Neptune Ⅱ~蒼海の追跡者~ 作:R提督(旧SYSTEM-R)
今回は第四章の中篇です。前回、紅林の指揮でふそうが放った127㎜砲の砲撃の行方は…?それではどうぞ。
海面を震わせた2度の轟音が、ようやく遠ざかろうとしていた。ふそうの前部甲板に搭載された127ミリ単装速射砲。その砲口から放たれた2発の砲弾は、逃走を続ける半潜航型密輸船(艦内呼称:アルファ)の至近に着弾していた。
1発目は、アルファの右舷側に広大な水柱を噴き上げた。続く2発目は、船体後方の海面へと着弾する。砲弾の直撃は免れたものの、その衝撃は小さな半潜航艇にとって決して無視できるものではなかった。
海面上に露出した上部構造物には、外装の一部が変形した箇所が見られた。右舷側の通気設備も損傷しているらしく、開口部の周囲から断続的に海水が流れ込んでいる。さらに、船体内部では激しい振動によって機関系統に異常が発生していた。それまで一定の速力で逃走していたアルファは、砲撃直後から目に見えて減速し始めていた。
ふそうのCICでは、各部署からの報告が飛び交っていた。
「安河内、目標の状況は?」
TAO席に座る葛城が問いかける。
「アルファ、速力低下を確認!! 先ほどまでの航走状態と明らかな変化があります!!」
安河内が報告した。
「損傷状況は確認できる?」
「現在、光学監視映像を確認中です。上部構造物右舷側に変形らしきものを認めます。ただし、詳細は不明です!!」
「了解。水雷長、そっちは?」
「はい。アルファの捕捉を継続しています。針路に大きな変化はありませんが、速力は引き続き低下中です!!」
我那覇の報告を受け、葛城は大型ディスプレイに視線を戻した。
「…、効いたみたいね」
葛城の言葉に、隣で状況を見守っていた蒼が頷いた。
「えぇ。ただし、まだ停船したわけじゃないわ。追加射撃は控えて、まずは相手の動きを確認しましょう」
「了解。砲雷長、1番砲は撃ち方待てを継続。追加射撃は指示があるまで実施しないで」
「了解です!!」
「…、あれだけ近くに落ちたら、さすがに無傷では済まないわね」
「そうですね。直接命中させずに速力を落とせたのは幸いですけど、船体への影響は気になります」
「えぇ。乗員が負傷している可能性もあるものね」
蒼は通信卓に向き直った。
「通信長、警備長に連絡。アルファへの移乗準備を進めるよう伝えて」
「了解です!!」
碧海が回線を切り替えた。
その頃、ふそうの短艇では、第6分隊の警備科員たちがアルファへの接近準備を進めていた。その中心にいたのは、警備長・黒川響三等海佐だった。
「…、いやぁ、派手にやったねぇ」
「警備長、アルファの速力が落ちています!!」
操艇員が報告した。
「見えてるよ。ただ、まだ動いてるからね。無理に近づきすぎないで」
「了解!!」
黒川は再び双眼鏡を覗いた。
アルファはゆっくりと前進を続けている。しかし、その動きは明らかに鈍い。
「…、127ミリを2発も食らいかけて、まだ走ってるんだから大したもんだよ」
黒川は呆れたように呟いた。隣にいた柳田が、アルファの船体を確認する。
「警備長、上部構造物の右舷側、かなり傷んでいるように見えますね」
「そうだね。中で浸水してる可能性もある」
「移乗後は、乗員の安全確認を優先しますか?」
「もちろん。まず停船させて、それから乗員を確保。船体の状態も確認する。証拠品の捜索はその後だよ」
「了解です」
黒川は通信機を手に取った。
「CIC、警備長。アルファへの接近を開始する。まず私が移乗して停船を要求する。停船確認後、柳田たちも乗り移らせるよ」
「CIC了解。警備長、アルファには船体損傷の可能性があります。十分注意してください」
「分かってるって。こっちだって、沈みかけの船と心中する趣味はないからね」
黒川は軽く笑った。だが、その表情はすぐに真剣なものへ変わる。
「柳田、私が移ったら、そっちは一度距離を取って待機してて。アルファが完全に止まるまでは、無理に全員で乗り込まないこと」
「了解です!!」
「それと、向こうが武器を持ってる可能性もある。ハッチが開いたからって、すぐ安心するんじゃないよ」
「はい!!」
黒川は頷いた。短艇がアルファとの距離を詰める。目標の上部構造物は、通常の船舶の甲板とは比較にならないほど低い。周囲の海面が波立つたびに、足場になりそうな部分が水しぶきを浴びていた。
「警備長、接近します!!」
「了解!!」
黒川は身体を低くした。短艇とアルファの相対的な動きが、一瞬だけ小さくなる。その瞬間。
「…、よっと!!」
黒川は短艇から身を躍らせた。靴底がアルファの上部構造物に接触する。片手で突起物を掴み、姿勢を立て直す。
「警備長、移乗成功!!」
短艇から声が上がった。
「大丈夫!!そっちは待機してな!!」
黒川は片手を挙げて応じると、目の前にあるハッチへ向き直った。そして、拳を振り上げた。ガン、ガン、ガンッ!!
「おーい!!聞こえてんだろ!!?」
返答はない。黒川はもう一度ハッチを叩いた。
「日本国沿岸警備隊だ!!聞こえてるなら返事しな!!」
船内から、何かを叫ぶ声が聞こえた。だが、ハッチは開かない。
「こっちはもうお前らを捕捉してるんだよ!!これ以上逃げても無駄だから、さっさと停船しな!!」
「…、おいおい、こりゃ本当にまずいんじゃないの?」
黒川は再びハッチを叩いた。
「聞こえてんのか!!?船体が傷んでるんだよ!!沈みたくなかったら今すぐ止まりな!!こっちは救助する用意もあるから!!」
それでもなお、船内からは反応がない。しびれを切らし、こめかみに青筋を立てた黒川は、自分の右拳に感情を目いっぱい込めた。
「いい加減にしろ!!お前らにもう逃げ場はないんだよ!!ガタガタ言わんとさっさと出てこいやゴルァ!!」
「ドゴォ!!」という鈍い音が響き渡る。今度はとうとう、船内から明確な声が返ってくる。ただし、日本語ではなかった。
「…、あー、そっちの言葉か」
その反応に、急に冷静さを取り戻した黒川は、通信機を取り出した。
「CIC、こちら警備長。アルファに移乗成功。ハッチは閉鎖中、内部に乗員の声を確認。日本語で停船要求を実施したけど、外国語で返答があった。通訳支援をお願いしたい」
「了解。警備長、そちらの安全は?」
「今のところ問題ない。ただ、船体の損傷はかなり気になるね。あまり長居はしたくない」
「了解。必要な支援を手配します」
黒川は通信機を戻した。その時だった。足元から伝わっていた機関の振動が、徐々に弱くなり始める。
「…、ん?」
黒川は周囲の海面を確認した。アルファの前進速度が、目に見えて落ちている。やがて、機関の音がさらに小さくなった。船体はわずかに漂いながらも、ほぼ停止した状態となった。
「…、よし!!」
黒川は通信機を握った。
「CIC、こちら警備長!! アルファ、停船した模様!!」
ふそうのCICでは、黒川からの報告を受け、移乗作戦の次の段階へ進む準備が始まっていた。
「艦長、アルファ停船を確認。警備長が現場で乗員への対応を続けています」
葛城が報告する。
「了解。柳田たちも移乗させるのね?」
「はい。警備長の指示で、停船確認後に移乗する手順になっています」
「分かったわ。引き続き警戒を継続して」
「了解です」
その時、碧海が別の通信を受信した。
「副長、ホークアイから帰投要請です!!」
「燃料の状況は?」
「残燃料から、帰投して補給を受けたいとのことです!!」
「了解。艦長、ホークアイの帰投を許可してもいいですか?」
蒼は少し考えた。
「みずほから、ブラボーの追跡に問題があるという報告は?」
「現時点ではありません」
「それなら、一度戻しましょう。燃料補給が終わったら、すぐに再発艦できるよう準備は進めておいて」
「了解。通信長、ホークアイに帰投許可を伝えて」
「了解です!!」
碧海が通信を開く。
「ホークアイ、ネプチューン。帰投を許可する。着艦後、燃料補給を実施。再発艦に備えよ」
「ホークアイ、ネプチューン。了解。これより帰投する」
山吹のその返答ののち、ホークアイはふそうへと針路を変えた。
その頃、アルファの上では、黒川が短艇に合図を送っていた。
「柳田!!こっち来な!!」
「了解です!!」
柳田が応じる。短艇は再びアルファへ接近し、黒川が確保した足場を利用して、柳田と複数の警備科員が移乗した。
「警備長、乗員は?」
「まだ中。さっき停船したところだけど、ハッチは開けてない」
「了解です」
「船体が傷んでるから、無理にこじ開けたりはしないでよ」
「分かりました」
黒川はハッチへ向き直った。
「おーい!!もう逃げられないんだから、出てきな!!こっちはお前らを確保するために来たんだよ!!」
船内から再び声が聞こえた。しばらくすると、ハッチの内側で金属音が響いた。
「…、来るよ」
黒川が小声で告げる。柳田たちは警戒態勢を取った。やがて、ハッチがゆっくりと開かれた。そこから顔を出したのは、疲弊した表情の男だった。男は黒川たちの姿を認めると、何かを叫んだ。
「落ち着きな。こっちは撃ったりしないから、まず両手を見せて」
黒川は身振りを交えながら、男に指示を出す。男は一瞬ためらったが、やがて両手を上げた。
「柳田、お願い」
「了解です!!」
柳田と警備科員が男を確保する。続いて、2人目、3人目の乗員がハッチから姿を現した。いずれも抵抗する様子はなかった。ただし、黒川は表情を緩めない。
「まだ中に人がいるかもしれない。全員確認して」
「了解です!!」
「それと、船体の状態も見ておいて。浸水してる可能性があるから、危ないと思ったらすぐ引き上げて」
柳田が頷いた。
警備科員たちは、乗員を確保しながら船内の確認を開始した。アルファの内部は、想像以上に狭かった。操縦設備と機関設備が限られた空間に詰め込まれ、その奥には積荷を保管するための区画が設けられている。右舷側の隔壁には損傷が認められ、床面には海水が溜まり始めていた。
「警備長、右舷側から浸水を確認しました!!」
柳田が報告する。
「やっぱりね。どのくらい?」
「今のところ急激に増えている様子はありません。ただし、船内の一部に水が溜まっています」
「了解。乗員は?」
「3名を確保。他に人がいないか確認中です!!」
「分かった。安全確認が終わったら、早めに引き上げるよ。…、それにしてもよくまあ、こんな船で海を渡ろうと思ったもんだね」
黒川が呆れたように呟く。柳田が苦笑した。
「警備長、積荷の確認は?」
「まずは写真と位置の記録だけ。中身を調べるのは、船と人の安全が確認できてからだよ」
「了解です」
黒川は通信機を手に取った。
「CIC、こちら警備長。アルファへの移乗完了。現在までに乗員3名を確保。船内右舷側に浸水あり。急激な沈没の兆候は認めないけど、船体の状態は良くないね」
「CIC了解。乗員の安全確保を優先してください」
「了解!!」
しばらくして、柳田から追加の報告が入った。
「警備長、船内確認完了しました!!他に乗員は認められません!!」
「了解。よし、これで制圧完了だね」
黒川は通信機を握り直した。
「CIC、こちら警備長。アルファ、乗員3名を確保。船内確認及び該船の制圧を完了した!!」
ふそうのCICに、黒川の声が響き渡った。
「艦長、アルファ制圧完了です!!」
葛城が報告する。
蒼は大きく頷いた。
「了解。警備長たち、よくやってくれたわね」
「えぇ。砲撃から移乗まで、無事に進められました」
「そうね。ただし、船体が損傷している以上、まだ安心はできないわ。乗員と警備科員の安全確保を優先して」
「了解です」
「…、まずは一隻ね」
蒼が小さく呟く。葛城も頷いた。
「そうですね。警備長たちも、よくやってくれました」
「えぇ。帰ってきたら、ちゃんと労ってあげなきゃね」
蒼は少しだけ微笑んだ。
もっとも、黒川には先ほどの戦闘配置への遅参という問題が残っている。今回の活躍で、それが帳消しになるわけではない。だが、警備長としての任務を確実に果たしたことも、また事実だった。
その時、航空隊から報告が入った。
「TAO、ホークアイ、着艦しました!!」
「了解。機体洗浄が終わったら、速やかに燃料補給を開始させて」
「了解です!!」
作戦は、少なくとも現時点では順調に進んでいる。そう見えていた。
一方みずほのCICでは、ブラボーの追跡が続けられていた。沢渡は、大型ディスプレイに表示された戦術状況図を見つめていた。
「ブラボーの状況は?」
「目標、引き続き逃走中です!! 断続的に針路を変更していますが、捕捉は継続しています!!」
「了解。無理に距離を詰めなくてもいいわ。相手の動きを見ながら、停船させる機会を探しましょう」
「了解です!!」
「チャーリーの状況は?」
沢渡が問いかける。
「現在、針路を変更しています!!」
「変更?」
「はい。本艦とブラボーの間に接近する方向です!!」
沢渡は眉を寄せた。
「…、ちょっと妙ね」
「チャーリーを継続監視して。ブラボーの捕捉も維持して頂戴」
「了解です!!」
沢渡は通信担当に向き直った。
「ふそうにも連絡して。チャーリーが針路を変えて、こちらの追跡経路に近づいているって」
「了解です!!」
その直後だった。
「艦長!! チャーリーの甲板上に複数の人影を確認!!」
「何かしているの?」
「何らかの装備を操作しているようです!!詳細確認中!!」
沢渡はディスプレイに表示された映像を見つめた。チャーリーの甲板上には、確かに複数の人影が見える。そのうちの一人が、何かを船縁へ据え付けようとしていた。
「…、まさか」
沢渡の表情が険しくなった。
「武器の可能性があるわ。警戒を強めて!!」
「了解!!」
次の瞬間。チャーリーの甲板上で、断続的な閃光が発生した。
「発砲を確認!!」
CICに緊張が走った。
「チャーリーから発砲!!?」
沢渡は即座に立ち上がった。
「艦橋、周囲の着弾状況を確認して!!各部署、警戒を厳に!!」
「了解です!!」
艦橋から報告が入る。
「艦橋、チャーリーからの発砲を視認!!周辺海面に着弾を確認しています!!」
「了解。被弾していないか確認して頂戴!!」
「了解です!!」
「…、本気で妨害するつもりなのね」
沢渡はそう呟くと、CIC内を見渡した。
「CIWS、コントロールオープン。チャーリーからの追撃に備えて」
「了解!!CIWS、コントロールオープン!!」
砲術長が答える。ふそう型沿岸警備艦の艦橋構造物前面には、CIWS(近接防空火器)として、国防海軍でも広く用いられる「ファランクスCIWSブロック1B」が備えられている。VLSを持たず、個艦迎撃が火砲頼りの沿岸警備艦にとっては、最終防衛ラインとして極めて重要な防空兵器だ。
「ブラボーの状況は?」
「引き続き逃走中です。ただし、チャーリーの接近によって光学監視が一部遮られています!!」
「了解。ブラボーの捕捉はできる限り続けて。でも、チャーリーからの攻撃にも十分注意して!!」
「了解です!!」
沢渡は艦橋との通信を開いた。
「艦橋、CIC。チャーリーの射撃を警戒して。艦の安全を優先しながら、ブラボーの追跡を続ける」
「CIC、艦橋。了解!!」
しかし、チャーリーの攻撃は機関銃だけでは終わらなかった。
「艦長!!チャーリー甲板上に、新たな武器らしきものを確認!!」
「詳細は?」
「肩に担いでいます!! 筒状の装備で…、」
担当士官の声が一瞬止まった。沢渡が問い返そうとした、その瞬間。
「発射確認!!」
チャーリーの甲板上から閃光が走った。筒状の発射器から飛び出した物体が、みずほへ向かって飛翔する。
「ロケット弾!!?」
沢渡は思わず声を上げた。艦橋から緊急報告が入る。
「飛翔体接近!!」
急ぎ、沢渡は大声で叫ぶ。
「総員、衝撃に備え!!」
その声に呼応するかのように、ロケット弾に反応したCIWSが唸りを上げる。直後、みずほの近傍海面で爆発が発生した。
「海面への弾着確認!!艦への直撃なし!!」
CICに一瞬、安堵の空気が流れた。しかし、沢渡は表情を緩めなかった。
「被害状況の確認を急いで!!チャーリーへの警戒も続けて頂戴!!」
「了解です!!」
艦橋から追加報告が入る。
「艦長、現時点で艦橋周辺に人的被害なし!!」
「了解。他の部署も確認して」
沢渡はブラボーの位置を示す表示へ視線を戻した。だが、その時だった。
「…、あれ?」
表示されていたブラボーの航跡に、異変が生じていた。
「ブラボーは?まだ捕捉できているの?」
担当士官が慌ただしく端末を操作する。
「現在、捕捉状況を確認中です!!」
「確認中?」
「チャーリーの介入以降、観測情報が不安定になっています!!」
「最終確認位置を保持して!!再捕捉を試みましょう!!」
「了解です!!」
「…、まずいわね」
やがて、担当士官から報告が入った。
「艦長、ブラボーを見失いました!!」
沢渡は一瞬だけ目を閉じた。そして、すぐに顔を上げる。
「…、分かったわ。ブラボーの最終確認位置を記録して。チャーリーへの警戒は続けながら、再捕捉を試みましょう」
「了解です」
沢渡は通信担当に向き直った。
「ふそうに緊急報告をお願い。チャーリーから武装攻撃を受けたことと、ブラボーを見失ったことを伝えて」
「Aye, ma’am!!」
一方、ふそうCIC。蒼はアルファの現状確認を進めていた。
「アルファの船体、やっぱり浸水してるのよね」
「はい。警備長の報告では、右舷側の損傷が原因と見られています」
「了解。無理に曳航しようとして、余計な事故を起こすわけにはいかないものね。まずは乗員と警備科員の安全を優先して」
「了解です」
その時だった。
「艦長!!みずほから緊急通信です!!」
碧海が声を上げた。蒼が顔を上げる。
「どうしたの?」
「チャーリーがみずほに対して武装攻撃を実施!!機関銃およびロケット弾と思われる武器を使用したとのことです!!」
CICの空気が一変した。
「…、何ですって?」
蒼は即座に立ち上がった。
「みずほの被害状況は?」
「現時点で重大な人的被害の報告はありません。ただし、詳細確認中です!!」
「了解。ブラボーは?」
碧海は通信内容を確認した。そして、わずかに表情を曇らせた。
「…、ブラボー、追跡中に捕捉を喪失したとのことです」
蒼は無言になった。葛城も、大型ディスプレイを見つめる。
「…、取り逃した?」
「はい。チャーリーの武装介入によって、みずほは攻撃への対処を余儀なくされ、その間にブラボーを見失ったとのことです」
蒼は短く息を吐いた。
「…、分かったわ。向こうと直接話す」
「了解です!!」
碧海が回線を接続する。数秒後、沢渡の声が聞こえた。
「ネプチューン、ゴールデンハーベスト。感銘よし、オクレ」
「ゴールデンハーベスト、ネプチューン。真白、状況を教えて」
「蒼、ごめんなさい。ブラボーを取り逃がしてしまったわ」
沢渡の声には、普段の柔らかさが残っていた。しかし、その奥には明らかな悔しさが滲んでいる。
「チャーリーから攻撃されたんでしょう? まず、そっちの被害は大丈夫なの?」
「えぇ。現時点で重大な人的被害は確認されていないし、航行にも問題はないわ。ただ、機関銃だけじゃなくて、ロケット弾まで撃ってきたのよ」
「ロケット弾…」
「幸い直撃はしなかったけど、こちらも攻撃への対処を優先せざるを得なかったの。その間にブラボーを見失ってしまって…」
蒼は頷いた。
「分かったわ。真白、まずはみずほの安全を優先して。武装攻撃を受けた以上、無理にブラボーを追い続けるわけにはいかなかったでしょう?」
「…、そうね。でも、もう少し何とかできたんじゃないかって思うと、悔しいわ」
「気持ちは分かる。でも、今は反省よりも状況の立て直しが先よ」
蒼は大型ディスプレイに目を向けた。
「ブラボーの最終確認位置は?」
「今から送るわ。こっちでも再捕捉を試みてるけど、チャーリーへの警戒も続けなきゃいけないから」
「了解。こちらで航空捜索を再開するわ。ホークアイを出す」
「ホークアイ?今はどうしてるの?」
「ちょうど燃料補給のために帰投したところなの。補給が終わったら、すぐに再発艦させる」
「…、そう。分かったわ」
沢渡は一瞬言葉を切った。
「蒼、お願い。何とかブラボーを見つけて」
「えぇ。できる限りのことはするわ。真白も気を付けてね」
「ありがとう。そっちもね」
通信が切れた。蒼は葛城へ向き直る。
「TAO、ホークアイの状況は?」
「現在、燃料補給中です」
「補給完了まで、あとどのくらい?」
「確認します」
葛城が碧海へ指示する。
「通信長、航空隊に連絡。ホークアイの補給状況と、再発艦可能時刻を確認して」
「Aye, ma’am!!」
蒼は大型ディスプレイに表示されたブラボーの最終確認位置を見つめた。
「…、まだ、見つけられる可能性はあるわ」
葛城が頷いた。
「えぇ。時間は経っていますけど、今からでも捜索する価値はあります」
「そうね。補給が終わり次第、再発艦させましょう」
ふそうの航空運用区画では、慌ただしい作業が続いていた。帰投したばかりのホークアイは、航行中に浴びた水しぶきでついた塩気を落とす機体洗浄を終えてから、燃料補給を受けている最中だった。
当初は通常の再発艦準備として進められていた作業だったが、みずほからの緊急報告によって状況が変わった。機長の山吹を筆頭に、航空隊の隊員たちは必要な確認を急いでいた。
「ホークアイ、緊急再発艦に備えよ。任務はブラボーの再捜索」
通信が入る。
「了解。現在、燃料補給中。完了次第、発艦準備に移行します」
その報告はCICにも伝えられた。
「艦長、ホークアイ、燃料補給を継続中。補給完了後、速やかに再発艦可能とのことです」
葛城が報告する。
「了解。準備を進めて」
「司、ブラボーの最終確認位置から、現時点で考えられる位置の範囲を整理して」
蒼が命じる。
「了解」
司が端末に向き直った。
「最終確認時ん針路と速力ば基準にします。ばってん、失探後に変針している可能性ばあるけん、範囲は広めに取る必要があっとです」
「そうね。水雷長、司と一緒に捜索範囲を検討して」
「了解です!!」
我那覇が応じる。司は戦術状況図を操作し、ブラボーの最終確認位置を中心に複数の推定航跡を表示した。
「姉貴、現状だとかなり広い範囲を見らんといかんよ」
司が小声で告げる。蒼は画面を確認した。
「…、そうね。ばってん、まずはそこから探すしかなかばい」
葛城が司の端末を覗き込む。
「少佐、最終確認位置からの推定範囲、航空隊にも共有できる?」
「はい。整理して送ります」
「お願い。水雷長、観測情報に更新があったら、すぐ反映して」
「了解です!!」
やがて、航空隊から報告が入る。
「TAO、ホークアイ、燃料補給完了!!発艦準備に移行しています!!」
「了解。艦長、ホークアイ再発艦を進めます」
「許可するわ。準備出来次第発艦」
葛城が頷く。
「通信長、航空隊に伝達。ホークアイ、ブラボーの最終確認位置周辺を捜索。発見した場合は直ちに報告して」
「了解です!!」
数分後。ホークアイは再びふそうを離れ、ブラボーが姿を消した海域へ向かっていった。
しばらくして、ホークアイからCICに報告が入る。
「ネプチューン、ホークアイ。ブラボー最終確認位置付近に到着。捜索を開始する」
「ホークアイ、ネプチューン。了解。捜索を継続せよ」
ふそうのCICでは、航空隊からの報告を待ちながら、戦術状況図の更新が続けられていた。
「水雷長、ブラボーの新たな反応は?」
「現在のところ確認できていません」
「了解。安河内、他に該当しそうな目標は?」
「複数の反応がありますが、いずれもブラボーと断定できません」
葛城は一瞬ため息をついてから頷いた。
「了解。引き続き確認して」
碧海が報告する。
「艦長、ホークアイ、ブラボーを発見できず。捜索を継続しているとのこと」
蒼は頷いた。
「了解。引き続き捜索させて」
「了解です」
蒼は司に視線を向けた。
「司、推定範囲は?」
「最終確認位置からん経過時間ば考えると、さらに広がっとります。今ん情報だけでは、特定ん方向に絞り込むとは難しかですね」
「そう…」
その時、葛城が声をかけた。
「艦長、みずほから追加報告です」
「どうぞ」
「チャーリーへの警戒を継続中。ブラボーについては、みずほ側でも再捕捉できていないとのことです」
「了解」
そこに、碧海からの報告が届く。
「TAO、ホークアイから報告。指定海域および周辺海域を捜索しましたが、ブラボーを発見できず」
葛城は一瞬だけ目を閉じた。
「…、了解」
蒼も、ディスプレイを見つめたまま動かなかった。司が静かに口を開く。
「姉貴、今ん情報だけで捜索範囲ばさらに広げてん、発見でくるとは限らんばい」
「…、そうね」
葛城が蒼に向き直る。
「艦長、ホークアイによる捜索は継続可能ですが、現時点ではブラボーの再捕捉に至っていません」
「了解。これ以上の捜索については、残燃料と周辺の状況を踏まえて判断して」
「了解です」
蒼はゆっくりと息を吐いた。
「…、アルファは確保できた。でも、ブラボーは逃げた」
葛城が頷く。
「はい。しかも、チャーリーが武装介入してきた以上、今後の対応も変わってきます」
「そうね。通信長」
「はい!!」
「みずほに連絡して。ブラボーの再捕捉には至っていないと伝えて。それと、チャーリーの武装状況について、確認できた情報を整理して送ってもらって」
「了解です!!」
碧海が通信を開始する。蒼は葛城へ向き直った。
「TAO、現時点までの作戦経過を整理して。アルファの制圧状況、ブラボーの失探、チャーリーの武装攻撃。全部まとめて報告できるようにしておいて」
「了解。各部署に情報を整理させます」
「お願い」
やがて、小さく呟く。
「…、一隻捕まえたからって、終わりじゃないわね」
その言葉に、葛城が振り返った。
「そうですね。むしろ、ここからが厄介になりそうです」
蒼は頷いた。
「えぇ。チャーリーがあそこまでやる相手だと分かった以上、もう同じやり方では済まないでしょうね」
ふそうとみずほが追い詰めようとしていた密輸船団は、予想を超える抵抗を見せ始めていた。南海の追跡作戦は、一隻の拿捕成功と引き換えに、さらに深刻な局面へと突入しようとしていた。
【悲報】みずほ、ブラボーを取り逃がしてしまう痛恨のミス。
まぁ、チャーリーによる武力も用いた妨害が原因ではあったので、やむを得ないと言えばやむを得ないところではありますが。とはいえ、やはり沢渡にとっては悔しい出来事でしょうね。
一方、ふそうの側では相変わらずの黒川無双です。今回の黒川、配置に遅れるという分隊長としてあるまじき失態をやらかしてはいるのですが、それを帳消しにするかのような活躍(帳消しになるとは言ってない)。まぁ後で怒られることにはなるでしょうが、ひとまずGJですね。なお、黒川による捕り物シーンは、アメリカ沿岸警備隊のUSCGCマンローによる、Narco-sub取り締まりをモチーフ元としています。
次回は、ブラボーを取り逃がしたみずほがリベンジする予定です。お楽しみに。それではまたお会いしましょう。