Neptune Ⅱ~蒼海の追跡者~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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こんにちは、R提督です。

今回は、蒼たちがアルファ・ブラボー・チャーリーを取り押さえた後の話になります。コメディあり、シリアスありと選り取り見取りです。それではどうぞ。


第五章:追い詰める者たち(中篇その2)

 「積載量、アルファが約800㎏、ブラボーが1200㎏。合計2t、推定末端価格1,200億円か…。歴史的な大捕り物だな」

 篤志は、ふそうのウェルドックに積まれた、アルファからの押収物の山を見ながら呟いた。その中身は覚せい剤。一般的に、Narco-subで輸送される違法薬物はコカインが中心とされるが、また新たなパターンの密輸の摘発に自分たちが関わったことになる。

 「1200億円…。えぐかね。これとブラボーん積み荷ば合わせた分だけで、イージス艦が1隻作るるってんかよ」

 「薬物密輸の摘発事例としても、歴史的な規模だ。恐らく、明日の新聞各紙では一面か、少なくとも社会面に載るだろうね」

 司の呟きに、篤志は頷いた。

 「そがん事件ば、おいたちが…」

 「あぁ、これは間違いなく誇っていい。沿岸警備隊にとっても、九州厚生局にとっても、組織の歴史に残る大手柄だ」

 「海軍にもお礼言うとかんばいかんな」

 「そうだな」

 篤志はそう答えると、口元に笑みを浮かべながら司に顔を向けた。司もそれに気づき、自然と右手を高く上げる。ハイタッチをかわした時の「パチン」という音が、ウェルドックの壁で反響した。とその時。

 「いやぁ、本当アンタたちには今回助けられたよ、ありがとう」

 ふと、背後から声がした。2人が振り向くと、そこには柳田を伴った黒川の姿があった。さらに、その後ろから篠宮を連れた茜谷も顔を出す。

 「あぁ、警備長、応急長。お疲れ様です」

 「アンタたちが脱衣所まで呼びに来てくれたおかげで、配置への遅れが最小限で済んだ。柳田にも心配かけすぎずに済んだしね」

 「いや、本当ですって!!指揮官として、曹士の前で顔に出すわけにはいかないですけど、正直内心焦りましたもん、『えっ、警備長どこ行ったの!!?』って」

 黒川の言葉に、柳田が大げさなほどに頷いてみせる。そんな彼女に「悪い悪い」と苦笑いしてから、黒川は篤志の方に視線を向けた。その顔には、何やら満足そうな笑みが浮かんでいる。

 「浦賀。アンタ、どうやら育成成功だね」

 「は?」

 「何だ、私に言われてまだ気づいてないのかい?」

 怪訝そうな顔をした篤志に、黒川は大げさに肩をすくめてみせた。

 「乗艦初日に言っただろ、『一緒に仕事するついでに、女に対する免疫も鍛え上げて返してあげるよ』ってさ。あの時のアンタに、さっき私を呼びに来た時みたいな対応できたと思うかい?」

 「…、あっ…!!?」

 そこでようやく、篤志は黒川の言わんとすることを理解した。全裸の女性幹部がいるかもしれない脱衣所に、扉を叩きながら呼び掛けてからノータイムで突入し、実際に一糸まとわぬ姿だった相手に対して、情報の伝達と配置までのETA(予想到達時間)の聞き取りを実施。さらに、去り際には軽口まで叩いてみせた。いずれも、初日の篤志ならとてもできなかった芸当だろう。

 「何だ、自分でやってたくせに意識してなかったっての?まぁ、それくらい自然に出来るようになったってんなら、こっちからしたら大成功だけどね」

 「ま、まぁ、緊急事態だったので、ちょっとハイになってたところもありますけど…」

 「いいんだよ、それで。内心どう思ってようが、ちゃんと自分の役割こなせるかどうかが大事なんだ。その点、アンタはちゃんと成功例だよ。胸張りな」

 黒川はそう言うと、口元に笑みを浮かべた。それに呼応するかのように、今度は茜谷が司に声をかける。

 「少佐も、黒島沖の時はうちの機関士を呼びに行くのが遅れてしまったけど、今回はちゃんと私を呼びに来てくれて助かったわ。ありがとう」

 「まぁ、おいも前回ん失敗ば取り返そうと、おいなりに必死やったけん…」

 「それでいいんですよ、少佐。今回、結果的に応急科に出番はなかったですけど、もしも何かあれば、応急長抜きで対応しなきゃいけなくなってたかもなんで。ありがたかったです。私からもお礼言わせていただきますね。ありがとうございました」

 篠宮が恭しく頭を下げる。それを横目に見ながら、茜谷は悪戯っぽく微笑んだ。

 「ふふっ、これで捜査官も少佐も、うちの慣熟訓練には文句つけられなくなっちゃったわね。だって、なんだかんだ言いながら2人とも成果出しちゃったんだもの」

 「そうだねぇ。アンタらいつも何かと文句言ってるけど、そろそろ男として素直になった方がいいんじゃないのかい?せっかく毎晩役得供給してやってんだからさ」

 「は、反応に困る…」

 黒川の茶化しに対して、篤志が思わず苦笑いを浮かべたその時。

 「おーおー、ここにおったんかアンタら」

 突然、ウェルドックから艦内通路に繋がる扉が開く。振り向いた瞬間、黒川と茜谷の表情が同時にひきつった。

 「ゲッ…、副長…」

 「ゲッとはなんや、ゲッとは。人をバケモンみたいな目で見よってからに」

 葛城はそう言うと、ウェルドック内に入ってきた。すかさず、先ほど配置に遅参した幹部2人が直立不動になる。

「アンタら、作戦終わったことをええことに呑気にナンパか〜?えぇご身分やなぁ?」

 「い、いや…。私たちは彼らに、居場所確認してもらった礼を言おうと…」

 「あー、まぁそりゃ大事なこっちゃ。助けてもろたんなら、お礼するんは大事なことやもんな?」

 葛城よりも年上のはずの茜谷の声が、何やら震えている。黒川の表情も、先ほどとは打って変わって青ざめ気味だ。そんな2人の顔を交互に見比べながら、葛城はふと口元に笑みを浮かべた。だがその眼は笑っておらず、こめかみあたりにもあからさまに青筋が立っている。

 「ほんならお2人さん、今度はお姉さんとあっちでちょっとお話ししよか?ウチに何も言うことないとは言わせへんで?」

 「ヒッ…!!すっ、すいません…!!」

 2人はたちまち、副長に「連行」されてどこかに消えてしまった。アルファを制圧した立役者たる黒川と雖も、流石に配置に遅参したのでは下級幹部や曹士に示しがつかない。副長として締めるべきは締めるのは当然だろう。取り残された篠宮と柳田は、思わず顔を見合せた。

 「ヒエー…、怒った時の副長こっわ…」

 「普段はあんなに気さくで優しいのにねぇ…」

 「いや、あん人は詰める時はあがん感じたい。おいも黒島沖ん時ん報告が遅れてはらかかれた時、めちゃくちゃえすかったけんな」

 ともに20代後半の若手幹部2人の会話に、31歳の司が乗っかる。そんな彼に、柳田がふと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 「少佐、すっかり副長の扱い慣れましたね」

 「扱いって言うな、上官やぞあん人は」

 司はそう言うと、「まぁ、こん船に乗ってからずっとあん人には世話になっとーけんな。仕事でもそれ以外でも」と呟いた。それに、すかさず女子2人が食いつく。

「確かに少佐はCICでも脱衣所でも、副長とは関わり深いですからねーw」

 「副長はもう、少佐の前じゃ丸裸じゃないですか?メンタル的にも物理的な意味でもw」

 「やかましかばい!!わいらまで連行されてん知らんぞオイ!!」

 思わず半ギレしてみせた司の前で、なおもキャッキャし続ける篠宮と柳田。その2人を横目に、篤志は思わず苦笑いを浮かべた。

 「なぁ、沿岸警備隊の女性軍人ってみんなこういう感じなのか?」

 「知らん。海軍から来たおいに聞きなしゃんな」

 司は憮然としながらそう口先を尖らせた。ついでに、その口からはため息が漏れる。

 「まぁばってん、これだけは言えるわ。こがん話題が乗員ん口に当たり前んごと上る軍艦は、世界中探してん間違いなくこんふそうだけや」

 

 「医務長、アルファの乗員の健康状態はどう?」

 ふそう艦内の医務室。蒼は、アルファ乗員たちの診察を終えた橙木を訪ねていた。

乗員たちは身柄拘束後、艦内の一番底にある艦内留置場に、身柄を一時拘束されていた。ただ、身柄を拘束できたからといって、彼らのコンディションを無視していいわけではない。沿岸警備局帰投後に待っている取り調べを考慮すれば、彼らがすぐそれに応じられるだけの体調を維持しているかどうかは、非常に重要だ。

 そのため、蒼はアルファ乗員の収容後に、橙木に対して彼らの体調確認を目的とした診察を行うよう命じていた。以前の司と篤志の慣熟訓練に参加した際は、4分隊における上官である白金が訓練延長を申し出たことで、ウッキウキで付き合っていた彼女だが、今の橙木はもちろん、艦内の乗員の健康を預かる一等海尉としての顔である。

 「はい。特に3人とも、大きな怪我や病気などはありませんでした」

 橙木は真剣な顔で、電子カルテに目をやりながら答えた。

 「ただし、3人ともかなり疲労が溜まっているように見えます。そこは本艦で身柄を預かる間、然るべきケアが必要ですね」

 「途中まで母船に乗ってきたんだろうとはいえ、太平洋を中南米から渡って遥々やってきたんだものね。おまけに、途中から操縦してきたのはあんな小さな潜水艇。そりゃあ、普通に航海する時以上に疲労は大きいでしょうね」

 蒼は頷いた。

 「主計長には、後で彼らへの食事をどう配給するかを、警備科の方と詰めるよう言っておいて。それと、衛生科としても体調の急変には注意すること」

 「了解しました」

 橙木が頷くと、蒼はふと話題を変えた。

 「それと一点確認だけど、彼らが乗艦してから顔を見たのは、あなたと立入検査隊の面々以外、誰かいるかしら?」

 「おそらく、今のところはそれだけのはずです。他にいるかは、また改めてブリーフィングの場で確認いただければいいと思いますが」

 「分かった。とりあえず、彼らが乗艦中の浦賀捜査官の動線管理をこれから考えないといけない。あなたもそこは頭に入れておいてね」

 蒼の顔からは、一切の笑みが消えていた。

 「『榊原敦也』がこの船に乗ってるって、彼らに知られるわけにはいかないから」

 

 「榊原敦也、入りなさい」

 部屋の中から、冷たく威圧感のある声がする。その声に従って、篤志は取調室に足を踏み入れた。

 室内には、既に大柄で強面の男性刑事と、記録係が控えている。指示されるままに椅子に腰かけると、篤志は机の向かい側に座った、その刑事の顔を見た。年齢的には40代後半、もしくは50代前半くらいだろうか。かなり捜査経験が豊富そうに見える。

 その彼の背後には壁一面の鏡が見えた。恐らくはマジックミラーだろう。なるほど、捕まった容疑者の気分というのはこういうものなのか、と篤志は内心呟いた。

 「両手を机の上に」

 刑事がそう静かに命じる。言われたとおり、手錠をかけられた状態の両手を机の上に出すと、一呼吸おいてから男が鍵の束を懐から取り出した。こちらに歩み寄ると、手錠の鍵穴にそのうちの一本を差し込む。カチャリ、という音とともに拘束が緩んだ。

 「…、では、茶番はそろそろここまでにしましょうか」

 篤志が手錠を外したのを見て男はそう呟くと、いきなりおもむろに頭を下げた。

 「先ほどは部下が手荒な真似をしてしまい、大変失礼しました、浦賀捜査官。お怪我はなかったですか?」

 「いえ、大丈夫です。長崎県警さんはカモフラージュがずいぶんお上手だ」

 「本当にすいませんね。あなたが取引現場に立ち会ってる情報は、事前に厚生局さんから伺っていたんですが、現場で露骨に対応を分けると怪しまれかねないんでね。少々荒っぽく、『それらしく』やらせていただきました」

 ここは、長崎県警長崎警察署。篤志はふそうが佐世保に帰投した後、再び「榊原敦也」として潜入捜査を再開。長崎市内某所での大規模な取引が行われる予定の現場に、東洋パシフィック・ロジスティクスのマネージャーという立場で、南西貿易サービスの社員と共に立ち会っていた。

 しかし、ふそうやみずほなどが事前にNarco-subを押さえていたせいか、約束の時間になっても取引相手はなかなか現れず。ようやく現れたと思ったら、相手方の男は「取引不成立」を申し出てきた。

 そこに、長崎県警の組織犯罪対策課が急襲。現場に居合わせた人間は、組織の別を問わず例外なく全員拘束された。もちろん、篤志も同様に長崎県警に連行されることとなる。しかし、事前に組織対策課側に厚生局から情報が行っていたことで、篤志は正式な逮捕手続きをとられることなく済んだ。取り調べを装う形でここに連れてこられ、そして今この場で拘束を解かれた、というわけである。

 「さて、ここですぐにお帰りいただいてもいいんですが、それだとウチとしてもあまりうま味がないんですよね。それに、すぐ話が終わっては彼らに警戒される可能性もある。もう少し時間稼ぎが必要ですね」

 刑事はそう言うと、再び元の位置に戻って自分の椅子に座り直した。机の上に両肘を乗せて、手を組みながら篤志の顔を見る。

 「これからやるのは取り調べじゃありません。九州厚生局さんと長崎県警の間での、情報共有です。ウチも今回の案件で合同捜査に加わってる立場上、必要な情報はご共有願いたい。ご協力いただけますかね?」

 「…、上の許可は?」

 「もちろん、いただいてます。私の独断じゃ、こんなことやれません」

 「でしたら分かりました。本来予定していた順番ではないですが、お話ししましょう」

篤志はそう答えると、「刑事さんは、ラファエル・モンテロという男については、もうご存じですかね?」と尋ねた。

 「ラファエル・モンテロ。コンソルシオ・デル・パシフィコの大ボスですね?」

 「えぇ。そのモンテロが、近々自ら動くそうです。日本にも来ると」

 「モンテロが日本に⁉」

 刑事の目の色が変わった。

 「正確には、東アジアの拠点の視察の一環だそうです。来月、東亜連邦の上海にある拠点を視察した後、そこから福岡行きの客船に乗って日本を目指す、と」

 「もしかして、国内にも先ほどのような拠点が?」

 「いえ、目的は国内の拠点ではなく、その船上での新たな契約です」

 「契約?」

 「はい。日本向けの薬物輸出ルート強化のための、新たな契約を結びたいと考えているとのことです。それを先ほど、組対の皆さんが来る前に相手の組織の男から聞きました」

 篤志は頷いた。刑事は慌てて、自分の斜め右にいる記録係に声をかける。

 「記録係、ちゃんと書き留めてるな?」

 「はい、もちろん」

 彼が答えたのに一度大きく息を吐くと、刑事の男は再び篤志に向き直った。

 「その取引が行われる船の名前、その男からは聞きましたか」

 「はい。Pacific Empressと、はっきりそう言っていました」

 Pacific Empressは、福岡を母港とし外資系企業が運航する豪華客船だ。パナマ船籍で、船長はイタリア人。外国船籍のため、日本側が刑事管轄権を行使する根拠を得るためには、国連海洋法条約の規定上少なくとも船が日本の領海内に入り、かつそこでの取引を捉える必要がある。

 「であれば、恐らく実際にモンテロの身柄を確保するのは沿岸警備隊が?」

 「海上での法執行となれば、恐らくそうなるでしょう。その後福岡に入港した時点で、皆さんに引き渡しですかね」

 「となると、ウチとしては広域捜査か…。福岡県警にも話通しておかないといかんな。長崎港に来てくれるならその辺楽だったんだが」

 篤志の言葉に、刑事は頭をかいた。

 「幸い、うちの本部も福岡にあります。恐らく私がこの情報を上に上げた後に、うちからも福岡県警さんには内々に話は通すかもしれませんが、正式なやりとりは改めて県警さん同士でやられた方がいいかと思います」

 「承知しました」

 刑事は頷くと、「もう二、三お聞きしても構いませんか」と尋ねた。

 「どうぞ」

 「先般、あなたも立ち会った沿岸警備隊と海軍による合同拿捕作戦で、逮捕された3隻の乗員は、全員コロンビア人でした。ただ、モンテロ自身はメキシコ人。組織の本部もメキシコのモンテレイにあるはずだ。こことの整合性については何かご存じですか?」

 「彼らは、どうやら単一国だけで動いているカルテルではないようです。メキシコ、コロンビア、エクアドルという3か国にまたがる、超国家型組織だと。このうち、海上輸送部門を手掛けているのがコロンビアだそうです。実際、私が今回接していたのも、恐らく同国の人間です。また後で取り調べていただければ、確かめられると思いますが」

 「超国家組織…。なるほど、そうなるとインターポール案件だな…」

 刑事は一瞬だけ顔をしかめた。インターポールこと、国際刑事警察機構(ICPO)。犯罪捜査や犯人逮捕に携わる各国の警察の連携を図り、各国間の情報の伝達ルートの役割を果たす組織だ。日本の窓口には警察庁が指定されている。篤志は内部の細々とした事情までは知らないが、恐らくは色々とややこしいことも多いのだろう。

 「それにしても、国の違いなんて話し方だけで分かるものなんですか?」

 「分かりますよ。同じスペイン語を話していても、イントネーションや語彙に違いが出ますから。ある程度、国や地域によって傾向はあります。もちろん、非ネイティブが聞き分けるためには、それなりに習熟は要りますけどね」

 「なるほどなぁ…。お若いのに大したもんだ」

 「いえいえ、それくらい習熟しなければ、彼らと渡り合うには使えませんから」

 篤志は笑いながらかぶりを振った。彼は母語である日本語の他、英語とスペイン語も操るトライリンガルだ。元々、空軍士官である兄・勇翔ともども、浦賀兄弟は英語を揃って得意とはしていたが、中南米の人間相手では英語は通じない可能性がある。逆に、スペイン語さえ覚えておけば、どの国の人間相手でもある程度つぶしが利く。彼のスペイン語能力は、潜入捜査をする上でも麻薬取締官として欠かせないものだった。

 「ただ、もしそれだけ言葉がお得意なんだとしたら…」

 刑事はふと、大真面目な顔で篤志の顔を見つめた。

 「先ほど仰っていたモンテロの取引相手、ひょっとしてあなたになる可能性もあるんじゃないですか?浦賀さん。南西貿易サービスの関係する人間は、ウチが今回軒並みしょっ引いたんですから」

 その言葉に、篤志は一瞬黙り込む。つばを飲み込むと、繋ぐための言葉を探すように、部屋のあちこちに視線をやった。

 「そこについてはまだ分かりません。こちらも上の判断で動くことになりますから。もちろん、仰る通りの展開になる可能性は、ゼロではないと思いますが」

 「もちろんです」

 刑事は頷いた。

 「…、ただ、もし本当にそうなった場合は、同じ捜査に関わる人間として、身の安全をお祈りさせてください。無事に下船されることを願ってます」

 「分かりました。お気持ち感謝します」

 

 「この後は、おたくの捜査拠点ですか?」

 情報共有を終えた帰り際、裏口で刑事が篤志に声をかけた。

 「えぇ、上に今回の顛末を改めて報告する必要がありますので。その後は上の命令次第ですが、恐らくふそうに合流ですかね」

 「陸に海に、ずいぶんとお忙しいんですね、麻取さんは」

 「警察の皆さんだってお互い様でしょう。法執行機関の人間なんて、大体どこもこんなものじゃないですか」

 篤志は笑うと、「この度はお騒がせしました、ご協力ありがとうございます」と恭しく頭を下げた。

 「こちらこそ、貴重な情報ありがとうございます。お互い、もう一歩ですね。後もう少し頑張りましょう」

 刑事もそう答えながら、口元に微笑を浮かべる。

 「お気をつけて。麻取の皆さんと、ふそうの皆さんにもよろしく言っといてください」

 「はい、了解です」

 「土産の一つも持たせられず恐縮ですが、いずれ私がお邪魔する際は、何か差し入れでも持っていきますんでねw」

 「あははは、伝えときますw」

 篤志はそう言うと、軽く頭を下げてから警察署を後にした。夕方の光が彼を照らす。潜入捜査からの警察署への偽装連行という、かなり忙しい一日ではあったが、その心は不思議と晴れやかだった。

 

 「ドゴォッ!!」

 コロンビア・カウカ県グアピ。エステバン・カルデナスの自宅に、鈍い衝突音が響き渡った。もっとも、いきなり車が突っ込んできたわけではない。

 「俺たちの船が、3隻とも拿捕された…。日本の沿岸警備隊に…!!」

 怒りのあまり壁を殴った痛みと、作戦失敗の一報を耳にした悔しさとで、カルデナスは1人顔を歪ませていた。海上輸送部門という、コンソルシオの海外事業を支える中核部門の責任者として、その部門が果たす役割を権力の源泉にのし上がってきた彼にとって、密輸作戦の失敗は単なる仕事上のミスではなかった。それよりも、遥かに重い何かだ。

 「何だ、何が原因だ、考えろ…!!」

 内面を怒りに支配されそうになりながら、必死に頭を巡らせる。乗員の疲労か、それとも燃料の消費が予想外に早かったせいか。はたまた、ルート選択を誤ったのか。

 どれも、ありうる原因ではある。だが、現場の詳しい報告を聞かない限り、特定することは残念ながら不可能だ。それでも、第一報の時点で聞き捨ておけない情報はあった。陸側で、荷揚げされた積み荷の受け入れ準備を進めていた人間からの、「俺たちの船が、白い船体の大型の軍艦に追われていた」という一言。

 「フソウ…!!またも俺たちの前に現れたのか…!!」

 歯をかみしめた拍子に、ギリッという音が静かな室内に響いた。刹那、カルデナスは近くに置いてあったワイングラスを鷲掴み、怒りに任せて勢いよく床に叩きつける。石造りの硬い地面と衝突したグラスは、たちまち音を立てて細かな破片へと姿を変えた。変わり果てた姿を見ながら、カルデナスは荒っぽく呼吸を繰り返す。

 やがて、ようやく気分を少し落ち着かせると、彼はポケットから自身のスマホを取り出した。右耳に押し当てた板の向こうから、呼び出し音がする。

 「もしもし」

 「ラファエル、俺だ」

 「エステバンか、どうした?」

 まだ状況を知らないのであろう電話口の向こうのモンテロは、いつも通り冷静な声色を崩していなかった。

 「すまん、あんたに悪い報告がある」

 「悪い報告?」

 「日本に向けて送り込んだ3隻が、全て日本の沿岸警備隊に拿捕された。予定していた向こうのブローカーとの交渉は不成立。さらに、取引現場にいた人間も全員、あっちの警察にしょっ引かれた」

 しばらく、その言葉に応答はなかった。しばしの沈黙の後、モンテロはようやく口を開く。その口調は表面的には変わらなかったが、少し鋭いニュアンスが加わっていた。

 「なるほど。考えうる限り、我々にとって最悪の展開だな」

 「あぁ、本当に申し訳ない」

 「輸送に失敗した原因は掴めているのか?」

 「あいにく、俺もまだ現場からの第一報を受けただけだ。詳細はこれから改めて現場に報告させる。だが、あんたにはいち早く共有しなければと思ってな」

 「了解した」

 電話口の向こうで小さくため息をついたモンテロに対し、カルデナスは言葉を繋いだ。

 「ただ、現状で一つだけ分かっていることがある。以前、フソウという船の話を会議の場でしたよな」

 「あぁ、日本の沿岸警備隊の大型戦闘艦だったな」

 「…、奴が、また現れたそうだ」

 「…、何だと?」

 モンテロの声が、ほんの少しだけ上ずった。

 「恐らく、前も言った通り俺たちの船に魚雷は撃っていない。だが、水中を進む俺たちの船を確実に狙い、追い込み、包囲し、そして捕まえた。航空機も飛ばしてきていたようだ。海と空、両方から俺の部下を追い詰めてきた」

 「なるほど。水中捜索能力も、航空運用能力も本物だったか」

 「思っていた以上に強敵だぞ、あの船は」

 カルデナスはそう言うと、しばし言葉を切った後に再び口を開いた。

 「なぁラファエル、来月の東アジア行き、予定通り決行するのか?」

 「今のところはそのつもりだ」

 「だが、状況は既に変わっている。流通網の重要な一つが摘発され、船も捕らえられた。恐らく、今後向こうの捜査機関で照合も進むだろう。いずれ、アルバトロス04の正体も露見する可能性があるぞ。それでもやるのか?」

 また、しばらく声が途絶えた。ほんの数十秒が、カルデナスにとっては永遠にも近しいものに感じられた。やがて、再びモンテロが口を開く。

 「…、むしろこの状況だからこそ、私が動かなければならないのかもな」

 「…っ!!?」

 目を見開いたカルデナスに対して、モンテロは静かに告げた。

 「東亜にせよ日本にせよ、東アジアは南北アメリカ大陸を市場として確立した我々にとって、次なるフロンティアだ。だがお互いの絶対的な距離ゆえに、向こうで我々と手を組むことを決意した者たちは、コンソルシオ・デル・パシフィコが本当に太平洋の向こう側まで出てくる気があるのか、確信が持ちづらい。今回の一件が事実なら、なおのこと彼らの我々への信頼は揺らぐだろう」

 だからこそ、トップである私が自ら動く理由になる。私が自ら彼らと会い、中南米の顔の見えない取引相手ではないということを肌で理解させる。それが、東アジアでの我々のビジネスを立て直すうえでの、最初の一歩になるはずだ。

 「なるほど、あくまで当初の考えを曲げる気はないということか」

 カルデナスはそう呟くと、一度大きく息を吐きだした。

 「あぁ、そうだ。断っておくが、これは君やイサベルのような立場では力不足だ、という意味ではない。だが、トップが自ら動くからこそ意味がある。そういうことだ」

 「理屈は分かった。ただ、それなら一つだけ言わせてくれ」

 「なんだ?」

 「この取引、あんたが動くからには必ず成功させてほしい。新たなディールへの花道を作ってやれなかった男が言うセリフじゃないだろうがな」

 「そんなことはない。そして、もちろんそのつもりだよ。安心したまえ」

 モンテロはそう言うと、「では、改めて今回の件について詳細な報告を待っている」とだけ付け加え、電話を切った。カルデナスは宙を見上げ、また大きくため息をつくと、勢いよくソファにそのまま倒れ込む。真っ白な天井と、そこから吊るされたシャンデリアが目に飛び込んでくる。

 「あくまで東アジア行きを選んだか…。危険な賭けになりそうだがな」

 その声は、彼1人だけがいる空間で誰の耳にも届かないまま、宙に消えた。

 「だが、やってこいラファエル。その危険を、自ら引き受けるというんだったらな」




イージス艦1隻が建造できるほどの、推定末端価格の密輸薬物の確保。とんでもない大手柄でしたね。きっと、拿捕作戦終結翌日のSNSは大バズりだったでしょう。

確保した容疑者の体調管理に気を回したりもしているあたり、今回はかなり「法執行機関」としての振る舞いや頭の回し方にこだわって、ストーリーを執筆しています。「軍隊」としての顔が前面に出てきていた「守護者」とは対照的な空気感、楽しめてもらえていればいいですね。

篤志の取り調べ…、に見せかけた情報共有シーンは、かなり相棒の取調室のシーンの空気感を意識しながら書きました。現実でも、警察と麻取は緊密に連携しながら捜査にあたっているようなので、うまく再現できていたらいいな。

次回で第五章は締めくくりとなります。お楽しみに。それではまたお会いしましょう。
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