Neptune Ⅱ~蒼海の追跡者~ 作:R提督(旧SYSTEM-R)
今回から第五章に入っていきます。アルファとチャーリーを無事に確保し、残る目標はブラボー飲みとなった今回、新たな艦艇が作戦に合流します。その正体とは…?それではどうぞ。
第五章:追い詰める者たち(前篇)
佐賀県伊万里市・伊万里港。アジア地域とのコンテナ輸送の拠点となっている天然の良港の沖合に、2隻の船が静かに停泊していた。
その正体は、日本国防海軍ふぶき型多機能フリゲート2番艦「しらゆき(FFM-831)」、そして日本国沿岸警備隊くにがみ型PL級巡視船「くろかみ(PL-97)」の2隻だ。前者は佐世保地方総監部、後者は佐世保沿岸警備局からの派遣。しらゆきが対潜目標の捜索、くろかみが該船の拿捕という法執行周りを担当する、という役割分担である。
単艦で対潜捜索と法執行を完結できる沿岸警備艦は、ふそうやみずほ、そして彼女たちの姉妹艦である2番艦のやましろを含め、全国でまだ5隻しか就役していない。まもなく、6番目の沿岸警備艦となるながと型3番艦「しなの」が就役予定だが、いずれにせよ絶対数には限りがあるのだ。そこで、伊万里側の待機部隊では海軍が対潜捜索という巡視船の弱点を補うため、捜査協力することになったというわけである。
幸い、両軍の間には海軍戦術情報システム(NTIS)という共通の情報基盤があり、戦術状況図の共有は容易だ。ちなみに余談だが、お互いのコールサインは海軍艦艇で灰色船体のしらゆきが「ホワイトヴェイル」、沿岸警備隊巡視船で白船体のくろかみが「ブラックリッジ」。偶然にも、見た目とコールサインの色が逆転した関係にある。
しらゆきのCICでは、沖縄に展開しているふそうからの連絡を受け、北と南からの挟撃準備が整えられていた。
「艦長、沖縄側では失探したブラボーの行方はいまだ掴めずとのこと。ただ、ふそう側で最有力と思われる航路の選定が進んでいるそうです」
副長兼船務長の河内翔は、艦長である備前隆之中佐に声をかけた。備前は現在42歳。一貫して艦艇畑、それも砲雷や船務など主に戦闘部門を渡り歩いてきた人間で、前職はやはぎ型駆逐艦1番艦「やはぎ(DD-159)」副長兼砲雷長だ。国防海軍は前身の海上自衛隊時代から、砲雷畑には落ち着きがあり冷静な判断を下せる人材を好みがちだが、備前自身もまさにそういったタイプの海軍士官である。
「ふそうでは、MOSADで派遣された真行寺少佐が副長の葛城二佐の下で、情報の取りまとめをしてるんだってな?」
「えぇ。以前本人から、1分隊と2分隊で取り合いになっていたと聞きましたが、結局2分隊で落ち着いたようですね」
「彼が関わってるなら、少なくとも情報の精度には信頼がおける。オペレーションイーグルで、群司令にふそうの臨時加入を直談判したアレを見ても、規律の上では問題児だが仕事はできる奴だからな。航路予測の情報がまとまり次第、こっちにもすぐによこしてもらえるよう、通信科にプッシュさせといてくれ」
「了解しました」
河内は恭しく頭を下げる。そんな彼に対して、備前はふと何かを思い出したかのように口を開いた。
「副長。俺の思い過ごしならいいんだがな。今の自分の立場、複雑に思ったりしちゃいないか?」
「何のことでしょう?」
「少佐として異例の、フリゲートふぶき艦長への大抜擢を受けた後、自分の受け持った船が撃沈。その後MOSAD派遣を経て、自分の船と同じ艦級の2番艦に、今度は艦長経験者でありながら副長兼船務長として配属された。客観的に見れば、キャリア的には一歩後退だろ?おまけに、自分の新しいボスは前職で副長やってた、逆に一歩ステップアップした人間だ。いろいろ、お前なりに思うところがあるんじゃないかと思ってな」
その言葉に、河内は思わず苦笑いを浮かべた。
「まぁ正直に申し上げれば、初めて人事から内示を受けた際は、思うところがなかったわけじゃありませんよ。何だかんだ私も人間なので」
そこまで口にしてから、彼の表情は一気に真顔に変わる。
「ただ、配置の意図を聞いて納得しました。ふぶきを艦長として率いた経験を活かしながら、しらゆきで1つ下のポジションとして現場を回す経験をすることで、将来的に再び艦長席に座った時の自分の視野を広げること。それが目的だと伝えられましたから」
それに、そのような仕事をする上で、あなたのような経験豊富な指揮官から学べるのは、非常に光栄なことです。階級を考えても、今の序列は極めて妥当だと思っています。なので、今はもう受け入れていますし、何も含むところはありませんよ。ご安心を。
「それならよかった」
その言葉に、備前は頷いた。
「艦長の真行寺一佐をはじめ、ふそうという船の乗員たちが何を考え、どのような思想の下で動くのかは、一時的とはいえ実際に乗っていたお前の方が、俺よりも遥かに詳しいはずだ。何かあれば遠慮なく具申してくれ。その上で最終的な決裁と、その責任をとる役は俺がやる。頼んだぞ」
「はい。いつも通りやらせていただきます」
河内の眼光に、いつもよりも鋭さが増した。
「艦橋、CIC。両舷前進原そーく!!黒30!!」
「CIC、艦橋。了解。両舷前進原そーく!!黒30!!」
一方のふそう艦内。司と灰原が弾き出した想定航路に沿って、ふそうは波間を切り裂いて進み始めていた。
「司、想定航路の情報を伊万里側に共有できるよう準備して」
「了解。いつでもイケます」
蒼の命令に、司が真剣な表情で頷いた。
「通信長、伊万里で待機中のしらゆきとくろかみ、それとみずほ宛に通信回線を開いて」
「了解!!…、開局よろし。艦長、どうぞ」
碧海の応答に蒼は頷くと、ヘッドセットのマイクを軽く指でつまみ、口元に近づけた。
「ホワイトヴェイル&ブラックリッジ&ゴールデンハーベスト、ネプチューン。感明良いか、オクレ」
「ネプチューン、ブラックリッジ。感明良し、オクレ」
「ネプチューン、ホワイトヴェイル。こちら通信異常なし」
ほぼ間を置かず、伊万里組の2隻から応答があった。
「ネプチューン、ゴールデンハーベスト。感明良し、オクレ」
みずほからも少し遅れて返信が入る。
「こちらネプチューン艦長、真行寺一佐。本艦にて構築した、失探したブラボーの想定航路についての情報を共有します」
そう言うと、蒼は司に対して視線を向け、身振り手振りで情報送信を指示する。司が端末を操作し、NTISを通じて伊万里側にも情報が同期された。
「こちらでは、ブラボーと共に輸送を担っていたアルファ、及び母船となるチャーリーをそれぞれ拿捕・制圧済。特に母船となるチャーリーを失ったことで、ブラボー側は当初予定していた沖縄での一時休息と補給を、断念した可能性が高いと思われます」
蒼の冷静な声が、通信回線を通して3隻の船に伝わっていく。
「今共有した航路情報は、補給を断念したことにより予想される乗員の疲労度や残存燃料、そして現況の海象条件などを統合し算出したものです。現在本艦、そしてゴールデンハーベストともこの想定航路に沿って北上中です。貴艦らには、この航路上を中心とした対潜捜索、及び該船再発見後の挟撃・法執行をお願いします」
そこで、蒼は一度言葉を切る。再び口を開いた時にそこから飛び出てきたのは、意外なセリフだった。
「それと…、本来なら伊万里組の皆さんには待機だけで済ませていただくべきところ、あいにく仕事をしていただく羽目になってしまいました。申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ真行寺一佐、ご心配なく。ただ監視と待機のために延々と待たされるよりも、何かしら仕事が降ってくる方が、こちらとしては有意義ですから」
備前の粋で軽妙な返しに、通信回線上でしばし笑いがこぼれた。しらゆきのCICでも、その会話を耳にした乗員が含み笑いを漏らしている。だが、一度緩んだ空気はすぐに引き締まった。
「ブラボーが沖縄での補給を断念したのであれば、恐らく航速は大して出せないと見てよいですね?」
「えぇ。ブラボーの残存燃料については不明ですが、本艦による追跡時は、概ね11~12ノット出していました。失探した現在は、恐らく経済速力優先のため、その半分程度で航行していると思われます」
沢渡が答えた。
「本艦はこの後、見張員による目視とソナーでの捜索・監視の他、一時帰投しているケストレルを燃料補給完了次第再発艦させ、航空捜索を合わせて実施します」
「了解しました」
「ネプチューン、ゴールデンハーベスト。そちらでも同様に対応可能ですか?」
「ゴールデンハーベスト、ネプチューン。こちら、ホークアイは既に再発艦済。これから先行して向かわせます」
沢渡の問いかけに、蒼は頷いた。
「ホワイトヴェイル、ブラックリッジ。ご承知おきの通り、本船にはあいにく海中捜索のための目がありません。ブラボーの行方の把握は、貴艦とネプチューン、及びゴールデンハーベストからの情報共有が頼りになります。何卒よろしくお願いいたします」
くろかみ船長、有明千尋二佐からも要請が入る。奇しくも備前と同じ42歳。沿岸警備艦での勤務経験こそないが、巡視船艇畑を渡り歩き、海上法執行においては豊富な経験を持つ指揮官だ。普段は女性らしく、穏やかで物腰は柔らかいが、立入検査隊の安全や容疑船の動向については一切妥協しないタイプで、第4警備船隊内でも信頼は厚い。
「ブラックリッジ、ホワイトヴェイル。承知しております。実質的に、協力する側の本艦が伊万里側の行動を一旦仕切らせていただくことになりますが、そこは諸々ご容赦を」
「もちろんです。その分こちらは我々の仕事をやります。頼りにしております」
備前と有明の交信を聞きながら、蒼はしばし昨年下半期に起きた海軍との対立を、改めて思い出していた。あの時の自分たちは、同じ海上軍種でありながら異なる行動原理に従って動く海軍との間に、深刻な溝を一時作ってしまっていた。だが、本来は同じ日本国防軍の一員として、こうやって協力し合うのが自分たちの本分だ。昨年のような不毛な争いは、もう繰り返してはならない。
「ブラックリッジ、ネプチューン。有明二佐、その点に関しては本艦としても最大限バックアップさせていただきます。我々が万が一追いつけなかった場合、ブラボーを拿捕するのは皆さんの仕事になります。貴船の経験値を信じております」
「こちらゴールデンハーベスト、以下同文です」
「ネプチューン&ゴールデンハーベスト、ブラックリッジ。了解、本船としても最善を尽くします」
有明の言葉に蒼は頷いた。締めくくりの言葉に力がこもる。
「今回の我々の使命は、薬物密輸という反社会的行為を未然に阻止し、以て日本社会の安全を守り抜くことです。3隻のうち2隻は既に我々が捕らえ、沖縄行きを阻止しました。残り1隻も、伊万里には行かせない。ここからが我々全員の勝負どころになります。各位、何卒よろしくお願いいたします」
「「「了解」」」
そこで通信は終わった。交信が終わると同時に、4隻の最高指揮官はいずれも表情に厳しさを取り戻したのだった。
通信を終えたしらゆきのCICでは、早速ふそうから共有された航路予測の分析が始まっていた。
「副長、先ほどのデータをメインディスプレイに表示してくれ」
「了解。船務、ふそうから受信した航路予測を表示」
「了解!!」
河内の指示を受けた科員が端末を操作すると、九州西方海域の海図が大型ディスプレイに映し出された。ブラボーの最終確認位置から伊万里方面へ向かう複数の航路が、それぞれ異なる色で示されている。
「なるほど。燃料残量だけじゃなく、乗員の疲労や海象条件まで織り込んでいるのか」
「はい。こちらの最有力航路については、灰原一尉が海流や海底地形の情報を照合して絞り込んだようです」
「測量長…、だったか。我々にはないポジションだが、流石だな。で、副長はこの分析、どう見る?」
「私も妥当な予測だと思います。ただ、ブラボーの残存燃料が不明な以上、実際の航速には幅を持たせる必要があります」
河内は画面の一部を拡大した。
「みずほの報告では、追跡時の航速は11~12ノット。しかし、母船による補給を失った現在、その速度を維持しているとは考えにくい。仮に6ノット前後まで減速しているなら、最有力航路のこの辺りを通過する可能性が高いと考えます」
「なるほどな。ただし、予測が外れている可能性もある」
「えぇ。ですので、重点海域を設定しつつ、その周辺も並行して捜索するのがよいかと」
「よし。それでいこう」
備前は頷くと、CIC全体に向けて声を張った。
「各員、これより対潜捜索を開始する。目標は密輸用半潜水艇、ブラボー。ふそうから共有された最有力航路を重点捜索海域とし、不審な水中反応を認めた場合は速やかに報告せよ!!」
「「「了解!!」」」
「副長、細部は任せる。ブラックリッジにも捜索計画を共有してくれ」
「了解しました」
河内はすぐに各部署へ指示を出した。水測員たちは海中から得られる音響情報の監視を強化し、船務科員たちは周辺の船舶交通と捜索海域の情報を照合する。
河内にとって、こうした作業は決して初めてではない。かつてふぶきの艦長として対潜作戦を指揮した経験もあれば、MOSADでふそうに乗り組み、沿岸警備隊の任務を学んだ経験もある。
ただし、現在の自分は艦長ではない。最終的な判断を下すのは備前であり、自分はその判断を支えるために必要な情報を集約する立場だ。先ほど備前と交わした会話を思い返しながら、河内は改めて目の前の任務へ集中した。
一方、くろかみの船橋でも、しらゆきから送られてきた捜索計画を受けて準備が進められていた。
「船長、ホワイトヴェイルより重点捜索海域の情報を受信しました」
「ありがとう。表示をお願い」
有明は、航海科員が示した画面に目を落とした。
「なるほど。こちらの待機位置からも、それほど離れていないわね」
「はい。現在のところ、ホワイトヴェイルから本船への移動要請はありません」
「分かった。では、引き続き待機しましょう。立入検査隊の準備状況は?」
「装備点検を実施中です。まもなく完了する予定です」
「了解。準備が整い次第、報告をお願い」
有明はそう告げると、窓の外に浮かぶしらゆきの姿へ目を向けた。
今回、くろかみに求められているのは、海軍が発見したブラボーに対する法執行である。だが、相手は通常の貨物船でも漁船でもない。海面下に船体の大部分を隠す特殊な構造を持ち、しかも違法薬物の密輸に関与している疑いが極めて強い。
船体の構造が不明な上、乗員が抵抗する可能性も否定できない。立入検査隊を送り込む際には、通常以上の慎重さが必要になるだろう。
「船長、立入検査隊より報告。装備点検完了、出動準備よろしとのことです」
「ありがとう。では、隊長に伝えて。対象船の状態が確認できるまでは、出動命令を待つように、と」
「了解しました」
有明は静かに頷いた。海軍が相手を見つけ、沿岸警備隊が捕らえる。言葉にすれば単純な役割分担だが、実際に成功させるためには双方の緊密な連携が欠かせない。
「さて…。あとは、見つけていただくだけね」
有明は小さく呟き、再び画面へ目を戻した。
しらゆきのCICでは、その後も捜索が続いていた。
「水測、状況は?」
「現在のところ、目標に該当する明確な反応はありません。周辺海域に複数の音源を認めていますが、いずれも識別には至っていません」
「了解。引き続き監視を継続」
河内は短く答えた。
伊万里湾の周辺には民間船舶の往来もある。海中を伝わる音には、そうした船舶の機関音やスクリュー音も含まれるため、単に人工的な音を探知しただけではブラボーを発見したことにはならない。
さらに、海水温や海底地形などの条件によって、音の伝わり方は大きく変化する。ソナーを備えた軍艦だからといって、海中に存在するあらゆる目標を簡単に発見できるわけではないのだ。
「艦長、現時点では目標らしい反応はありません」
「そうか。副長、捜索海域の変更は必要だと思うか?」
「いえ。まだその段階ではないと考えます。ブラボーが想定よりも低速で航行している場合、こちらの捜索海域に到達していない可能性もあります」
「確かにな。燃料がどれだけ残っているか分からん以上、到達時刻にも幅がある」
「はい。少なくとも、今の段階で予測が外れたと判断する材料はありません」
「分かった。では、もう少し粘ろう」
備前は腕を組み、メインディスプレイを見つめた。何も起きていない時間こそ、指揮官の判断力が試される。目標を発見できないからといって、むやみに捜索方針を変更すれば、かえって相手を見逃す危険がある。
河内もそれを理解していた。艦長だった頃は、こうした判断を自分1人で下す必要があった。だが、今は備前と意見を交わし、複数の視点から判断を検証できる。それは、決して悪いことではない。
「水測、引き続き監視を継続。微弱な反応でも、気になるものがあれば報告してくれ」
「了解!!」
河内はそう指示すると、再び戦術状況図へ目を向けた。それからしばらくして、CIC内の空気が変わった。
「水測よりCIC!!不審な水中反応を探知!!」
河内が即座に顔を上げた。
「方位、距離、反応の状況を報告!!」
「方位及び距離を確認中!!反応は断続的ですが、人工的な音源の可能性があります!!」
「了解。解析を継続!!」
備前もすぐにディスプレイへ視線を向けた。
「副長、ふそうの予測航路との位置関係は?」
「確認します」
河内が端末を操作すると、先ほどの反応が探知された方位と、最有力航路の位置関係が画面上に示された。
「艦長、反応は最有力航路の近傍から得られています」
「ほう。だが、まだブラボーとは限らんな」
「はい。現段階では識別できていません」
河内は水測員へ向き直った。
「水測、音響特性の解析を継続。可能なら目標の運動情報も求めてくれ」
「了解!!」
CIC内に緊張が走った。目標を発見した可能性がある。だが、その期待だけで判断を急ぐわけにはいかない。特に今回のような法執行を目的とした作戦では、無関係な船舶を誤って容疑船と判断することは避けなければならない。
「艦長、現時点では、まだ情報が不足しています」
「分かっている。まずは反応の継続確認だ。相手が何者なのか、確実に絞り込もう」
「了解しました」
河内は頷いた。水測員たちは再び音響情報の解析へ集中した。それから数分後。
「水測よりCIC!!先ほどの不審反応、再探知しました!!」
「状況報告!!」
「複数回の探知結果から、目標の移動を確認!!推定航速、約6ノット!!」
その数字を聞いた瞬間、河内の表情が変わった。
「6ノット…。艦長、みずほが報告した、失探後の推定航速とほぼ一致します」
「そうだな。進行方向は?」
「現在解析中ですが、概ね伊万里方面へ向かっていると見られます」
「なるほど」
備前は頷いた。
「水測、音響特性についてはどうだ?」
「大型商船とは異なる特徴を確認しています。ただし、現時点で船種の特定には至っていません」
「了解。解析を続けてくれ」
河内は、これまでに得られた情報を整理した。
「艦長、現時点で判明しているのは、ふそうの最有力予測航路に近い海域で人工的な音源を探知したこと、目標が約6ノットで移動していること、そして進行方向が伊万里方面と見られることです」
「つまり、ブラボーの可能性が高いわけだな」
「はい。ただし、まだ確定ではありません」
「分かった。目標の追尾を継続しよう。それと、南側にも情報を共有してくれ」
「了解しました」
河内は船務科員へ指示を出した。
「船務、現在の探知情報をNTISへ登録。識別区分は未確定。ブラボーの可能性ありとして、ネプチューン、ゴールデンハーベスト、ブラックリッジへ共有!!」
「了解!!」
端末が操作され、戦術状況図上に新たな水中目標の情報が表示された。その情報は、共通の戦術情報基盤を通じて、ふそう、みずほ、くろかみへ送信されていく。
同じ頃、ふそうのCIC。
「副長、しらゆきから新たな目標情報ば受信しました」
司の報告に、葛城が振り向いた。
「内容は?」
「伊万里方面さん向かう不審な水中目標ば探知。推定航速は約6ノット。現在、ブラボーん可能性があるとして追尾中とんことばい」
「なるほど。位置は?」
「こちらん最有力予測航路ん近傍ですばい」
「それは大きいわね」
葛城はディスプレイへ視線を向けた。
「ただ、まだ確定じゃないんやろ?」
「はい。しらゆき側でも識別ば進めとー段階ですばい」
「分かった。測量長にも共有して。こっちの予測とどの程度一致しているか、もう1度照合してもらおう」
「了解」
司はすぐに、許可を得て一度お手洗いのため離席し、CICに戻ってきたばかりの灰原に声をかけた。
「測量長、しらゆきから新しか情報が来た。ブラボーと思わるる目標ば探知したげな」
「位置はどんにきやろう?」
「すぐこっちに来てくれ。航路予測とん照合ばお願いしたか」
「了解ばい。すぐ確認するですね」
通信を終えた司は、戦術状況図へ目を戻す前、一瞬蒼の方に目をやった。かつて、海軍と沿岸警備隊の関係が一時的に悪化した際、河内と蒼は秘密裏に情報をやり取りしたことがあると本人たちから聞いた。それによって、組織間の非公式なホットラインを死守しようとしたのだと。
だが、今回は違う。しらゆきが得た情報は、正式な手続きを通じてふそうへ送信され、艦内でも必要な部署へ共有されている。
互いの能力を活かすために、組織の枠を越えて協力する。それ自体は以前と変わらない。違うのは、その協力が正式な共同作戦の一部として成立していることだった。
「…翔、頼むぞ」
司は小さく呟いた。その声は、誰にも聞こえなかった。
一方、しらゆきのCICでは、備前がふそうとの通信を開始していた。
「ネプチューン、ホワイトヴェイル。こちら通信確認を願う」
「ホワイトヴェイル、ネプチューン。感明良し、オクレ」
蒼の声が返ってきた。
「こちらホワイトヴェイル艦長、備前中佐。本艦、先ほど不審な水中目標を探知しました。目標の位置及び運動情報については、NTISを通じて共有済です」
「了解しました。こちらでも確認しています」
「現時点では識別未確定ですが、貴艦から共有された航路予測と概ね一致しています。推定航速は約6ノット。ブラボーである可能性が高いと判断しています」
「ありがとうございます。こちらでも、先ほど受信した情報を基に航路予測の再計算を進めています」
「了解しました。こちらは引き続き追尾を継続します」
備前はそう答えると、河内へ視線を向けた。
「副長、何か追加で伝えておくことはあるか?」
「はい。目標の航速が推定通りであれば、今後の到達時刻をより正確に予測できるはずです。南側部隊の現在位置と合わせて、今後の行動を検討していただければと思います」
「分かった」
備前は再びマイクへ向き直った。
「ネプチューン、ホワイトヴェイル。追加です。こちらで得られた目標の運動情報を基に、南側からの接近時刻についても再計算をお願いします」
「ホワイトヴェイル、ネプチューン。了解しました。こちらで検討します」
蒼はそう答えると、司へ視線を向けた。
「司、聞いてたわね?」
「はい。しらゆきからん情報ば使うて、到達時刻ば再計算します」
「お願い。それと、結果がまとまったらみずほにも共有して」
「了解」
司は端末へ向き直った。画面上には、先ほどまで予測として示されていた航路の近くに、新たな水中目標の情報が表示されている。それを見つめる司の表情には、わずかな手応えが浮かんでいた。
もちろん、まだブラボーだと確定したわけではない。だが、これまで所在不明だった目標を再び捕らえられる可能性が、ようやく現実味を帯びてきたのだ。
しらゆきのCICでは、備前が通信を終え、再び河内へ声をかけていた。
「副長、ブラックリッジの状況は?」
「立入検査隊の準備は完了しています。現在は本艦からの追加情報を待っている状態です」
「そうか。なら、こちらも確実に目標を追い続けないとな」
「はい」
「しかし、真行寺少佐も面白い仕事をしてるもんだな」
「といいますと?」
「去年まで砲雷長をやっていた海軍の船務士官が、密輸船の燃料残量や乗員の疲労まで考慮して航路を予測するとはな。普通の対潜戦闘とは、随分と勝手が違うだろう」
河内は少し笑った。
「確かに、そうかもしれません。ただ、やっていることの本質は、そこまで違わないと思いますよ」
「ほう?」
「相手が何を目的として、どのような制約の中で行動しているか。それを分析して、次の行動を予測する。軍事作戦でも、今回のような法執行でも、そこは共通していると思います」
「なるほどな」
備前は感心したように頷いた。
「それに、私自身もふそうで学びましたから。相手を発見して追い詰めるだけなら、海軍の対潜戦闘と似ています。ですが、今回はその先が違います」
「沈めるんじゃなく、拿捕することが目的だからな」
「はい。だからこそ、くろかみの有明二佐が何を必要としているか、我々も考えなければなりません」
「そうだな」
備前はしばらく考え込んでいたが、やがて小さく笑った。
「お前を副長に迎えた意味が、少し分かった気がするよ」
「恐縮です」
「いや、こちらこそ勉強になる。今後も遠慮なく意見を聞かせてくれ」
「もちろんです」
河内はそう答えると、再び水測員の方へ向き直った。その時だった。
「水測よりCIC!!目標反応、引き続き捕捉中!!推定航速及び進行方向に大きな変化なし!!」
「了解!!」
河内は即座に応答した。
「艦長、目標は引き続き伊万里方面へ向かっています」
「よし。ブラックリッジへ最新情報を共有してくれ」
「了解しました」
備前はメインディスプレイへ視線を戻した。そこには、南方から接近するふそうとみずほの位置も表示されている。ブラボーと推定される目標は、今まさにその両者と伊万里側の部隊との間を進んでいた。
「副長」
「はい」
「ここからが正念場だな」
「えぇ。まだ相手を捕まえたわけではありませんから」
「そうだ。気を抜かずにいこう」
備前はそう言うと、CIC全体に向けて声を張った。
「各員、引き続き警戒を厳に!!水中目標の追尾を継続せよ!!」
「「「了解!!」」」
力強い返答がCICに響いた。
河内は、画面上に表示されたネプチューンのシンボルへ目を向けた。その脳裏に、今はまた自分から見て他艦の指揮官となった、蒼の顔が浮かぶ。
かつて自分たちは、組織の規律を越えて情報をやり取りした。だが今は、正式な共同作戦の中で、それぞれの役割を果たしている。同じ目的のために、同じ情報を共有し、互いの判断を支え合う。これこそが、本来あるべき協力の姿なのだろう。
「…真行寺一佐。今度こそ、ちゃんとやるべき仕事をやろう」
河内は誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。ブラボーの正体は、まだ確定していない。しかし、これまで見失っていた目標を再び捕捉できる可能性が、確かに生まれていた。
南からは、ふそうとみずほ。北からは、しらゆきとくろかみ。4隻による包囲網は、徐々にその輪郭を明確にしつつあった。そして、ブラボーを追い詰めるための作戦は、いよいよ次の段階へ移ろうとしていた。
やっぱり、前作の登場人物をもう一度活躍させられるのが、シリーズ物の醍醐味ですよね。河内に関しては、「蒼海の守護者」でキーパーソンの1人だったこともあり、今作でも何かしら活躍の機会を与えたいと思っていました。第10話冒頭の顔見せだけじゃもったいないしね。
今回は新キャラである備前とのコンビとなりますが、前回河内がふそうに同乗した時は、オペレーションイーグルという軍事作戦のためだったので、法執行任務に加わるというのは彼にとっても初めての経験。しかも、PL級巡視船という自艦とは異なる性格を持つ船との統合任務です。果たしてうまくいくのでしょうか?
次回、大捕り物にいよいよ決着がつきます。乞うご期待。それではまたお会いしましょう。