本家から逃亡した1年生の暗黒逃走劇 伝説ラブライブ!~ソロシップと呼ばれたロケバスと因果の地平~【ラブライブ!×イデオン】サンライズ50周年記念『~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
眩しすぎるほどの白い光が、私の視界を優しく包み込んでいた。
焦げ臭い煙の匂いも、降り積もる吹雪の凍てつく冷たさも、全身を切り裂くような激痛も……すべてが遠い過去の幻影みたいに消え去っていた。
漂うのは、無機質な消毒液の清潔な匂いと、静かに刻まれる心拍モニターの単調な電子音だけ。
「……あ……う……」
ゆっくりと瞼を開けると、視界に飛び込んできたのは天井の白いクロスだった。
腕には点滴のチューブが繋がれ、鼻には酸素吸入の管。
両手首には、重々しい金属の手錠がベッドのフレームにガッチリと繋がれている。
ここは警察病院の集中治療室、あるいは厳重な拘置施設の病棟。
すべてが終わったのだ。
名跡『μ's』の重圧に狂い、不法襲名と夜逃げを強行し、大人たちに身体と尊厳を切り売りしてまで駆け抜けた逃避行。
本家との泥沼の刺し合い、社会全体の暴走、そして芸能界の壊滅。
私たちが積み上げてきた膨大な愛憎とエゴは、警察の突入と社会的抹殺という絶対的な現実(因果の地平)の前に、跡形もなく崩れ去っていた。
「……目を覚ましたのね、穂乃果」
かすれた、けれど懐かしい声が、カーテンの隙間から聞こえた。
隣のベッドに横たわっていたのは――絢瀬絵里だった。
頭に巻かれた痛々しい包帯、痛々しい点滴の跡。かつて生徒会長として、本家幹部として絶対的な威厳を放っていた彼女の姿は、どこにも残っていなかった。
そこにいたのは、誇りも立場も、守るべき伝統もすべてを失い、ただの傷ついた少女となった一人の人間だった。
「絵里……先輩……」
私の声は、掠れて掠れて、自分でも驚くほど弱々しかった。
「……ふふ、可笑しいわね」
絵里先輩が、力なく天井を見つめながら、自嘲するようにはかなげに微笑んだ。
「あんなに激しく憎み合って……お互いを破滅させるまで刺し違えたのに……生き残って辿り着いたのが、こんな冷たいベッドの上だなんて……」
カーテンが、看護師の手によって静かに大きく開け放たれる。
そこには、他のベッドに横たわる少女たちの姿があった。
手錠をかけられ、衰弱した身体で横たわる園田海未、南ことり。
そして、別の病室から車椅子で運ばれてきた、凛ちゃんと真姫ちゃん。
さらには――両腕を重く拘束され、うつろな瞳でただ虚空を見つめる、にこ先輩の姿があった。
過剰なカリスマと肥大化したエゴで私たちを狂気の逃避行へ引きずり込んだ「2代目 矢澤にこ」。
だが今、彼女の全身からは毒気も狂気も完全に削ぎ落とされ、ただの華奢で傷だらけの女の子がそこに横たわっているだけだった。
「……にこ……先輩……」
私が絞り出すように呼びかけると、にこ先輩の瞳が、ゆっくりと私の方へと向けられた。
その瞳には、もはや本家への憎悪も、一番でありたいという執着も宿っていなかった。
「……穂乃果……」
にこ先輩の唇が、微かに、震えるように動く。
「……あたし……何をしてたのかしらね……。宇宙一になりたくて……みんなを巻き込んで……泥の中に引きずり落として……」
ポロポロと、にこ先輩の目から大粒の涙が溢れ出し、白いシーツへと染み込んでいく。
「……あたし……ただ……誰かに認めてほしかっただけなの……。『矢澤にこ』っていう名前を背負ってないと……誰からも愛されないのが、ただ怖かったのよ……っ」
プライドも、名跡の重みも、性的な執着も……すべてを剥ぎ取られた裸の魂の叫び。
「……分かってたよ、にこ先輩……」
私は涙で歪む視界の中で、手錠のチェーンをジャラリと鳴らしながら、できる限り手を伸ばした。
「私だって同じだよ……。車上生活が怖くて、見捨てられるのが嫌で……にこ先輩の肌の温もりにすがって……仲間を傷つけてまで『特別』になりたかったんだよ……っ」
「穂乃果ちゃん……っ!」
車椅子の凛ちゃんが、顔をくしゃくしゃにして声を上げた。
「……凛も……凛もごめんなさい……っ! にこ先輩や穂乃果ちゃんを売れば助かるって思っちゃったの……っ! 私、ただ……ただ誰かに抱きしめられたかっただけなんだよぉぉっ!!」
「凛……」
海未先輩が、点滴の打たれた重い手で凛ちゃんの頭を優しく、包み込むように撫でた。
「……いいえ、凛。責められるべきは……正義を振りかざしてあなたたちを追い詰めた私です。誇りや品格という言葉であなたたちの痛みを無視し、ここまで追いつめてしまった……」
「海未ちゃん……」
ことり先輩も止めどなく涙を流しながら、海未先輩の手を強く握りしめた。
「私たち……みんな、間違えてたんだね……。名前や立場を守るために……一番大切なものを、全部自分たちの手で壊しちゃったんだね……」
本家も、後代も。
追撃者も、逃亡者も。
取調室と病室の境界すら溶け去ったこの「因果の地平」で、すべての立場と執着を失って初めて、私たちは裸の魂で向き合うことができたのだ。
憎しみ合う理由は、もうどこにも存在しない。
ただ、傷つけ合い、全滅してしまったお互いの存在を愛おしく思い、赦し合い、涙を流して手を取り合うだけ。
「……ごめんね、みんな……っ」
にこ先輩が子供のように声を上げて、おいおいと泣き出した。
「あたしのせいで……みんなの未来を……スクールアイドルを……全部壊しちゃって……っ! ごめんなさい……ごめんなさいぃぃっ!!」
「泣かないで、にこ先輩……」
私は車椅子を引き寄せ、手錠の繋がれた手で、にこ先輩の華奢な身体をしっかりと抱きしめた。
「……全部終わったんだよ。もう『μ's』の看板も、名跡の呪いも……誰も背負わなくていいんだよ……」
「穂乃果……っ!」
真姫ちゃんも、凛ちゃんも、絵里先輩も、海未先輩も、ことり先輩も。
傷だらけの身体で互いに寄せ合い、抱き合い、流れる涙とともに過去の過ちと痛みを分かち合っていく。
光に包まれた病室の中で繰り広げられる、魂の解脱と和解。
すべてを失い、最悪の全滅の果てに、私たちはようやく、ただの「自分自身」としてお互いを愛することができたのだ。
だが――その時だった。
カチャリ――。
病室の重厚な鉄扉が冷たく開き、黒いスーツを着た警察官たちと検察官が、無機質で冷酷な表情で踏み込んできた。
『――時間だ。高坂穂乃果、矢澤にこ、ならびに全員。本件における最終取調べおよび法的手続を開始する』
夢のような温かい対話の時間は、容赦なく現実の鉄格子によって切り裂かれる。
互いの手を強く握りしめながら、私たちは最後の裁判、そしてすべての呪縛を清算する「新しい明日」への扉に向かって、静かに引き裂かれていくのだった――。
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