罪の片棒を担がされたかと思った。
グラフィティは無許可ですると普通に器物損壊罪にあたるため、面白半分でしてはいけない。
嫌だろう?旅先からお土産ではなく、前科を持って帰ってくる友達とか。
その後はチヒロさんイチオシの観光スポットを巡って帰路に着くこととなった。
今回は前回とは別ベクトルのいざこざに巻き込まれることとなったが……
まあ
「楽しかったしいっか!」