【ラブライブ!×伝説巨神イデオン】伝説ラブライブ! イデオン ~サンライズ50周年記念・因果の地平へ~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
雨が止み、湿った潮風が吹き抜ける港町の地下駐車場。
排気ガスとカビの臭いが充満するロケバスの中で、私たちは息を潜めながらうずくまっていた。
連日の逃避行、警察の包囲網、そして昨夜の廃墟で起きた本家との決定的な破局。
心身ともに限界を超えた私たちの間で、ついに壊れてはいけないものが音を立てて砕け散った。
「あ……あは……あははは……っ!」
最後部のシートで、真姫ちゃんが突然、乾いた笑い声を上げた。
スマートフォンの画面が、その蒼白な顔を青白く照らしている。
そこに映っていたのは、ネット上へ拡散された私たちの顔写真、保護者からの捜索願、そして裏興行での惨状を面白おかしく嘲笑する無数のコメントだった。
「真姫ちゃん……? どうしたの……?」
私が肩へ触れようとすると、真姫ちゃんは悲鳴を上げて手を振り払った。
「触らないで! 近寄らないでよ!!」
「真姫ちゃん!?」
「もう全部終わりじゃない! 家も、学校も、私の将来も……全部死んだのよ! ネットでは犯罪者、本家からは破門、警察からは指名手配……! 私、何のために歌ってきたの!? 何のために、こんな泥をすすってきたのよぉぉぉっ!!」
真姫ちゃんは髪をかきむしり、車内の壁へ頭を打ちつけ始めた。
「やめて、真姫ちゃん!」
私が身体を抱き締める。
けれど暴れる真姫ちゃんの爪が私の頬を引っかき、赤い血が流れた。
「真姫ちゃん、お願いだから落ち着いて!」
反対側から花陽ちゃんが真姫ちゃんの両腕を押さえた。
花陽ちゃんの膝には、何台もの通信端末が置かれていた。逃走中の経路確認と配信記録の管理を続けていた彼女も、疲労で顔を青ざめさせている。
それでも今は、端末を放り出して真姫ちゃんへ必死に呼びかけていた。
「私だよ、花陽だよ! ちゃんとここにいるから!」
「嫌……もう嫌よ……。全部なくなったの……」
真姫ちゃんの瞳には、私たちの姿さえ映っていなかった。
連日の車上生活と過激な裏営業。
誰かに認められたい、特別になりたいという願いを踏みにじられ続けた結果、真姫ちゃんの心は愛憎と錯乱の闇へ呑み込まれていた。
「……見苦しいわね」
冷ややかな声が、狭い車内へ落ちた。
運転席から振り返ったのは、にこ先輩だった。
その腕には昨夜の傷を覆う包帯が巻かれている。だが、瞳の奥では変わらない黒い狂熱が燃えていた。
「にこ先輩、真姫ちゃんがおかしくなっちゃったの! 一度逃げるのをやめて、病院に……!」
「病院? 冗談を言わないで」
にこ先輩は鼻で笑った。
「病院へ行けば、その場で警察に捕まるわよ」
「でも、このままじゃ真姫ちゃんが本当に壊れちゃう!」
「もう壊れてるなら、壊れたまま戦えばいい!」
にこ先輩の一喝が、車内を凍りつかせた。
花陽ちゃんが信じられないものを見るように顔を上げる。
「そんな言い方、ひどいよ……」
「ひどい?」
にこ先輩が花陽ちゃんをにらんだ。
「あたしたちは止まれないの。本家を超えて、真の『2代目μ's』になるまで、誰が倒れようが足を止めることは許されないわ!」
「真姫ちゃんは道具じゃないよ!」
花陽ちゃんの声が震える。
「真姫ちゃんが作ってくれた通信システムも、配信設備も、全部みんなを守るためのものだった。それなのに、これ以上戦わせるなんて……」
「なら、あんたが真姫の代わりをやりなさい」
「え……?」
にこ先輩は花陽ちゃんの膝にある端末を指さした。
「配信も、通信の監視も、逃走経路の確保も、これからはあんたが引き受けるのよ」
「私には、真姫ちゃんみたいなことは……」
「できるかどうかじゃない。やるのよ」
花陽ちゃんは声を失った。
その隣では、凛ちゃんが怯えたように花陽ちゃんの袖を握っている。
「かよちん……」
「大丈夫だよ、凛ちゃん」
花陽ちゃんはそう答えたが、その声は少しも大丈夫ではなかった。
にこ先輩は錯乱する真姫ちゃんの頬をつかみ、無理やり顔を上げさせた。
「真姫。どれだけ傷つこうが関係ないわ」
「ひ……あ……」
「あんたの壊れた姿すら、あたしたちの戦いの一部にしてあげる。だから歌いなさい。最後まで、あたしについてきなさい」
恐怖と疲労の果てに、真姫ちゃんは抵抗する力すら失った。
声もなく震える姿は、壊れた人形のようだった。
にこ先輩のカリスマは、もはや救いではない。
仲間を破滅へ引きずり込む、美しくも恐ろしい呪いだった。
「あ……あはは……」
突然、凛ちゃんが小さく笑った。
「真姫ちゃんも、凛たちと一緒なんだね。壊れても、ずっと一緒なんだね……」
「違うよ、凛ちゃん」
花陽ちゃんが凛ちゃんの手を強く握る。
「こんなの、一緒にいるって言わないよ」
「でも、ほかに行く場所なんてないにゃ」
その言葉に、花陽ちゃんは何も返せなかった。
私も同じだった。
間違っていると分かっている。
真姫ちゃんを置いて病院へ駆け込むべきだとも思う。
それでも、にこ先輩の放つ過剰な光と、「一番になりたい」という執着から逃げ出せなかった。
ここで離れれば、これまで耐えてきた苦痛も、失ったものも、すべて無意味になってしまう。
そんな恐怖が、私たちをロケバスへ縛りつけていた。
そのとき、花陽ちゃんの端末が警告音を鳴らした。
「警察無線が動き始めたよ」
花陽ちゃんは涙を拭い、画面を確認する。
「この駐車場の周辺に、複数の車両が集まってる。それにネットでは、今夜の地下ライブの場所が拡散されてるよ」
「観客は?」
にこ先輩が尋ねる。
「もう数百人が集まってる。でも、警察だけじゃない。本家の車も近づいてるみたい」
にこ先輩の口元に笑みが浮かんだ。
「ちょうどいいわ」
「中止しようよ!」
花陽ちゃんが叫ぶ。
「今行ったら、みんな捕まっちゃう!」
「だから行くのよ」
にこ先輩は前へ向き直り、エンジンを始動させた。
「次の目的地は、地方都市の巨大地下ライブハウス。警察も、本家も、ネットの連中も、全部まとめてあたしたちの熱狂に呑み込んでやるわ!」
アクセルが踏み込まれる。
ロケバスは地下駐車場を飛び出し、再び夜の国道へ走り出した。
座席では、真姫ちゃんが虚ろな目で震えている。
凛ちゃんは花陽ちゃんへ寄りかかり、何度も「大丈夫」と繰り返していた。
花陽ちゃんは凛ちゃんを支えながら、真姫ちゃんから引き継いだ通信端末を操作している。
画面には地下ライブハウスの見取り図、周辺の警察無線、そして増え続ける配信待機者の数が表示されていた。
「穂乃果ちゃん……」
花陽ちゃんが小さな声で私を呼んだ。
「このまま進んだら、もう戻れなくなるよ」
私は答えられなかった。
すでに戻れないところまで来ている。
そう思いながらも、それを言葉にする勇気はなかった。
私たちが向かう地下ライブハウスの周囲には、すでに本家幹部の車両と、ネット上の熱狂に引き寄せられた大勢の観客が集まり始めている。
花陽ちゃんの端末に、新たな警告が表示された。
包囲車両、増加中。
それでも、にこ先輩は速度を落とさない。
壊れた仲間と、壊れかけた仲間を乗せたロケバスが、次なる狂乱の舞台へ突き進んでいく。
破滅へのカウントダウンが、凄まじい速さで刻まれていた。
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