Neptune Ⅱ~蒼海の追跡者~ 作:R提督(旧SYSTEM-R)
今回から、「Neptune Ⅱ~蒼海の追跡者~」の連載をスタートします。今回も不定期連載になりますが、今回は何年も間が空かずに済むといいな…w それではどうぞ。
序章:不穏な航跡
「出港用意!」
「ソシレソー、ソシレソー、ソシレソーシレッレレー♪」
「出港用―意!」
艦橋に、お馴染みの出港ラッパの旋律と、それに続く若い水兵の叫び声が響く。そんな、いつもと変わらないコンボを耳で聞きながら、日本国防海軍しょうかく型航空母艦1番艦「しょうかく(CV-185)」艦長の伊賀政宗大佐は、青空の下の佐世保港に目をやっていた。
基準排水量28,000t、満載排水量32,000tと、世界の空母と比較すれば比較的小型ではある一方、それでも日本国防海軍の保有する艦艇の中では、最大のサイズを誇るしょうかく。国防海軍の前身である、海上自衛隊時代から保有する多目的護衛艦いずも(CVM-183)とかが(CVM-184)を発展させた形で建造された、第2次世界大戦後では日本初となる正規空母である。
この日、しょうかくは艦載航空部隊である、日本国防空軍第85航空団と合同で、恒例のF-35C部隊による発着艦訓練を行う予定としていた。時は西暦2033年。正規空母こそ80年以上ぶりに復活したとはいえ、海軍独自の戦闘機部隊までは、あいにくまだ日本国は保有できていない。現実において海自所属の護衛艦である、いずもやかがを発着艦拠点とするF-35Bが、新田原基地所属の航空自衛隊機であるのと同様、憲法改正を経て自衛隊そのものが日本国防軍に改組された作中世界でも、戦闘機は引き続き空軍の専売特許だ。
日常的に海空統合運用を必要とするしょうかくにおいて、海軍と空軍がお互いの運動特性などを知り、とりわけ慎重な統制を必要とする発着艦の際のすり合わせを行うことは、現場に出てからも常に重要な作業だ。乗員にとっては日常の一幕かもしれないが、だからと言ってその重要性が薄まるわけでもない。如何に事故なくこの訓練を終えるか、それが伊賀にとっての最重要事項と言えた。
「もやい、1番放ーせー!!」
「1番放ーせー!!」
伊賀の耳に、出港作業を監督する部下たちの声が届いた。少し間をおいて、ヘッドセットに向けて呼びかける。
「左舷見張員、状況知らせ」
一般的な現代の空母と同様、しょうかく型は艦橋や航空管制室などの重要区画が収まった「アイランド」と呼ばれる艦橋構造物が、右舷寄りに集中して配置されている。艦橋自体は高い位置にあるので、正面や左前方は比較的自分の目で見渡しやすい一方、左舷の真横や後方は飛行甲板の張り出しなどによって、比較的視界が制限されやすい。
そのため、比較的自分で視認しやすい右舷側とは違って、係留された艦艇が出港する際に、慎重な確認が必要となる左舷側は、艦橋から直接状況を視認することはできない。空母の出港においては、自分の目の代わりとなってくれる見張員の協力は、文字通り必要不可欠だ。
「もやい1番放した、異常なし。フェンダー収納中」
「了解、何かあればすぐ知らせろ」
落ち着いた声色で命令を下す伊賀。しかし、この時の彼はまだ理解していなかった。この後、自分が率いる艦がとんでもない事態に巻き込まれるということに。
「艦橋、左舷前部見張。左舷前方約850に小型船1隻、本艦の航路上に向け接近中。相対速度約15ノット」
艦内の空気を一変させたのは、見張員から届いた一本の交信だった。
「は?小型船が航路に接近してるだと?」
伊賀は一瞬怪訝そうに目を細めた。すぐに見張員に聞き返す。
「左舷前部見張、艦橋。当該船舶は漁船か?」
「いえ、漁船ではありません。恐らくプレジャーボートと思われます」
「ちっ、なんでよりによって我々の航路上を…」
伊賀は舌打ちをした。自艦と小型船の間には、幸いまだ多少の距離はある。だが、航路上に入られるのは非常に厄介だ。しょうかくのような大型艦は、速力を0にしても惰性で進んでしまい、すぐにその場で停止するのは物理的に困難だ。手前で停船するか、あるいはいっそ速度を上げて横切ってくれるか、そのいずれかをとってくれなければ、最悪の事態を想起せざるを得なくなる。
そしてその「最悪の事態」は、ごく稀ではあるが過去にも(当事者がしょうかくではないにせよ)実際に起きているのだ。艦長として自分が預かっているこの船に、いらぬ黒歴史をつけるわけにはいかない。
「当該目標を以後アルファと呼称する。速力通信員、現在速力を維持。左舷前部見張、アルファを含む対水上見張を厳となせ。状況の変化を逐一知らせろ」
伊賀の声に、少しずつではあるが緊張の色が浮かんだ。
「おー、空母でっけぇw」
「この距離で見ても迫力やべぇ、あんなの相手にすんのかよ俺らw」
一方、そのプレジャーボートの船上。仲間が次々と悪戯っぽい笑い声をあげる中、相沢拓海はどこか楽しげに薄ら笑いを浮かべていた。
YouTuberグループ「ノーブレーキTV」。過激なチャレンジ企画を売りにする、いわゆる迷惑系YouTuberグループである。「タクMAX」なる活動名を名乗る相沢は27歳。5人組グループの若きリーダーだ。
そのノーブレーキTVが選んだ今回の企画は、「空母相手のチキンレース」。佐世保港の象徴ともいえる存在である、国防海軍の空母しょうかくにチャーターした小型船で接近。航路上で一度停止してから、ギリギリのところで発進して回避するという、あまりにも無謀すぎるチャレンジである。もちろん、良い子も悪い子も絶対に真似をしてはいけない。
だが、YouTuberグループとしての彼らはいわゆる中堅レベルの立ち位置で、最大手と比べると登録者数も再生回数もやや地味だ。その頭打ちな現状を打開しようと、リーダー自ら企画し実行したのがこの企画である。
「オッケー、ここで止めて。ここなら確実にしょうかくは向かってくるから」
相沢の指示で、プレジャーボートはその動きを止めた。約700m向こうに、灰色の巨大なしょうかくの艦体が少しずつ迫ってくるのが見える。
「いざここまでくると、流石にちょっとドキドキするな」
そんな声が仲間の一人から上がった。それを、相沢はすぐさま制する。
「は?何ブルってんのお前、今更ここまで来たら伸るか反るかだろうがよ。『お前、船降りろ』とか言えねぇんだから。一緒に伝説作りに来たんだろ?」
「そりゃそうだけどさぁ…」
「少なくとも、そのシーンは動画には乗せねぇから。あんまりカメラの前でそういうこと言うなよ、ノーブレーキTVの名が廃る」
相沢はそう言うと、右手に見えるしょうかくに向けて不敵な笑みを浮かべた。
「撮影班、ちゃんとしっかりカメラ向けとけよ。今日、俺たちはこれを成功させて、歴史に名を遺すんだ」
「目標アルファ、本艦の航路上で停止!!本艦との距離、700!!」
「は!?航路上で停止しただと!?」
見張員から届いた知らせは、伊賀が想定しうる限り最悪の物だった。手前で止まるでもなく、急いで横切るでもなく、よりによって進路上で停まるとは。「最悪の事態」、つまり港内での軍艦と民間船舶による衝突事故の可能性が、がぜん現実味を帯びてきた。
(機関故障か?それとも政治的妨害活動か?まさか、意図的な悪戯の類じゃないだろうな?)
伊賀は一瞬思考を巡らせる。だが、例えどの理由であっても、何かしらしょうかくとして手を打たなければならないことには変わりない。伊賀は急いで指示を飛ばした。
「両舷停止!!警告信号、短音5回!!続き、拡声器で退避を警告せよ!!」
「了解、警告信号、短音5回鳴らします!!」
その命令に沿って、急ぎ航海科員が短く連続して5回、汽笛を鳴らした。続き、艦橋から拡声器による警告が発せられる。
「前方の小型船へ。こちらは日本国防海軍、航空母艦しょうかく。直ちに本艦の進路上から退避せよ。繰り返す―」
だがその努力もむなしく、プレジャーボート側はしょうかく側の警告を全く意に介さない。それどころか。
「艦橋、左舷前部見張。アルファ、機関停止状態を維持!!乗員らしき男を視認、笑みを浮かべながら、こちらに向けて中指を立てている模様!!」
「故障ではなく、こちらを意図的に妨害してるだと…!?」
伊賀は唇を噛んだ。両舷停止をかけても、まだしょうかく自身は止まらずに進み続けている。このままでは、どこかで舵をきって回避するか、後進一杯をかけて緊急停止させるかしかない。だが、巨大な軍艦は低速ほど舵の利きが悪くなる。逆に後進一杯をかければ、その分機関部に負担をかけることになる。前進であれ後進であれ、「一杯」とは「機関部が破損することも覚悟でかける、文字通りの緊急対応」だ。どちらを選ぶにせよ、しょうかくにとっては出港早々に困難な判断には違いなかった。
一方、同じ佐世保湾内でこの様子を見ていた者がいた。
「あんのバカ、何あんなところで停船してるのよ!!そこはしょうかくの航路上でしょうが!!」
声の主は、日本国沿岸警備隊・沿岸警備艦ふそう警備士、柳田桃子二等海尉。この日、ふそうは任務の間の日常業務のため、一時的に母港である佐世保港に停泊していた。たまたま、艦尾のウェルドックの外扉を開放しており、そこから港内の様子を眺めていたところ、異常事態に気づいたのだ。
「機関異常か何かでしょうか?」
「分からない。でも、あのままじゃ確実に衝突事故になる」
部下の1人の問いかけに、柳田は切羽詰まった様子で答えた。反射的にその体は動く。
「あれをほっとくわけにいかない。ふそうが入港中に、目の前で衝突事故が起きました、なんて許されるわけないでしょうが。…、1番艇出すよ!!発艦準備急いで!!」
そう声を上げると、彼女はすかさず艦内無線に手をかけ、スイッチを入れた。
「CIC、ウェルドック。港内にて、国防海軍空母しょうかくの航路上に立ちふさがっている、プレジャーボートを視認。残存距離、約600。しょうかくの警告に応じる兆候なし。航路上より排除の要ありと判断。1番艇、緊急発艦許可願います」
「ウェルドック、CIC。こちらでも状況確認済。緊急発艦を許可する。1番艇、全力即時待機となせ。準備出来次第発艦」
艦内無線の向こうからは、即座に聴き慣れた声が返ってきた。この沿岸警備艦ふそうと、そこで勤務する248名の乗員を預かる30歳の若き艦長、真行寺蒼一等海佐である。
「了解、ありがとうございます」
「柳田、あなたまで一緒にしょうかくに衝突なんかするんじゃないわよ。1番艇もぶつからずに済むように、必ず安全距離厳守で弾き出しなさい。…、あなたが飛び出して行ってケガする場面なんて、見たくないからね」
蒼の呼びかけに、柳田はほんの一瞬だけ口元に笑みを浮かべた。約半年前に発生し、自身が右目に重傷を負うことになった「第六十二円竜丸事件」。あの夜の記憶は、当事者としてもちろん脳裏に今も残っている。だが、もうあの時のような結末は繰り返させないし、繰り返すつもりもない。
「大丈夫です、ちゃんと心得てます。今度は誰も、死なせもケガさせもしませんから」
「オーケー、なら行ってきなさい」
「Aye, ma’am!!」
柳田はそう答えるや否や、部下たちが待つ1番艇へと急ぎ乗り込んだのだった。
「本艦とアルファの距離、残り500!!」
「回避運動はじめ!!とーりかーじ!!」
「とーりかーじ!!」
一方、しょうかく艦橋の伊賀は、何とかしてプレジャーボートとの衝突を回避しようと必死だった。5ノット程度の低速で、舵の利きがよくない中、左に舵をきって自艦の進路を変更しようと試みる。少しずつ、艦首がゆっくりと左側に向き始める。だが、相対距離を考えるとタイミングはかなりギリギリだ。
(クソ、なんで湾外に出てもいない段階でこんな面倒なことに…)
伊賀はまた唇を噛み、こぶしを握り締めた。人一倍神経を使う港内での操艦は、出入港の別を問わず艦長の専権事項だ。状況を把握しながら細かく部下に指示を出し、沖へと抜けていくまでの作業は、艦のトップにしか担えない重責である。湾外へと抜けて、航海長に操艦を渡した瞬間、少し肩の荷が下りたような気分になるのは、伊賀に限らずどの艦長でも一緒だろう。
それだけ神経を使う作業である出港で、まさかこんなトラブルに自分の船が巻き込まれることになるとは。伊賀の眉間にまた一つしわが寄った、その時だった。
「艦橋、左舷前部見張。左舷側、佐世保沿岸警備局方面より短艇1、高速接近!!アルファの排除に向かっていると思われます!!」
「沿岸警備隊が…!?」
思わぬ「助っ人登場」の知らせに、伊賀は思わず目を見開いた。32,000tの巨艦であるしょうかくは、眼前にいるプレジャーボートなど相手にならないほどの質量の持ち主だ。まともにぶつかれば、ボートの乗員の命はまず保証などされない。
だが、だからといって我々国防海軍が守るべき国民が乗っている船に、自らぶつかりにいくことなど軍人として許されない。現実に採れる選択肢は、手前で停止するか、操艦によって回避するか、船そのものを航路上から排除するかのどれかしかない。そして、航路上からの危険船舶の排除は、日本国防海軍ではなく、海上や港湾での治安維持を使命とする日本国沿岸警備隊にこそ、成しえる仕事なのだ。
「取り舵15度!!」
操舵員が叫ぶ。それに呼応して、伊賀は声を張り上げた。
「もどーせー!!後進いっぱぁーい!!」
「もどーせー!!後進いっぱぁーい!!」
惰性で前進し続ける推進力を殺すため、低速とはいえ機関部への負担を承知でかけた号令。その声が響くと同時に、艦全体を「ガタン」という衝撃が襲った。
目の前に、プレジャーボートが少しずつ近づいてくる。水しぶきと唸りを上げながら、柳田らが搭乗する1番艇は猛スピードでしょうかくの航路上へと向かっていた。
「艇長!!このスピードのままでは、船首から突っ込めば本艇にも少なからず衝突のダメージが入ります!!最悪海中に全員投げ出される可能性もありますが、どうしますか!?」
操舵員の問いかけに、柳田はちらりと視線を右手にやった。舵を左に切り、必死に回避しようと試みるしょうかくの巨体が目に入る。その姿は、柳田自身を含めてふそうの乗員にとっては、特別な感情を呼び起こすものだ。
ほんの1か月前、ふそうはこのしょうかくとともに共同交戦の機会を得た。オペレーション・イーグル。昨年秋頃に東京を狙って発生した、東亜連邦による「地下鉄六本木駅爆破事件」と「首都ミサイル攻撃未遂事件」への報復として、上海の東亜連邦ロケット軍基地に対する空爆作戦だ。
しょうかくから発艦した第85航空団を護るため、ふそうはその前段の戦闘で戦力不足に陥った海軍への支援として、臨時にしょうかく率いる国防海軍第2護衛隊群に加入。海軍指揮下でともに戦闘任務に従事し、臨時に搭載したSSM-1Bで敵旗艦「南寧」を撃破して見せるなど、勝利にも大いに貢献したのである。
過去には任務上のいざこざによって、一時は冷戦状態と形容されるほど関係が悪化した、沿岸警備隊と国防海軍。だがオペレーション・イーグルの成功を経て、彼らは再び「同じ日本国防軍の仲間」として和解を果たしていた。当然、共に戦った間柄であるしょうかくに対しても、ふそうの面々は特別な感情を抱いている。そのしょうかくを助けこそすれ、余計な面倒ごとを引き起こすのは許されないだろう。柳田は決心した。
「少し航速を落として、ドリフトで突っ込んで!!」
「ど、ドリフトですか!?」
「こっちの右舷を相手の船尾にぶつけて、そのまま押し出す。しょうかくの航路上から完全に抜けた段階で、そのまま乗り込むよ!!」
予想外の命令に、思わず聞き返してきた部下に対して、柳田は力強く答えた。
「りょ、了解!!やってみます!!」
操舵員が応じたのを尻目に、柳田は後ろにいた突入要員に向かって振り返る。
「総員、左舷側に寄って待機。右舷側からは離れて!!衝突の瞬間に手を挟まれないように、急いで!!」
「了解!!」
部下たちが指示通り、全員左舷寄りに位置を取り直したのを合図に、1番艇は勢いよくドリフト航行を開始した。柳田が声を張り上げる。
「Steady!!(突入用意!!)」
プレジャーボートが目前に迫る。ほんの一瞬、中にいた乗員と柳田の目が合った。自分と同い年か、少し若いくらいのその男が、予想外の光景に目を見開く。スローモーションのように展開されたその光景は、鈍くもド派手な衝突音とともに、一瞬で速度が元に戻った。
「ドゴォッ!!」
衝突の衝撃が、1番艇の乗員たちを襲う。多少速度は落としていたとはいえ、勢いのままにぶつかったショックで、思わず柳田は一瞬たじろぐ。だが、その運動エネルギーが功を奏したか、しょうかくの航路上に停止していたプレジャーボートは、柳田の狙い通り勢いよくしょうかくから見て右舷方向へと押し出された。
「しょうかく、航路クリア!!」
突入要員の一人が声を上げた。柳田がその声でとっさに振り向く。その目に映ったのは、本来の航路上にあった障害物を取り除かれつつも、緊急で「後進一杯」を下令し停止したしょうかくの姿だった。ほんの一瞬、安堵のため息が口をつく。だが、我々の仕事はあいにく、まだ終わっていない。
「了解、確認した。それじゃ行くよ。Hunt!!(突入!!)」
低く、短いながらもはっきりとして号令に合わせて、突入要員たちが一斉にプレジャーボートへと乗り込む。その様子を見ながら、柳田は一人無線機のスイッチを入れた。
「マイティクレーン、ネプチューン1。航路上のプレジャーボートを本艇にて排除完了した。貴艦の航行に支障なし。繰り返す、プレジャーボートを排除完了した、貴艦の航行に支障なし」
通信先は、しょうかくの艦橋にいた伊賀だった。マイティクレーンとはしょうかく、ネプチューンとはふそうのコールサインのことである。一呼吸おいて、無線機の向こうから安堵の色を帯びた伊賀の声が聞こえてきた。
「ネプチューン1、マイティクレーン。本艦の航路上からの排除を確認した。身体を張ったご対応、誠に感謝する」
「いえ、沿岸警備隊として当然の仕事をしたまでです。それに、ウチの艦としょうかくの仲ですから。不届き者はこちらで拘束します、どうかご安心を」
「了解。改めてありがとう、柳田二尉」
その言葉に一瞬笑みを浮かべてから無線を切ると、柳田は一転してシリアスな表情で、プレジャーボートへと自身も乗り込んだ。ホルスターから拳銃を抜きつつ船内に入ると、既に自分の部下たちが手元の銃に手をかけながら、中にいた若者5人組ににらみを利かせていた。容疑者全員の顔を見渡した後、柳田が声を張り上げる。
「日本国沿岸警備隊よ。全員、両手を見える位置に。その場から動かないで」
その言葉にもかかわらず、その場から咄嗟に動こうとした者がいた。ノーブレーキTVのリーダー、「タクMAX」こと相沢である。その瞬間、柳田は手慣れた動作で銃口を彼に向けた。低い声と鋭い視線、そしてまっすぐ彼の左肩に向けられた銃口によって、有無を言わせず相手の動きを制圧する。
「動くな!!両手を頭の後ろに、そのままその場で跪け!!」
その短くも威圧感のある命令に、相沢が渋々その場で跪くのを見て、柳田は威厳のある声で告げた。それは、日本国憲法第9条の改正を経て海上保安庁から組織が改組され、軍隊としての法的地位を得た「日本国沿岸警備隊」となってなお、彼らが平時における仕事として担う海上法執行機関としての姿を、象徴するような一言だった。
「計5名、刑法第125条2項の往来危険罪、並びに同125条の2、国防艦船等航行妨害罪の疑いで、現行犯逮捕する。確保ォ!!」
「あーあ、下手こいたわ全く。まさか、肝心なところでエンジン始動が間に合わなくて捕まるとかさぁ」
佐世保港における沿岸警備隊の拠点、佐世保沿岸警備局。その一角にある留置施設内の取調室に移されても、身柄を拘束されたノーブレーキTVの面々には、不思議と反省の色は薄かった。
「相沢拓海、27歳。迷惑系YouTuberグループ『ノーブレーキTV』のリーダーとして、『タクMAX』の名で活動。閉店時間を超えた飲食店への居座り、発車ベルが鳴ってからの駆け込みによる列車運行の妨害、そして漁船に対する漁業妨害。挙句に今回は空母相手のチキンレース?…、呆れたものね」
これまでの行状を読み上げつつ、最後には露骨なまでに嫌悪感を丸出しにしつつ吐き捨てた柳田に対して、目の前で椅子に腰かけた相沢はなおも薄ら笑いを浮かべていた。
「他人がやらない企画を形にするのが、俺らの真髄だからさ」
「ハッキリ言わせてもらうけど、馬鹿じゃないの?こんなの、単に他人に迷惑ばかりかけて、社会の秩序を乱してるだけでしょうが。私みたいなのからしたら、一番軽蔑すべきクソ野郎よ、アンタみたいな輩はね」
「クソ野郎で結構。あいにく、俺らみたいなのを求めてる奴が世間には一杯いるからさぁ。その需要に応える義務があるんだよ、俺らみたいなのは」
相沢はそう答えると、柳田を挑発するかのように両手を広げてみせた。
「ねぇお姉さん、俺らどれくらいで出してもらえんの?俺ら、こんなところで捕まってる場合じゃないんだけど。帰って動画編集とかやらないといけないんだからさぁ」
「は?馬鹿言ってんじゃないわよ、少なくともしばらくは娑婆になんか戻れないと思いなさい。そもそもアンタ往来危険罪の法定刑、分かってんでしょうね?」
「知ってるよ?2年以下の拘禁刑か、20万円以下の罰金でしょ?一応ちゃんと勉強したに決まってんじゃん。で、20万円だったら俺ら別にすぐ払えるし」
なおも不敵な笑みを浮かべる相沢。だが次の瞬間、その表情が柳田の一言で怪訝なものに変わる。
「えぇ、刑事裁判の方はね。ただし、民事の方まで含めたら、アンタたちの負担は20万円どころじゃすまないけど?」
「えっ…?」
予想外の返答に、思わず相沢が聞き返した。今度は柳田のターンである。
「そもそもアンタ、あの空母建造するのに、一体いくらかかってるか知ってる?1隻5000億円、出所は全部国民の血税なんだけど?たまたま今回は私たちが弾き飛ばしたからぶつからずに済んだけど、もし本当にアンタたちの故意で衝突事故が起きた時に、そのたった5000分の1でもアンタたちに払えんの?」
「いや、でも結果的にぶつからなかったじゃ…」
「ぶつかろうがぶつかるまいが、アンタたちが国防軍の活動の邪魔したことには変わりないの。アンタたちが妨害したしょうかくはね、所属こそ海軍だけど乗ってる航空機は空軍の物。もちろん、乗員の中にも海軍も空軍も両方いる。彼らは今日、合同で発着艦訓練をやるために出ていくところだったの。つまり、アンタたちの安易な悪戯で、私たち沿岸警備隊や海軍だけじゃなく、空軍にまで迷惑かかってんのよ。理解できてんの!?」
柳田の声は、少しずつ熱を帯び始めていた。こぶしを握り締めながら、目の前にいる容疑者をにらみつける。
「今回のアンタたちの所業のせいで、本来やるべきだった訓練は中止。しょうかくの方では、機関部の臨時点検までやらざるを得なくなった。全てアンタたちの責任よ。よしんば刑事事件の方が20万円で済んだとしても、民事で恐らく国からは損害賠償請求が来る。果たしてその損害賠償、たかがYouTuberごときに払える金額かしらね?」
「そんな、聞いてねぇよそんなの!?20万円で済むと思ってたのに!!」
相沢は思わず声を上げる。だが、それを遥かに上回る柳田の怒声が、それを遮った。
「たった20万円で済むわけないでしょうが、馬鹿じゃないの!?アンタたちは、自分たちの自分勝手な動機のために、正当な業務のため出港しようとしてた空母乗員の人命を、みすみす危険に晒したのよ!?アンタたちは自分たちが注目集めるためなら、他人の人命すら何とも思ってないってわけ!?」
その声に気圧されたか、口をつぐむ相沢。柳田はその姿に一度大きくため息をつくと、一転して冷たく言い放った。
「もういい、分かった。反省の色もないようだし、アンタのこと検察に送致するから。続きは法廷でやって。アンタたちがいかに身勝手で社会常識がないか、社会の先輩方に存分に教えてもらうといいわ」
「は…!?検察…?送致…!?」
早期に出られない、それどころか自分が司法の場に送られると理解して、相沢の顔色が流石に一変した。
「ちょっ、何だよ検察って。お姉さん軍人だろ!?軍人がそんなこと言いだすなんて、越権行為じゃねぇかよ!?そんなこと言う権利アンタにないだろ!?」
「えぇそうよ、私は紛れもなく軍人よ。ただし、同時に法執行官でもあるの。沿岸警備隊員である以上ね」
柳田はそう答えると立ち上がり、完全に余裕を失って青ざめた表情の相沢を見下ろしながら、これまでで一番強い怒気を含んだ声で言い放った。そのセリフは、同じ日本国防軍の一員でありながらも、陸海空軍とは異なる使命を持つ、沿岸警備隊ならではの誇りとプライドを感じさせるものだった。
「平時には法執行機関として働く軍隊、それが私たち日本国沿岸警備隊よ。アンタたちみたいに、この海を舞台に自分勝手なことするバカをとっ捕まえて、法の裁きを受けさせることが仕事。これは越権でも何でもない、私たちに課せられた任務であり使命なの。沿岸警備隊なめんな!!」
作中に登場する往来危険罪(刑法第125条2項)は実在の犯罪ですが、国防艦船等航行妨害罪(同125条の2)は、本作に登場するオリジナル条文です。現実の自衛艦への妨害は、往来危険罪の方でまとめて処理する座組のようなのですが、作中世界ではより強力な法的対応が必要であろうと考え、考えてみました。
それにしても、「第125条2項」と「第125条の2」って、条文番号の付け方としては正しいのですが、数字が被ってるのでめちゃ分かりづらいですねw 余談ですが、作中世界では第125条の3「国防航空機等運航妨害罪」というのもありますよ。今回は取り上げない予定ですけどね。
次回からは本編に突入していきます。今作もよろしくお願いいたします。それではまたお会いしましょう。