Neptune Ⅱ~蒼海の追跡者~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

10 / 10
こんにちは、R提督です。

今回から、物語の舞台が新しい場所へと遷移します。ふそうが向かったその場所とは?そしてそこで再会した人物とは…?それではどうぞ。


第三章:追跡開始(中篇)

 「ただいまより那覇港に入港する。ラッパ用意!!」

 「ソーソッソシーシッシ、レーレッレソーソレーレ、ソーソッソシーシッシ、レーレッレソッシソー♪」

 「入港用―意!!」

 艦橋に蒼の命令と紺野のラッパ、そして桜井の元気な叫び声が響き渡る。沖縄本島の西岸。那覇港へと接近する沿岸警備艦ふそうの前方には、那覇新港地区の岸壁と、その背後に広がる市街地が見え始めていた。

 目的地は、日本国沿岸警備隊における最南端の司令部である、沖縄沿岸警備局。ふそうが遥か佐世保からここにやってきたのには、理由がある。南西貿易サービスで潜入捜査を行っていた篤志から、極めて重要な情報が入ったのだ。

 近々、伊万里周辺を最終目的地とした、大規模な貨物輸送が実施され、日本側がその一部を受け取る予定であること。その輸送には、「ALBATROS」または「アルバトロス04」が関与する予定であること。そして、乗員は一時的な休息と補給のため、沖縄を経由して伊万里へと向かうこと。彼はこれらの情報を、片桐から直接耳にした。

 加えてもう1つ、重要な情報が篤志からはもたらされた。彼が持ち込んだ資料にある輸送予定の管理番号が、司たちの調べていた海外の海上輸送関連資料にも記録されていたのだ。その記録は、黒島沖の潜水体が活動した時期に九州方面で動いていた、とある船舶と繋がっていた。

 さらに、葛城と灰原が以前から進めていた、航跡・海洋情報の分析によって、その船舶が潜水体と接触できた時間帯や海域が絞り込まれる。運航記録とも照合した結果、あの潜水体がコンソルシオと関係があるものであったことが、ついに裏付けられたのだ。

 今回の「沖縄経由伊万里行き」の輸送計画も、「アルバトロス」の識別子が示すとおり、恐らくはコンソルシオが手掛けるものである可能性が高い。沖縄を経由して伊万里へ、ということは、恐らくどこかに接岸して乗員が上陸するのだろう。そうなった場合、乗員が分散して足取りを掴むのが困難になる。伊万里には行かせず、沖縄にも上陸を許さずに拿捕・逮捕すること。それが今回のふそうの目的だった。

 「両舷停止!!」

 入港時の操艦作業を担う蒼の声も、今回ばかりはいつもより少し、張り詰めていた。

 

 「流石にこの時期の沖縄は暑いですねぇ」

 上陸後、岸壁に降り立った葛城が漏らす。季節は6月に入り、沿岸警備隊は衣替えの時期を迎えていた。今、ふそう乗員が身に着けているのは、海軍の「幹部常装第3種夏服」をベースとした「サマードレス」。ぱっと見の印象は全くと言っていいほど変わらないが、前身たる海上保安庁から継承した梅をあしらった帽章と、青地に黄色の錨とラインが入った階級章のカラーリングで、区別ができる仕組みである。

 ちなみに、沿岸警備隊の制服は男性用と女性用があるが、女性の服制はユニセックスとなっているため、女性隊員であっても男性隊員と同じ官帽型制帽や、開襟シャツとパンツを身に着けることも許されている。そのため、ふそう乗員は基本的に男性的な装いを好むが、開襟シャツであってもやはり6月の沖縄が暑いことには変わりはない。

 「寒さで凍えるよりはマシじゃない?」

 蒼が軽口を叩く。

 「そりゃ寒さで凍えるのもしんどいですけど、寒い時は着込んで調整できるじゃないですか。暑い時の対策には限界がありますしね…」

 「まぁ、確かに体調管理にもかかわる話だものね。艦内の空調には気を付けておくよう、曹士のみんなにも伝えましょう」

 蒼はそう答えると、前方を見据えた。ふそうの停泊している向こう側に1隻、全く同じ姿をした大型艦が係留されている。だが、艦首に描かれている艦番号と艦名は異なる。ふそう型沿岸警備艦3番艦「MGV-03 みずほ」だ。就役から約半年の新鋭艦で、手入れの行き届いたふそうと比べても船体がまぶしい。

 みずほから歩いてくる女性を見て、蒼は笑みを浮かべた。懐かしい顔だ。涼しげな目元、茶色のポニーテール、背筋の伸びた姿勢。記憶と違うのは、肩の階級章が3本線から4本線に増えていることだった。

 「ご無沙汰してます、艦長。お元気そうで何よりです」

 その人物、前ふそう副長兼砲雷長にして、現みずほ艦長・沢渡真白一佐は、蒼と葛城の目の前まで来ると、笑顔を浮かべながら右手を差し出した。蒼も、その手をガッチリと握り返…そうとするが、寸前でふと何事かを思ったか踏みとどまった。その行動に、沢渡が少し困ったような顔をする。

 「ねぇ、第一声で私のことを何と呼ぶだろうと思ってたら、『真行寺一佐』とかじゃなしに、いまだに艦長呼びするのね?」

 「正直、どう呼んだものか分からなくて。今更『真行寺一佐』なんて、よそよそしいじゃないですか。それに、癖になってるんですよ。去年1年間、あなたの下でずっと右腕として働いてたんですから」

 沢渡も苦笑いする。それに対して、蒼は一度大きく息を吐いた。

 「でも、いつまでもそれじゃまずいわよ。今はあなたも一佐で艦長、私とは対等な立場なんだから。まして、あなたは私より年上でしょう?だったら、わざわざ私相手に敬語使うのなんてやめなさいよ。これからはお互い、対等な立場で話しましょ?」

 「…、いいの?」

 沢渡が目を丸くする。

 「そうでなきゃ、私がなんか気持ち悪いもの。ネームシップを率いてるか否かで、艦長としての格が変わるわけでもないでしょ?」

 蒼の言葉に、沢渡はしばし驚いたように固まったが、やがて納得したのかフッと笑いを漏らした。

 「それなら遠慮なく。…、久しぶり、蒼」

 「えぇ。久しぶり、真白。ここでまたあなたと会えて嬉しいわ」

 「こちらこそ」

 今度こそ、2人の間でがっちりと握手が交わされた。葛城も蒼に倣う。

 「お久しぶりです、沢渡さん。まさか、去年までのアンタと同じ階級とほぼ同じポジションで、アンタとここで再会できると思わんかったですわ」

 「私もよ、葛城二佐。…、頭じゃ分かってても、まだなんか慣れないわね」

 「あれ、ウチに対しては『葛城二佐』呼びなんや?」

 「だってあなたは、去年も私から見たら部下だったでしょうが」

 沢渡のツッコミに、岸壁に笑い声が響いた。だが、その笑い声はそう長くは続かない。

 「そういえば、ふそうは那覇には初寄港だったわよね?それならあなたたち、那覇基地の構造にもあまり詳しくないんじゃない?」

 真剣な表情に戻った沢渡が、2人の顔を交互に見比べる。

 「えぇ、あいにくね。庁舎の方まで案内してくれない?」

 「もちろん。ついてきて」

 3人は、連れ立って沖縄沿岸警備局の庁舎に向けて歩き出した。その道すがら。

 「おーい」

 基地内と道路を隔てたフェンスの向こうから、手を振りながら呼び掛けてくる人物がいる。ご高齢の夫人のようだ。地元の人だろうか。

 「あら、もしかしてあの人、私たちに向かって呼び掛けてない?」

 「たまに、地元の人がああやって見に来るのよ。中の様子が見えるから、どうやら興味ある人たちにとっては穴場スポットみたいね」

 「沿岸警備局って、単なる警備船隊司令部ってだけじゃなくて、地元市民向けの行政センターでもあるわよね?制限区域じゃなければ敷地内にも堂々と入れるのに、わざわざあそこから見てるわけ?」

 「民間人が立ち入るには事前予約が要るでしょ?予約したらしたで、来庁当日は基地警備隊のエスコートがつくし。まぁ、軍事施設である以上そういう制限があるのは当然だけど、そういうのを面倒くさがる人もいるのよ」

 首を傾げた蒼に沢渡はそう答えると、腕時計に一瞬視線を落とす。

 「あら、まだ少しこの後の会議まで、時間的に余裕あるわね。ねぇ、せっかくだしちょっとばかり『ファンサービス』でもしに行かない?」

 蒼と葛城は顔を見合わせた。去年の沢渡なら、まず口にしなかった言葉だ。

 「こんにちは、おばあちゃん。声かけてくれてありがとうございます」

 沢渡は、念のため安全を確保できる距離まで近づくと、フレンドリーな笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。その後ろで、蒼と葛城もそれに倣う。

 「あらぁ、にふぇーどーねぇ。わざわざ近くまで来てくれて嬉しいさぁ」

 おばーは嬉しそうに笑顔を浮かべた。続いて、沿岸警備隊員からするとなんとも複雑なセリフが、その口から飛び出す。

 「わんはうちなーのいなぐだから、軍隊には正直あまりいい印象を持ってないわけ。やしが、沿岸警備隊は海の警察でしょう?だから頑張ってほしいばーよねぇ」

 (海の警察…)

 蒼はその言葉を噛みしめた。かつて自分が入学した海保大は、非軍事の海上警察機関の学校だった。だが今の沿岸警備隊は、海保の法執行任務を引き継ぎつつ、国防も担う軍隊だ。その違いは、まだ十分に伝わっていないのかもしれない。

 「ありがとうございます、おばあちゃん。応援してくれて嬉しいです」

 沢渡は、穏やかな口調を崩さないまま語りかけた。

 「でもね、ごめんなさい。実は一個だけ違うんです。私たち沿岸警備隊も、今は軍隊なんですよ。こう見えて、私たちも軍人なんです」

 彼女の言葉に、おばーは驚いて目を丸くする。

 「え!!?沿岸警備隊って、要するに海保さんじゃないわけ!?」

 「あぁ、船の見た目は別に変わってないから、確かに分かりづらいですよね」

 沢渡は苦笑いを浮かべると、分かりやすい言葉で説明し始めた。

 「確かに、海上保安庁って名乗ってた時にやってたお仕事は、今は全部沿岸警備隊が引き継いでます。灯台の整備をしたりとか、不審船捕まえたりとか。でも、今はそれに加えて国防任務も任されるようになったんです。なので分かりやすく言うと、『普段は警察のお仕事をする軍隊』になったんですよ、私たち」

 「あらやだ、そうだったわけ!?ごめんなさいね」

 沢渡は穏やかに誤解を解いていく。かつて「鬼の副長」として艦内を引き締めていた頃とは、また違う姿だった。

 「謝らなくて大丈夫ですよ、ちょっと分かりづらいのは仕方ないので」

 沢渡はなおも語り掛け続ける。

 「でも代わりと言っては何ですけど、せっかくなので一個だけ、私のお願い聞いてもらってもいいですか?」

 「どんなお願い?」

 おばーが聞き返す。

 「できれば私たち沿岸警備隊以外の軍隊、つまり陸海空軍に対しても、あまり偏見は持たないであげてほしいかなって思うんです」

 沢渡の声色が、少しだけ真剣になった。

 「もちろん、沖縄の方が軍隊ってものに対して、色々複雑な思いを持ってらっしゃるのは分かります。私、去年まで後ろのこの2人と長崎の佐世保で働いてて、ここに来てまだ半年くらいなんですけど、それでも何となく皆さんが抱えてる思いがあるのは伝わりますよ。沖縄は歴史的にも色々悲しい過去があるし、アメリカ軍基地の話だって、ここに来ると本当に実感できますもんね」

 でもね、今の日本国防軍って、少なくともその悲しい歴史を繰り返させないために、皆で力を合わせて頑張ってるんです。この沖縄と、そこに生きる皆さんを含む日本国民の命を護ること。それは、私たちはもちろん国防軍全体の共通の使命なので。

 「去年までの私の部下の中には、まさにこの那覇で生まれ育った沖縄出身の子もいました。彼女は今も、こちらの真行寺一佐の下で、使命感を持って日々働いてます。そして、そういう人って陸海空軍にも絶対いるんですよ」

 沢渡はそう言うと、後ろに立っていた蒼を指し示した。それに従って、おばーの目がこちらに向けられる。蒼はとっさに会釈をした。ちなみに沢渡が言及したのは、もちろんふそう水雷長・我那覇翠のことだ。

 「だから、私たち沿岸警備隊を応援してくれるのはとても嬉しいんですけど、陸海空軍のことも同じくらい応援してあげてほしいです。みんな、それぞれの分野で皆さんのために頑張ってるので。よろしくお願いします」

 そう言って、沢渡はおばーに対して頭を下げた。彼女の言葉に呆気にとられた様子のおばーだったが、やがて口を開く。

 「そうね、あなたの言う通りうちなーの人間は、色々悲しい歴史を抱えながら生きているわけ。わんもそういう物の見方でちゃー生きてきた。だから、軍隊に対する考え方をすぐに変えるのは、簡単じゃないかもしれんわね」

 「そうですか…」

 沢渡は少しだけ残念そうに肩を落とす。だが、話はそこで終わらなかった。

 「やしが、ねーねーがそこまで言うなら、少しでも前向きに見られるよう頑張ってみるさぁ。色眼鏡で見ただけで『あれは好きじゃない』って決めつけちゃうの、よくないものね」

 「本当ですか!?ありがとうございます!!皆、きっとおばあちゃんみたいな人が応援してくれたら、喜ぶと思いますよ」

 沢渡の声が弾む。蒼はその姿に、昨年の出来事を思い出した。

 ふそうによる「長征2901」撃沈を機に、沿岸警備隊と海軍は深刻に対立した。町田首相の仲裁と、その後の共闘を経て、ようやく関係を修復したのだった。

 沢渡も当時は対立の当事者だった。その彼女が今、陸海空軍への理解を求めている。蒼には、それが何よりの成長の証に思えた。

 「そういえば、ねーねーたちみんな立派な制服着てるわね。もしかして偉い人だわけ?」

 ふと、おばーが話題を変えるように口を開く。

 「はい。私と後ろの彼女は艦長、つまり大型艦のリーダーをしています。こちらの彼女は、この人の船の副長で、ナンバー2ですね」

 沢渡が、順に蒼と葛城を指し示しながら答える。おばーはそれに目を丸くした。

 「あらぁ、そうだったわけ。みんな若くて綺麗なのに凄いわん。でーじだろうけど、頑張ってね。応援してるさぁ」

 「ありがとうございます!!」

 3人が頭を下げ、おばーは去っていった。軽い「ファンサービス」のつもりが、励まされたのはこちらだったかもしれない。

 「真白…。あなたこの半年で、本当に成長したわね」

 蒼は感慨深そうに呟く。褒められた側の沢渡も、少しだけ照れた笑みを見せる。

 「あら、そう?」

 「えぇ。本当によく似合ってるわ、その両肩の4本線」

 フェンスの前で一斉に3つ、満開の笑顔の花が咲いた。

 

 緋村陽菜一士、19歳。ふそうの全乗員248名の中で、最年少の隊員である。一般入隊の隊員は、入隊から6か月で二士から一士に昇任するため、階級上は最下級戦士ではないが、まだまだ新米という立ち位置だ。

 出身は長崎のお隣、佐賀県。有事の際に備えて、様々な物品を制作するのが仕事の応急工作員という肩書が示すとおり、配属されているのは3分隊の機関科。指揮系統的には茜谷の指揮下にある。応急長の彼女を慕う緋村だが、特に気安く接している幹部は別にいた。

 「銀山二尉~!!こんなの作ってみたんですけど、ちょっと見て欲しいです!!」

 緋村が声をかけたのは、26歳の機関士・銀山瑞希二尉。明るく面倒見のいい彼女は、緋村にとって話しやすいお姉さんのような存在だった。もちろん、幹部と曹士としてのけじめはある。

 那覇港に停泊中の今は、機関周りの点検や確認は必要だが、それが終われば基本的には暇だ。3分隊の面々は、多くが暇を持て余した状況だった。

 「お、今日は何作ったの陽菜ちゃん?見せて見せて」

 銀山はいつも通り、フレンドリーな笑みを浮かべつつ、興味深そうに緋村が後ろ手に持っているものを覗き込もうとした。その視線の目の前に、緋村が隠し持っていたものを差し出した。途端に、銀山の目が驚きで大きく見開かれる。

 「えっ、ナニコレ、すごっ…!!ふそうじゃん…!!」

 それは1/350スケールのふそうの模型だった。白い船体に青いSマークと「JAPAN COAST GUARD」の文字。前部甲板の127㎜砲と76㎜砲、艦橋後方の広い甲板、ヘリ格納庫、ウェルドックの外扉まで再現されている。

 「すっごーい!!えっ、これ本当に陽菜ちゃんが作ったの!?」

 「はい!!去年秋に着任してから、ようやく船にも慣れたので、作ってみたくなって」

 「そうなんだー!!いや、これ本当に凄いよ。よく作ったね、偉いぞ!!おねーさんが褒めて進ぜよう」

 「えへへ~、やった~♪」

 銀山に頭を撫でられて、一気に上機嫌になる緋村。その時、背後から声がした。

 「機関士。曹士と仲がいいのは結構ですけど、あなた一応幹部なんですからね。ちゃんと締めるべきところは締めてくれなきゃ困りますよ」

 振り返ると、主機員で先任伍長も兼ねる藍原澪曹長がいた。41歳のベテランで、艦内の曹士をまとめる立場にある。

 階級こそ銀山よりは下だが、機関科の曹士として現場で積んできた経験値は、彼女のそれとは比較にならないほど豊富だ。年齢的にもむしろ藍原の方が上なので、銀山は彼女に対してはリスペクトも込めて、タメ語で話すことを避けていた。

 「はーい、すんません先任。いつも無邪気に懐いてきてくれるのが可愛くて、つい」

 銀山は軽く頭を下げると、「っていうか、そんなことよりこれ見てくださいよ。陽菜ちゃんが作ったんですよ、このふそうの模型」と、自分を驚かせた作品を藍原に対して指し示す。たちまち、先任伍長のリアクションも先ほどの銀山とほとんど同じになった。

 「えっ、マジで!?何これヤバッ!?」

 先任の大声に、偶然機関室前を通りかかった他分隊の曹士2人が足を止めた。

 「えっ、何ですか今の声?」

 「先任伍長の声よね?何かあったのかしら」

 1分隊の水測員・安河内桔梗一曹と、2分隊の操舵員・黒木恵麻二曹だった。分隊こそ違うものの、二人は普段から親しく、非番の時間にはよく行動を共にしていた。

 「えっ、緋村これ、アンタが作ったの!?」

 「はい、せっかく配属していただいたので、ちょっと作ってみたくなって」

 「これ、めっちゃ制作に時間かかったんじゃないの?」

 「去年の秋くらいからですかね~。船体部分は基本的に自作です。主砲とかマスト、アンテナ系は、既存の駆逐艦の模型を上陸の時に買ってきて、使える部分を流用したりなんかかしましたね」

 「いや、これはめっちゃ凄いわ。素直に感心した。緋村、アンタめっちゃ手先器用なんだね。それ、絶対武器になるから大事にしな」

 「ありがとうございます!!」

 緋村は満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに頭を下げた。その時だった。

 「えっ、すごーい!!どうしたんですか、このふそうの模型!?」

 安河内と黒木の2人が模型に惹かれ、機関室に入ってくる。

 「凄いでしょ、緋村一士が作ったんだよこれ」

 「めっちゃ出来がいいじゃないですかこれ、超細かい…」

 「なんか、こういうのめっちゃ好きです。自分の職場に愛情こもってる感があって」

 銀山の言葉に、彼女たちも感慨深そうに1/350スケールのふそうを眺める。やがて、自然と安河内の口からこんな言葉が飛び出した。

 「ね、これ機関科だけで独占してちゃもったいなくない?」

 「確かに!!これ、他の分隊の非番の子たちにも見てもらいませんか?せっかくだし、みんなに見せてあげたいです、これ」

 「えっ!?」

 居合わせた機関科一同が、思わぬ提案に目を丸くする中、2人はあっという間に「ちょっと広めてきま~す」と機関室を飛び出していった。「ちょっと安河内!!アンタ一曹でしょうが!!ここに人を集めるんだったら、先に機関長にちゃんと許可とんなさい!!!」という、藍原の叫びも聞かず。

 

 「すいません機関長、私はちゃんと止めたんですけどね。後でちゃんとしっかりシメておきますんで」

 「まぁ仕方ないわよ、これだけ凄い作品見せられたらね。正直、艦長も副長もいないタイミングでやられたのは、非常に面倒くさかったけど」

 艦長と副長は会議で不在。2人は機関長の茶谷や、当直士官の灰原への事前確認を飛ばしてしまったのだ。一等海曹で、部下の手本にもなるべき立場である安河内が、これをやらかしたのはだいぶ問題だろう。もっとも情状酌量の余地がないわけでもなく、事後にケツを拭かされた茶谷は苦笑いだった。

 機関室の一角は小さなギャラリーと化していた。幹部も曹士も、自分たちの船を精巧に再現した模型を見に集まってくる。作者の緋村は称賛を浴びてニコニコだ。

 「あら、本当に大渋滞ね。機関室がこんなことになってるなんて、珍しいじゃない」

 その声に、室内にいた面々が一斉に振り返る。そこには、会議を終えて戻ってきたばかりの蒼と葛城、そしてたまたまラッタルを降りようとするタイミングで、彼女たちと鉢合わせした白金の姿があった。

 「おかえりなさい。艦長、副長」

 「お疲れ様です!!」

 茶谷が声をかけたのに合わせて、居合わせた面々が一斉に姿勢を正し、敬礼する。

 「ただいま。皆大丈夫よ、こんな狭い中肩ひじ張らなくて。直れ」

 蒼の言葉に、全員の敬礼が解かれる。

 「お2人とも、いましがた戻られたばかりですか?」

 「えぇ、本当についさっきね。たまたま、主計長と鉢合わせた時に『機関室に凄い作品があるらしい』って聞いて、その足でそのまま来たのよ」

 蒼は模型に近づき、振動を与えないよう身をかがめて眺めた。

 「凄いわねこれ、めちゃくちゃ再現度高いじゃない。本物を空から見てるみたいだわ」

 「本当ですね、細かいディテールまで完璧ですよ」

 葛城が感嘆の声を上げる中、蒼は脇に立っていた緋村に顔を向ける。

 「緋村一士。これ、あなたが作ったの?」

 「はい、去年の秋から少しずつ作りました。細かいパーツや兵装は流用してたりしますけど、船体部分は完全に自作です」

 「凄いじゃない!!こんな精巧な作品を作り上げられる才能の持ち主なんて、この船全部見渡したってそう何人もいないわよ。その才能、絶対大事にしなさい」

 「ありがとうございます!!」

 艦長から直々に称賛の言葉を受け、満面の笑みを浮かべた緋村は自然に称賛の拍手を浴びた。それがやんだ頃、「ところで…」と蒼が切り出す。

 「これ、せっかくだからどこかに飾るつもりはないの?このままだと、出港中は揺動で倒れたりとかもするんじゃない?せっかくの作品を、傷つけるわけにはいかないわよね?」

 「あっ、えっと…」

 緋村は急に口ごもった。本人的には、単に自分の乗っている船を作ってみたくなったから、そして作る過程を楽しむためにやり始めたので、出来上がってからどうするかまでは、あまり考えていなかったのだ。

 「実は、どこに飾るかとかはあまり考えていなくて…」

 「そうだったの。でも、それじゃせっかくの作品がもったいないわ。壊れないようにケースに入れて、どこか安定性の高い場所に展示しましょうよ」

 蒼の言葉に、緋村はふと何かを思いついた。

 「それなら…、是非艦長室に飾っていただけませんか?船のトップの部屋に、この船を象徴する模型が置いてあるの、絶対映えると思うんです」

 「艦長室に、ねぇ」

 蒼はその言葉に、思案しながら脇に置かれていた模型に目を落とす。

 「確かに、いいアイデアではあるわね。ただ、その場合1つ問題がないかしら?」

 「問題…?」

 「これだけ皆を惹きつけている作品を、私だけが独占することになるでしょ?」

 蒼の言葉に、緋村は「あっ…!!」と目を見開いた。

 「この模型、今ワッチに入っている面々はまだ見てないわよね。彼女たちにだって、ちゃんと見せてあげたいじゃない。それに、作者のあなたがちゃんと日常的に眺められる場所の方が、さらにいいアイデアだと思わない?」

 「そうですね。休憩室のデスク上なら、飾るスペースを確保できるはずです。あそこなら、皆自由に眺められるんじゃないですか?」

 白金が横から口をはさむ。やり取りを眺めていた茶谷も、「うんうん」と頷いた。

 「近々私たちも那覇を出港する。大捕り物になるだろうから、荒っぽい操艦をする場面もあるでしょう。佐世保に帰ってからの手配では間に合わないわね」

 蒼はそう呟くと、白金の方に顔を向けた。

 「主計長。取り急ぎ、沖縄沿岸警備局に展示用ケースの手配を。合わせて、固定用の部品類も押さえておいて。出港までに入手できるよう、ASAPで話をまとめて頂戴」

 「了解しました」

 白金が敬礼する。蒼は頷くと、優しい笑顔を緋村に向けた。

 「あなたは必ずしも、こんな仰々しい目的で作ったわけじゃないだろうけど、同じ船の仲間として、あなたの努力の結晶はちゃんと大事にするからね。完成したら、私もまた見に行くわ」

 「はいっ!!ありがとうございます、艦長!!」

 満面の笑みを浮かべた緋村の周りに、温かな空気が流れた。その後、曹士用休憩室の一角に新たな「展示エリア」が生まれたのは、しばらくしてのことである。




【朗報】沢渡真白、一等海佐として物語に帰還。

前作ではふそうクルーの一員だった沢渡が、みずほ艦長として転出した設定、自分で考えておきながらもやや寂しいものがありました。ただ、こうして他艦の艦長として再登場させ、人間的にも成長したところを描けるのは、シリーズ物の良さだなぁと思っています。次話以降も、彼女には大活躍してもらう予定でいますよ。

銀山と緋村のコンビ、「本当に軍艦での一幕か?」と思ってしまうくらい可愛らしい組み合わせですが、実はおいおいまた物語の中でカギを握る存在となる予定です。どのタイミングで出るかはまだ内緒ですが。それはそれとして、陽気でフレンドリーなお姉さんと、無邪気で素直な後輩の組み合わせって可愛いよな!!

今回はほっこりエピソードが多かったですが、次回からはいよいよ本格的に作戦開始となります。こうご期待。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。