【ラブライブ!×伝説巨神イデオン】伝説ラブライブ! イデオン ~サンライズ50周年記念・ソロシップと呼ばれたロケバスと、因果の地平へ〜 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
冷たい雨が打ちつける、沿岸部の錆びた鉄骨が剥き出しになった巨大な廃工場。
大暴動の果てに警察の包囲網をどうにかかいくぐって逃げ延びた私たちが辿り着いたのは、潮風で鉄が赤く爛れた、見捨てられたような見通しの悪い廃墟だった。
「ハァ……ハァ……っ。ここまで来れば……警察も、追ってきた本家の連中も、簡単には追ってこられないはずよ……」
にこ先輩がコンクリートの柱に手を突き、途切れ途切れに荒い息を吐き出す。
制服は昨夜からの泥と煤で真っ黒に汚れ、破れた袖口からのぞく細い腕には、数え切れないほどの擦り傷が赤く刻まれていた。
「……真姫ちゃん、大丈夫……?」
私が不安になって声をかけても、返事はなかった。
真姫ちゃんは冷たいコンクリートの床にうずくまり、虚ろな目で廃工場の暗がりをただ見つめ続けている。
「穂乃果ちゃん……」
か細く、怯えた声に振り返る。
少し離れた場所で、花陽ちゃんが複数の通信端末と機材を抱え込んでいた。逃走中の通信記録や配信データを一晩中管理し続けていたせいで、その指は小刻みに痙攣するように震えている。
「真姫ちゃん、さっきから私の言うこと、何も聞こえてないみたいなの……」
「無駄よ、穂乃果。今はそんな奴にかまってる暇はないわ、放っておきなさい」
にこ先輩が冷ややかに吐き捨てる。
「そんなこと言わないでください! 真姫ちゃんは私たちのために、壊れるまで耐えてくれたんですよ……!」
「だから何だっていうのよ!」
にこ先輩がガッと振り返り、私の肩を両手で強く突き飛ばした。
「ここで足を止めたら警察に捕まるのよ! 捕まったら、あたしたちが命懸けで守ってきた名跡も、積み上げてきたものも、全部まとめて終わるのよ!」
「まだ続けるつもりなんですか……!?」
私の悲痛な声が、だだっ広い廃工場に空しく響き渡る。
街を大混乱に巻き込み、警察を最大の敵に回し、本家との修復不可能な関係も完全に壊した。
ネット上では私たちの名前や顔、プライベートのすべてが拡散され、日本のどこにも逃げ場など残されていない。
もはや、私たちが背負う『μ's』の名跡は、伝統の美しい看板などではなかった。
それに触れる者、近づく者すべてを破滅へ引きずり込む、呪われた汚名そのものだった。
「ふ……ふふっ……あははは……」
暗がりの中から、かすれた乾いた笑い声が聞こえた。
凛ちゃんだ。
寒さと底知れぬ恐怖で震える身体を抱き締めながら、虚ろな笑みを浮かべている。
「すごいね……凛たち、本当に本物の『μ's』になれたんだね……」
「凛ちゃん……?」
「本家の先輩たちも、警察の人たちも、ネットの人たちも……みんな凛たちのことしか考えてない。怒って、叫んで、追いかけてくる。世界中から注目されてるって、そういうことだよね……?」
「凛、あんたは分かってるじゃない」
にこ先輩が歪んだ笑みを浮かべ、凛ちゃんの乱れた頭へとそっと手を置いた。
「批判だろうと殺意の篭った怒りだろうと関係ないわ。世界中があたしたちの存在に動かされてる。これこそ、本家のお上品な連中には絶対作れなかった、最高の輝きよ」
「違うよ……」
花陽ちゃんが、震える声で小さくつぶやいた。
にこ先輩の細められた目が、冷たく花陽ちゃんを捉える。
「何ですって?」
「こんなの……輝きなんかじゃないよ」
花陽ちゃんは端末を胸に抱き締めたまま、虚ろな目をした凛ちゃんを見つめた。
「凛ちゃんは怖くて、何が正しいのか、もう分からなくなってるだけだよ。私だって……ずっと怖いよ、ずっと震えてるよ……」
「かよちん……」
「でも、私が通信を止めたり壊したりしたら、みんながどこへ逃げればいいのか分からなくなる。だから、怖くてもやめられないの……」
花陽ちゃんの足元には、真姫ちゃんが緊急用に組み上げていた広帯域の電波妨害装置が置かれていた。
まだ調整の終わっていない、危険な電波兵器。
追跡を完全に振り切る最後の手段として、花陽ちゃんが命懸けで管理を任されていたものだった。
「花陽、警察の無線や動きは?」
にこ先輩に問われ、花陽ちゃんは端末へと目を落とした。
「周辺の無線は……今は静かだよ。でも、一部の通信だけ暗号が完全に変わってる。私たちに知られない方法で、何か裏で動いてるのかも……」
「だったら、その回線へ無理やり入り込みなさい」
「これ以上は危険すぎるよ。向こうに見つかったら、一瞬で私たちの居場所が特定される」
「危険だから何よ? もう安全な場所なんて、この国のどこにも残ってないのよ!」
花陽ちゃんは何も言い返せず、唇を血が出るほど噛み締めながら、再び端末へと視線を落とした。
その横で、凛ちゃんが不安そうに花陽ちゃんの袖をギュッとつかむ。
「かよちんも、凛たちと一緒だよね……?」
花陽ちゃんはすぐには答えなかった。
やがて泣きそうな顔で、震える凛ちゃんの手を強く握り返した。
その様子を目の当たりにしながら、私の胸の奥を冷たい恐怖が走り抜けた。
にこ先輩だけではない。
凛ちゃんも、真姫ちゃんも、花陽ちゃんも、そして私も――。
お互いの存在へ依存し、すがることでしか、もう精神を保って立っていられない。
間違っていると分かっているのに、ここで誰かから離れれば、自分まで完全に崩壊してしまう。
私たちはもう、この呪いから逃れることなどできなかった。
「スマホの画面を見なさい」
にこ先輩が、ポケットに残っていたサブ端末を私たちへと投げつけた。
画面に映し出されていたのは、本家幹部による緊急記者会見の生中継だった。
無数のフラッシュが焚かれる壇上で、額に痛々しい包帯を巻いた絵里先輩が、冷え切った表情でマイクへ向かっていた。
『本日をもって、音ノ木坂学院生徒会およびμ's本家幹部会は、不法襲名者である矢澤にこ、ならびに高坂穂乃果以下の後代メンバーに対し、スクールアイドル一門からの「永久破門」を正式に決定しました』
絵里先輩の声に、迷いは一切なかった。
『彼女たちは伝統ある名跡を悪用し、暴動と社会秩序の混乱を引き起こしました。今後は警察および法的手続きに基づき、厳正に対処します』
永久破門。
私たちは今、この瞬間を境に、法と社会から完全に切り捨てられた「何者でもない者」になった。
『また、彼女たちの身柄確保につながる決定的な情報を提供した者には、本家より相応の謝礼を支払います』
「情報提供への謝礼……」
花陽ちゃんの顔から、血の気が完全に引いていく。
「これじゃ、警察や本家だけじゃないよ……。お金目当ての人たちまで、私たちを捜し始めてる……」
「ふん。勝手にやらせておけばいいわ」
にこ先輩は端末をコンクリートの床へ叩きつけた。
画面に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、記者会見の映像がプツリと消える。
「いいわよ、絵里。あたしたちを害悪の犯罪者扱いするなら、その綺麗な本家の看板ごと、すべて地獄へ引きずり下してやるわ!」
「待って……!」
花陽ちゃんが突然、青ざめた顔で叫んだ。
手元の端末の一台に、無数の赤い警告表示が一斉に現れていた。
「上空にヘリの音! それに、工場の周囲の道路で、大型の車両が一斉に動き始めてる……!」
「見つかったの……!?」
「違う……こんなの包囲網じゃない。最初から、ここに追い詰められてたんだよ……!」
その瞬間だった。
ガガガガガガガッ――!!!
老朽化した工場のスレート屋根が、耳をつんざく凄まじい音を立てて激しく崩落し、大量の鉄くずと冷たい雨水が床へと降り注いだ。
「きゃあああっ!」
私たちは頭を必死にかばい、瓦礫の陰へと身を伏せた。
崩れた屋根の隙間から、警察ヘリの鋭い探照灯の光が容赦なく横切る。
さらに工場の外では、巨大な建設重機と特殊車両が、轟音を上げて動き始めていた。
すべての出口が、鉄板と重機によって完全に封鎖されていく。
「花陽、妨害装置を使いなさい!」
「今ここで使っても、もう逃げ道なんてないよ!」
「だったら、今すぐ逃げ道を作るのよ!」
花陽ちゃんは唇を血が滲むほど噛み締め、妨害装置と通信端末を胸へと強く抱きしめた。
重機の巨大なスピーカーから、ノイズ混じりの海未先輩の冷酷な声が響きわたる。
『そこまでです、落ちぶれた不法者たち』
巨大な鉄のアームが、私たちの隠れる壁へと向かってゆっくりと持ち上がる。
『あなたたちに、逃げ場も明日もありません。観念しなさい』
完全なる包囲完了。
にこ先輩はボロボロになったロケバスへと向かって走り出した。
「全員ロケバスに乗りなさい! あの壁を重機ごと突き破って逃げるわよ!」
「そんなの無理だよ、潰されちゃう!」
花陽ちゃんはそう叫びながらも、端末と危険な妨害装置を抱えて後を追った。
凛ちゃんは花陽ちゃんの腕へ必死にしがみつき、真姫ちゃんは私の肩に支えられながらフラフラと立ち上がる。
次の瞬間、建設重機の鋼鉄のアームが、私たちの頭上の壁へと凄まじい勢いで振り下ろされた。
コンクリートの壁が粉砕され、廃工場全体が激しく揺れ動く。
降り注ぐ無数の瓦礫と、逃げ場のない完全な包囲網の中。
私たちは傷ついたロケバスへと滑り込み、死を覚悟した最後の突破へと走り出した――!
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