満開の桜。一風変わった石畳。トリニティの「洋」とは全く違った「和」の世界。
「ここが──」
そんなことしなくてもこれからの言動で大体の人は察してくれるのだろうがわからない人もいるかもしれないので一応示しておいた。私達は知らない間にハイコンテクストな会話をしがちだがそれはあまり好ましいことではない。言葉にしなければ伝わらないというが、だからといって言葉ならなんでもいいというわけではないのだから。
事実として私は直近一ヶ月の間にそれが原因でかなり大きなことをやらかしてしまったばかりなのだ。自分では分かりやすく書いたつもりだったのだが、いやはや人間というのはわからないものだ。
そもそもわかりやすく書いたという考え自体が傲慢なものだったのだと言われれば水飲み鳥のように首を縦に振ることしかできない。しっかりと話し合えばあんなすれ違いは起きなかったはずなのだ。あのことについては深く反省している。それこそ、マリアナ海溝よりも深く。マリアナ海溝の具体的な深さは存じ上げない。
危うく廃部になるところであった。まあ別に廃部になったとしても大勢に影響はなかったのだが。今のは放課後スイーツ部なんてどうでもいいと言っていたわけでは断じてない。私が言いたいのは別に今生の別れとなるわけではないのだから最悪の場合廃部になっても構わなかったということだ。喫茶店にでも集まればいい。もちろん、だからといって今の部を大切に思っていないというわけではない。
また「大きなやらかし」だの「あのこと」だの、これを見ている人間が私の身に起きたこと全てについて事細かに知っていることを前提とした話し方をしてしまったことについて私は恥じておかねばなるまい。
遅ればせながら補足しておくとここで言う「やらかし」とは文化祭、もとい学園祭の時の一件のことを指している。結局概略したような形になってしまったがこのことについて詳しく説明するとそれだけで文章量が著しく膨れ上がってしまうためここは見逃してほしい。
つまり何が言いたいのかというと、私、栗村アイリはナツちゃんからの課題である小旅行の舞台に百鬼夜行連合学院を選んだということだ。
「課題」というとなんだか堅苦しい印象を受ける為、ここは「お願い」と言い換えておく。堅苦しいことを批判しているわけではない。また「お願い」という言葉を不当に軽く扱っているわけでもない。
◇
「……やっぱり、綺麗だなぁ……」
ところ変わって百鬼夜行連合学院領内某所の展望台。神木と呼ばれている巨大な桜の木が最もよく見えると評判の場所に私はいた。
本当に最もよく見える場所なのかどうかに関しては私の預かり知るところではない。ただ観光パンフレットにそう記されていたからそうなのだろうと判断しているだけだ。尤も統計を取ることなんてほぼ不可能に近いことだし取る意味もほとんどない。よく見えるかどうかなんて主観的な話だし。
客観的な話だったのならば取る意味があったのかと聞かれると弱い。そもそも客観的な話とはなんだ?栗村アイリはその手の問題にとことん弱い。あまりそういった思索に耽ったことがないからだ。ライブ感で生きている。ライブ感で生きている人のことを貶すつもりは全く無い。もっと言うと自分のことを卑下したつもりも無い。
……うん。やっぱり綺麗だ。
雑誌の写真やテレビのニュースなんかで見るよりも、ずっと。
ずっと鮮やかで、ずっと荘厳で、ずっと美しい。
通り抜ける風が、届いてくる花弁が、鼻を撫でる淡い香りが。
その一つ一つが、目の前にある神木の存在をより確かなものにしているようで。
それはやっぱり、綺麗だった。
遡って訂正しておくがテレビや雑誌、ラジオや新聞紙といったオールドメディアのことを劣っていると評価したつもりはない。いや、嘘だ。しっかりと優劣をつけていた。つけてはいたが特別劣っているとは評価していないししたつもりもない。
またオールドメディアという表現はその業界に属す人たちにとっては決して聞き心地の良いものでは無かったかもしれないためここは聞かなかったことにしてほしい。聞かなかったというよりは見なかったことにしてほしい。もっと言うと読まなかったことに。別に書き表しているわけではないが。
しかしそうなるとオールドファッションドーナツという名称がまかり通っているのも不思議な話だ。あちらには「昔ながらの」と言う意味合いが込められているらしいが(ナツちゃんから聞いた話だ。私は彼女の持つ知識については全面降伏的に信頼している)、
マーケティング的に問題は無いのだろうか?そりゃあ無いに決まっているのだけれど。
少々、というより大大話が逸れてしまったが栗村アイリが伝えたかったことはただ一つだ。実際には二つ三つくらいあるがともかく一つ。
この景色を眺めながら食べる三色団子はいつにも増して美味しく感じた。
◇
再びところ変わって私はとある喫茶店に訪れていた。場面が飛び飛びになって申し訳ない。だが平凡極まる道中をいちいち描写してしまっていては物語のテンポが悪くなってしまうだろうからこれについても許してほしい。平凡であることとテンポが悪くなることに因果関係があると声高に主張しているわけではない。相関関係はあるかもしれないが。
そしてそのとある喫茶店が何処なのかと問われればそれは当然百夜堂であると答えるほかなかろう。
当然と言ってしまったが故に、百鬼夜行連合学院内における百夜堂以外の全ての喫茶店の存在を栗村アイリは否定しているのだという悲しき誤解が生じてしまったのならばそれは何としてでもここで解いておきたい。他意は無かった。定番の店だったから「当然」なんて言葉を使っただけだ。
そう言いつつも栗村アイリは事実として百鬼夜行連合学院内にある百夜堂以外の喫茶店を知らない。ブランド力とはかくも恐ろしいものなのか。単に栗村アイリが浅学非才にして知らないだけという可能性もあるが。
百夜堂はその店名と立地からつい和風な飲食物しか売っていないと勘違いされがちだがそれは大きな間違いである。実際には割となんでも売ってある。具体的には喫茶店の範疇に収まる品ならばある。
故にパフェとかパンケーキとかクロワッサンとか、時期によってはシャーベットなんかも売り出されていたりするのだ。店主の方がそういうのに意欲的だかららしい。
とはいえこれくらいは常識の範疇だったかもしれない。百夜堂が和風なものしか売っていないと思っているのはお前だけだと言われてしまってはぐうの音も出ない。「ぐうの音も出ない」の「ぐう」は息が詰まった時の音が由来らしいが果たして反論できなかった時に本当に「ぐう」と言う人はどれくらいいるのだろうか。栗村アイリはそこらへんについては懐疑的だ。
また、さも百夜堂に来るのが初めてではないかのような物言いをしたが普通に初めてだ。特に実店舗に訪れるのは。百夜堂のスイーツを食べたこと自体はある。通信販売を使わせてもらった。
個人的には通信販売よりも実店舗に赴く方が好みだ。その場の雰囲気も合わせて楽しみたいタイプだから。かといって通信販売を利用している人に実店舗に直接赴いてから商品を得るべきだなんて強制するつもりはこの栗村アイリには毛頭ないということを明言しておく。
別にいいじゃないか。文明の利器にはとことん甘えるべきだ。楽に越したことはないのだから。だが昨今宅配サービスの普及により出不精の人が増加している件については快く思っていない節があるのもまた事実であるということもここに白状しておく。
耳の痛い話だ。そもそもこれだけスイーツを食べまくっている時点で不養生極まりないような気もしなくはないが。
それはそれとして、どうやらお目当てのスイーツが届いたようだ。それではいただくとしよう。
お目当てとはアイマスクのことではない。
◇
小豆餡を型に流し込み寒天で固めた和菓子。羊羹の一種であり、その中でも特に水分が多い。そのためつるんとした滑らかな食感を楽しめる。
羊羹の起源は中国にあるとされており、羊の
水羊羹が生まれた正確な時期は定かではないが、1764年〜1772年ごろに生まれたといわれている。
トリニティを中心として活動している放課後スイーツ部にとっては馴染みがないものである。
◇
驚くほど艶やかだ。一種の宝石といっても差し支えないかもしれない。和菓子は味ではなく見た目の華やかさを愉しむものだと言ったのは果たして誰だったか。味も大切だというのは言うまでもない。
が、そこについては全く心配していない。なんたって天下の百夜堂なのだから。
付属してある黒文字と呼ばれる菓子切りを使い、羊羹を左側から一口サイズに切り分けて口に運ぶ。
上品な味だ。甘さは控えめでひんやりしている。そしてなによりこの特徴的な食感、喉越しが実に新鮮で面白い。そしてここでの面白いとは「funny」ではなく「interesting」の意味合いが強い。
つるりとした餡子というのは私にとってはカチカチのプリンと同じくらい馴染みがないものなのだ。いや、プリンは元々固いものなんだっけ?栗村アイリの知識は曖昧だ。
じっくりと味わった。具体的には三分くらいかけて食べた。三分がじっくりの域に入るのかどうかの公的なデータはどこにも無いがとにかく存分に味わった。
とはいえ水羊羹一つだけを食べて帰るというのも惜しい。せっかくだからチョコミント
ふと見やれば、そこには水色の髪をもつ少女がいた。髪型は長い三つ編みが二つ。そしてその額には二本の赤い角が生えていた。
「チセ様だ……」
「和楽姫……今日も相変わらずお美しい」
チセ様?和楽姫?
はて、一体全体誰のことだろうか。
誰のことだろうかなんて白々しいとぼけかたをしてしまったが消去法的にも状況証拠的にも常識的にも水色の髪をもつ少女のことに決まっている。断言してもいい。
そんな彼女はというとどうやら座る席を探しているらしい。店内はかなり混んでいる、というかほぼ満員状態なのだが大丈夫なのだろうか。
ふと見渡すと窓際のカウンター席が空いていることに気づいた。良かった。これなら彼女が右往左往することは無さそうだ。まあもし空きがなかったら自ら席を譲るだけの話だったが。
しかし
「……?」
彼女はどういうわけか私のテーブルに相席してきた。
「…………」
そして私のことをただただ見ている。見ているというより眺めている?茫然自失、は少し違うか。ぼーっと私のことを見つめている。ただそれだけ。何かを注文するわけでもない。
「えっと……?」
喫茶店に来て飲食物を注文しないことを悪く言うつもりはない。そりゃあ店によってはお断りしているところもあるだろうが私個人としては別に気にするところではないと思っている。喫茶店にはそういう役割もあるにはあるのだから。あるにはあるというのは大抵ない時に使われることが多いがここは文字通りの意味で捉えてほしい。あるにはあるのだ。
だがそれはそれとして何故私を見つめる?そこには何もないぞ?栗村アイリという退屈極まる人間が存在するだけだ。見ていて面白いものではないと思うのだが。人間観察が趣味の人への否定ではない。
こちらとしてもそうじっと見られていてはどうにもいたたまれない気持ちになってしまうのだが。栗村アイリは人前に出ることが特段苦手というわけではないのだがここまで凝視されては話が変わってくる。どう変わってくるのかを上手く言語化する能力は生憎持ち合わせていない。栗村アイリは文学少女ではないのだから。文学に精通していない者は皆語彙力が低いなどという暴論を唱えているわけではない。
「チセちゃん……で、あってる?何をそんなに見つめてるの?」
「あなたを」
栗村アイリの自意識過剰というわけではなく、やはり私のことを見つめていたらしい。ではいよいよわからなくなってきた。何故私?もしくは存外大した意味など無いのかもしれない。偶々そこにいたから。偶々気になったから。それだけなのかも。
この世に存在する事象全てに意味や理由を見出そうとしてしまうのは現代人の悪癖とさえ言えるかもしれない。基本的に意味や理由など後付けのものなのだから……。今まで幾度となく自己検討と訂正を繰り返してきた栗村アイリだがこれだけは自信をもって言える。意味や理由はあってもなくても良い。
「……詠めた」
俳句?ここで?それとも川柳?川柳は季語が無いんだっけか。ならこれは俳句か。
「……うん。いい感じ」
それはよかった。何を感じ取ったのかはわからないがインスピレーションが得られたらしい。私を見たことによって。
「あなたも」
「……え?」
「俳句を詠めー」
初対面の相手に言うことかそれ?というか初対面か否かにかかわらず出会って五分と経っていない相手に俳句を詠むことを強制するか普通?
もちろん、再び栗村アイリの不勉強が祟った可能性もある。その道を行く人達にとってはこれくらい挨拶のようなものなのかもしれない。栗村アイリは知っていることだけしか知らない。
それよりも心の中で留めたとはいえ流石に口調が荒くなりすぎていたことはここに正式に謝罪しておく。そうしなければ話を続けることは難しかろう。
「お題は『春』」
さてどうしたものか。春がお題というのはありがたい。私は先ほどまで百鬼夜行連合学院の美しい景色を堪能していたのだから。
春日影……は違う。直接的すぎる。空を空として詠むのも同じくダメだ。桜吹雪は春の季語だったか?……恐らくはあっているはず。
「詠めました」
「…………」
どうだろうか?決して上手くはないが、かといって下手に詠んだつもりもない。はたして。
「……」
頷いている。つまり及第点には及んだということか。勝手な判断だが。
「旅人さん。この後予定ある?」
旅人……私のことだろうか。
「いや、特には……」
「それならお願いがあるの」
「今夜の祭り、一緒に巡らない?」
◇
今宵祭りが行われることなど当然私は知らなかった。確かに百鬼夜行連合学院は祭りで有名な自治区だ。だが肝心の祭りが行われる頻度がそこそこに高いためいちいちその全てを確認しようとしたことなど無かったのだ。だから今日開催されるという「百夜納涼祭」の存在も寡聞にして知らなかった(夏祭りのようなものらしい。春なのか夏なのかはっきりしてほしい限りだ)。栗村アイリは人並みに無関心である。
ちなみに今何をしているのかというとお立ち台の正面で始まりの儀の開始を待っているところだ。
彼女、
「!あれは……」
お立ち台にいたのはチセちゃんだった。巫女装束を身に纏い、
ここまで紆余曲折様々な横道に逸れてきたというのに御幣の解説だけを省くというのも筋が通らないので軽く説明すると、御幣とはいわゆる巫女棒のようなもので神様への捧げ物として扱われている。
なるほど。そりゃあ会えるわけだ。あの高さからなら周りがよく見えるだろう。
登り切ると「舞」が始まった。
「わぁ……」
美しかった。可愛らしかった。神秘的だった。情熱的だった。
月明かりに照らされて舞う様は、まるで神様みたいで。
そんな彼女に、私はただ見惚れていた。
──昼間とは別人みたい。
◇
「おまたせ〜」
舞が終わってから十五分ほど経った頃、彼女はそう言いながら合流してきた。服装は先ほどとは違い、ゆったりとした浴衣姿になっている。
「じゃあ、いこっか」
それからはチセちゃんと一緒に屋台を回った。
金魚掬いに挑戦したり、彼女の願いで共にわたあめを食べたり、射的で勝負してみたり。周りの目も気にせずに、気の向くままに楽しんだ。
そんな中ふと気になっていたことを尋ねてみた。
「……ねえ、チセちゃん」
「どうかした?」
「その、なんというか……どうして私だったの?」
「?」
「私とは初対面だったはずなのに、どうして私を祭りに誘ったのかなって」
理由なんてなくてもいい。わかっている。でも、やっぱりどうしても聞きたくなった。彼女の口から聞きたかった。本音を知りたかった。
「んー、なんとなく?」
「一緒に巡れたら楽しいだろうなって。なんとなくそう感じたから」
祭りは続く。まだまだ続く。花火だって、まだ打ち上がっていない。
この奇妙な運命が結んだ縁も、時間も、まだまだ終わらない。
だけど、この物語は。このやけに冗長な随想録はここでおしまい。後のことはご想像にお任せする。「言ひおほせて何かある」という話もあるしね。
それじゃまた、約束の日に。