【ラブライブ!×伝説巨神イデオン】伝説ラブライブ! イデオン ~サンライズ50周年記念・因果の地平へ~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
暴徒化した群衆をかき分け、私たちは命からがらロケバスへ逃げ込んだ。
ドアが閉まった直後、車体を叩く激しい音と怒号が、夜の雨音をかき消した。
「全員、つかまって!」
にこ先輩がアクセルを踏み込む。
タイヤが濡れた路面で悲鳴を上げ、ロケバスは群衆の隙間を強引に抜けた。窓へ伸びてきた無数の手が、雨の闇へ流れていく。
「勝手なことばかり言って……あたしたちを何だと思ってるのよ!」
にこ先輩は強気に叫んだが、ハンドルを握る手は震えていた。
後部座席では、花陽ちゃんが複数の端末を抱えていた。
活動記録や配信映像を管理していた花陽ちゃんは、逃走が始まってから、真姫ちゃんが組んだ通信システムの運用も任されている。
「かよちん、そんなの捨てるにゃ!」
凛ちゃんが花陽ちゃんの腕を引いた。
「駄目だよ。回線を切ったら、私たちの位置が向こうに伝わっちゃう」
花陽ちゃんは青ざめた顔で答え、震える指を動かし続けた。
そのとき、私のスマートフォンが激しく震えた。
生徒会室からの緊急回線。
画面に映し出されたのは、絵里先輩たちだった。
『ただちに車を止めなさい』
絵里先輩の鋭い声が車内へ突き刺さる。
『港町での混乱により、負傷者が出ています。警察も動き始めました。これ以上逃げれば、本当に取り返しがつかなくなります』
「止まったら、あたしたちをどうするつもり?」
にこ先輩が吐き捨てる。
『全員を保護し、事情を確認します。ただし、今後の活動は認められません』
車内が静まり返った。
分かっていた。
本家へ戻れば、私たちの活動は終わる。積み上げてきたものも、そこに込めた思いも、すべて過ちとして処理される。
『穂乃果』
絵里先輩が私を見た。
『真姫も、凛も、花陽も連れて戻りなさい。これ以上、にこの暴走に付き合う必要はありません』
にこ先輩の肩が、わずかに動いた。
「戻ったら、にこ先輩はどうなるんですか」
『それは別に判断します』
「別って、何ですか」
『穂乃果。あなたたちは正常な判断ができる状態ではありません』
「勝手に決めないでください!」
私は思わず叫んだ。
「間違ったこともあったかもしれない。でも、私たちは自分でここにいるんです!」
言い切った直後、胸の奥が揺れた。
本当に自分で選んだのだろうか。
それとも、今さら間違いだったと認めるのが怖いだけなのか。
『車両には追跡信号が付着しています』
絵里先輩が低い声で告げた。
『次の分岐で停車しなさい。これが最後の警告です』
にこ先輩がルームミラーを見る。
後方の闇に、いくつもの赤い光が浮かんでいた。
追跡ドローンだった。
「誰が止まるもんですか!」
にこ先輩が通話を切り、アクセルをさらに踏み込む。
ロケバスが街灯のない山道へ入った、その直後。
「真姫ちゃん、変な回線につながった!」
花陽ちゃんが悲鳴を上げた。
端末には、見覚えのないファイルが次々と転送されていた。
本家幹部会の記録。
資金の移動履歴。
非公開の通信ログ。
「何よ、これ……」
真姫ちゃんが画面をのぞき込む。
「本家の内部資料? 花陽、どこから受信しているの?」
「分からないよ。追跡信号を切ろうとしたら、急に……」
画面に赤い警告が現れた。
外部干渉を検知。データ消去まで30秒。
「保存しなさい!」
にこ先輩が叫んだ。
「駄目よ!」
真姫ちゃんが花陽ちゃんの手を止める。
「送り主も分からないのよ。偽物かもしれないし、私たちを罠にはめるためのデータかもしれない」
「本物なら、本家と交渉できる!」
「それは交渉じゃない。脅迫よ!」
二人の声がぶつかった。
カウントは残り15秒。
花陽ちゃんが泣きそうな顔で私を見る。
「穂乃果ちゃん……どうすればいいの?」
保存すれば、いつか誰かを傷つけるかもしれない。
けれど消してしまえば、私たちは何も知らないまま、すべてを奪われる。
残り10秒。
「保存して」
「穂乃果!」
真姫ちゃんが息を呑んだ。
「公開するわけじゃない。持っておくだけだから」
「一度持ったら、いつか使いたくなるわ!」
分かっていた。
それでも私は、もう一度言った。
「花陽ちゃん、保存して」
残り3秒。
花陽ちゃんは目を閉じ、受信ボタンを押した。
転送完了。
その瞬間、ロケバスの屋根に凄まじい衝撃が走った。
追跡ドローンが車体へ取りつき、強烈な電磁ノイズを放つ。照明と計器類が一斉に消え、車内が闇に包まれた。
「ハンドルが利かない!」
ロケバスはガードレールへ接触し、火花を散らしながら山道を滑っていく。
私たちは座席から投げ出された。
「かよちん!」
凛ちゃんが花陽ちゃんを抱き起こす。
花陽ちゃんは端末を胸に抱えたまま、震えていた。
「データは?」
私が尋ねると、花陽ちゃんは小さくうなずいた。
「残ってるよ。全部、ここに」
暗闇の中で、端末の保存ランプだけが赤く点滅していた。
「花陽、消して」
真姫ちゃんが静かに言った。
「今なら、まだ間に合うわ」
花陽ちゃんは削除画面を開いた。
その指が、赤いボタンの上で止まる。
長い沈黙のあと、花陽ちゃんは端末を胸へ抱き直した。
「ごめんね、真姫ちゃん」
消え入りそうな声だった。
「今は、消せないよ」
誰も何も言えなかった。
まだ、何も暴露していない。
誰かを破滅させたわけでもない。
けれど私たちは、人を傷つけられる力を手に入れ、危険だと分かっていながら捨てられなかった。
ドローンのスピーカーから、ノイズ混じりの声が響く。
『停車命令への不服従を確認』
『強制停止措置へ移行します』
にこ先輩が再びアクセルを踏み込んだ。
傷ついたロケバスが、黒煙を吐きながら雨の山道を走り続ける。
引き返せない境界線とは、その力を使った瞬間ではなかった。
いつか使うことになるかもしれないと知りながら、それを握り締めた瞬間だった。
花陽ちゃんの腕の中で、赤い保存ランプが静かに点滅していた。
それがやがて、本家も、私たち自身も焼き尽くす火種になることを、誰も口にはしなかった。
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