2018年11月4日、18時7分。
ひろしは双星大学病院に逃げ込んでいた。
病院に治療を期待していたわけではない。
もちろん病院がまともに機能しているなら入院を選んでいただろう。
だが、ここは呪霊と泳者が跋扈する死滅回游の結界内だ。
医師も看護師も患者も避難したか、あるいは命を落としたか。
そのどちらかである可能性が高い。
ではなぜ、病院へ逃げ込んだのか。逃走に使っていた車が、突然消えてしまったからだ。
2018年11月4日、17時39分。
エンジンが唸る。ひろしは傷だらけの肉体でハンドルを握り締め、新宿の街を走っていた。
バックミラーへ視線を投げ、レジィの影がないか探る。やはりいない。だが安心はできなかった。
あの男は不気味だった。奇天烈な格好。紙を燃やして物を呼び出す術式。
そして、その見た目からは想像もつかない実力。あのまま戦っていたら間違いなく負けていた。
いや、勝負なら既についていたと言っていい。
助かったのは偶然だ。レジィが追って来ないのも、単なるきまぐれだろう。獲物ならいくらでもいるからだ。
今は術式なのか幸運なのかすら窺い知れない。
ただ結果として、生き延びている。
それだけだった。
「はぁ……はぁっ……」
呼吸のたびに胸が軋む。腹部の鈍痛は消えない。
額から流れた血が目元へ垂れ、視界の端を赤く染めていた。それでもアクセルを踏む。今は1メートルでもレジィから離れなければならない。
――直後、不意に身体が浮いた。
「……え?」
目の前で起きた事象が、頭の処理を完全に追い越していた。ハンドルが消える。座席が消える。
車体が消える。エンジン音が消える。 身を預けていた感覚の全てが、一瞬で消失した。
「く、車が……消えっ!?」
ひろしは反射的に呪力で全身を硬化させた。
頭で考えるより先に身体が動いた。咄嗟の受け身。
それだけは呪術師として染み付いていた。
次の瞬間、アスファルトへ叩きつけられる。
激しい衝撃が全身を突き抜けた。視界が回転する。
地面を何度も転がり、ようやく停止した。
「〜〜〜〜!!!……がはっ……!」
肺から空気が絞り出される。何が起こった?
口の中に鉄臭さが広がった。何で消えたんだ?
レジィから受けた傷へ、更なる追撃を受けたようなものだった。
しばらくの間、ひろしは起き上がれなかった。
様々な痛みが渾然一体となり襲いかかる。
――ひろしは知らなかった。
「再契象」で召喚した物体は、式神に近い性質を持つ。その特徴は以下の3つ。
・簡単な命令を与えることができる。
・命令を実行した後は、すぐに消滅する。
・命令を与えなければ、比較的長時間存在させ続けることが可能。
運転や使用を続ける行為は「命令の実行」とみなされるため、長時間の持続はできない。
11月12日にレジィ・スターは伏黒恵と交戦する。
その際にスクーターで伏黒恵を追うが、長距離を走っているのではなく、比較的短い距離で伏黒恵の待つ体育館まで辿り着いている。
「移動命令を実行された物体」の限界は、1キロ前後が妥当と見ていいだろう。……話を戻そう。
「なん……でだよ……」掠れた声が漏れる。
返事はない。瓦礫の転がる道路と、人気の消えた街並みだけがそこにあった。
立て、起きろ、寝るな。
ひろしは歯を食いしばりながら身を起こす。
頭がぼんやりする。失血が酷い。
このまま倒れていたら、出血多量で死んでしまうだろう。
だが、こんなところで終わるわけにはいかない。
オレにはみさえがいる。しんのすけがいる。
ひまわりがいる。シロがいる。頼れる仲間たちがいる。
そして、広との約束もある。負けてたまるか。
ひろしは重い首を動かした。滲む視界の先に、巨大な建物が見える。
白い外壁に規則正しく並ぶ窓。
病院の看板。……双星大学病院だった。
「病院……」
思わず呟く。まともに機能しているとは思えない。
それでも壁がある。屋根がある。身を隠せる。
今のひろしには、それだけで十分だった。
ふらつきながら歩き出す。一歩、また一歩。
「ぐぅうっ……!」歩くだけで足腰が悲鳴を上げる。
途中で膝をつく。それでも立ち上がる。
地面へ落ちた血が、自分の辿ってきた道を示していた。やがて正面玄関へ辿り着く。
自動ドアは沈黙し、動く気配はない。
ひろしは両手で扉を押し開けた。
ひんやりとした空気が流れ出てくる。受付は無人。
待合室にも誰もいない。壁のポスターだけが色褪せずに残されていた。
かつて大勢の患者や医療従事者が行き交っていたはずの場所は、今や巨大な空洞のようだった。それでもひろしは安堵する。
少なくとも、今ここにレジィはいない。
ひろしは近くの長椅子へ深く沈み込んだ。荒い呼吸を整えながら天井を見上げる。
止まった時計に沈黙する院内放送。薄暗い照明。
ようやく考える余裕が生まれる。あの車は何だったんだ。
どうして、自分は車を出せたんだ。
ひろしは長椅子に背を預けながら、重くなった頭で考える。
レジィとの戦いを思い返した。
紙を燃やすと物が出る。レジィは何度もそれを繰り返していた。
包丁に工具に日用品。そして最後に、自分の指に張り付いた1枚の紙切れ。
燃やした瞬間に車が現れた。偶然とは思えない。
偶然で済ませていい現象でもない。現状を打破するため、分からなくてはいけないことだった。
「……オレの術式か?」
小さく呟く。だが、根拠がないわけではなかった。
ひろしは目を閉じた。あの時の呪力の流れを思い返す。
紙が指に張り付いた瞬間、燃えた瞬間、そして、車が現れた瞬間。
そこには確かに呪力の動きがあった。レジィのものとは違う、別の呪力の流れ。……間違いない。
逃げるのに必死で気づかなかったが、あれはオレの呪力だ。
思えば、車が消えた後、倒れたまま痛みに耐えている間も、消えた辺りに自分の残穢が微かに残っているのを感じていた。
つまり、あの車を出したのは――
「あれはオレがやった……のか」
声に出してみる。すると、急に現実味を帯びた。
夢じゃない、幻覚でもない、車は自分が出した。少なくとも、その可能性は高い。なら、それならば。
「レジィと同じ術式なのか……?」
ひろしは額を押さえた。頭が痛い。傷口だけではない。考えることが多すぎる。だが今は止まれない。
もし本当にレジィと同じような術式ならば今の状況をひっくり返せるかもしれない。
ひろしは身体を起こした。脚が震える。喉が渇く。視界も少し霞んでいる。だが、それでも歩く。
受付を抜け、朦朧としながら院内を探索し始めた。病院は異様なほど静かだった。
機械音もない。
人の声もない。ひろしの乾いた足音だけが廊下へ響く。処置室は空、ナースステーションは荒らされている。救急カートと引き出しは開きっぱなしだ。
……肝心な物資は、全く残っていなかった。
「……マジかよ」思わずぼやきが漏れる。
包帯もない。消毒液もない。鎮痛剤らしきものも見当たらない。持ち出されたのか、略奪されたのか。
どちらにしても、今のひろしには困る話だった。
救急キットを入れたリュックがあれば。
そう思って、すぐに首を振る。あれは備蓄食ごと、レジィの部屋の玄関に置いてきたままだ。取りに戻れるわけもない。
廊下の壁へ手をつく。力が抜けそうになる。
傷は増えるばかりだ。血は止まらない。まともな治療も受けられない。このままでは、本当に死ぬ。
そんな折、1つの考えが頭をよぎる。レジィは紙を燃やして物を出していた。
そして、自分も紙を燃やして車を出した。
あの紙は領収書だった。購入した物品が、書かれた通りに出てくるのではないか?もしそうなら、レジィの出した物にも、奇抜なファッションにも合点がいく。
ならば、病院の中にある領収書を使えばどうなる。
ひろしは顔を上げた。ここは病院だ。
薬の領収書くらい残っていてもおかしくない。
もしも、薬の領収書があれば。
「薬が出せるかもしれない……」
それは希望だった。同時に賭けでもある。
だが今のひろしに選り好みしている余裕はない。
足を引きずりながら歩く。壁に寄り掛かりながら、少しずつ院内の奥へ奥へ進む。
会計窓口に事務室。そして保管庫。紙の束が散乱している。避難の最中に放置されたのだろう。
書類棚も荒れ放題だった。ひろしは手近なファイルを引き抜く。
領収書、納品書、請求書、診療明細書。様々な紙が混ざっている。
その中から薬品関係らしい書類を探す。震える指先で紙をめくる。
ようやく見つけた。薬品購入の領収書だった。
「これだ……」安堵の笑みが溢れる。
ひろしは領収書を慎重に摘まみ上げた。
痛み止めでもいい。止血剤でもいい。
今の自分に必要なのは、どうにかしてこの身体を動かし続ける手段だ。偶然だったが、車は出せた。
なら薬も出せるはずだ。ひろしは領収書へ呪力を流した。紙が燃える。次の瞬間。目の前に医薬品が現れた。同時にひろしの瞳に希望の火が灯った。
「出た……!」
思わず声が漏れる。やはり車は偶然ではない。 術式は存在した。
しかも、自分にも使えた。
ひろしは止血剤を手に取った。
さらに別の領収書を燃やす。消毒液、包帯、ガーゼ。
薬品購入の証明があるものは、確かに現れる。
レジィの術式と同じだ。少なくとも今はそう見えた。
ひろしは急いで傷の手当てを始める。
血を拭い、消毒液をかけ、包帯を巻いた。しかし。
消毒液は傷口にかけたそばから霧散するように無くなり、患部に巻いたと思った包帯はいつの間にか消えた。ひろしの胸中に、絶望が膨らんでいく。
出した車はすぐに消えてしまった。消毒液も、包帯も消えた。
出したものは、すぐに消えてしまう。
ならば、リレー形式で短時間で術式の効果を発動させ、領収書と呪力の続く限り治療行為を続けるのはどうだ。
頭では上手くいかないと分かっていても、やってみるしかない。
ひろしは目当ての領収書を必死に探した。そこで視線が1枚の領収書に止まる。
輸血用血液製剤。大量失血した今の自分にとって、これ以上ないほど魅力的な紙だった。
ひろしは迷わず呪力を流した。
領収書が燃える。目の前へ輸血パックが現れる。 赤黒い血液が袋の中で揺れていた。
希望が胸に灯る。失った血液を戻せばいい。すぐに消えてしまうとしても、この量さえあれば。だが、
その希望は、すぐに現実へ引き戻されてしまう。
「……どうやるんだ?」再び壁に当たってしまう。
輸血パックへ鋭い視線を注ぐ。血液はある。
だが、それだけだ。針は?ルート確保は?接続は?
ひろしに輸血に必要な知識はない。
ひろしは呪術師であって、医師ではないからだ。
手当てと輸血では話が違う。仮に必要な器具を全て揃えられたとしても、この状態で自分自身へ安全に処置できるとは思えなかった。
(家入がいたら、この状況でも何とかなった……!)
家入硝子。高専所属の医師。他者に対して反転術式による傷の治療が出来る、数少ない術師。
医師免許を取得してる彼女なら、特殊な状況下での輸血も何とかなっただろう。だが、今はいない。
ひろしは壁へ背を預けた。視界が揺れる。死神がゆっくりと近づいてくるような気がした。
術式は成功した。輸血パックだって出せた。だが、それだけだ。出せることと、治せることは違う。
どれだけ高度な医療機器が目の前にあっても、それを扱う人間がいなければ、意味はない。
今の自分が欲しいのは物品じゃない。治療だ。 結果だ。生き延びるための状態そのものだ。
「くそっ……」拳を握る。だが力が入らない。
血が足りない。意識が遠い。身体が冷える。
それでも、術式だけは成功している。
その事実が余計に絶望的だった。
ひろしはゆっくりと床へ座り込む。足元には、使い道を失った輸血パックが転がっている。
周囲には領収書や書類が散乱している。さっきまで希望に見えていた紙束は、生還を諦めろと突きつける死亡届に見えた。血はどんどん抜けていく。
「駄目だ……」掠れた声が漏れる。
「これじゃ……助からない……」
その事実だけが重く圧し掛かっていた。
ひろしは床へ散乱した領収書をぼんやり眺めた。
徐々に瞼が重くなる。頭が働かない。
失血の影響だった。眠れば楽になれる。
そんな危険な誘惑が、意識の隅から忍び寄ってくる。頭上で死神が甘い言葉を囁いている気がした。
ひろしは瞼を閉じる。みさえの顔が浮かんだ。
続いてしんのすけ、ひまわり、シロ。騒がしくて、面倒で、それでも失いたくない大切な日常。
『13日まで生き延びて』『19日以内に点を獲って』
脳裏へ蘇った言葉に、ひろしはゆっくり目を開いた。まだ終われない。
こんなところで死ねない。
広について何も知らない。高専の情報も得られていない。
ここで倒れれば、本当に何一つ残らない。
「死ねるかよ……」弱々しい声だった。
それでも確かな意思があった。ひろしは壁へ手をつきながら再び立ち上がる。足取りは重い。
だが完全には止まっていない。何か見落としている。そんな感覚が残っていた。
薬を出せた。道具も出せた。輸血パックも出せた。
術式そのものは成功している。失敗しているのは、その先だ。
それが術式の限界だとは思いたくない。
ひろしは再び、事務室の書類棚を漁り始めた。
領収書、納品書、請求書、薬剤購入票。
1枚ずつ内容を確認しながら仕分けていく。その途中で手が止まった。
診療明細書。
患者へ発行される会計明細書だった。
何気なく目を通す。そこには、先ほどまで見ていた薬剤領収書とは、異なる言葉が並んでいた。
緊急輸血一式、創傷処置、縫合処置。術後管理料、ICU管理料。
ひろしは眉根を寄せる。
薬品名ではない。商品名でもない。病院が行った医療行為の記録だった。
そこで思考が止まった。
いや、正確には、初めて繋がった。
薬剤領収書は商品の購入記録だ。だから薬が出た。
輸血パックが出た。包帯も出た。では診療明細書は何だ。
ここへ書かれているものは、商品じゃない。
処置だ。患者が実際に受けた医療行為そのものだ。
営業職として何度も見た。世の中には、物を売る契約もあれば、結果に対価を支払う契約もある。
病院は後者だった。患者はメスを買うわけではない。
ガーゼを買うわけでもない。治療を受ける。
その結果へ対価を支払う。ひろしは手元の診療明細書を見下ろした。
もし、もしもこの術式が契約内容を再現する類のものだとしたら。
薬剤領収書から商品が出たように、診療明細書からは、別の何かが再現されるのではないか。
「まさか……な」自分でも荒唐無稽だと思う。
だが他に手はない。何もしなければ死ぬ。
なら試すしかなかった。
ひろしは1枚の診療明細書を抜き取る。
そこへ記載されていたのは、「緊急輸血一式」。
ひろしは強く紙を握った。そして、ゆっくりと呪力を流し込んだ。
紙が燃える。すると目の前にもう1つ、輸血パックが現れた。
ひろしはため息を吐いて項垂れた。
「やっぱりか……」
まずは同じ。薬剤領収書の時と、全く変わらない。
輸血パックは物だ、血液製剤そのものだ。
術式でそれが再現された。……だが、しかし。
刹那、身体の奥で、どくんと違和感が走った。
「……?」どくん、どくん、どくん。
ふらついていた視界が、僅かに安定する。
呼吸が楽になる。冷え切っていた指先へ血が巡り始めていくのを感じる。
ひろしは眉をひそめた。
輸血などしていない。針も刺していない。血液も体内へ入っていない。なのに、身体は回復している。
偶然か?たまたまか?奇しくも、自分と適合する血液型だったからか。
そこまで考えたところで首を振った。いや違う、そんな都合のいい話があるか。
2つの輸血パックは、どちらも手つかずのまま転がっている。
オレは何も使っていない。オレは何もしていない。
それなのに身体だけが変化している。ひろしは次の診療明細書を手に取った。
もしかしてこれも……?
「創傷処置一式」
迷う理由はない。紙へ呪力を流す。
灰に変わると同時に、傷の痛みが変化した。完全には消えない。
だが、確実に和らいでいる。出血も弱まった。
「……は?」間の抜けた声が出た。
ひろしは傷口を見る。包帯は出ていない。ガーゼも出ていない。
縫合器具も出ていない。
それなのに、結果だけが現れている。
心臓が高鳴る。これは偶然では説明できない。
さらに別の診療明細書を掴む。
「ICU管理料」
呪力で燃やす。視界が鮮明になる。
「輸液管理」
呪力で燃やす。乾いていた身体が潤う感覚。
「疼痛管理」
呪力で燃やす。全身を苛んでいた激痛が遠のく。
ひろしはそこで、ようやく確信した。
商品ではない、薬でもない、器具でもない。
診療明細書から再現されているのは、処置を受け終わった後の状態だ。
しかも、身体から消えない。
出した物は消える。だが、癒えた傷が消えることはない。
物は手段にすぎず、結果は身体の状態そのものだ。
「そういうことか……」腑に落ちた感覚を言葉にする。
営業職として駆け回った日々。
契約書、保険、販売。全てが一本に繋がった。
不揃いだったそれらの記憶が、吸い寄せられるように確信へと収束していく。
薬剤領収書は商品の購入記録だった。
だから商品が現れた。診療明細書は医療の記録だ。
だから受けた結果が再現された。ひろしは書類の山へと視線を巡らせた。
緊急輸血一式、創傷処置、術後管理。
集中治療管理。それらは全て、患者が支払いを行った医療の記録だ。
そして再現されるのは道具ではない。
その先にある、結果を再現していた。
診療明細書を燃やした時に、最初に輸血パックが出たのは、「一式」に製剤代が含まれていたからだ。
見積書の「一式」と同じで、材料費と作業費は、別に計上される。これなら、これなら……!!
「まだ助かる……!」
ひろしは手当たり次第に診療明細書を集め始めた。
「外傷手術一式」「輸液管理」「術後管理」 1枚ずつ確認し、必要なものだけを選ぶ。
無闇には使わない。何が起きるか分からない以上、後で使えそうな手札は残しておくべきだった。
紙を燃やす度に肉体が回復していく。
その代わり、呪力が確実に削られていく。契約には対価がつきものだ。
治る代わりに、呪力が減る。
失われた血液量が補われる。傷が癒えていく。
意識が落ち着く。呼吸が整う。
もちろん無傷ではない。服は血塗れのままだ。
身体の奥には疲労も残っている。だが。さっきまで死の淵に立っていた男とは、まるで別人だった。
歩ける、考えられる、必要なら戦える。 ひろしの肉体はそこまで回復していた。
「た……助かったぁ……」
その言葉は自然に漏れた。 安堵と共に全身から力が抜ける。
2018年11月4日、20時32分。
極度の緊張が解けた反動だった。ひろしは空いていた病室へ向かうと、ベッドに腰を下ろした。
静かな病院。誰もいない夜の病室。
肉体は癒えても、摩耗した精神まで癒えることはない。命を繋げた今、休む必要があった。
(ようやく術式の正体が分かった。契約の再現だ)
オレは骨の髄まで営業マンらしい。ひろしは苦笑しながらも、その身に刻まれた術式に感謝した。
ひろしはゆっくり横になった。眠気が押し寄せる。
抵抗する気力も残っていない。意識は深い闇へ沈み込んでいく。ひろしは泥のように眠った。
そして夢の中で、命懸けで探し求めていた少女と、再び出会うことになる。