【ラブライブ!×イデオン】サンライズ50周年記念『伝説ラブライブ!』~ソロシップと呼ばれたロケバスと因果の地平~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
吹きすさぶ極寒の夜風が、無数の火の粉と黒煙を暗い夜空へと巻き上げていく。
崩壊した市街地を見下ろす高台に位置する、巨大な野外スタジアムステージ。
かつては数万人の観客が光るサイリウムを振り、歓声を響かせたはずのその場所は、今やスクールアイドル界の崩壊を象徴するかのように破砕された鉄骨と、割れた照明の破片が散乱する廃墟と化していた。
客席には、人っ子ひとり存在しない。
ただ、遠くの街で炎上するビルの赤黒い光が、無人の客席を不気味に照らし出しているだけだった。
「……着いたわよ、穂乃果。あたしたちの、最高の晴れ舞台に」
にこ先輩が、ゆっくりとステージの中央へ歩みを進めた。
破れ焦げた『2代目 μ's』の衣装。
生肌には生々しい擦り傷と血の跡が残り、髪は泥と汗で不快に固まっていた。
それでも、その背中は痛々しいほどにピンと伸び、その瞳には宇宙のすべてを呑み込むような黒い狂光が宿っていた。
「にこ先輩……誰もいないよ……。誰も、私たちの歌なんて聴いてないよ……っ」
私は膝を折り、コンクリートの床に突っ伏しながら虚ろに呟いた。
隣では、極限の恐怖と疲労で精神が完全に崩壊した真姫ちゃんが、壊れた人形のようにうつろな目で夜空を見つめている。
「誰もいない? 冗談言わないでよ!」
にこ先輩が振り向き、狂ったように両腕を大きく広げた。
「見なさい! 世界中の人間が、あたしたちの配信を見つめて息を呑んでいるわ! 警察も、本家も、アンチも、狂信者どもも……全人類が今、この矢澤にこの姿を焼き付けているのよ!!」
にこ先輩は懐から、花陽が命懸けで残していった送信端末を取り出すと、壊れかけたアンプとスピーカーに強引に接続した。
キーッ――!!
耳を刺す不快なハウリング音が暴風の夜空に響き渡る。
続いてスピーカーから流れ出したのは――重低音が歪み切った、かつての『μ's』のデビュー曲のノイズ混じりの伴奏だった。
「さあ! 始まりの宴よ! 『2代目 矢澤にこ』の、大襲名披露ライブへようこそぉぉぉっ!!」
観客のいない無人のスタジアム。
暴風と遠くのサイレンが吹き荒れる中で、にこ先輩はたったひとりで歌い、踊り始めた。
「にっこにっこにー……っ! あなたのハートにニコニコ笑顔を届ける、宇宙一アイドルのにこちゃんよ……っ!」
血の混じる唾を撒き散らし、破れたスカートを翻しながら、にこ先輩は完璧なアイドルのポーズを決める。
その笑顔は、美しく、そして観る者の胸をかきむしるほどに狂気的で悲しかった。
一番になりたかった。
名前を背負い、誰かに愛され、特別になりたかった。
その純粋すぎるエゴと渇望が、自分を壊し、仲間を壊し、社会全体を地獄の炎で焼き尽くした。
その破滅の頂点で、彼女は現実の崩壊を拒絶するように、妄想の「大襲名」を演じ続けているのだ。
「あはっ……あははははっ! 見てよ穂乃果! あたし今、一番輝いてるでしょ!?」
歌いながら、にこ先輩の目から大粒の血と涙がこぼれ落ち、頬の傷口を濡らしていく。
「うん……輝いてるよ、にこ先輩……。すごく……すごく可愛いよ……っ!」
私は涙で濡れた顔を上げ、声が潰れるほど叫んだ。
間違っている。最初から全部狂っていた。
それでも、この狂った女王の孤独な演目を、私が否定することなんてできなかった。
「あはははははっ! ありがとう穂乃果! あたしが……あたしたちこそが、唯一無二の真実の『μ's』なのよーーーっ!!」
にこ先輩が曲のクライマックスで、天に向かって拳を突き上げた、その瞬間だった。
ザッ……ザッ……ザッ……。
降り積もり始めた白い冷たい雪を踏みしめる靴音が、崩壊したステージの暗がりからゆっくりと近づいてきた。
「……哀れな道化ですね、矢澤にこ」
闇を割って姿を現したのは、模造の日本刀を握り締めた園田海未。
その傍らには、鉄パイプを構えた絢瀬絵里と、狂気に満ちた目を走らせる南ことりの姿があった。
彼女たちの後ろには、すべてを奪われ、怒りと殺意に狂ったパトロンの男たちや回収屋たちが、手に手に刃物や凶器を持ってぞろぞろと群がっていた。
音楽がノイズとともにプツリと途切れる。
無人の大襲名披露という哀しい夢の時間は、唐突に終わりを告げた。
「海未……絵里……ことり……」
にこ先輩が、マイクを投げ捨て、足元に落ちていた錆びた鉄パイプをゆっくりと拾い上げた。
その口角が、獣のように醜く、けれど誇らしげに吊り上がる。
「遅かったじゃない、本家の偽善者ども……。あたしたちの最高のステージ、楽しんでくれたかしら?」
「あなたの狂気も、ここで完全に断ち切ります」
海未先輩が静かに刀を構えた。
お互いに退路も、守るべき伝統も、帰るべき未来も……すべてを失った。
残されたのは、泥に塗れた相手を自らの手で殺し、刺し違えるためだけの純粋な憎悪と愛憎だけ。
暴風と雪が激しさを増す中で、生き残った少女たちの最期の殺し合いの幕が、静かに落とされた――。
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