Neptune Ⅱ~蒼海の追跡者~ 作:R提督(旧SYSTEM-R)
今回で第三章が締めくくりとなります。いよいよ始まった拿捕作戦、その始まりはいかなるものとなるのでしょうか?それではどうぞ。
「とーりかーじ!!」
「取り舵15度」
「もどーせー!!」
艦橋に、航海長の佐野倉の号令が響き渡る。那覇港を出港した「ふそう」と「みずほ」は、沖縄周辺海域へ向けて進んでいた。
今回の任務は、これまでに得られた不審潜水体の航行情報と関係機関からの情報を基に、麻薬密輸に使用されている疑いのある半潜航型船舶、いわゆるNarco-subを捜索することだ。
しかし、対象が通常の船舶と異なる以上、海面上の監視だけで発見できるとは限らない。両艦は搭載する対潜探知装備と航空機を活用し、海面と海中の双方から捜索を進めることになっていた。
ふそうのCICでは葛城を中心に、捜索海域の情報が確認されていた。
「今回の任務は対潜哨戒を基本とするけど、相手が半潜航型の船舶なら、海面上に船体の一部が出ている可能性もある。海面の異常を見落とさないように」
葛城が指示すると、各員が了解を返した。
「もし、私たちが追ってる目標が半潜航型Narco-subなら、恐らく探知する深度は軍用潜水艦よりもずっと浅いよ。普段のASWと同じ感覚では当たらないこと。いいね」
葛城はそう言いながら、部下たち全員の顔を見渡す。皆、真剣な面持ちで彼女の言葉に耳を傾けている。
「ただし、まだ対象がNarco-subだと確定したわけじゃない。まず観測、次に確認。推測と確認済みの情報はきちんと分けて扱って」
「了解」
ブリーフィングの様子を横目に見ながら、蒼は戦術情報表示装置に目を向けた。
「みずほとの捜索区域の分担は?」
「確認済です。ふそうが第一捜索区域、みずほが第二捜索区域を担当します。両艦の航空機も、それぞれの担当区域を中心に捜索を実施します」
「分かった。航空隊にも伝えておいて」
ほどなく、ふそうの飛行甲板ではSH-60K哨戒ヘリコプターの発艦準備が整った。コールサイン「ホークアイ」と名付けられた機の機長を務める山吹翼一尉は、機内の計器と各装備の状態を確認していた。
山吹は現在27歳。昨年までは、前機長のサポートとふそうとの通信を一手に担うため、機内最先任にもかかわらず副機長という役回りだったが、人事異動を機に機長に就任している。ただ、実質的にふそう専属のチームとなる第301航空隊においては、当時かられっきとした現場の長である。
「機体、異常なし。捜索機器の状態は?」
「異常ありません」
24歳の新人航空士、浅葱玲三尉が答える。沿岸警備隊士官学校を経て、数か月前に着任したばかりの若き新任幹部だ。普段は灰原あたりと同系統の、明るく人懐っこい性格のムードメーカーだが、今日の彼女はいつになく真剣な表情である。
「了解。今回は、軍用潜水艦を探すのとは少し勝手が違うかもしれない。海中だけじゃなく、海面上にも注意して」
「はい」
「ホークアイの搭載機材は非常に優秀。だからって、センサーにばかり頼るんじゃないわよ。自分の目と機械、両方とも駆使して監視にあたりなさい」
浅葱が頷くと、山吹はマイクに向けて呼びかけた。
「CIC、ホークアイ。即時待機完成、発艦準備よし」
「ホークアイ、CIC。了解、準備出来次第発艦」
「Aye, ma’am!!」
葛城からの発艦許可が下りると、SH-60Kは回転翼の轟音とともに飛行甲板を離れた。機体は高度を上げながら旋回し、指定された捜索区域へと向かっていった。
「艦長、第二捜索区域に到達。航空機、即時待機完成済です」
場面は変わって、みずほ艦内。みずほ副長兼船務長・周防直哉二佐は、CICにいた沢渡に声をかけた。奇しくも、ポジションも年齢も葛城と全く同じ35歳。兄は国防陸軍萩駐屯地で勤務する雄人大佐という、軍人兄弟の弟である。
国策で女性専用艦となっているふそうとは違い、みずほは現実の海自艦艇などと同様、男女混成の人員編成だ。ただし、若き副長がそれよりさらに年下の艦長をサポートする、という艦内の力関係に関しては、ふそうもみずほも大して違いはない。
「了解、準備出来次第発艦」
戦術情報表示装置に目をやっていた沢渡は、その言葉に振り向いた。ふそうの那覇入りの時の穏やかさは顔をひそめ、その表情には指揮官としての厳しさが戻っている。
「今回、私たちがやるのは普通の対潜捜索じゃないわ。これから私たちが探すのは、海面スレスレを航行する可能性もある潜水艇。海面付近の異常を見逃さず、どんな小さな情報でも確実に上げるよう、ロクマル側にも伝えておいて。ただし、観測事実と推測は明確に分けること。推測に推測を重ねて、勝手に事実化することがないように」
「了解しました」
「それと、今回はふそうとは綿密にやり取りしながらやる。麻取の捜査情報は、事前の合同会議でも相当程度共有はしてもらったけど、基本的にはあっちが握っているから」
今この瞬間、東洋パシフィック・ロジスティクスの海外事業部マネージャー、榊原敦也はこの世にはいない。それを演じる本人、浦賀篤志がふそうの艦内に戻ってきているからだ。仮に該船乗員を取り押さえ、証拠となる薬物を押収できれば、コンソルシオの中核部分により迫れる可能性がある。その意味でも、篤志がここでふそうに戻ってきたことには意味があった。
もちろん、乗員を拘束しふそう艦内に留置した場合には、篤志の正体を見破られないよう、動線管理は重要になる。それでも、「別件が多忙のためしばらく対応が困難になる」という理由付けを片桐側にしてまで、ここで厚生局が篤志をふそうに戻したのは、彼らなりの覚悟を感じる部分でもある。
「ふそう側とは、何かあればすぐに連絡が取れるようにしておいて。どっちが先に該船を見つけるか分からないから。海と空、どちらも絶対に連携を切らさないこと。いいわね」
「Aye, ma’am!!」
沢渡の言葉に、周防は緊張感ある面持ちで頷いた。
第一捜索区域に到着したふそうのCICでは、艦載ソナーによる水中捜索が続けられていた。海底地形や水温分布の影響を考慮しながら、ソナー員たちは反応を一つずつ確認していく。
「ソナーコンタクト、方位065、不明水中接触」
安河内からの報告を受け、葛城が顔を上げた。直属の上長である我那覇も、安河内の方に振り向く。
「接触の状況は?」
「現在解析中。反応は微弱ですが、移動している可能性があります」
「自然音や海底反射との識別は?」
「まだ確定できません」
「了解。追尾を継続して。測量長、周辺の海底地形と照合をお願い」
「了解です」
灰原が海底地形の資料を呼び出し、接触位置を確認する。
「この辺りやったら、海底地形だけで説明できる反応とは限らんですね。ばってん、今ん情報だけでは何とも言えません」
「そうね。断定はしないでおこう」
葛城はヘッドセットに指をかけた。
「通信室、CIC。ホークアイにも情報を共有して。該当海域の海面監視を強化するよう伝達」
「了解」
その頃、ふそうから発艦したホークアイは、指定された海域で捜索を続けていた。山吹は機体を安定させながら、海面の状態と捜索機器からの情報を確認していた。
「ふそうCICからの接触情報、受信しました」
「了解。該当方位へ向かう。海面の目視確認も続けて」
「はい」
機体が針路を変更してしばらくすると、浅葱が窓の外へ視線を向けた。
「…、機長、ちょっと待ってください」
「どうした?」
「あの辺りです。海面に細長いものが見えませんか?」
山吹も指示された方向を確認した。
「映像で確認しよう」
光学センサーの映像が拡大される。波間に見え隠れしていたのは、通常の小型船とは明らかに異なる、細長い構造物だった。
「船体のほとんどが水面下にあります。上部だけが海面に出ているように見えます」
「航跡は?」
「確認できます。低速ですが、移動しているようです」
山吹は映像を注意深く確認した。
「特徴を記録して、CICに報告する。ただし、まだ正体は断定しない」
「了解」
通信回線が開かれた。
「ネプチューン、ホークアイ。指定海域において、海面上に半潜航状態の不審船舶を確認。現在、光学センサーにより監視中」
ふそうのCICに報告が入ると、葛城が直ちに応答した。
「ホークアイ、ネプチューン。了解。対象の位置、針路、速力を報告せよ。可能な範囲で外形の記録も継続」
「ホークアイ、了解」
通信が終わると、葛城は安河内に確認した。
「さっきの水中接触との位置関係は?」
「照合します」
数秒後、安河内が報告する。
「ホークアイが確認した目標は、先ほどの水中接触の推定位置に近接しています。ただし、同一目標かどうかは未確定です」
「分かった。航跡の照合を続けて」
蒼が画面を見つめながら口を開いた。
「例のNarco-subの可能性があるわね。ただし、まだ断定はしない」
「はい。現時点では、半潜航状態の不審船舶として扱います」
葛城が応じる。
「船体形状の特徴を、これまでの捜査資料と照合して。可能なら、みずほにも映像情報を共有しておいて」
「了解」
「ふそうより、映像情報を受信。第一捜索区域にて、半潜航状態の不審船舶を発見した模様」
みずほCICに、通信員の声が届いた。
「メインモニターに出して」
「了解」
沢渡の命令で、ふそうから届いた映像がモニターに映し出される。
「これは…」
思わず、沢渡が声を漏らした。
「構造物の上部だけを海面に出した状態で、低速航行する潜水艇…。SPSSですね。現状確認できる情報だけを見れば、ですが」
モニターを見上げた周防が呟いた。
「どうします、艦長?もしこいつを抑えに行くなら、本艦の現在位置とは距離があります。一旦ふそうに対応を任せつつ、我々も現場海域に急行するか、もしくはこのまま当海域に残り、他に仲間がいないかを探るかの二択になりますが…」
「現状では、この船舶が該船だというはっきりした根拠はないわ。もし合流するにせよ、ふそうにはもう少し情報を集めてもらう必要があるわね」
沢渡が答えた、ちょうどその直後だった。
「ソナーコンタクト、方位135、不明水中接触」
水測員から声が上がる。その報告に、沢渡は一瞬怪訝そうな顔をした。
「方位135…?ふそうが捉えた目標と方角が違う…?」
「接触の状況は?」
周防が彼女に代わって尋ねた。
「現在解析中。反応は微弱ですが、移動している可能性があります。また、深度が極めて浅い可能性があります」
「具体的には?」
「軍用潜水艦の潜望鏡深度か、それ以上に浅いです」
水測員が答える。
「自然音や海底反射との識別はどうか?」
「まだ確定できず」
「了解、引き続き追尾継続せよ。通信員、ケストレルにも情報共有。当該海域の捜索を強化しろと伝えろ」
「Aye, sir!!」
周防の命令に、水測員と通信員が答えた、そのしばらく後。
「ゴールデンハーベスト、ケストレル。指定海域にて、半潜航状態の不審船舶を視認!!」
コールサイン「ケストレル」を名乗る、みずほのSH-60Kから入電があった。ゴールデンハーベストとは、自らの艦名にも因んだみずほのコールサインである。
「ケストレルが!?確認だけど捜索海域、ふそうのホークアイと被ってないわよね!?」
思わぬ報告に、沢渡が目を見開く。
「いえ、重複してません。完全に別海域です」
周防も、自然と声を上ずらせる。沢渡は、ヘッドセットのマイクに指を伸ばした。
「ケストレル、ゴールデンハーベスト。当該目標の撮影や記録は済んでいる?」
「はい、特徴を記録しています」
「ただちにこちらに送信して」
送信されてきた記録映像を一目見て、沢渡は息をのんだ。
「これは…!!」
ふそうのCICでは、発見された目標の航跡が戦術情報表示装置上に描き出されていった。海面上に現れている部分は小さく、通常の水上レーダーだけでは発見が難しいことがうかがえた。
「なるほどね…」
蒼が小さく呟く。
「これなら、通常の船舶を探すつもりで監視していても見落とす可能性がある」
「そうですね。だからこそ、航空機による目視確認が有効だった。ホークアイを上げた判断、今のところ大正解でしたね」
葛城が答える。その時、通信員が新たな報告を受け取った。通信室から、碧海が報告を上げる。
「CIC、通信室。みずほより入電。第二捜索区域において、不明水中接触を確認したとのことです」
「みずほでも?」
蒼が聞き返す。
「はい。現在、本艦と同様艦載機による確認を実施中とのことです」
「了解。位置情報を送ってもらって」
ふそうの戦術情報表示装置に、みずほから送られてきた接触位置が表示された。第一目標とは離れた海域だ。しばらくして、みずほから続報が届いた。
「ケストレル、第二目標を確認。こちらも、海面上に船体の一部を露出した半潜航状態の不審船舶と認められる、とのことです」
CICに一瞬、緊張が走った。
「二隻目…」
葛城は表示された二つの目標位置を見比べた。
「同じような特徴の船舶が、別々の海域で確認されたわけね」
「偶然とは考えにくいですね」
蒼は腕を組んだ。
「ただし、同じ組織に属しているという証拠はまだない。双方の航跡と行動を照合して」
「了解」
葛城が頷いた、ちょうどその時。
「艦長、みずほより入電。沢渡一佐が直接お話ししたいとのことです」
碧海からの報告に、蒼は顔を上げた。
「真白が?分かった、こちらに繋いで」
「了解」
ほどなく、ヘッドセットから聞き慣れた声が響いた。
「ネプチューン、ゴールデンハーベスト。真行寺一佐、感明良いか?」
「ゴールデンハーベスト、ネプチューン。感明良し。どうしたの、真白?」
「ケストレルが発見した第二目標について、直接相談したくてね。そちらもホークアイが一隻見つけたんでしょう?」
「ええ。現時点では半潜航型の不審船舶として扱ってる。そっちは?」
「同じよ。まだNarco-subだと断定できる材料はない。ただ、送ってもらった第一目標の映像と、こちらで撮影した第二目標の映像を比較してみたんだけど……」
沢渡はそこで一度、言葉を切った。
「船体上部の形状が、かなり似ているのよ」
「同型船の可能性があるってこと?」
その言葉に、蒼が眉をひそめる。
「そう。ただし、現時点で確認できているのは海面に露出した部分だけ。船体全体の構造が一致しているかどうかまでは分からないわ」
蒼は手元の画面に視線を落とした。二隻の目標位置は、決して近接しているわけではない。だが、もしこの二隻が同じ組織に属するNarco-subだったとしたら?今回の拿捕作戦は、思ったよりも難しいものになる可能性がある。
「なるほどね。ただ、もし同型船だったとしても、それだけで同じ組織の船だとは言い切れないわね」
「ええ。だからこそ、今は二隻とも監視を続けたい。少なくとも、相手がどこへ向かおうとしているのかは把握しておきたいわ」
「同感。ただ、ホークアイとケストレルの燃料や滞空時間には限界がある。ずっと航空機だけに張り付かせるわけにもいかないわよ」
「そこなのよね。うちも今、周防と交代監視の方法を検討しているところ」
蒼は小さく頷いた。
「じゃあ、まずは両艦とも担当区域での追尾を維持しましょう。航空機の帰投と再発艦については、それぞれの艦で判断。ただし、目標を見失った場合は即時共有。それでどう?」
「異存ないわ。こちらも周防に指示しておく」
「お願い。それと、真白」
「何?」
「二隻見つかったからって、無理に手柄を競おうとはしないでよ?」
その言葉に、通信の向こうで沢渡が小さく笑った。
「誰に向かって言ってるのよ。去年まであなたの副長だったの、忘れた?」
「忘れるわけないでしょう」
「なら安心して。今はお互い、自分の艦と乗員に責任を持つ立場なんだから。初めから、手柄は競う物じゃない。一緒に挙げるものでしょ。そちらも無理はしないでよ、蒼」
「ええ。ありがとう、真白」
「それじゃ、引き続きよろしく。ゴールデンハーベスト、アウト」
通信が切れた。蒼はヘッドセットを外すと、再び戦術情報表示装置へと目を向けた。去年まで、同じCICで自分の右腕を務めていた女性。今は別の軍艦を率い、同じ海で、同じ目標を追っている。それが何とも頼もしかった。
「副長、今の交信内容は聞いてた?」
「はい。こちらも監視態勢を整理しておきます」
「お願い。航空隊に無理はさせないこと。相手を見失わないのも大事だけど、こちらの安全を犠牲にするわけにはいかないから」
「そうですね」
「ひとまず5分後に、ホークアイに燃料の残存状況の報告を入れさせて。どこかで、補給のために一時帰投させる必要がある。そのタイミングをいつにするかは、報告の内容次第で考えましょう」
「了解です」
そのやり取りを聞いていた司が、戦術情報表示装置に歩み寄った。
「副長、ちょっとよかですか?」
「どうしたの、少佐?」
葛城が振り向く。
「こん二隻ん航跡、もう少し広い範囲で見られますか?」
「できるよ。何か気になることでも?」
「はい。まだ思いつきん段階ばってん」
葛城が担当員に指示すると、表示範囲が広げられた。司は二つの目標の位置と推定航跡を見比べる。
「こん二隻、別々ん海域で動いとりますよね」
「そうね」
「ばってん、もし同じ組織が運用しとる船やったら、何も最初から最後まで独立して航行しとるとは限らんと思うんです」
蒼が司に目を向けた。
「どういうこと?」
「燃料や食料、それに積荷ん受け渡しです。これだけ海面から船体ば隠すこつば優先した船やったら、長距離ば移動するためん補給能力にも制約があるかもしれんでしょう?」
「つまり、補給を受けている可能性があると?」
「はい。あるいは、積荷ば受け渡すためん船です。以前、浦賀捜査官とも話しました」
司は画面上の二つの目標を指し示した。
「もしこん二隻が同じ航路網ん一部やったら、どこかに両方ば支援しとる船がいる可能性があります」
葛城の表情が変わった。
「支援船…」
「もちろん、まだ仮説です。二隻が無関係という可能性もあります。ばってん、海中ん目標だけを追いかけとったら、そん周辺で動いとる水上船舶ば見落とすかもしれません」
蒼はしばらく考え込んだ。
「…、確かに、検討する価値はあるわね」
そして葛城に向き直る。
「副長、二つの目標の推定航跡を基に、周辺海域の船舶情報を照合して。AISを発信している船だけじゃなく、確認できる範囲で不審な航行をしている船舶がないか調べてほしい」
「了解。みずほにも情報を共有します」
「お願い」
葛城が自身の席に向かったのを見て、今度は司が蒼に声をかける。
「艦長、先ほどん仮説ば検証したか。麻取ん捜査情報と照合するため、浦賀ばCICに招集してんよろしかと?」
「浦賀捜査官を?」
「はい。おいらが持っとる航跡情報だけじゃ、まだ決め手に欠けます。ばってん、浦賀捜査官が持っとる輸送計画ん情報と照合すれば、何か分かるかもしれません」
「なるほど…」
蒼はしばし考え込んだ。やがて、その顔は司の方を向く。姉と弟、2人の姉弟の視線が交錯する。
「分かった、許可するわ。何か分かればすぐ共有して」
「もちろんばい」
「浦賀捜査官、CICまでお越しください。繰り返します。浦賀捜査官、CICまでお越しください」
司の艦内放送から数分後。CICの扉が開き、篤志が姿を現した。
「浦賀篤志、参りました。少佐、呼んだか?」
「ああ。忙しかところすまんね浦賀。ちょっと確認したかこつばあるとたい」
司は篤志を戦術情報表示装置の前へ案内した。画面には、二隻の半潜航船舶の位置と推定航跡が表示されている。
「現在、ふそうとみずほで一隻ずつ、不審な半潜航船ば捕捉しとる。おいは、こん二隻が同じ組織ん船で、別ん水上船舶から補給や積荷ん受け渡しば受けとる可能性ば考えとる」
「母船がいる、ということか?」
「そうたい。そこで、以前アンタが持ち込んだ輸送予定の資料ば確認したか。あれに、船舶の識別情報は載っとらんかったか?」
篤志は端末を取り出し、保存していた資料を開いた。
「船名そのものはない。ただ、輸送管理番号と、海外側の貨物引渡記録を照合した結果は残っている」
「それたい。そん記録ば見せてくれんね」
二人が端末を覗き込んでいると、葛城が戻ってきた。
「少佐、船舶情報の照合結果が出たよ。周辺海域にいる船舶のうち、航行記録と現在の位置が一致しないものが数隻ある。ただ、それだけでは何とも言えないわね」
「副長、そん情報も一緒に見せてもらえますか?」
「もちろん」
司は表示範囲を切り替えた。民間船舶の航行情報が重ねられ、画面上に新たな記号が現れる。
「浦賀、こっちば見てくれんね。こん中に、見覚えんある船はなかか?」
篤志は画面を凝視した。やがて、一隻の船舶情報に目を留める。
「…、少佐。これ、ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
「この船舶の識別情報、以前調べた資料に出てきたものと似ているんだ。確か、黒島沖の潜水体に関係していた船舶の記録にも…」
篤志は資料を検索し、該当箇所を呼び出した。
「あった、これだ」
「…、おお」
司の表情が変わった。そこには、以前の捜査で浮上した船舶と、今回の輸送管理番号を結びつける記録が残されていた。
「同じ船かどうか、確認でくるか?」
「識別情報は一致してる。ただし、現在その船が実際に同じ船体なのかまでは、この資料だけでは確認できないな」
「よか。それで十分たい。少なくとも、調べる価値はある」
そこへ、灰原が近づいてきた。
「少佐、ちょっとよかですか?その船の位置、海底地形と重ねて見てみたっちゃけど」
「何か分かったと?」
「二隻ん半潜航船が通ったと推定される海域から、極端に離れとるわけやなかとよ。もちろん、これだけで接触したとは言えんばってん、候補から外す理由もなかですね」
司は頷いた。
「なるほど。副長、こん船ん情報ばみずほに送って、航空監視で確認してもらえませんか?」
「分かった。艦長、よろしいですか?」
「ええ。真白に伝えて。第三目標の可能性がある船舶として、確認をお願いしたいって」
「了解です」
しばらくして、みずほから応答があった。沢渡は候補船舶の位置を確認すると、ケストレルの監視範囲と照合するよう周防に指示したという。
その間にも、司と篤志の照合作業は続いた。
「浦賀、確認したか。今回ん輸送予定にある『アルバトロス04』、これが特定の船名ば指しとると断定できるか?」
「いや。少なくとも、片桐から聞いた範囲では船名なのか輸送計画の識別子なのか、明確じゃないな」
「そうか。なら、そこは決めつけん方がよかね」
司は資料の一部を画面上で分類し直した。
「確認済みん情報と、推測ば分けておこう。後から別ん情報が入ってきても、どこまでが事実か分からんごとなったら困るけん」
その時、通信担当員の声が響いた。
「副長、みずほより続報!!ケストレルが取得した映像・観測記録の照合により、第三目標の特定に成功!!現在画像データを受信中です!!」
「映像をこちらに!!」
葛城の指示で、第三の船舶の画像が表示された。
「…、いたわね」
蒼が呟く。一見すると、ごく普通の貨物船に見える。少なくとも、外観だけで違法行為を行っているとは判断できない。しかし、続いて送られてきた船体の特徴と識別情報は、篤志が持ち込んだ資料の内容と整合していた。
「少佐、これ…!!」
篤志が声を上げる。
「ああ。これで、母船候補ん位置は確認できた」
司は三つの目標を同じ画面に表示させた。
「副長、今からピクチャーば整理します。二隻の半潜航船は航空機による確認済み目標。第三目標は水上船舶として確認済み。ただし、母船としての役割は推定。これでよかですか?」
「ええ。関連性を示す根拠も併記して」
「了解です」
司の指が端末上を動く。二隻の航跡、ソナーによる接触記録、ホークアイとケストレルの観測結果、民間船舶の航行情報、そして篤志が入手した輸送計画。それまで別々の資料として存在していた情報が、一つの共通状況図へと組み込まれていった。
「…、できました」
司が顔を上げる。
「これが、現時点でおいらが把握しとる状況の全体像です」
蒼と葛城、そして篤志が画面を覗き込んだ。三隻の船舶が、そこに表示されている。
「つまり、この水上船舶が二隻を支援している可能性がある、ということね?」
蒼の問いに、司は頷いた。
「はい。ただ、三隻が実際に接触したところは確認できとりません。母船という判断は、まだ仮説です」
「でも、捜査資料との繋がりは確認できています」
篤志が付け加えた。
「少なくとも、無関係な一般船舶として片付けるわけにはいかないと思います」
葛城は画面を見つめ、静かに頷いた。
「少佐、見事な仕事ね。別々に集まっていた情報が、ようやく一つに繋がった」
「ありがとうございます。ばってん、浦賀捜査官と皆さんからん情報がなかったら、ここまではできんかったです」
蒼は微笑むと、すぐに表情を引き締めた。
「副長、このピクチャーをみずほと共有して。三隻とも監視を継続。ただし、母船との関係はまだ推定として扱うこと。浦賀さんは、捜査機関側との情報照合を引き続きお願いできますか?」
「承知しました」
「少佐も引き続き分析をお願い。相手の次の行動を予測するためにも、あなたの力が必要よ」
「了解です、艦長」
蒼は再び画面へと目を向けた。
二隻の半潜航船舶。そして、その背後に浮かび上がった一隻の水上船舶。これまで見えなかった輸送網の輪郭が、今、ようやく姿を現し始めていた。
「…、なるほどね」
蒼は静かに呟いた。
「これが、私たちの追いかける相手というわけね」
司が頷く。
「ばってん、まだ全部見えたわけじゃなかよ、姉貴。本チャンはここからばい」
「分かっとる」
蒼の視線が、三つの目標を捉えた。
「やけんこそ、ここからが本当ん追跡開始ばい」
ふそうとみずほのCIC内でのやりとり、今のところはまだ「海保寄りっぽい」ところが強いかと思います。海自らしい、軍事的指揮統制を思わせる会話もありますが、基本的には「普通の会話」が多いですからね。
ただ、該船が見つかったここからは話が別。次からは、本格的に「法執行の仕事を軍事指揮統制でぶん回す軍隊」たる、沿岸警備隊のありようが存分に出せると思います。沿岸警備隊が持つ「海自らしさ」が好きな人は、第四章以降は刺さるんじゃないかな、知らんけど。
次の第四章から、いよいよ「洋上のカーチェイス」が始まります。お楽しみに。それではまたお会いしましょう。