【完結済】本家から逃亡した1年生の暗黒逃走劇 伝説ラブライブ!~ソロシップと呼ばれたロケバスと因果の地平~【ラブライブ!×イデオン】サンライズ50周年記念『~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
春のやわらかな陽光が、校舎の屋上に心地よく降り注いでいた。
さわやかな風が通り抜け、フェンスを揺らし、心地よい金属音を響かせる。
どこまでも青く透き通った空。
雲ひとつないその高みに向かって、一羽の白い鳥がまっすぐに羽ばたいていく。
「――ふぁ……、良い天気」
あくび混じりの声を出して、私はゆっくりと両腕を天に向かって伸ばした。
足元に広がるのは、真新しいコンクリートの床。
血の匂いも、焦げ臭い煙も、冷たい雪の記憶すらも……ここには存在しない。
私たちが背負わされていた、あの重苦しくドロドロとした名跡の呪縛は、すべて綺麗に清算されたのだ。
保護観察と法的な処置、社会的な制裁をすべて終え、すべての看板と過去を脱ぎ捨てて辿り着いた、本当の始まりの場所。
「ちょっと穂乃果、またサボり……じゃなくて、日向ぼっこしてんの?」
後ろから、呆れたような声が聞こえた。
振り返ると、そこには制服の胸元を少し崩した小柄な少女――にこちゃんが立っていた。
髪を両側で結び、腰に手を当てて見下ろす姿。
だが、その瞳にはかつてのような血走ったカリスマも、誰かを依存させ支配しようとする排的な狂熱もなかった。
ただの、どこにでもいるちょっと強がりで、可愛い先輩の顔。
「あはは、だって気持ち良いんだもん。にこちゃんも座りなよ」
「だから、学校では『にこ先輩』って呼びなさいって言ってるでしょ!」
プンプンと怒ってみせるけれど、その表情には優しさが溢れている。
にこちゃんは私の隣に腰を下ろし、体操座りをして膝に顎を乗せた。
「……ねえ、穂乃果」
「ん?」
「あたしたち……本当に、全部なくしちゃったわね」
『μ's』という伝統ある看板も。
一番になりたいという肥大化したエゴも、お互いを傷つけ合いながら求め合った歪んだ執着も。
大人の思惑に翻弄され、身を削って手に入れようとしたお金や偽りの居場所も。
すべては粉砕され、消え去った。
「ううん、なくしたんじゃないよ」
私は青空を見上げながら、穏やかに微笑んだ。
「余計なものを全部脱ぎ捨てて、一番大切なものだけが残ったんだと思う。……だって、いまこうして、みんなと一緒に笑えてるもん」
「……そうね」
にこちゃんが少し照れくさそうに目を細め、フッと微笑んだ。
フェンスの向こうから、賑やかな話し声と足音が近づいてくる。
屋上の扉が開いて姿を現したのは、購買のパンを両手に抱えた絵里ちゃんと海未ちゃん、そしてことりちゃんだった。
「もう、二人ともこんなところにいたのね。探したのよ?」
絵里ちゃんがポニーテールを揺らしながら、困ったように微笑む。
かつての冷酷な指導者としての面影はなく、ただの頼れるお姉さんとしての温かい眼差し。
「穂乃果、また授業の前にパンを食べようとしていませんか?」
海未ちゃんがいつものように小言を言いながら、ことりちゃんと顔を見合わせてくすくす笑う。
「ふふ、でも穂乃果ちゃん、とっても気持ちよさそうだね」
ことりちゃんが広げたビニールシートの上に、みんなで仲良く腰を下ろす。
続いてやってきたのは、仲良く手を繋いだ凛ちゃんと真姫ちゃん、そして裏方を頑張ってくれていた仲間たちだった。
「穂乃果ちゃーん! 凛、焼きそばパン買えたよー!」
「ちょっと凛、走ると危ないでしょ。……もう、穂乃果たちも席空けてよ」
ツンとすました顔をしながらも、嬉しそうに私の隣に滑り込んでくる真姫ちゃん。
凛ちゃんが真姫ちゃんの頬をつつき、真姫ちゃんが怒ってみせる。
そこにいたのは、何の名義も背負わず、何者の所有物でもない、等身大の無垢な少女たちだった。
本家も、後代も存在しない。
追う者も、追われる者もない。
誰も「特別」になろうとして誰かを傷つけることはないし、誰かに愛されたくて自分の身を削る必要もない。
ただ、目の前にいる大切な仲間と、同じ空の下で笑い合える幸せ。
「ねえ……みんな」
私がぽつりと呟くと、全員の視線が一斉に私へと向けられた。
「私たち……何か新しいこと、始めてみない?」
「新しいこと?」
絵里ちゃんが首をかしげる。
「うん! スクールアイドルとか、伝統芸能とか、名前なんて何でもいいんだ。誰かの看板を背負うんじゃなくて……この9人で、新しく手をつないで歌うんだよ」
「……それって、誰も名前を知らない、本当のプロローグってこと?」
にこちゃんが私の言葉を引き継ぎ、目を輝かせる。
「そう! 誰も看板を背負わない……『みんなで叶える物語』!」
私の言葉に、一瞬の静寂が訪れた。
そして――次の瞬間、屋上に弾けたのは、9人の溢れんばかりの眩しい笑顔と歓声だった。
「良いわね! 今度こそ、本当の意味で……あたしたちの歌を世界中に届けてやるわ!」
にこちゃんが胸を張り、眩しい太陽に向かって指を突き立てる。
「はい! 今度の物語は、誰も泣かせない、温かい物語にしましょう!」
海未ちゃんが力強く頷き、みんなが笑顔で手を重ね合っていく。
1st、2nd、本家、後代……そんな不快な境界線は、もう世界のどこにも存在しない。
太陽の光が、重なり合った少女たちの素手を温かく照らし出す。
愛憎と過酷な全滅の泥沼を抜け出し、因果の地平の果てに辿り着いた新しい世界。
何も持たない、何者でもない私たちが、まっさらな空の下で一歩を踏み出す。
誰の看板も背負わない、本当のプロローグが今、静かに始まろうとしていた――。
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