約束の日。
万年遅刻常習犯の彼女といえど今回ばかりは遅れていられない。なんせ皆がどんなスイーツを持ってくるか分からないのだから。鮮度維持に難があるものならば一分一秒が命取りだ。
なるべく最高の状態のものをいただきたい身としてはそうなっては困る。故に彼女は珍しく集合時間の十分前には部室に着くよう家を出発したのだ。
そうしておおよそ予定通りの時間に着くと、そこには予想外の先客がいた。
「おや……?」
パステルカラーのピンクと紫。流星群をあしらったような特徴的なショットガン。そしてどこか遠慮がちな背中。
部室の前でためらうように右往左往している彼女の名は──
「やあやあ。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「うぇ!?ナツさん!?いつからそこに!?」
──
トリニティ総合学園の自警団に所属する一年生であり、度々スイーツ部のメンバーと一緒になっている彼女達の友達(尤も、一緒になる時は成り行き的なものがほとんどだ)。
部室に直接訪れるようなことは決して珍しいことではない。だが今は連休中。何故誰もいない可能性が一番高いような時にここへ?
「どうしてここに?もしや、カズサに挑戦状を?」
「あぁいえ、そういうわけではなくてですね……」
彼女は手に持っているものを胸の辺りまで持ち上げ言った。
「その……
どうやらお菓子を共有しに来たらしい。これもまた別に珍しいことではなく、あの日以来ちょくちょくあることだ。この前は一日十個限定のスイーツセットだったっけか。
「なるほどね。そういうことなら大歓迎だよ。いや、そうでなくともいつでも遊びにきてくれたまえ。君は私達放課後スイーツ部の仲間なのだから」
そう言いつつも、ナツは頭の中で全く別のことを考えていた。
──恐らくだが偶々珍しいお菓子を手に入れて、せっかくだからと
だってそれは、あまりにも出来すぎているから。
そんなことって普通ある?狙いでもしない限りは起きないと思うんだけど。
つまり、偶然ではなく必然。多分あの日あの時の喫茶店で、彼女は近くの席に座っていたんだろう。そして私の話を聞いた。だから今、こうしてここにいる。
もしかしたら喫茶店にいたことすらも偶然では無かったのかもしれない。それよりも前から私達のことを見かけていて、それでも声をかけられなくて。後を追う形で入店した可能性も──
…………いや、これは邪推か。
それを言うのならこの思考自体邪推だ。大体必然か偶然かなんてどうでもいい。些細な問題だ。
「……時に君、この連休中は何を?私の予想では、旅行にでも行っていたんじゃないかと思うのだけれど」
「……やっぱり、ナツさんには全部お見通しなんですね」
なに、人とスイーツは多いに越したことは無い。
せっかくなのだ。彼女の思い出にも、耳を傾けるとしようじゃないか。
「私を誰と心得る?」
ナツはキメ顔でそう言った。
◇
「お待たせー……え、宇沢?」
「お邪魔してます!
「部室に来る途中に会ったんだー。せっかくなら、と思ってね」
「よし、全員揃ったみたいね。それじゃ早速お披露目会といきましょうか」
「私のはこれ!ちゃんと人数分あるからね!」
「これは……牛乳かな?」
「そうよ。ラッシーっていうらしいわ」
「もしかして、私が牛乳好きなのを覚えてくれてたのかな?」
「……そういやそうだったわね、あんた」
「がーん……忘れられてた」
「私は水羊羹!すっごく不思議な感じがするんだよ」
「そういえば、皆さんあまり和菓子とか食べられてませんよね」
「まあ場所が場所だからね。どうしても洋菓子に偏ってしまうのだよ」
「良いセンスだね」
「あんた、アイリが選んだものなら大体そう言うじゃない」
「事実でしょ」
「そうだけどさ……」
「これが私の。でも後で切り分けないとね」
「おお!綺麗ですね!まるで王冠みたいです!」
「本当だね。この匂いは……バターケーキ?」
「ご名答。流石アイリだね」
「ところで、このスイーツの名前はなんですか?」
「フランクフルタークランツ」
「何て?」
「我が幻のスイーツを見るがいい!」
「……パッと見た感じは普通のチョコケーキみたいだけど」
「ふふん。見た目は平凡でも、味は極上だよ。きっと忘れられないひと時になるだろうさ」
「今更だけどなんで皆宇沢の分までちゃんと買ってきてるの?いや、私もだけどさ」
「なんとなく来るだろうなって」
「う〜ん……レイサちゃんだから、かな?」
「皆さん……!」
そうしてスイーツ部のメンバーは一通り紹介を終えた。次はレイサの番だ。必然的に。
「レイサちゃんも旅行に行ってたんだ!凄い偶然だね!」
「はい!二日間くらいトリニティの外へと……。そして、これが私のスイーツです!」
◇
古代ローマが発祥の地とされているカスタードプディング。その成り立ちについては諸説あるが、腸詰から派生したものだとも言われている。
今回レイサが持ち帰ってきたものはメキシカンフランのような固いタイプ。コンデスミルクの濃厚な味わいが特徴。
見た目はチーズケーキに似ているが当然チーズは使用していない。
またアイリの疑問に答えておくと、プリンの原型であるプディングは本来固いものである。
◇
全てのスイーツをまとめて、皿盛りデザートとなった旅の名残を前に、彼女達は思い思いに語り始めた。
それぞれの思い出を。非日常的な日常を。
「まあとにかく、とんでもない
「流石、ミレニアムの悪戯は規模が違うね」
「学園からしたら不名誉極まりないと思うけど」
「でも、グラフィティっていうのは素敵な趣味だと思うな〜。そういうの、ちょっと憧れるかも」
「最近はグラフィティを体験できる施設もあるみたいよ。気が向いたら行ってみるのもアリかもね」
ある者は
「なんだか不思議な子……ちょっとナツちゃんみたいだったかも?」
「ナツみたいな、ねぇ」
「突然『俳句を詠め〜』なんて言われちゃって」
「即興で俳句作れるアイリもアイリだけどね」
「でも、お立ち台の上では別人みたいだったの。今まで見てきた人の中で一番綺麗だったし、一番可愛かったし、一番神秘的だった。……凄い人だった」
「あの、杏山カズサ?大丈夫ですか?なんかすごい複雑そうな顔してますけど……」
ある者は和やかに。
「トリニティも大概だけど、ゲヘナは別ベクトルで魔境だった。まさか動くパンケーキに会うとはね」
「……大袈裟に話してます?」
「まさか。ナツじゃあるまいし」
「え?」
「まあでも、チアキさんのおかげでなかなか楽しめたよ。ゲヘナも思ったよりは悪くないかも」
ある者はまことしやかに。
「──あの時は、本当に死んだと思ったね。今振り返ると何を冷静になっていたんだか」
「ナツちゃん……死なないでね?皆揃ってこその、放課後スイーツ部なんだから……」
「本当よ!勝手にいなくなったりしたら承知しないんだからね!」
「ナツさんはもっと自分を大切にした方がいいと思います……」
「……でも、無事で良かった」
「心配かけてごめんね。大丈夫。もうこんな無茶はしないから」
またある者は
そして何の因果か、最後に残ったのは再び彼女。幾つもの星を纏う少女。幸せそうに微笑む君。
一体何を語るのだろうか。
「レイサちゃんはどこに行ってたの?」
「はい!私はですね──」
──しかし、それは私達の知るところでは無い。
この物語はあくまでも「放課後スイーツ部」にまつわるものなのだから。いくら仲が良かったとて、彼女は自警団の人間。
語られることは無い。
だが、一切触れないというのも気の毒な話だ。
故に彼女の旅に相応しい名をつけ、この物語を終えることとする。
その名も──
エトワールフィラントは
きらびやかに
それじゃ、またいつか。