【ラブライブ!×イデオン】サンライズ50周年記念『伝説ラブライブ!』~ソロシップと呼ばれたロケバスと因果の地平~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
転落したロケバスの引き裂かれた車体から、冷たい夜の雨が容赦なく吹き込んでいた。
崖下の深い闇。ガソリンと熱を持った冷却液の異様な臭いが立ち込める車内で、私は額から流れる生温い血の感触に、かろうじて意識を取り戻した。
「う……あ……っ」
身体を起こそうとした瞬間、折れた右肩から全身を貫くような激しい痛みが走る。
潰れた座席の陰では、真姫ちゃんが目を固く閉じたまま全く動かない。凛ちゃんも頭部を強く打ったらしく、虚ろな目で宙を見つめ、浅く荒い呼吸を繰り返すだけだった。
運転席では、にこ先輩がひしゃげたドアを血だらけの足で何度も蹴破ろうとしていた。
「ふざけないで……誰がこんなところで、こんな無様な終わりを迎えるものか……っ!」
にこ先輩が冷たい雨の降る外へ這い出す。その先、崖の上からは無数のヘッドライトの光が揺れていた。
「ロケバスの残骸を発見! 生存者を確認し、直ちに確保せよ!」
海未先輩の冷徹な声が、雨の谷間に響き渡る。
ワイヤーを伝って追撃隊が崖を降りてくる足音が近づく。こちらは全員、まともに動けない。万事休すだった。
そのとき、車内の奥で、見慣れない青白い電子音が鳴り響いた。
「……まだ、動くよ」
振り返ると、座席の隙間から這い出してきたのは、小泉花陽だった。
逃走中も、過酷な裏営業の最中も、命を削って通信システムと配信データを守り続けてきた花陽ちゃん。その額からは血が流れ、制夫は泥と涙でぐしゃぐしゃに汚れていた。
「花陽ちゃん……?」
私が手を伸ばすと、花陽ちゃんは痛む身体を押さえながら、通信端末を胸へと強く抱きしめた。
「このままじゃ……みんな、本家に捕まっちゃう」
「花陽ちゃん、そんな端末なんて放っておいて早く外へ……!」
「駄目だよ」
花陽ちゃんの足元には、真姫ちゃんが緊急用に組み上げていた広帯域の電波妨害装置が転がっていた。事故の衝撃で外装がバキバキに割れ、内部から不気味な火花が散っている。
「私がこれを動かす。向こうの通信と追跡を完全に焼き切るから、その隙に……みんなで逃げて」
「駄目よ、そんなことしたら……!」
意識を取り戻した真姫ちゃんが、震える声で叫んだ。
「その装置、安全装置がもう壊れているわ! 最大出力にしたら、いつ暴発して火花が引火してもおかしくないのよっ!」
花陽ちゃんは足元の壊れた装置を見下ろした。
その手は、恐怖と寒さで小刻みに震えていた。
「……分かってるよ」
「だったら、一緒に逃げよう! 花陽ちゃんを置いていけない!」
「でも、誰かがここに残らないと……追いつかれて、今まで私たちが耐えてきたこと全部が、無駄になっちゃうから」
崖の上から、追跡隊のライトの光が間近まで迫ってきた。もう、一刻の猶予もない。
花陽ちゃんは震える指で端末を操作し、これまで集めたすべての通信記録とデータを、にこ先輩の持っていたサブ端末へと一括転送した。
短い電子音が、車内に冷たく響く。
転送完了。
「にこちゃん、これを持っていって」
花陽ちゃんは血に染まった端末を、這い出てきたにこ先輩へと差し出した。
「本家の内部記録と、逃げている間に集めたすべての通信データが入ってる。……私たちが何に怯え、何のために走ってきたのかの証拠だよ」
「……公開したの?」
にこ先輩は無言で端末を受け取り、血走った目で問い質した。
「まだ……してない」
「だったら、どうしてあたしに渡すのよ」
「私たちの声を、最初からなかったことにされたくないから」
花陽ちゃんは、にこ先輩を真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、かつての怯えた臆病さは消え、異様なまでの静けさが宿っていた。
「でも、公開するかどうかはにこちゃんが自分で決めて。私がここに残ったからって、無理に使わなきゃいけないなんて思わないでね」
「花陽……」
「私のために復讐してなんて、絶対に言わないから」
にこ先輩は何も答えない。
ただ、渡された端末を冷たい指で強く、痛いほど握り締めただけだった。
追跡隊の足音が、すぐ頭上の斜面まで迫る。
花陽ちゃんは妨害装置の前に座り込み、その出力ダイヤルにそっと手をかけた。
「早く行って!」
「花陽ちゃん……っ!」
「穂乃果ちゃん、凛ちゃんを……みんなをお願い!」
花陽ちゃんがダイヤルを限界まで回した。
瞬間、人間の耳を破壊するような激しい金属ノイズが谷間へ放たれ、雨の夜空を切り裂いた。
『通信障害発生! 全システムのリンクが切断された!』
『位置情報が完全にロストしたぞ!』
追跡隊の無線から、パニックに満ちた怒号が響き渡る。
しかし、花陽ちゃんの足元にある妨害装置からは、すでに真っ白な有毒の煙が激しく吹き上がり始めていた。
「花陽ちゃん、もう止めて! 装置が爆発する!」
「まだ……駄目……!」
花陽ちゃんは苦しそうにむせ返りながらも、装置にしがみつくように手を離さなかった。
「みんなが森の奥に入るまで……絶対に止めないよ……!」
にこ先輩が私の健気な腕を荒々しく引っ張った。
「今よ、行くわよ穂乃果!」
「待ってください! このままじゃ花陽ちゃんが燃え尽きちゃう!」
「ここに残ったら全員終わりなのよ!」
にこ先輩は泣き叫ぶ凛ちゃんを引き起こし、私は真姫ちゃんを背負って崩れた車体から飛び降りた。
「嫌だ! かよちんを置いていけない! 離してよにこちゃん!」
凛ちゃんが絶叫し、引き剥がされまいと必死に抵抗する。
その泣き叫ぶ声を聞いた花陽ちゃんが、最後に顔を上げた。
「凛ちゃん!」
それは、今まで聞いたこともないほど、痛々しくも強い声だった。
「――生きてっ!!」
凛ちゃんの動きが、ピタリと止まった。
花陽ちゃんは泣きながら、それでも顔をぐしゃぐしゃにして笑っていた。
「私の分までなんて言わないよ。……ただ、生きて。お願いだから……!」
にこ先輩が凛ちゃんを強引に引きずる。
私は真姫ちゃんを背負い、何度も後ろを振り返りながら、泥の染み込んだ暗い森へと踏み出した。
「かよちん……っ!」
凛ちゃんの悲痛な叫び声が、激しいノイズと冷たい雨音にかき消されていく。
花陽ちゃんは炎を上げる壊れたロケバスの中で、一人きりになっていた。
それでも、彼女は最後まで妨害装置から手を離さなかった。
私たちが鬱蒼とした森の陰へ隠れた直後、谷間を満たしていたけたたましいノイズが、まるで糸を切ったようにプツリと途切れた。
あまりにも残酷な、絶対的な静寂。
「花陽ちゃん……?」
暗闇の中、誰もが返事を待った。しかし、返ってくるのは雨の音だけだった。
次の瞬間――崖下で、鈍く空気を震わせる爆発音が響いた。
振り返ると、ロケバスの残骸が赤黒い猛烈な炎に包まれ、花陽ちゃんの姿を永遠にその中に呑み込んでいった。
「かよちん……っあぁぁぁぁぁっ!」
凛ちゃんの膝から力が抜け、崩れ落ちるように地面に突っ伏した。
引き返そうとする凛ちゃんを、にこ先輩が鬼のような形相で怒鳴りつける。
「立ちなさい! 止まったら、花陽が命を懸けて守ってくれたものまで全部、泥の中に奪われるのよ!」
「花陽ちゃんは……そんなこと望んでなかった!」
私が叫んでも、にこ先輩は足を緩めなかった。
その冷たい手には、花陽ちゃんが最後に託した端末がしっかりと握りしめられていた。
花陽ちゃんは復讐なんて望んでいなかった。
データを世界にバラまけとも言わなかった。
ただ、自分たちの声と、生きていた証を「なかったこと」にされたくなかっただけなのだ。
その痛切な願いを、私たちはこの先どう受け止めていけばいいのか。
答えのないまま、私たちは泥と血にまみれた雨の森を、ただひたすら歩き続けるしかなかった。
背後では、花陽ちゃんを焼き尽くす炎が、地獄の赤さを放ちながら静かに揺らめいていた――。
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