Neptune Ⅱ~蒼海の追跡者~ 作:R提督(旧SYSTEM-R)
今回は、みずほが妨害をしてきたチャーリーに対し、ブラボーをとり逃したリベンジに挑む会となります。果たして、その結果はどうだったのでしょうか?それではどうぞ。
ふそうのCICに映し出された戦術状況図には、既に制圧したアルファの位置と、なおみずほの監視下にあるチャーリーの航跡が残っている。だが三つ目の目標、ブラボーを示す表示だけは、最後に観測された地点から先が途切れていた。
ホークアイによる航空捜索でも再捕捉には至っていない。推定航跡は時間とともに枝分かれし、司が画面に描いた探索範囲は、先ほどより一回り大きくなっていた。
「TAO。まずは現状を整理しましょう」
「了解。アルファは停船、警備科が乗員を確保。船体に浸水があるため、内部の捜索と証拠品保全は安全確認と並行して進行中。ブラボーはみずほが失探、ホークアイも再捕捉できず。チャーリーはみずほに機関銃とロケット弾を発射、現在も武装した状態で航行を続けています」
「そうね」
蒼はチャーリーの表示を見た。
「真白がブラボーを見失ったのは、追跡を怠ったからじゃない。チャーリーが攻撃を仕掛けて、みずほの注意と行動を奪ったからよ。あの船を放置すれば、また同じことをされる」
「えぇ。しかも今回は、先に撃ってきたのは向こうです」
葛城は声を落とした。
「チャーリーへの対処を、みずほに任せますか?」
「その前に、向こうの状況を聞きましょう。通信長、ゴールデンハーベストを呼んで」
「了解です」
碧海が通信回線を開く。ほどなく、いつもの落ち着いた声が返ってきた。
「ネプチューン、ゴールデンハーベスト。こちら沢渡」
「真白、蒼よ。チャーリーの現況は?」
「まだ航行中。こちらに近づこうとはしていないけど、甲板上の武装要員は確認できているわ。機関銃の発射位置も特定した。ロケット弾の発射器は、今のところ再使用の動きがない」
「みずほの被害は?」
「船体と乗員を確認したけど、重大な損傷はないわ。心配してくれてありがとう」
蒼は短く息を吐いた。
「よかった。真白、ブラボーは一度こちらで引き受ける。あなたにはチャーリーを止めてもらいたいの」
「…、えぇ。私もそう考えていたところ」
沢渡の返答は柔らかい。しかし、そこに迷いはなかった。
「このまま武装した母船を自由にさせるわけにはいかない。停船させて、乗員と積荷を確保する。ブラボーの手掛かりも、あの船に残っているはずだから」
「お願い。ただし、撃沈は避けて。第六十二円竜丸の時みたいなことにはしたくないわ」
「分かってる。私たちが欲しいのは沈んだ船じゃないものね」
「そう。真白、頼んだわ」
「任せて。今度こそ、きちんと捕まえてみせる」
みずほCIC。ふそうとの交信を切った沢渡は、チャーリーの映像を見つめていた。全長125メートル、約7000総トン。外見だけなら、ごく普通の多目的貨物船だ。だが、その甲板から機関銃が火を噴き、ロケット弾まで飛んできた事実は消えない。既にみずほ側でも、 「総員第一種戦闘配置、対水上戦闘用意」が下令されていた。
「艦長、チャーリーは現在もこちらの停船要求に応答していません」
通信担当の報告に、沢渡は頷いた。
「警告を続けて。こちらは乗員を拘束し、船を調べるために接近している。抵抗をやめれば、それ以上の攻撃はしないと伝えて」
「了解」
「砲雷長、2番砲の状況は?」
「76ミリ、射撃準備可能です」
みずほの2番砲は、船体射撃という最も慎重さを要求される仕事を、今まさに与えられようとしていた。
「艦長、相手は既にこちらへ武器を使用しています。必要なら火砲での停船措置に移れます」
「えぇ。でも、撃てるから撃つ、では駄目よ」
沢渡はチャーリーの船影を拡大した。
「船内には、まだ確認できていない乗員がいる。積荷も、私たちが押さえるべき証拠品よ。機関や操舵系統に損傷を与えるとしても、船を沈めてしまったら意味がない」
「了解しました」
「それと、ふそうからの情報では、チャーリーはブラボーを逃がすために介入した可能性が高い。つまり、今ここで船を止めることは、ブラボーの逃走を助ける手段を奪うことにもなる」
周防が頷いた。
「了解。警告への反応を確認し、必要最小限の火力行使を検討します」
「お願い」
その直後、見張りから緊迫した声が飛び込んだ。
「チャーリー甲板上、武装要員に動き!!機関銃をこちらへ向けています!!」
「総員、警戒を厳に!!」
沢渡は即座に命じた。
「砲雷長、発砲の兆候を継続監視して。艦橋、回避運動の準備!!」
「了解!!」
チャーリーの船縁で、短い閃光がまたたいた。
「発砲確認!!チャーリー、再び機関銃を使用!!」
みずほの近傍に水柱が上がる。先ほどのロケット弾攻撃を経験したばかりの乗員たちに、気の緩みはなかった。
「艦長、反撃許可を!!」
沢渡は一瞬だけ目を閉じ、次に開いた時には、既に決断していた。
「許可する。2番砲、船体射撃用意。目標、チャーリー船尾機関部。発射弾数、最大8発。命中確認次第、撃ち方待て。乗員のいる区画を避け、航行能力を奪う。射撃後は必ず効果を確認して、無用な追加射撃はしないこと」
「了解!!」
艦内に射撃準備の号令が走った。
「2番砲、目標チャーリー。船体射、用意よし!!」
「艦長、発砲します」
周防の言葉に、沢渡は状況図と光学映像を見比べた。相手の甲板に見える人影は、まだ動いている。降伏の意思は示されていない。ならば、こちらが実力行使の意思を示すまでだ。
「はい」
「2番砲、船体射、発射弾数最大8。撃ちー方始めー!!」
「てぇっ!!」
みずほの前部甲板で、76ミリ砲が火を噴いた。轟音が艦橋を震わせ、数瞬遅れて、チャーリーの船体側面に閃光と破片が散った。
「命中確認!!」
「撃ち方待て!!」
沢渡の声が、報告の直後に重なった。
「損傷状況は?」
「確認中!!チャーリー、速力が低下しています!!」
「船体の姿勢は?」
「大きな傾斜は認められません!!」
砲撃で船を沈めるのは、彼女の目的ではない。必要なのは、甲板に武器を並べた貨物船を、証拠ごと自分たちの管理下に置くことだった。
「こちら日本国沿岸警備隊みずほ。直ちに機関を停止し、武器を放棄せよ。応答しなければ、さらに実力行使を行う」
繰り返された警告のあと、チャーリーの機関音に変化が生じた。
「艦長、目標減速!!甲板上の機関銃から要員が離れています!!」
「機関停止は?」
「まだです。ただし、速力は落ち続けています!!」
沢渡は頷いた。
「急いで近づきすぎないで。降伏したふりをして、また撃ってくる可能性もあるわ」
「了解!!」
やがて、チャーリーの船体はゆっくりと前進をやめた。
「チャーリー、停船を確認!!」
CICに安堵の空気が広がる。しかし沢渡は表情を緩めなかった。
「艦長、本艦も行き足止めます」
周防が沢渡の顔を見る。
「了解」
「艦橋、CIC。両舷停止!!続き、両舷後進半速!!」
「両舷停止!!続き、両舷後進半速!!」
艦橋からの復唱を確認した後、沢渡は再度周防に命令を下した。
「立検隊、移乗準備。甲板上の武装要員を確認し、全員の安全を確保してから乗り込んで。船内に負傷者がいれば、救護を優先して」
「了解!!」
沢渡は最後にもう一度、止まった貨物船を見た。
「…、ブラボーを逃がした責任は、消えないわ。でも、これ以上好きにはさせない」
その呟きは、誰に向けたものでもなかった。
ふそうでは、みずほからの速報を受け、葛城が蒼へ顔を向けた。
「艦長、みずほより報告。チャーリーに対し2番砲で船体射撃、停船させたとのことです。これから立入検査に入ります」
「…、やったわね、真白」
蒼は微笑んだが、すぐに真剣な表情に戻った。
「ただし、まだ制圧が完了したわけじゃない。乗員と船内の安全確認が終わるまでは、結果を確定しないで」
「了解」
蒼は司の方を向いた。
「司、ブラボーの推定位置、変わった?」
「まだ確証はなか。今ある情報だけで言えば、逃走方向は複数考えらるっです」
司はディスプレイを操作し、ブラボーの最終確認位置から伸びる複数の線を表示した。
「沖縄方面に寄る可能性も、外洋へ逃げる可能性もある。伊万里へ向かう可能性も否定でけん。ばってん、今はどれか一つに決め打ちする材料が足りんです」
「そうね」
葛城が画面を覗き込む。
「少佐、チャーリーを押さえられれば、情報は増えると思う?」
「はい。母船やったら、二隻へん補給記録や航路指示が残っとる可能性はたっかばい。ただ、押収でくるかどうかは現場次第ですけん」
「分かった。今は待ちましょう」
司は画面を見つめたまま、短く頷いた。追跡とは、目標を見失わずに走り続けることだけではない。見失ったあとに何を調べ、どの情報を信じ、どの可能性を捨てるか。その判断もまた、追跡の一部だった。
チャーリーの甲板では、みずほの立入検査隊が慎重に行動していた。船縁に据え付けられていた機関銃は、既に使用されていない。武装要員は甲板から離れ、乗員たちは両手を見せるよう求められていた。なお、上空で警戒を続けていたケストレルは、チャーリーの停船確認を受け、沢渡の指示で一旦みずほへ帰投していた。
「抵抗しないでください!!こちらは日本国沿岸警備隊です!!」
立入検査隊員の声が、船内へ響く。船長と名乗る男が姿を現した。言葉は通じにくかったが、通訳支援を介して停船と武器放棄の意思が確認される。
「艦橋と機関室を確認。武器は触らず、位置を記録して。証拠品として扱うから」
現場指揮官の指示が飛んだ。みずほのCICには、報告が途切れることなく入ってきた。
「艦長、立入検査隊が船長と主要乗員を確保。甲板上の武装要員も抵抗を停止しています」
「船内は?」
「確認を続けています。砲撃による損傷は船体の一部に限定され、現時点で沈没の兆候はありません。ただし、航行設備に不具合が生じています」
沢渡は静かに頷いた。
「よかった。乗員に負傷者がいないか、引き続き確認して。船を動かす必要があるなら、まず安全を確保してからよ」
「了解」
ほどなく、次の報告が届いた。
「チャーリー、主要区画の安全確認を終了。乗員を確保し、武器の管理下への移行を確認。船内の捜索を開始できます!!」
沢渡はようやく、肩の力をわずかに抜いた。
「了解。これをもってチャーリーを制圧したものとする。ふそうへ正式に報告して」
そして、周防へ向き直る。
「ここからが大切よ。ブラボーがどこへ行こうとしているのか、あの船に残された記録から探しましょう」
数十分後。ふそうのCICへ、みずほから第一報の資料が届いた。船内で確認された航海関係書類、燃料の受払記録、積荷の管理票。まだ全ての真偽を確認できたわけではないが、単なる貨物船としては説明しづらい記載がいくつも含まれていた。
「…、これは」
司が画面に顔を寄せる。
「どうしたの?」
葛城が尋ねると、司は資料の一部を指した。
「チャーリーん航海予定に、沖縄周辺でん停泊予定が入っとる。ばってん、荷役先ん港名が曖昧か。代わりに、海上でん物資受け渡しば示す記号が何度も出てくる」
「母船としての仕事ね」
「そん可能性がたっかばい。さらに、こっちには燃料と食料ん受け渡し予定数量がああります。アルファとブラボー、二隻分に分けられとるごと見えますね」
蒼は腕を組んだ。
「つまり、二隻とも沖縄周辺でチャーリーから補給を受ける予定だった?」
「今んところは、そう読める。ただし、誰がどん時点で書いた記録か、まだ裏取りが必要ばい」
「了解。確定情報と推定は分けておいて」
「はい」
葛城が別の資料を開いた。
「少佐、こっちはアルファから押収した端末の記録。警備科が取り出せた範囲だけど、時刻と符号がいくつか一致してる」
「見せてください」
司は二つの資料を並べた。アルファ側の記録には、短い符号列と日付が残されていた。チャーリー側の補給表にも、同じ符号が現れる。双方の記載を突き合わせると、海上で二隻が母船と合流し、燃料や生活物資を受け取る計画だったことが浮かび上がってきた。
「…、姉貴。これ、ブラボーも補給前やった可能性がたっかばい」
「そうなの?」
「アルファとブラボーん補給予定がおんなじ時間帯に組まれとる。今日ん接触より前に補給済みなら、別ん受払記録があるはずばい。少のうとも今見つかった資料には、それがなか」
「じゃあ、チャーリーを失ったブラボーは……」
「沖縄で予定しとった休息と補給ば、受けられん可能性が高かです」
CICの空気が変わった。これまでブラボーは、どこへ逃げたか分からない目標だった。だが今、逃走を続けるための条件が、少しずつ見え始めていた。
「ただし、注意せんといかんです」
司は自分から釘を刺した。
「補給できんけんといって、すぐ動けんくなるわけじゃなか。最初からある程度ん余裕ば持たせとる可能性もある。乗員ん疲労も、今は数字で確認でけん。そこは推定んまま扱います」
「えぇ。分かったわ」
蒼が頷く。
「でも、相手の選択肢が減ったのは確かね」
「はい。それは間違いなかです」
その頃、ブラボーの狭い船内では、乗員たちが互いの顔を見合わせていた。母船との連絡は途絶えていた。予定していた合流地点へ向かえば、そこには日本の沿岸警備艦がいる可能性が高い。
操縦席の男が、残燃料の表示を見た。
「…、沖縄には寄れない」
隣の男が、疲れた顔で答える。
「なら、引き返すか?」
「引き返してどうする。積荷を持ち帰れば、俺たちが何を言われるか分かっているだろう」
誰も返事をしなかった。彼らが運んでいるのは、単なる貨物ではない。受取人も、受渡し時刻も、既に決められている。失敗の報告は、そのまま組織の怒りを買うことを意味していた。
「伊万里まで行く」
操縦席の男が言った。
「補給は?」
「なしだ。休む時間もない。燃料を節約して、予定より遅れてでも北へ向かう」
「…、本気か?」
「他に選択肢があるなら言ってみろ」
沈黙が答えだった。
ブラボーは進路を変えた。母船の援護を失い、乗員に休息を与える余裕もないまま、伊万里方面を目指して単艦で北上を始めた。
「少佐、麻薬取締部から追加情報だ」
篤志が端末を抱えてCICへ戻ってきた。
「伊万里方面の陸上物流について、以前から監視していた複数の業者の動きを整理した。現時点では犯罪への関与が確定したわけじゃないが、特定の期間にだけ倉庫の使用予約と車両の手配が集中している」
「その期間は?」
司が尋ねる。
「今回の海上輸送が日本側へ到着すると推定されていた時期と、かなり近い」
葛城が顔を上げた。
「偶然の可能性は?」
「もちろんあります。ただ、予約が短期間に集中していること、取扱品目が曖昧なこと、連絡先が何度も変わっていることは気になります。麻取としては、照会と監視を継続したいところです」
蒼が頷いた。
「分かった。浦賀捜査官、今の情報を司に渡して。海上の航路と照合してみましょう」
「了解しました」
司は資料を受け取り、地図を切り替えた。チャーリーから得た航海予定、アルファの端末記録、みずほによるブラボー最終捕捉位置、そして麻取が追っていた陸上物流の動き。種類の異なる情報が、画面上で少しずつ重なり始めた。
「…、なるほど」
司は小さく呟いた。
「何か分かった?」
葛城が聞く。
「まだ結論じゃなかですばい。ただ、伊万里に向かうちゅう仮説ば置いた場合、いくつかん情報が説明でくる」
「続けて」
「まず、ブラボーはチャーリーん援護でみずほん追跡ば振り切った。単に逃げるだけなら、外洋さん出る経路も考えらるる。ばってん、チャーリーん予定表には沖縄周辺でん補給があり、そん後ん航路が北さん伸びとる」
司は一本の線を表示した。
「それから、麻取の陸上物流情報。伊万里方面に、積荷の到着を待つような動きがある。これが海上輸送とつながっとるなら、ブラボーはまだ貨物の搬入を諦めとらん可能性がある」
篤志が眉を寄せた。
「でも、補給できないまま伊万里まで行けるのか?」
「そこが次ん問題ばい」
司は頷いた。
「航続距離は、設計上ん数字だけでは判断でけん。今までどれだけ燃料ば使うたか、どがん速力で走るか、海象がどうかで変わる。アルファと同型に近かとしてん、ブラボーん実際ん燃料搭載量までは分からん」
「じゃあ、伊万里行きと断定はできない?」
「できん。ばってん、逆に言えば、補給なしで北上するなら、好きなごと速力ば上げ続くることも難しか。目的地が分かれば、航行でくる範囲と時間ば使うて、探す場所ば絞るる」
葛城が頷いた。
「…、つまり、失探位置を中心に円を広げるだけの捜索から、相手の目的と制約を踏まえた追跡に切り替えられるわけね」
「はい。まさにそれです」
司は、海図上の別の経路を指した。
「もちろん、途中で針路ば変えて別ん港に向かう可能性もあります。陸上ん協力者が別ん場所ば用意しとる可能性も捨てられん。やけん、伊万里方面ば第一候補にしつつ、代替経路も残す必要がありますね」
「いいわ」
蒼が答えた。
「その考え方で進めましょう」
そこへ、灰原が資料を持って現れた。
「艦長、副長。測量科からも少しお話があります」
「測量長、どうぞ」
蒼が促す。
「少佐が描いてくれた候補航路ば見ました。海底地形と潮流ん情報ば重ねると、いくつかん経路には条件ん悪か海域があるばい」
灰原は画面に海況情報を表示した。
「もちろん、半潜航船ん正確な性能が分からん以上、通れんとは言い切れません。ばってん、燃料に余裕がのうて、なるたけ一定ん航走状態ば保ちたかなら、しゃっちが不利な海域ば選ぶ理由は少なかて思うとです」
司が目を見開いた。
「…、そうか。燃料と距離だけじゃなく、海況で航路ん優先順位も変わるとやなあ」
「そげなこと。海ん上では、地図ん上で短か線が一番楽な道とは限らんですけんね」
灰原はいつもの柔らかい口調で言った。葛城が二人を見比べる。
「少佐の航路予測に、測量科の情報を組み合わせられる?」
「はい。やってみます」
司が即答した。
「測量長、こっちん資料も見てくるるか。ブラボーん推定速力ばいくつかに分けて、到達可能な範囲ば計算しとる」
「もちろん。じゃあ、潮流ん条件も一緒に重ねましょうか」
2人が端末に向き直る。
「了解。真白に繋いで」
ほどなく、沢渡の声が聞こえた。
「蒼、こちらはチャーリーの制圧を完了したわ。乗員も確保できた。武器も押さえて、今は船内の確認を続けているところ」
「お疲れさま。よくやってくれたわ」
「ありがとう。でも、ブラボーの方は?」
「まだ見つかっていない。ただ、司とみんなが情報を整理してくれている。伊万里方面へ向かっている可能性が出てきたわ」
「伊万里……」
「チャーリーの補給記録から、ブラボーもアルファ同様沖縄で休息と補給を受ける予定だったらしいの。それができなくなった以上、行動には制約が生じるはずよ」
「そうね。チャーリーを止めたことが、追跡にもつながるなら嬉しいわ」
「つながってるわよ。少なくとも、もうブラボーに母船の援護はない」
蒼はそう言って、少し声を和らげた。
「真白。チャーリーを止めてくれて、ありがとう」
沢渡は一瞬黙った。
「…、蒼、私、さっきブラボーを見失った時、本当に悔しかったの。自分が追っていた相手を逃がしてしまったから」
「えぇ」
「でも、あの場でチャーリーへの対処を後回しにしていたら、もっと危険なことになっていたかもしれない。今は、そう思えるわ」
「私もそう思う。あなたは必要な判断をしたのよ」
「ありがとう。……それじゃ、こちらもブラボーの追跡に戻る準備をするわね。チャーリーの警備と移送の手配は、後続の支援部隊と調整する」
「了解。みずほの安全を確保してから合流して」
「えぇ。必ず追いつくわ」
交信が終わった。
しばらくして、司と灰原の検討が一段落した。
「艦長、推定航路ん整理がでけた」
司が顔を上げる。
「説明して」
蒼が促した。
「まず、ブラボーが伊万里方面へん貨物搬入ば継続する、ちゅう仮説ば第一候補に置きました。そん場合、チャーリーば失うたことで沖縄でん予定補給は不可能。休息も取れず、単艦で北上することになります」
司は画面に三つの経路を表示した。
「このうち、最短に見える経路は海況ん条件が悪う、測量長ん評価では負担がふとか。別ん経路は距離が長う、燃料消費ん面で不利。残る経路が、現時点では比較的合理的ばい」
灰原が補足する。
「ただし、海況は変わります。うちらが予測しとーとは『そこば通るはず』ちゅう断定じゃなく、『そこば通る可能性が高うなる条件』ですばい」
「そうね」
葛城が頷いた。
「それなら、航空捜索の範囲を見直せるね」
「はい。ホークアイん捜索範囲ば、ブラボーん目的地候補と推定到達時間に合わせて組み直せます」
司は続けた。
「さらに、伊万里側ん物流情報がほんなこてブラボーん受入れ準備やったら、相手はいつまでも海上ば漂うとられん。予定ん受渡しに間に合わせようとする可能性があります」
篤志が頷く。
「陸上側の動きは、こちらで引き続き追います。もし受入れ準備が急に変更されれば、それも海上の行動を推測する材料になるはずです」
「お願い」
蒼は一同を見渡した。
「司、今の情報を、みずほにも共有して」
「了解」
「副長、ホークアイには新しい捜索範囲を伝達。水雷科は目標の再捕捉に備えて、観測情報を整理しておいて」
「了解。航海長にも、北上に向けた航路検討を依頼します」
「お願い。浦賀捜査官は麻取との連絡を続けて。測量長は司と一緒に海況情報を更新して頂戴」
それぞれから、短い返答が返った。蒼は最後に戦術状況図を見る。ブラボーの現在位置は、依然として空白だった。しかし、空白の意味は変わっていた。
「…、追いかけましょう」
蒼は静かに言った。
「今度は、相手が何をしようとしているのかを考えながら」
夕刻。みずほはチャーリーの警備と引継ぎの調整を進め、再び北上の準備を整えていた。
沢渡は艦橋に立ち、遠ざかる貨物船を見つめた。船体には76ミリ砲による損傷が残っている。だが、船は沈んでいない。乗員も、積荷も、記録も、押さえることができた。
「艦長、ふそうから新しい推定航路が届いています」
「ありがとう。こちらの戦術状況図にも反映して」
沢渡は表示を確かめた。ブラボーの最後の航跡から、北へ伸びる幾筋もの線。そのうちのいくつかには、司と灰原が付けた優先順位が示されていた。
「…、なるほど。司少佐、いい仕事をしているわね」
周防が頷く。
「海軍の砲雷長だった方とは思えないほど、情報の扱いが上手いですね」
「えぇ。蒼が頼りにするのも分かるわ。流石あの子の弟ね」
沢渡は微笑んだ。だが、一瞬でその顔は厳しい指揮官のそれに代わる。
「でも、ここから先は私たちも一緒よ。チャーリーを止めたのが、追跡の終わりになっては困るもの」
「了解。ふそうとの合流に向け、航海準備を進めます」
「お願い」
ふそうのCICでは、ホークアイから新しい報告が入っていた。
「ネプチューン、ホークアイ。指定された優先捜索海域へ向かう。現時点でブラボーの再発見には至っていない」
「ホークアイ、ネプチューン。了解。無理な接近は避け、捜索を継続せよ」
碧海が交信を終えた。
「艦長、ホークアイは新しい捜索範囲に移動中です」
「ありがとう」
蒼は頷いた。
「TAO、航海長には?」
「北上航路の検討を進めてもらっています。みずほからも合流準備の連絡がありました」
「了解。では、私たちも動きましょう」
葛城が艦橋へ呼びかける。
「艦橋、CIC。航海長、これより北上のため針路を変更する。航海計画の確認をお願い」
「CIC、艦橋。了解しました。周辺船舶の動静を確認しながら、針路変更の準備を進めます」
佐野倉の明るい声が返った。
「紺野、桜井。見張り、引き続きよろしくね」
「了解です!!」
司は端末に表示された推定航路を見つめた。
「…、まだ、どこにおるか分からん」
葛城が振り返る。
「少佐?」
「ブラボーです。今んところ、どの経路を通っとるかも分からん。ばってん、向こうにも目的がある。燃料も時間も無限じゃなか」
「そうね」
「なら、その制約ば一つずつ確かめていけば、必ず候補は減らせます」
葛城は微笑んだ。
「頼りにしてるわよ、少佐」
「はい」
蒼も二人のやり取りを聞いていた。
「司。あなたが整理してくれた情報は、これからの追跡の基礎になるわ。でも、焦って答えを出す必要はない。新しい情報が入ったら、その都度見直していきましょう」
「了解、艦長」
公務中の返答に戻った弟を見て、蒼は頷いた。
やがて、ふそうの艦首が北へ向きを変え始める。チャーリーは制圧された。アルファは拿捕された。だが、ブラボーはまだ海のどこかにいる。母船による支援を失い、沖縄で予定していた休息と補給も受けられず、それでもなお、積荷を伊万里方面へ届けようとしている――その可能性が、今は最も高かった。
ふそうとみずほは、南側から追跡を続ける。逃走船の現在位置が分からなくとも、逃走船の目的を追うことはできる。そして、その目的に向かって伸びる航跡を、情報の中から探し出すことも。海面に残らない足跡を追う戦いが、ここから始まろうとしていた。
商船に対する76㎜砲による砲撃、一見するとずいぶん脳筋な戦術に見えますが、実は現実の海自でも強制停戦措置用の平頭弾(無炸薬で弾頭が平たい形状)が整備されるなど、意外とちゃんとリアルな選択だったりします。
ふそう型は主砲が127㎜で副砲が76㎜、それに次ぐ武装が両舷に備えられた12.7㎜単装機銃なので、7000総トンクラスの貨物船相手に撃つには、76㎜が一番合理的な選択であったわけですね。
次回からは第五章に入ります。また新しい展開を用意していますので、お楽しみに。それではまたお会いしましょう。