Neptune Ⅱ~蒼海の追跡者~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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こんにちは、R提督です。

今回から第四章に入ります。いよいよ、「法執行機関としての仕事を軍事指揮統制でぶん回す軍隊」たる、日本国沿岸警備隊の真骨頂が発揮されるシーンとなります。

今回は複数名、活躍するキャラクターが出てきますのでお楽しみに。それではどうぞ。


南海の攻防
第四章:南海の攻防(前篇)


 ふそう通信室。通信長の碧海沙耶一尉は、みずほに向けた通信回線を開いた。

 沿岸警備隊員としての彼女は、蒼をはじめ若くして上級指揮官に上り詰めることも珍しくないふそうにあって、任務上の派手さや華やかさとはまるで無縁だ。32歳で一等海尉という立ち位置にいるのも至って標準的なキャリアだし、1分隊の黄瀬や紅林のように「撃ちー方始めー!!」と声を張り上げたり、6分隊の黒川や柳田のように臨検で大立ち回りを演じたりすることもない。

 だが、自身が所掌する通信という分野に関しては、人一倍規律に厳しい指揮官だった。派手さが求められるポジションではない分、仕事は常に堅実で手落ちがなく、どんな時でも冷静に自分の役割を果たし、非常に信頼性が高い。そうやって、艦内での信頼を勝ち取ってきた女が碧海だ。

 だから、今回の仕事も彼女にとっては、いつもと変わらない一幕だった。マイクに口元を近づける。いつもの涼しげなアルトが、無線を伝った。

 「ゴールデンハーベスト、ネプチューン。感明良いか、オクレ」

 「ネプチューン、ゴールデンハーベスト。感明良し、オクレ」

 ほとんど間を置かず、みずほ側から返事が来た。このあたりの呼びかけは、海軍式の呼び出し符号と、陸軍式の感明確認が混ざった、沿岸警備隊独特の様式になっている。

 碧海は、一呼吸おいてから口を開いた。

 

 「ゴールデンハーベスト、本艦艦長・真行寺一佐からの伝達事項を共有する。

 

 一つ。現在両艦で捕捉中の目標を、戦術状況図での捕捉順に以後、アルファ・ブラボー・チャーリーと呼称する。

 一つ。本艦はこのあと1400を以て、アルファ・ブラボー・チャーリーに対する該船認定を宣言、アルファに対する対潜戦闘態勢に移行する。貴艦もブラボーに対し、同様に対応されることを願う。以上」

 

 「ネプチューン、了解。本艦艦長・沢渡一佐に共有する。ゴールデンハーベスト、アウト」

 交信が終わると、碧海は返す刀で、すかさずCICに呼びかけた。

 「CIC、通信室。みずほへの共有事項、伝達完了。まもなく1400です。艦長、よろしくお願いします」

 

 「了解。通信長、伝達ありがとう」

 CICにいる蒼はそう答えると、時計に目をやった。秒針が1秒に一回、ゆっくりではあるが確実に12の数字へと向かっていく。それが暗示するのは、経由地である沖縄や最終目的地の伊万里を目指す、相手のNarco-subの旅路だろうか。それとも、その企みを阻止するために彼らを追いかける、我々の法執行だろうか。秒針が頂点に達した。

 「艦長、時間です」

 同じく時計を見上げていた葛城が、短く時を告げた。蒼が頷く。

 「現在時刻1400、捕捉中のアルファ・ブラボー・チャーリーを該船と認定する」

 いつものような、美しく通りの良い声がCICだけでなく、艦内マイクを通じて全艦に響いた。今回は対潜捜索任務とあって、既に出港時点から「合戦準備」の号令はかかっている。戦闘配置への移行は容易だ。

 「TAO、一種配置」

 蒼は葛城の方に、もう一度視線を向けた。今度は副長が頷き、声を張り上げる番だ。

 「総員、第一種戦闘配置。対潜戦闘用意!!」

 「対潜戦闘用―意!!」

 その号令を起点に、艦内は一気に慌ただしくなった。戦闘配置を命じるアラートが艦内に鳴り響き、あちらこちらでバタバタという足音が聞こえる。その最中、CICの幹部たちは冷静に現状の情報確認に精を出していた。

 「水雷長、アルファの追跡状況は?」

 葛城の問いに、我那覇が応じた。

 「ソナーとホークアイの観測記録を照合しました。両者は同一目標を捕捉していた可能性が高いと判断します。ただし、一部に未確定の情報がありますので、戦術状況図には推定として反映するよう少佐に依頼しています」

 「了解。少佐、対応できる?」

 「はい。既に反映済です」

 司が答える。

 「艦長、今回のアルファは通常の潜水艦とは違います。撃破ではなく拿捕が目的である以上、水雷科としては目標の状態を継続的に評価し、停船措置に必要な情報を提供することを優先します」

 「分かった。水雷長、引き続き追跡をお願い」

 「Aye, ma'am!!」

 我那覇は再び端末へ向き直った。魚雷を撃つことだけが、水雷長の仕事ではない。そのことを、彼女自身が誰よりも理解していた。

 

 ところが数分後、思わぬ事態が発覚する。

 「CIC、ウェルドック。警備長、所定の配置に未達。居場所確認の要あり」

 柳田からの連絡に、葛城が思わず怪訝そうに眉を顰める。

 「警備長が?珍しいこともあるもんやな。所在は?」

 「不明です。現在確認中」

 「了解、CICから捜索に人を出す。6分隊はそのまま配置継続。悪いけど、警備長が復帰するまでは警備士が仕切っといて」

 「Aye, ma’am!!」

 柳田が交信を終えるや否や、今度は別の幹部から同様の連絡が入る。

 「CIC、応急指揮所。応急長が所在不明、居場所確認願います」

 声の主は、茜谷の副官たる応急士、篠宮琥珀二尉だった。年齢は29歳。年齢は37歳の茜谷と比べると一回りほど若いが、彼女に勝るとも劣らない、がっしりとした堂々たる体格の持ち主だ。非常に信頼度の高い仕事をする指揮官であり、3分隊内での信頼も厚い。

 「なんや、3分隊もかいな!!」

 葛城が思わず呆れた声を出す。Narco-subを見つけ、戦闘配置が下令されたタイミングで幹部が、それも分隊長や分隊士を務める三佐が2人も不在とは、後で説教ものである。

 「え、どうしました副長?」

 「…、ごめん、何でもない。応急長、所在不明って言ったね?なんか手掛かりある?」

 「非直だったので、恐らく生活区画じゃないかと思いますが」

 「現場の方は問題ない?」

 「はい、大丈夫です。戻られるまで、私が預かって回しときます」

 篠宮は自信満々に答えた。

 「了解、じゃあしばらく応急士が現場仕切っといて。3分隊は配置継続で。人探しはこっちから人を出すから」

 「ありがとうございます、お願いします」

 交信を切ると、葛城は一瞬疑り深い目で艦内マイクに目を落とす。しかし、3人目の捜索希望が来ないことを確認すると、すかさず司と篤志の方に目を向けた。

 「男性陣、仕事の時間よ。警備長と応急長が配置につけてない。2人とも、急いで居場所確認行ってきて」

 「了解」

 「応急長には、速やかな応急指揮所への復帰を指示。警備長には、アルファ停船後の乗り込みに備えて立検隊を準備させるよう伝えて」

 「分かりました」

 司と篤志もすぐに立ち上がり、今回は慣れた手つきで連絡用の無線機を手に取る。蒼も、その姿を横目で見送った。CICを出て行こうとする司に、葛城は背中越しに声をかけた。

 「少佐、今回の2人やったら慣れとるやろ。汚名返上の時間や。今回は頼むで」

 「…、ウッス」

 一瞬だけ立ち止まった司の返事は、短く少し乱暴で、それでいて力強かった。

 

 「応急長、居場所確認ばい!!聞こえとったら返事せんね」

 「警備長、いませんか⁉」

 幹部生活区画に、2人の足音と声が響く。個室を順番に巡っても、2人の姿はなかなか見つからない。

 「まずいな、どこを見てもいないぞ」

 篤志が焦ったように声を漏らす。

 「幹部用寝室とトイレは全部見た。なら…、残りは風呂しかなかばい」

 司が、覚悟を決めてかみしめるように呟いた。篤志も頷く。

 「分担はどうする?」

 「おいは第二浴室ば見ぎゃ行く。浦賀は第一ば頼むわ」

 「…、分かった」

 篤志が答えると、司はにこりともせずに呟いた。

 「副長ん言うとおりや。今回あん2人でよかった。おいら、応急長も警備長も嫌うてほど日頃から、ご自慢の身体ば見せつけられとーけんな」

 篤志に対して初日のドッキリを仕掛けた黒川はもちろん、茜谷もドッキリや慣熟には至って寛容だ。黒川が33歳、茜谷が37歳と年齢は多少食っているものの、いずれも100㎝を優に超える美爆乳にはハッキリと自覚があり、それを使って年下の若い男を揶揄いおちょくり倒すのが、楽しくてたまらないというタイプ。茜谷などは、普段の包容力のある姿との落差が非常に大きく、司も篤志もよく振り回される側だった。

 「常識的には逆セクハラも甚だしいが、まさかアレがこんな時に役立つなんてね…」

 篤志が苦笑いしたのとほぼ同時に、2人は二つの士官浴室への分かれ道に出た。

 「よし、行くばい」

 「おう」

 短く言葉を交わした後、勢いを一切止めないまま、2人はそれぞれの行き先に向けて駆け出して行ったのだった。

 

 「まずい、完全にやっちまった…」

 黒川は、自らがやらかした失敗を全力で悔やんでいた。非直のタイミングで入浴中、該船への乗り込みや拘束をどうするべきかについて、1人考えを巡らせていた結果、兼ねてからの疲れもあって浴槽でウトウト…、もとい奇絶してしまい、そのせいで総員配置のアラートを聞き逃したのである。

 我に返った時には、既に生活区画はもぬけの殻。全員が所定の配置についていると思われた。二尉や三尉の若手、いわゆるサムライならまだしも、三佐で6分隊の分隊長でもある自分がやらかすとは、大失態だ。これは後で、珍しく艦長や副長から説教される展開を覚悟すべきだろう。

 とにかく時間がない。黒川は急いで浴室を飛び出し、身体を拭こうとタオルを手に取った。その瞬間。

 「浦賀です、居場所確認に来ました!!応急長か警備長いますか⁉」

 扉をガンガン叩く音とともに、室外から叫び声がする。その直後、一秒の間もおかず脱衣所の扉が勢い良く開いた。もちろん、まだ一糸まとわぬ姿である黒川の目の前に、篤志の姿が現れる。

 「うおっ、警備長!!びっくりした、こちらでしたか」

 篤志は一瞬目を見開き、黒川の全身に目をやる。状況の確認と、一応「目の前で幹部が裸でいれば、目を逸らすな」のルールを守るために。だが、榊原敦也を演じるために艦外で宿泊する日以外は、毎晩欠かさずじっくり鑑賞させられている彼女の裸体は、最早乗艦初日とは違い、彼にとって見慣れたものとなっていた。

 「風呂あがり直後…、ですか?着替え、その様子だとちょっと時間かかりますね」

 「ごめん、どうやら風呂場でウトウトしちまってたらしいわ。助かったよ」

 非常時とあって、お互いの会話も簡潔だ。黒川は会話しながらも、急いでバスタオルで身体を乱暴に拭き始める。

 「警備長、目標は半潜航型対潜目標2、母船と思われる水上船舶1。立入検査隊を、目標停船後の乗り込みに備え準備させろとのことです」

 「了解」

 「現在時1406、ETAは?」

 「着替えと移動に5分だけくれ。後、私の代わりにウェルドックに行って、柳田に先に伝えておいてくれるかい?」

 「分かりました」

 篤志が頷いたその時、彼の無線機から男の声がした。司だ。

 「CIC、真行寺。現在時1406、第二浴室にて応急長現認。伝達事項、完了。応急指揮所へのETA、1409」

 「了解、少佐お疲れ」

 それに応じる葛城の声は、今回は短くも一切怒気を含まないものだった。どうやら、今回は司もきちんと自分の役割と、汚名返上を果たせたようだ。

 (少佐…。今回は大丈夫だったんだな)

 篤志はほんの一瞬、友人が抱えていた壁の克服をかみしめた後、交信終了をもって今度は自分の無線機のスイッチを入れた。文民の立場でも、頑張って覚えた軍隊流の交信作法を、きちんと披露する時だ。

 「CIC、浦賀。現在時1406、第一浴室にて警備長現認。伝達事項、完了。ウェルドックへのETA、1411。柳田二尉への伝言のため、私もこれからウェルドックに向かう」

 「了解、捜査官ありがとう」

 また、葛城からの返事があった。それに一瞬だけホッとした表情を浮かべた後、浦賀は黒川に背を向けた。気まずいからではない。この後すぐウェルドックに向かうためだ。その判断と理由付けができていること自体、彼の成長の証と言えるかもしれない。

 「では警備長、後程。間に合わないからって素っ裸のまま来ないでくださいよ?」

 「そんなことするわけないだろ、ほら行った行った」

 そんな軽口をかわしてから、篤志は脱兎のごとくまたウェルドックへと駆け出して行った。彼がさりげなく見せたその成長ぶりをかみしめる余裕は、あいにく黒川には全くなかったのだった。

 

 「やるじゃない、厚労省」

 「少佐も、今回はちゃんと仕事しましたね」

 CICでは、黄瀬と紅林のコンビが小声で言葉を交わした。

 司と篤志の報告には、どちらも「今その瞬間、応急長や警備長がどんな服装か」という文言はない。だが、報告の内容から薄々、どういう状況かを察することは可能だ。そして、普段は散々司や篤志を爆笑しつつ揶揄う彼女たちも、今回は一切茶化したりしない。むしろ、頭にあるのは「よくやった」の一言だ。

 たとえ女性幹部が入浴中であっても、異性である男性乗員が一切躊躇なく居場所を現認し、現状と配置への到着予定時刻を確認しCICに共有できるようにすること。これこそ、国防軍法の品位保持義務に正面から喧嘩を売り、上級司令官である播磨をはじめとする司令部や国交省、さらに有事の監督省庁である防衛省に苦い顔をさせてまで、ふそうが裸体慣熟訓練というぶっ飛んだ訓練を採用する理由なのだ。

 「…、2人ともちゃんと出ましたね、訓練の成果」

 葛城が蒼に声をかける。

 「そうね。これが終わった後の訓練は、ご褒美としてちょっと時間奮発してやんなさい。いつもより気合入れてやっていいわよ、一線超えられない程度なら」

 蒼は一瞬だけ悪戯っぽく笑うと、すぐにディスプレイの方を向いた。その顔は一瞬にして、悪戯っぽいお姉さんから凛々しい指揮官のそれになる。その視線と口調に、どちらも艦長らしい鋭さが戻った。

 「ただしもちろん、まずはこっちを片付けてからね」

 その言葉を合図に、CICの空気は再び引き締まった。

 彼女の視線の先にある大型ディスプレイには、ふそうとみずほ、そして三つの該船の位置関係が表示されている。アルファとブラボーは半潜航型のNarco-subであり、船体の大部分を海面下に沈めながらも、上部構造物は海上に露出していた。チャーリーは、両船を支援する母船と疑われる水上船舶だ。

 今回の任務は、この三隻を可能な限り損傷を抑えて拿捕し、乗員と積荷を確保することにある。

 「水雷長、アルファの現況を」

 葛城が我那覇に呼びかけた。

 「はい。アルファ、現在も捕捉を継続しています。目標は半潜航状態を維持。針路、速力ともに大きな変化はありません」

 「了解。安河内、そっちは?」

 「こちらでも継続監視中です。観測情報に大きな矛盾はありません」

 我那覇と安河内の報告を聞き、葛城は戦術状況図を確認した。

 「艦長、アルファの追跡は継続できています。今のところ、こちらの接近に対する明確な反応はありません」

 「分かった。艦橋、CIC。航海長、艦橋の状況は?」

 蒼が艦内通信で呼びかける。

 「CIC、艦橋。視界良好、海面状況も追跡に支障ありません。現在のところ、操艦上の問題はありません」

 艦橋の佐野倉が応じた。彼女は現在、艦橋で操艦指揮を執っている。CICで戦術指揮を担う葛城と、艦橋で実際の操艦を担う佐野倉。両者の連携は、今回のような追跡任務において特に重要だった。

 「了解。航海長、これからアルファへの接近を続ける。目標の動静に注意して」

 「了解しました」

 佐野倉が答えた直後、艦橋右舷ウイングから報告が入った。

 「艦橋、右舷見張り紺野。アルファの上部構造物を視認継続。現在、目立った変化なし!!」

 「左舷見張り桜井、周辺海域に異常なし!!」

 紺野と桜井の2人も、双眼鏡を手に海面を監視していた。電子機器による観測がいかに発達しようと、見張り員の肉眼による確認は欠かせない。とりわけ半潜航型の小型船舶が相手では、海面上に露出した部分の動静を直接確認することにも意味がある。

 その時だった。

 「副長、アルファに変化!!」

 安河内の声がCICに響いた。

 「針路変更を確認。速力も増加傾向です!!」

 「水雷長、確認できる?」

 「はい、こちらでも確認しました。アルファ、明らかに運動を変えています!!」

 葛城が素早く蒼に目を向ける。

 「艦長、アルファが逃走行動に移った可能性があります」

 「そうね。航海長、聞こえた?」

 「はい。こちらでも確認しています」

 佐野倉の返答に、蒼は頷いた。

 「追跡を継続。副長、操艦指揮をお願い」

 「了解」

 葛城はすぐに艦橋へ指示を送った。

 「艦橋、CIC。航海長、アルファの動きに合わせて追撃を継続して。安全な距離を確保しつつ、見失わないように。おもーかーじ!!」

 「CIC、艦橋。了解。おもーかーじ!!」

 「おもーかーじ!!」

 佐野倉の声が艦橋に響く。ふそうの艦首が、ゆっくりと新たな方向へ向き始めた。全長165メートル、満載排水量10,000トンに迫る大型艦でありながら、ふそうは高速航行能力と優れた操艦性能を備えている。もっとも、相手は小型の半潜航船だ。大きさも運動特性もまるで違う。単純に速度を上げれば捕まえられる、というものではなかった。

 「CIC、右ウイング。アルファ、変針を確認!!上部構造物、引き続き視認!!」

 紺野が状況の変化を告げる。それと同時に、舵輪を握る黒木も声を上げた。

 「面舵15度!!」

 「了解。もどーせー!!」

 「もどーせー!!」

 佐野倉はジャイロコンパスの前に立ちながら、CICとの通信を維持する。

 「副長、アルファが変針を繰り返しています。こちらの接近を避けようとしているようです」

 「了解。無理に追い回す必要はないわ。目標の動きを見ながら追跡して」

 「了解しました」

 葛城は安河内の方へ振り返った。

 「安河内、アルファの運動、引き続き追って」

 「了解!!」

 「水雷長、目標を見失う可能性は?」

 「現状では低いと判断します。ただし、変針が続いていますので、継続的な確認が必要です」

 「分かった」

 葛城は短く頷いた。その横で、蒼は状況図を見つめていた。目標が逃走行動に移った以上、こちらも次の段階を考えなければならない。

 「砲雷長」

 「はい、艦長」

 黄瀬が顔を上げる。

 「アルファに対する火砲使用を検討して。魚雷が使えない以上、実力行使するならそれしかない。ただし、目的はあくまで停船措置。必要以上の損傷は避けたい」

 「了解しました」

 黄瀬は即座に紅林へ目を向けた。

 「砲術長、1番及び2番の状況は?」

 「いずれも射撃準備可能です。目標の捕捉状況を確認します」

 「お願い」

 ふそうの1番砲は、艦首側に配置された127mm単装速射砲である。その後方には、2番砲である76mm単装速射砲も備えられている。敵艦の撃沈が目的ではない今回、常識的には口径が小さく、火力が低い2番を使うのがセオリーだ。…、だが。

 「砲雷長、今の状況では2番は厳しいです」

 紅林が黄瀬の方を向く。

 「…、やっぱり位置関係的に射界制限が厳しい?」

 「はい」

 黄瀬の問いかけに、紅林は頷いた。2番砲は、砲身が1番砲と被ることを避けるため、砲座が約60㎝程度かさ上げされた設計になっている。これによって、左右だけでなく前方の射界を確保する仕組みだ。

 ところが、現在のアルファは海面上に上部構造物だけを露出した状態で、ふそうのほぼ正面を航行している。そのため2番砲を使うと、1番砲の砲盾を飛び越えて海面上の構造物に正確に弾着させ、かつ該船の不用意な沈没も避けなければならないという、曲芸のような射撃を余儀なくされる状況になるのだ。

 その点、1番砲は前方に障害物がないので、そのような曲芸は必要ない。ただし、127mmでの船体射撃はその高火力が故に、法執行活動においては極めて高リスクだ。ふそうとしても、出来ればあまりやりたくはない手である。もし使うなら、直撃させないように船体ギリギリをかすらせるような、高度な照準作業が必要だろう。

 「艦長。もし1番砲での船体射撃を挙行する場合、何発まで許容されますか?」

 黄瀬が蒼に対して振り向いた。蒼はしばし考え込む。

 「沈めない条件よね?」

 「もちろんです」

 「…、最大2発。それ以上はダメ。沈没リスクがある」

 「了解です。砲術長、やれる?」

 黄瀬が紅林に向き直る。紅林は覚悟を決めた顔で頷いた。

 「やります」

 そのやり取りを、TAO席から見ていた葛城が頷いた。蒼に目をやる。

 「艦長、1番砲による船体射撃を実施します」

 「了解。目標、海面上アルファ上部構造物、発射弾数最大2発。撃沈は避けて」

 蒼は手短に指示を下した。これを受けて、葛城が声を上げる。

 「1番砲、船体射撃用意。射撃管制員、1番砲諸元リコメンド送れ」

 「リコメンド」とは、沿岸警備隊における艦内用語で「推奨射撃諸元」のことを指す。射撃管制員がシステムによって計算した推奨諸元を伝達、これをTAOが確認の上採用・不採用を決める仕組みである。

 「了解、計算中…」

 射撃管制員が答える。黄瀬と紅林も、その状況を見守った。ほどなくして計算結果が出る。

 「計算終わり。1番砲リコメンド、方位角0度、仰角0度。調定操作不要!!」

 「了解。1番砲、調定そのまま」

 紅林は射撃統制の情報を確認する。目標は海面上に上部構造物を露出しているため、砲撃の対象として捕捉すること自体は可能だった。

 だが、問題があった。

 「…、砲雷長、少し待ってください」

 「どうしたの?」

 「アルファの相対運動が大きすぎます。それに、距離も近すぎる。現在の接近状況では、照準が安定しません」

 黄瀬は紅林の端末に目を向けた。アルファは逃走のために変針を繰り返している。一方、ふそうも高速で追撃しているため、両者の位置関係は短時間で大きく変化していた。距離が詰まったことで、目標の方位変化も目立つ。紅林はもう一度確認した。

 「目標は捕捉できています。ただ、今のままでは射撃条件が安定しません」

 「なるほどね…」

 黄瀬は腕を組み、しばらく考え込んだ。砲術長が照準を安定させられないと言っている以上、強引に撃たせるわけにはいかない。

 今回の目的は撃沈ではなく拿捕だ。相手に停船を促すための射撃で、意図しない損傷を与えてしまっては本末転倒である。しかし、目標は逃走中だ。このまま射撃を見送れば、相手に逃げ続ける余地を与えることになる。

 黄瀬は戦術状況図を確認し、葛城へ呼びかけた。

 「副長」

 「どうしたの?」

 「1番砲の照準が安定していません。現在の追撃速度では、目標との相対運動が大きすぎます」

 「なるほど。どうしたい?」

 「本艦の速力を一度落としていただけませんか。射撃条件を確認し直したいんです」

 葛城は即答しなかった。速力を落とせば、当然ながらアルファとの距離が開く可能性がある。追跡を継続しながら、砲術長が射撃できる状況を作らなければならない。

 「今減速すれば、アルファとの距離が開くことになるけど?」

 「むしろ、それも狙いの一つです。現状では、本艦とアルファとの距離も近すぎます。振り切られない程度に、敢えて本艦の速度を落とすことで、最適な射撃距離を確保する必要があるかと」

 「…、なるほど。航海長、聞こえた?」

 「はい、副長」

 「砲雷長から減速の要請が出ている。追跡を維持しながら速力を調整できる?」

 佐野倉は艦橋の情報を確認した。

 「可能です。ただし、振り切られないよう慎重にやる必要がありますが」

 「了解。水雷長、安河内。減速した場合、追跡に支障は?」

 「現状の捕捉状態なら、直ちに見失う可能性は低いと思われます」

 「こちらも同意見です」

 我那覇と安河内が相次いで答えた。葛城は蒼に向き直る。

 「艦長、砲雷長から射撃条件を整えるための減速要請が出ています。追跡継続は可能と判断しますが、実施してよろしいですか?」

 「許可する。ただし、目標の動静には十分注意して」

 「了解」

 葛城は艦橋へ指示を出した。

 「艦橋、CIC。両舷前進強速、赤20!!」

 「了解。両舷前進きょうそーく、赤20!!」

 佐野倉は艦橋の操艦要員に指示を伝えた。ふそうの機関出力が調整され、艦の速力が徐々に低下していく。急激な操作ではない。アルファの位置を確認しながら、追跡を維持できる範囲で艦の運動を変えていく。

 「右舷見張り、アルファ視認継続!!」

 「左舷見張り、周辺異常なし!!」

 紺野と桜井の報告が続く。CICでは、安河内が目標の動きを追い、我那覇が観測情報を確認していた。

 「副長、アルファ、引き続き捕捉中です」

 「了解」

 葛城は紅林へ目を向けた。

 「砲術長、どう?」

 「確認中です」

 紅林は端末を見つめたまま答えた。数秒が過ぎる。ふそうの速力が落ち着くにつれ、目標との位置関係の変化も先ほどより穏やかになってきた。紅林がもう一度、射撃統制情報を確認する。1番砲の照準が、正確に上部構造物やや上を捉えた。

 「…、よし」

 小さく呟いた後、彼女は黄瀬の方へ振り返った。

 「砲雷長、照準安定しました。1番砲、射撃可能です!!」

 「了解!!」

 黄瀬はすぐに葛城へ報告した。

 「TAO、1番砲目標よし、砲口監視員砲口よし、射撃用意よし!!」

 「了解。航海長、現在の操艦を維持して」

 「了解しました」

 葛城は蒼に目を向ける。

 「艦長、発砲します!!」

 蒼はディスプレイを確認した。アルファは依然として逃走を続けている。しかし、こちらの目的はあくまで停船させ、乗員と積荷を確保することだ。今回の射撃には、リスクはある。だが、やるしかない。

 「了解」

 その短く冷静な一言が、CIC内の空気をさらに引き締めた。蒼は静かにディスプレイを見つめている。佐野倉は艦橋で操艦を維持する。我那覇と安河内は、アルファの動静から目を離さない。艦橋ウイングでは、紺野と桜井が双眼鏡を構え続けていた。誰もが、自分に与えられた役割を理解している。そして、黄瀬が最後の確認を終えた。一瞬だけ戦術状況図を確認した後、葛城が声を張る。

 「1番砲、船体射、発射弾数最大2。撃ちー方始めー!!」

 その号令に、黄瀬と紅林も続く。一際大きく響いた紅林の声が、艦内の空気を切り裂いた。

 「1番砲、攻撃始め!!」

 「撃ちー方始めー!!」

 直後、ふそうの前部甲板で立て続けに2度、轟音が炸裂した。127ミリ単装速射砲が火を噴き、砲声が艦全体を震わせる。艦橋から前方を監視していた紺野の視界にも、砲口から噴き出した閃光と煙が飛び込んできた。

 「1番砲、発砲確認!!」

 桜井も周囲の海面を監視し続ける。CICでは、誰もがアルファの反応を待っていた。

 「1番砲撃ち終わり、砲中弾なし!!」

 「了解、1番砲撃ち方待て!!」

 「撃ち方待て!!」

 葛城の命令を紅林が復唱した。

 「安河内、目標の状況は?」

 葛城の問いに、安河内が即座に答える。

 「確認中です!!」

 「水雷長、捕捉継続して」

 「了解!!」

 蒼は無言のまま、ディスプレイを見つめていた。砲声が鳴り響いたからといって、任務が終わるわけではない。むしろ、ここからが本番だった。

 アルファが停船するのか。それとも、なおも逃走を続けるのか。そして、停船したとしても、乗員が素直に投降するとは限らない。ふそうの1番砲が放った一撃は、南海の追跡劇を、新たな段階へと進めようとしていた。




前回のQ&Aで、慣熟訓練は「あくまで、読者サービスも含めたお色気シーンを、単なる幕間ではなく実際の任務にも影響を及ぼす演出として使うための、本作独自の工夫」って書いたじゃないですか。要するに、今回の篤志のこれがやりたかったんですよね。

軍艦内での行為としては、我ながらあまりにもファンタジーすぎる演出にずいぶんと紙幅を割いてしまいましたがw 最終的にはちゃんとここに行き着く、というのを見せられてよかったです。

今回は佐野倉や碧海、第一章(前篇)以来の登場となる紅林にも、活躍の機会を与えています。拿捕作戦はまだまだ続くため、航海長である佐野倉には引き続きスポットライトを当てられそうですね。今回は蒼を主人公としつつも、視点が彼女中心というより群像劇的なので、色々なキャラクターに出番を与えられたらいいなと思っています。

次回、さらに物語が急展開します。お楽しみに。それではまたお会いしましょう。
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