誰にも負けない圧倒的な力があっても、命を賭けて戦うのは怖いって話。 作:ヴォルステン子
この世界で生まれた子供にとって、15歳の誕生日はめでたくも何でもないだろう。
何故なら、特別な力を所持しているどうかを審査する「選定の儀」を受けさせられるから。
この儀式によって、特別な力ーー魔力があると認められれば、魔物と戦うために魔法養成機関に送られてしまう。
……本人の意思など関係なしに。
しかし、子供達の中には、魔物と戦うことを望む異常者もいるらしい。
魔物に破壊される世界を守りたいと考えたり、魔物に殺された両親の復讐がしたいと考えたり。
噂によると、物心ついた時から、魔物と戦わされるために育てられる奴もいたり。
理由こそ違えど、好き好んで殺し合いをしたがる奴らがいるそうだ。
だが、少なくとも、俺は違う。
本気で、人間を滅ぼそうとしている化け物と戦うなんて真っ平ごめんだ。
俺という人間は、とことん小物。
危険な目には遭いたくない。
もっと言うと、外に出る事なく家に引き篭もる、血生臭い戦闘とは無縁の生活を送りたい。
一日中ベットの上で、ゲームを楽しむ日々を送りたいだけ。
(戦うのは嫌だ。戦うのは嫌だ。戦うのは嫌だ。戦うのは嫌だ。戦うのは嫌だ。戦うのは嫌だ……)
「……合格! この者は合格である!」
けれど、不幸にも、俺には魔法の才能があった。
選定の儀で合格してしまったのだ。
そんな俺は親元を離れて……魔法の才能を持つ奴らが集う魔法養成機関に送られる運びになったのだが。
はっきり言って、そこでの生活は地獄だった。
日本を守るためってお題目を掲げて、人体の改造を躊躇なく行う。
投薬、実験、洗脳、なんでもござれ。
人間としての権利が無くなった俺達は、文字通り何でもされた。
その末、改造に成功した奴らから、最前線に投入されるって訳だ。
当然ながら、その過程で死ぬ奴もいる。
身体を弄くり回される負荷に耐え切れずに死ぬ奴もいれば、過剰なストレスで自殺する奴もいる。
生き残った奴だって、悲惨なもんだ。
元の人格を持ったままの奴なんて殆どいない。
大体の奴が、異形の化け物と戦うための人格にチューニングされて、出荷されていく。
魔物と戦うための兵器に仕立て上げられて。
そうやって魔法養成機関に作られた奴らは、化け物みたいなもん。
歳は取らなくなるし、体が欠損しても生えてくるし、身体能力はスーパーマンみたいになる。
加えて、人体実験を通じて、痛みに対する耐性もついてるから、腕を切り落とされたって、下半身が吹き飛んだって、何も感じなくなる。
こんなの、もう人間とは呼べないよな。
実際に、普通の人間と区別するために、ウィザードって名称すら付けられているし。
……まぁ、人類が滅びる瀬戸際なんだから、しょーがないかもしれないな。
そこまでしないと無限に湧いてくる魔物に対抗できないし、受け入れるべきかもしれん。
しかし、俺は絶対に嫌だったので、魔法養成機関から逃げ出した。
スタコラサッサと尻尾を巻いて。
「脱走者を確保する!」
「チクショー! 俺一人くらい居なくなったっていいじゃんか。頼むから、放っておいてくれよっ!」
もちろん、追っ手を差し向けられたが、自分の魔法を使って逃げおおせる。
自慢ではないが、魔法養成機関の同期の中でも、俺はトップの成績を叩き出していた。
それも、一度も改造を行われていない状態で。
要するに、素のスペックがとんでも無かったのだ。
魔法養成機関のお偉いさんからは、100年に1度の天才だって言われたこともある。
けれど、嬉しくは無かったな。
だって、才能があるって事は、それだけ期待されちまうって事で。
強い魔物と戦わされるって事だから。
ともかく、無限に出てくる追っ手を退けた俺は、安息の地を見つけて引き篭もる。
俺が辿り着いたのは、とある山の奥地にあった、こぢんまりとした山小屋。
そこは外界とは遮断されている……訳じゃなかったが、そこそこ安全な場所。
インフラが整っていない点が嫌ではあったが、誰も近寄らないのは良いポイントだった。
そして、俺は誰とも関わる事なく、極めて自堕落な生活を送る。
年がら年中、山小屋に引き篭もり、眠くなったら寝る。
飯は川魚を取ったり、山菜を食ったりするので、人里には降りない。
その上、スマホやパソコンなんてないため、外部の情報を一切遮断していて。
だから、なのだろうか。
いつの間にか、人の世界が終わっていた事に……全くもって気がつかなかったのは。
とある日、山小屋に魔物が現れた。
本来ならば、最前線にしか居ない筈の奴らは、平穏な暮らしを享受していた俺に牙を向く。
幸いな事に、魔物は雑魚だったため、容易く殲滅できたが、異常事態が起きてるのは明白だった。
一体、人里で何が起きているのか。
気になってしょうがなかった俺は、久しぶりに人里に降りる。
都市部を訪れると明らかに異常だったため、情報を求めてネットカフェに転がり込む。
次いで、パソコンを起動して、某動画配信サイトを開く。
急上昇ランキングを覗くと、「初めまして、人類の皆さん」というタイトルと。
黒髪姫カットの女性が笑みを浮かべているサムネイルの動画がトップに君臨していた。
動画時間はたったの3分で、数時間前に投稿されたのにも関わらず、その動画の再生数は何百万。
「初めまして、人類の皆さん。私は魔物を統べる王……略して、魔王と申します」
カメラに向かって丁寧にお辞儀をした女性は、サムネイルと何も変わらない笑顔を浮かべている。
そんな彼女の後方に写っているのは、蒼色の炎が燃え盛る国会議事堂。
俄には信じ難い光景だけれど、CGじゃない。
「既にご存知だと思いますが、ゴブリンやオーク、他にも多種多様な魔物によって、日本の主要都市を制圧した騒動がつい先日発生しましたよね。単刀直入に言うと、先ほど述べた異形の化け物を率いる長が、魔王たるこの私なのです」
魔王を自称する女性の述べる言葉には現実味がなく、嘘であるかのように思えるが。
各種テレビ局やニュースサイトは、東京陥落に関する報道を繰り返している。
その上、各種SNSでは都市に住む家族や友人の安否を心配する投稿で溢れかえっていた。
更に、ネット上に投下された動画に写っているのは男性がラミアに丸呑みにされていたり……など、どれも見るに堪えない残酷な光景ばかり。
それら全てが現実のモノ。
夢でも幻でもなく、魔物という名の化け物は、仮初の平和を維持していた日本を侵食した。
俺が人との関わりを避けている間に、日本は魔物との戦争に敗北してしまったのだ。
「私たちの目的はただ一つ。この地球に住む主要な知的生命体を滅ぼすこと。理由や動機についてお答えすることはできません。日本が提案した和平交渉に応じる心算もありません」
魔王の表情は依然として笑顔のままであり、声色もどこか温かみを感じるもので。
……人類に対する敵意は一切感じられない。
寧ろ、現状を楽しんでいるようにも見えた。
「但し、今すぐあなた方を滅ぼすつもりはありません。これより私が提示する二つの条件を遵守すると約束してくれるのであれば、10年の猶予を差し上げようと考えています」
「一つ、日本と他国の接触を禁じます。二つ、日本本土に対する諸外国による武力行使を禁じます」
「これらを遵守した上で、日本に在住する人間の手によって私の討伐が成された場合、私の配下による侵略活動を終了すると、ここに宣言します」
「しかし、これら二つの条件を反故にしたり、10年の間に私を殺せなかった時は……わざわざ口にしなくても分かりますよね」
魔王は端正な顔を歪ませて、口元に薄気味悪い笑みを浮かべる。
その瞬間、彼女はストラテジーゲームを攻略するような感覚で、人類を滅ぼそうとしている……と、確信した。
「魔王率いる魔物の動向が気になる方はチャンネル登録と高評価をお願いします。それでは次の動画でお会いしましょう。それでは皆さん、さようなら」
心の底から楽しそうに笑い、画面の向こうにいる俺達に向かって手を振った魔王の姿を映し、動画は終わる。
何が起きているのか、さっぱり分からない。
ちらっとネットカフェの外を見てみると、辺りを跋扈しているのは大量のゴブリン。
現代的な街並みに相反する存在が闊歩していて、ミスマッチにも程がある。
奴らは逃げ惑う人々を何処までも追い回し、男性は殺して、女性は襲う。
わざわざ言うまでもなく、地獄絵図。
現実離れした光景を目にして頭がおかしくなりそうであったが、何とか平常心を維持する。
そこそこ修羅場を潜ってきた俺は、冷静さを失ってしまう事が悪手であると、理解していたから。
そうして、色々と考えた末に。
「よし。山の奥で、死ぬまで引き篭もろう! 魔王と戦うなんて、ゼッテー無理!」
という、結論を出した。
どこまで行っても、俺は小物。
この状況で行動できる胆力なんて、微塵も無い。
魔王を倒して、世界を救おうだなんて大それた考えを持つ訳ない。
確かに、俺は魔法が使える。
並大抵の魔物を蹴散らし、魔法養成機関のウィザードを退けられる、力を有している。
だが、それでも、怖いものは怖いのだ。
人生に、コンテニューなんか存在しない。
一度でも死んでしまったら、ゲームオーバー。
俺という存在が消えてしまう。
それが、何よりも恐ろしくて仕方なかったから。
過酷な現実から目を背け続けて、食料が尽きるまで山の奥で籠城すると、心に決めた。
それからは、あっという間。
ベストプレイスで食っちゃ寝していると、瞬く間に数年が経過する。
人がやってくるみたいなイベントもなく、淡々と時間が過ぎていき。
まだまだ食料や水に余裕はあったものの、一つの問題が浮上した。
……魔物の出現頻度の増加である。
これまでも、魔物が襲ってくることがあったものの、目に見えて頻度が多くなっているのだ。
最初は月に一回程度だったのに、今となっては2日に1回は山小屋に押し寄せてくる。
それも、馬鹿みたいに大量に。
正直、これでは山の奥に住むメリットなどない。
俺は魔法養成機関の追手に見つかったり、魔物に襲われるのが嫌だから隠れていただけで、自給自足する生活が好きなわけではないのだ。
一体、どうするべきか。
山の奥に居座り続けるべきか、多少のリスクを覚悟して人里に降りるか。
葛藤してから、1週間。
ようやく、俺は人里に降りる覚悟を決めた。
「………はぁ〜、怖ぇなぁ。さっさとベストプレイスを見つけて、引き籠ろっと」
人間にも魔物にも会わないように身を潜めながら、歩みを進める。
幸いにも、俺が隠れ住んでいた山奥よりは魔物の数が少ないように感じた。
やはり、魔物はファンタジー的な生き物なので、近代的な場所よりも田舎の方が好むのだろうか。
そう考えると、勇気を出して人里に降りた判断をして良かったと思えるな。
「グゲゲゲ」
「ガガ、ギギギ」
とは言っても、数が少ない訳じゃない。
井戸端会議をする主婦のように街角で談笑する姿を見る程度には、魔物の個体数が多くて。
反対に、人間の気配は全くしない。
建造物はどこもボロボロであり、生活感は皆無。
人間の血によって出来た赤いシミが路上にあり、ここで起きた惨劇の跡も残っている。
もしかして、人間は全滅したのだろうか。
一度考え始めてしまうと、ネガティブな想像が際限なく膨んでいく。
なんだか怖くなってきたので、いっそ探索を切り上げて適当な場所に引き篭もろうか。
でも、せっかく勇気を出したのだから、住む場所を妥協するのも何か嫌だ。
そんなこんなでたどり着いたのは、至極普通の公立高校。
小学校と中学校、共に不登校だった俺とは、一切縁がない場所だった。
案の定、正門側にはゴブリンがうじゃうじゃいるので、裏門からこっそりと入る。
いざ校内に入ってみると、魔物まみれの外に比べて、異常なほどに静かだった。
教室内の机や椅子がぐちゃぐちゃに倒れてたり、血生臭い匂いが漂っていたり。
過去の諍いの跡は残っているものの、俺以外の誰かが訪れた痕跡は一切ない。
これならば、期待できる。
用務員室など備品が置いてある場所に向かえば、色々と物品が手に入るかもしれない。
そう考えて、期待に胸を膨らせていると。
「なんだ? 魔物じゃねぇといいなぁ」
不意に、気配を感じる。
何者かが、こちらに近づいてきている。
物陰に隠れながら、来訪者の様子を伺うと、己の目を疑った。
ヴィザードの制服を着た長い黒髪の少女が、脇目も振らずに全速力で走っていたのだ。
それも、馬鹿でかいドラゴンを引き連れて。
「……マジかよ」
思わず、心の声が漏れる。
十分な広さのある校庭でドラゴンと対峙する少女は、大立ち回りを見せていた。
時に跳躍し、時には躱し。
なんて見事な身のこなしだろうか。
流石は、魔物と戦うために生み出された存在。
俊敏な動きにドラゴンは翻弄されており、彼女の体に触れることすら出来ない。
……あの子、かなり強いな。
戦い慣れしていて、実戦経験は豊富そうだ。
「……っ!」
けれども、状況は良くない。
見たところ、少女は怪我をしている。
明らかに右足を庇いながら動いており、攻撃を回避するので精一杯。
ドラゴンに攻撃したくても出来なさそうで。
遠目で見て分かる程度に疲労の色が見える上、動く速度が露骨に落ちていた。
このままだと、彼女は……。
助ける、助けるべきだよな。
傍観者である俺が何もしなければ、あの子は最悪な目に遭ってしまうのだから。
でも、怖い。
恐ろしくて、足が震えてしまう。
何度でも言うが、俺の根っこは小物。
魔物と戦う責務からも逃げ出し、両親の安否を確認しようともせずに、山奥に引き篭もったクズ。
あらゆる物事から目を背け、嫌な事から逃げ続ける人生を送ってきた。
こんな奴が助けに向かった所で、何が出来る?
ドラゴンは、多分強い。
戦った事はないけど、見た目の圧力は半端ない。
今まで雑魚狩りしかしてこなかった俺では、勝てないかもしれない。
そう考えると、ビビって動けなくなる。
たとえ自分に特別な力があったとしても、命を賭けて化け物と戦うのは怖い。
そもそも、数年前だって、何人もの人を見殺しにしてきたじゃないか。
なのに、いまさら善人面するのは無意味。
ヒーロー気取りで他人を助けようとして命を捨てるのは、愚かな行為である。
だから、助けるのはやめよう。
いつも通り、目と耳を塞いで見て見ぬふりをしていれば、やがて終わる。
その後に、何も無かったと自分に言い聞かせれば、全部忘れるに違いない。
そう心に決めて、隠れようとすると。
目を閉じる前に、少女と目が合ってしまった。
「お願い、助けて……!」
耳を塞ぐ前に、届いてしまった。
少女が、俺に向かって助けを求める声を。
「ち、畜生……行きたくねぇなぁ」
そして、馬鹿で間抜けで偽善者な俺は……後先考えずに動き出してしまったのだ。
◇
「No.025。魔力の値は正常で、身体機能は以前よりも5%ほど向上」
地面も天井も壁も真っ白な部屋で、真っ白なベッドに横たわる。
そんな私の体には、無数のケーブルが接続されていた。
「定期検査、終了。直ちに訓練に向かえ」
いつもの検査が終わると、体からケーブルが引き抜かれていく。
私は研究員の顔を見る事なく、部屋を出て行って訓練室に向かう。
少し前まで、私は普通の人間だった。
いつも通り、起床して。
いつも通り、両親と朝ご飯を食べて。
いつも通り、朝のランニングをして。
いつも通り、授業を受けて。
いつも通り、神に祈りを捧げる。
変わり映えしないが、心が満たされる日常。
特別な事は起きない日々を過ごしていた。
けれども、急に終わりを迎えてしまった。
他でもない……選定の儀によって。
「この者は、合格である!」
そう告げられた時、歓喜に打ち震えた。
私は、選ばれた。
神に仇なす異形を始末する栄誉を与えられたのだ。
この世界には、魔物と呼ばれる存在がいる。
数年前から出現した、人を喰らう異形の怪物。
近代兵器が通じない魔物を倒せるのは、魔法と呼ばれる未知の力だけ。
故に、私たちの国では魔法の素質がある子供達を集めている。
全ては、国を守る兵器である「ヴィザード」を作り出すために。
「足を止めるな! そんな体たらくでは、魔物には勝てんぞ!」
「「「「はい!!!」」」」
魔法養成機関で行われる訓練は、苛烈極まりない。
上層部が考案したトレーニングによって、限界を超えた負荷がかけられる。
倒れても吐いても、お構いなし。
落伍者には罰が与えられて、乗り越えた者には更なる鍛錬が与えられる。
食事も行動も管理されており、好きなものを食べたり、自由に外出する事は許されない。
それでも、苦しくなかった。
神の土地を荒らす化け物を殺すためならば、苦が苦では無いから。
「それでは……肉体改造を開始する」
魔物に対抗できる肉体を作るため、身体中を弄くり回される。
外付けの動力である魔導コアを埋め込まれて、魔法に適する改造を施される。
自らの速度を上げる魔法を使う私は、肉体強度を上昇させる改造がされた。
手術に痛みがないとは言えど、自分が自分じゃなくなる感覚は気持ち悪い。
それでも、嫌ではなかった。
神の代行者としての、力を手に入れることが出来るから。
極め付けは、精神の最適化も行っている。
魔物と戦えるような心を持たない子供の人格の矯正をしているのだ。
純粋な心を持つ少年に、魔物への加害心を植え付けて、残忍な性格に変えたり。
虫も傷つけられない少女に、両親を魔物に殺された過去を植え付けて、復讐心を生み出したり。
魔法養成機関は、魔物と戦える戦力を生み出すためならば、何でもする。
それでも、私は何もされなかった。
神への信仰心を抱く私は、精神の最適化を施す必要がないと判断されたから。
その結果、私は立派なヴィザードとなり、前線へと投入される……筈だったのだが。
魔王と名乗る存在が、日本の首都である東京を陥落させて、事態は急変した。
私を含めたヴィザード達は防衛のため、日本各地に派遣される運びになったのである。
そして、ヴィザードになった私が、第4基地に派遣されてから一年。
日本は、滅茶苦茶な状態になっていた。
魔王によって支配され、そこら中に魔物が蔓延る地獄と化したのである。
「……この世界に、神なんていない」
そうして、理解してしまった。
神は、人が作り出した偶像にすぎない事を。
ため息を吐きながらも全速力で走る私の後ろには、赤い鱗を持つドラゴンが付いてきていた。
今日は、最悪の日だった。
突然現れたドラゴンの襲撃を受けて、第4基地を放棄する運びになって。
多数の民間人、諸々の物資、主戦力のヴィザード、私たちを使役している軍人達の移送をする。
ここまででも、命懸け。
何度も死にかけたけど、下された命令は完璧に遂行してみせた。
「ドラゴンを討伐しろ。如何なる場合であっても、撤退は認めない」
その果てに、上官はそう言い残して逃げていった。
第4基地に残された戦力では、ドラゴンには勝てない事を知っていながら。
要するに、私達は死ねと命令されたのだ。
ドラゴンの足止め要因として、彼らの保身のために、人身御供にされた。
「本当に、神がいるのならば。何故、何もしてくれないのですか?」
私は常に最善を尽くしてきた。
命令には忠実だったし、与えられた任務は何でも遂行した。
でも、無駄でしか無かった。
私一人の手で救える人々の数には限りがある。
何の罪を犯してない善良な人間は、無慈悲にも魔物に食い殺されていく。
それでも、神は現れない。
奇跡が起きたりはしない。
偶像は、何もしてくれなかった。
「絶対に、死んでやらない。あたしは生き残ってやるんだから……!」
「……私も、死にたくない」
私の他に、取り残されたヴィザードは2名。
どちらも、戦意は無くなっていなかった。
自分を奮い立たせて、ドラゴンと必死に戦う。
そこには、確固たる意思があった。
魔法養成機関に植え付けられた偽物の意思ではない、本物の意思。
「……ドラゴンは、私が引き付けます」
「ちょっと、何してるの!?」
「待って、いかないで……」
そんな二人の姿を目の当たりにした私は、ドラゴンの囮を買って出た。
戦闘の最中に負傷した右足を引き摺り、ドラゴンとの追いかけっこを始める。
何故、命を捨てるような真似をするのか。
その理由は、単純明快。
彼女達に生きて欲しいと思ったから。
第4基地と一緒に不用品として廃棄された、もう戦えない状態のヴィザードの子達を守って欲しかったから。
「グルルルルルァ!」
私を追いかけるドラゴンは、炎のブレスを吐いたり、飛びかかったりしてくる。
そういった攻撃を避けるために、魔法を用いて自分の体を加速させる度、動きが鈍くなってしまう。
戦うために調整されているとは言えど、魔法を使えば負荷がかかるし、魔力も減っていく。
限界は、すぐそこだった。
「……っ!」
名も知らぬ高等学校の校庭に侵入した私は、ドラゴンと対峙する。
もう逃げる体力も、気力も残っていない。
後は、殺されるのを待つだけ。
覚悟を決めて、死を受け入れれば良い。
信仰は、無駄でしかなかった。
神のために肉体を捧げた事に、意味は無かった。
この世界に、希望なんてない。
魔王が支配する世界で生きていたって、良いことなんて起きないと断言できる。
それなら、ずっと苦しみ続けるくらいなら、誰かのために死んだ方が良い。
そう、思っていた筈なのに。
どういう訳か、体が動いていた。
無意識に、攻撃を回避する。
炎のブレスを跳躍して躱し、尻尾による叩き潰しを横にスライディングして躱す。
無我夢中になって、ドラゴンの猛攻を躱し続ける。
私は、何をしているのだろうか。
こんな事しても、無意味。
少しだけ生きる時間が伸びるだけ。
どうせ、殺されるのは変わらないのに。
でも、それでも。
「死に、たくない」
思わず、心の声が出てしまう。
……そうだ。
本当は、死にたくなんてない。
魔物と戦う兵器にされて、捨て駒にされて、ドラゴンに喰われる。
そんなの、絶対に嫌だ。
だって、私はまだ幸せになってない。
本当は、ずっと我慢していた。
美味しいご飯を食べたいし、温かい布団で眠りたいし、友達と遊びに行きたい。
何よりも、誰かを好きになった事すら無いまま、死ぬなんて嫌だ。
兵器として死ぬのではなく、人間として生きていたい。
そう思いながら、救いを求めた私は……高校の校舎の中で人影を発見する。
校舎の中にいる人が、ヴィザードかどうか、戦えるかどうかは分からない。
けど、言わずにはいられなかった。
「お願い、助けて……!」
懇願するように助けを求めた、次の瞬間。
「うおおおおおおおお!!!」
校舎の窓ガラスを突き破りながら、一人の青年が校庭に向かって飛び降りてくる。
その行動に、躊躇は無かった。
「ギィィィィィ!?」
刹那。
ドラゴンが甲高い声で叫ぶ。
いつの間にか、青年が巨大な体躯に乗り移り、背中に剣を突き立てていた。
痛みに耐えかねたドラゴンは抵抗するが、少年は目にも止まらぬ速さで動き、容易く回避する。
男子にしては長い黒髪に真っ赤な瞳。
綺羅星の如く現れて、ドラゴンと相対している凛々しい顔立ちの少年に、目を奪われる。
その光景は、あまりにも異質だった。
種別に限らず、魔物の討伐は複数人で行うもの。
たとえ相手が低級魔物のゴブリンであっても、ヴィザード三人がかりで戦うのが基本。
上級魔物のドラゴンならば、20人は居なければ話にならない筈なのに。
青年は、たった一人でドラゴンを追い詰めていた。
「お願いだから、そろそろ死んでくれェ!」
青年の動作は速すぎて、目で追うのがやっと。
加速の魔法を用いる私よりも、何倍も速い。
実際に、ドラゴンも翻弄されており、闇雲に攻撃を仕掛けているが掠りもしない。
対して、青年は縦横無尽に動き、鱗を割いて体を切り刻んでいく。
ドラゴンの鱗は魔力でコーティングされており、物理攻撃は通さない。
故に、魔法による攻撃で鱗を剥がしてから物理攻撃に移るのが基本にも関わらず、青年は柔らかい表皮を切るかのようにドラゴンの肉を切り裂く。
何もかも、おかしい。
こんな事は、ありえない。
剣術と魔力操作は荒削りであり、青年が戦闘の経験を然程積んでいないのは明らか。
それでも、彼はたった1人でドラゴンを圧倒している。
私や仲間のヴィザードとは比べ物にならない戦闘センス。
磨けば磨くほど輝きを増す才能の原石。
驚くべきは……青年がヴィザードではなく、人間である事だった。
ヴィザード特有の、機械じみた動作もなく。
ヴィザード特有の、魔導コアの駆動音もしない。
何処にでもいるような平凡な人間。
「グ……ガ……」
一方的な攻勢の末に、ドラゴンは息絶える。
しかし、青年の体には傷一つついていない。
ドラゴンから剣を引き抜く彼の姿を、私は呆然と眺めていた。
ついさっき神に対する信仰心を捨てた心に、新たな光が灯る。
この世界に、神は存在しない。
「…………救世主、様」
しかし、救世主は存在したのだ。
瞳から、ぽろりと涙が溢れる。
一度流れた涙は止まらない。
とめどなく頬を濡らして、顎から地面に滴り落ちる。
全身に力が入らなくなった私はその場に跪き、胸の奥から溢れ出る激情に身を委ねた。
それこそ、子供のように泣き喚いてしまう。
「これやるからさ、拭きなよ。折角、綺麗な顔してるのに、涙でぐちゃぐちゃになっちゃ勿体無い」
不意に、ハンカチを差し出される。
顔を上げると、こちらに向かって微笑みを浮かべる救世主様の御姿があって。
パチンとウインクをする彼の足は……生まれたての子鹿のように震えていた。
「う、うう……うううう、ふふふふっ」
思わず、笑いが込み上げてくる。
……私は、勘違いをしていた。
青年は、神でも、救世主でもない。
死にそうだった私を助けてくれるために、勇気を振り絞ってくれた人間だったのだ。
「ちょ、ちょっと、どうしたんだよっ! 流石に、さっきの発言は痛すぎたか!?」
確かに青年の発言はキザ過ぎて、少し痛々しかったけども、逆にそれが良い。
不器用な優しさが、荒んだ心に染み渡る。
やはり、彼は神などではなく、一人の人間であると実感できた。
……きっと、私はこの時のことを生涯忘れない。
「あ、あはは、あはははっ……ぐっ、うう……」
「泣いたり笑ったり、一体何が起きてんだぁ〜!」
人気のない校庭で、感情がぐちゃぐちゃになっている私は、泣きながら笑う。
青年はあたふたしながらも、ずっと私の側にいてくれたのだった。
感想や評価など、頂けたら嬉しいです!