Neptune Ⅱ~蒼海の追跡者~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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こんにちは、R提督です。

今回から本編に入っていきます。もっとも今回は、新しくふそうで勤務する面々の一部の紹介回も兼ねているので、ストーリー的には大きく動くわけではないかもしれません。

また、ストーリー展開の都合上、早速ですがR-15程度のお色気描写が入ります。ちゃんと後々ストーリー展開にも関わってくるものにはなりますが、苦手な方はご注意ください。それではどうぞ。


疑惑の海
第一章:疑惑の海(前篇)


 「姉貴!!わいほんなこてたいがいにせろや!!」

 ふそう艦内。突然、大声を上げながら艦長室に乗り込んできた男に、蒼は思わず顔を上げた。その姿を視認した途端、思わずため息が漏れる。

 「何ね、藪から棒に。なんか問題でん起きたと?」

 「おお、起きとるばい。それも大問題がな!!中身は今更言わんでん分かっとるやろ」

 その声の主、日本国防海軍少佐にして蒼の双子の弟である真行寺司は、理不尽に対する怒りを露わにした様子で怒鳴った。

 「なんで毎晩毎晩、おいが風呂に入るたびに幹部連中に脱衣所で待ち伏せされて、弄り倒されんばならんばい!!軍艦としておかしかじゃろうが!!」

 

 本来は海軍士官で、前職はイージス艦はるな(DDG-171)砲雷長である司が、海軍と沿岸警備隊の間で行われる人材派遣「海軍・沿岸警備隊士官留学育成制度(通称MOSAD)」によって、ふそうに派遣されてきたのには理由がある。

 数か月前、ふそうがしょうかくやはるななどと共に、オペレーション・イーグルに参加したのは既に述べた通り。その立案やふそうの参加にあたって、司は実に大胆な行動に出た。第2護衛隊群の欠員を埋めるための一手として、海軍艦艇バリの対戦戦闘能力を持ち、実際に東亜連邦の原子力潜水艦「長征2901」を撃沈した記録も持つふそうを、第2護衛隊群に加入させてほしいと、自ら群司令・肥後俊也少将に直談判したのである。

 結果的にこの直談判が功を奏し、日本側はオペレーション・イーグルを成功に収める。だが、司の行動は自身が持つ「断片的な情報を統合して、1枚のタクティカルピクチャーを描き出す」という能力を裏付けるものとなった一方、組織人としての筋の通し方という面において、30歳男性としては許されない水準の雑さを露呈することにもなった。第2護衛隊群を預かる肥後としては、司が若くして持つ類稀なる才能は認めつつも、如何に強すぎる当事者意識や行動力を制御するか、が大きな課題となった。

 そこで司が命じられたのが、1年間のふそうへのMOSAD派遣である。元々MOSADは、海軍と沿岸警備隊の若手士官同士が、相互に派遣されて派遣先の軍種で一定期間勤務することで、それぞれの仕事の内容や裏にあるロジックなどを知り、統合作戦などにおいて両方の立場が理解できる指揮官を育てる、という目的で行われるものだ。

 司の場合、海軍では経験できない「法執行の仕事における変数」を学ぶことで、元々持っている才能をさらに拡張することが期待された。沿岸警備艦は「ガワは巡視船、中身は護衛艦」などと説明されるように、巡視船のような白船体を持つ外見とは裏腹に、本格的な海軍水準のCIC(戦闘指揮所)や127㎜砲といった中口径火砲、対潜戦に用いる短魚雷やSH-60K対潜哨戒ヘリコプターなど、海軍艦艇とほぼ変わらない水準の重武装を誇る。さらに、艦内の分隊編成やプロトコルも、基本的には海軍式に準ずるのが特徴だ。

 通常の巡視船には存在しない、「極めて海軍に近い、それでいて海軍とは異なるアプローチが学べる環境」は、沿岸警備艦ならではのものだ。同じ佐世保にいながら、それを提供できる場としてふそうが指名され、司もその決定に納得した上で派遣命令を拝受することとなった。

 は、いいのだが…。そんな彼がふそうに対して抱いていた、「法執行もやるが戦闘も一人前にできる、自分の姉が率いる選りすぐりのエリートが集まる船」というイメージは、早々にそのエリートたち自身の手でぶっ壊されることになったのである。それも、合流初日夜の第一士官浴室で。

 

 「お、お疲れ司。どがんやったとね、ふそうでん初日ん勤務は?」

 初日の課業終了後、第一士官浴室の脱衣所で一息をついた司は、突然そこで聞こえてきた「本来聞こえるはずのない声」の方に振り向き、そして腰が抜けんばかりに驚愕した。そこにいたのは、本来そこにいるはずがない自分の姉にして、この沿岸警備艦ふそうの艦長である真行寺蒼。そして、司の合流と同じ日から二等海佐に昇任し、副長兼船務長のポジションについた葛城朱音。この間のトップ2が、自分を待ち伏せしていたのである。それも、いずれもなぜか一糸まとわぬ姿で。

 「な、な、な…、わいらそがん格好で、こがんとこで何しよるがかー!?」

 あまりにも予想の斜め上すぎる展開に、思わず目を見開きつつ後ずさりしながら、素っ頓狂な声を上げる司。そんな彼の姿を見ながら、二人は揃って口元に意味深な笑みを浮かべている。

 「いやー、おんなじ国防軍とはいえ、違う軍種ん船に来て慣れんことも色々あったやろ?やけん、お姉ちゃんとしんしゃいぎらってあげようと思うてさ」

 「そうそう、しかもアンタ艦長の実の弟やろ?自分の上官の身内相手に、普通の歓迎したかておもろないやん。せやったら、歓迎のしるしに豪華なトップ2が、スペシャルな歓迎しようと一肌脱いでやろうと思ったわけよ」

 蒼に続いて、葛城も笑みを浮かべながら「追撃」する。そしてそんな2人を前に、司の視線は本能的に揺れ動いていた。「見てはいけない」と理性は念押ししているのに、どうしても勝手に視線が下へ向く。そしてそのたびに目に留まるものがある。現役の軍人らしく鍛え上げられた肢体。肩回りや上腕、腹筋などの発達ぶりと、引き締まった大腿。グラビアアイドルかと見まがうほど絞れていて、それでいて「単に細いだけ」ではないウエスト。そして、30代女性としては異例なほど大きく質量も伴った、胸部の2つのふくらみ。慌てて顔を上げれば、視線がバレバレなのか2人とも明らかにニヤついている表情。

 (な、なんやこがん状況。まさか夢か?)

 思わず頬を自分でつねってみるが、引っ張られた痛みはハッキリと感じられる。そんな自分の目の前で、ふいに蒼が悪戯っぽく葛城の方に目をやる。

 「副長、そろそろ頃合いじゃない?」

 「そうですね、ボチボチええでしょう」

 「え…?」

 司が目をぱちくりさせているのを尻目に、蒼は脱衣した服を入れておく籠に向かって、おもむろに自身の右手を伸ばす。次の瞬間。

 

 「テッテレー!!ドッキリ大成功!!」

 

 予め籠の中に仕掛けられたおもちゃに録音された、コミカルな音色と音声が、蒼が再生ボタンを押したのと同時にその場に流れ出す。訳も分からず「え!?は!?」と立ち尽くす司を尻目に、ふそうのトップ2を務める美女コンビは、揃ってその場で笑い崩れたのだった。

 

 「初日にいきなり姉貴たちが現れたんも驚いたばってん、2日目以降も入れ代わり立ち代わり色んな幹部が同じようにおいんこつ待ち伏せして…。こん船は法執行機関ん軍艦やろが、軍紀はどがんなっとるとね軍紀は!!」

 時間軸は戻り、現在のふそう艦長室。いつぞやの、佐世保沿岸警備局局長室への突撃事件の時と同じく、司は顔を真っ赤にして声を上げていた。もちろん、赤くなっていた原因は必ずしも怒りの感情だけではないだろうが。そして、そんな双子の弟の姿を見ても、蒼は至って冷静だった。

 「司、あん後アンタにもちゃんと種明かしと説明ばしたやろう?今やりよーとは、ただん悪あまりじゃなくてれっきとした訓練だってこと。まぁ、もし理解できとらんかったなら、特別にもう一回説明しちゃるばい」

 蒼は言葉を続けた。元々ふそうは就役当時、一般的な軍艦と同様に男女混成の乗員編成であり、それを前提に艦内の構造も設計されていた。しかし、2022年に発生した「尖閣諸島中国工作員上陸事件」を端緒に勃発した「アジア海洋戦争」において、当時の海上自衛隊と海上保安庁に多大な犠牲が発生したことを理由として、海保から改組された沿岸警備隊では、新隊員のリクルートが急務となった。この一環として、女性活躍の象徴としての「女性隊員専用で運用する船」が求められ、これに国策でふそうが選ばれる。

 ところが、佐世保で唯一の沿岸警備艦であるふそうに、海軍からの人員派遣を行うと、非常に厄介な問題が発生する。それが、艦長用以外に2つ備わっている幹部用浴室の運用である。曹士も含め乗員248人、幹部だけでも約30人全てが女性という環境に、教育訓練の名目で少数の男性士官を派遣する場合、男性専用の浴室を用意することは運用上極めて困難だ。必然的に、時間帯を区切った上で2つのうちどちらかを、男女共用にせざるを得なくなる。

 だが、艦内では必ずしも予定通りに事が運ぶとは限らないため、突発的な時間変更や指示の行き違いなどが原因で、男性士官がまだ脱衣所にいる女性幹部と「エンカウント」してしまう事例が、MOSAD派遣のたびにふそうでは発生してしまっていた。

 もちろん、ふそうでも手をこまねいていたわけではない。動線や時間帯の厳格な分離や居場所確認の厳格化など、考えられる対策は全て打った。だが、結果的にはどれも解決には至らず。一方、その都度服務事故として処理される案件には完全な不可抗力も多く、海軍的にも期待されている若手士官が、理不尽にキャリアに傷を負う状況も少なくなかった。そうした事故が起これば、そのたびに派遣は中止になり現場の作業も止まる。事故そのものはなくせないのに、現場が機能不全に陥る回数はどんどん増えていき、そもそものMOSADの目的である「海軍と沿岸警備隊の円滑な連携促進」にもひびが入りかけたのだ。

 「やけんうちらは、国防軍法上ん品位保持義務ん問題が発生することも承知で、敢えて考え方ば変えたと。防げん事故ば事故んまま扱うんじゃなく、いっそ有事に備えた訓練資産として扱う方向にね」

 蒼はそう言うと、一度大きく息を吐いた。

 「沿岸警備隊はオタクら海軍とは違うて、もしもん時に配備状態んレベルが、律儀に一個ずつ上がっていくとは限らん。法執行んために普段ん哨戒配備にしとったところで、いきなり武装抵抗が始まって総員配置になる、なんてこともちんちょうなかと」

 その時に大事なのが、ワッチ(艦内シフト)を外れて非直になっている幹部を、どれだけ早く配置に呼び戻せるかだ、と彼女は続けた。その際、全員が問題なく配置につければいいが、必ずしもそうとは限らない。その際は誰かが当該幹部を呼びに行き、担当部門の指揮官として後どれくらいで持ち場につけるかを、現状把握も兼ねてチェックしなければならない。そしてその呼びに行った先での状況が、入浴や更衣に関係する場合が当然ありうるのだと。

 「そこでアンタが1秒躊躇したら、ふそう全員ん始動が1秒遅るる。そん1秒ん遅れが、時として人命にかかわりうる可能性があるとは、アンタも海軍軍人やったら分かるやろ?やけん、そん躊躇ば普段から消す必要がある。アンタがやっとーとは、それば目的とした慣熟訓練。訓練資産って言うたんはそがんことばい」

 「ばってん、なんで男んおいにわざわざそん役割ばやらせるったい?風呂や着替えん可能性があるなら、同性が呼びぎゃ行けばよかじゃろうが」

 「正規ん乗員は、居場所確認んためにはがすよりも、本来ん配置につけとくこと優先したかけんばい。最悪、普段から働いとー本来ん乗員が配置にさえついとりゃ、艦は問題のう戦えるけん。そして、こん船ん正規ん乗員は全員女。やけん、派遣士官である男んアンタに任せると」

 実姉の言葉に、司は深くため息をついた。思わず眉間を指で押さえる。

 「理屈は分かった。ばってん、ようこがんとが司令部からん決裁下りたな?今ん話ん通りなら、こん船が勝手にこがんことやっとーって話やなかじゃろ?仮にも国家機関で、おいそれと認められてよかもんやなかやろ、こがんと」

 「司令部だって、別に好き好んでこれば通したわけやなかばい。正直、心情的には今でも彼らは好かんやろうね。ばってん、導入前に存在した機能不全がこればやり始めたことで、全部解消した。そして、これば上回る解決策が、残念ながら司令部サイドでは今でも思いつけとらん。やけんふそう限定で許されとー」

 「やけんって、風呂上がりん女性幹部が素っ裸んままおいば入室させて、そんまま着替え終わるまで中で待たせるって、もうちょっとやり方なかったんかよ。しかも、こっちは目ば逸らすとも服ば着てくれと頼むとも禁止。あいつらそればよかことに、わざといっちょん服着ろうとせんしさ」

 司は机を挟んだ向こう側に立つ姉を見据えた。だが、蒼はその視線を真正面から受け止めたまま、少しも表情を変えない。弟の反論を予想していたかのような落ち着きぶりだった。

 「うちん乗員は、これから一年間旦那でも彼氏でもなか男ん前で、訓練名目で裸ば晒すことになるとよ?それくらいん主導権は握るる仕組みにせんば、いくら普段から軍務んために鍛えとーけんって、訓練する側んモチベに関わるやなか。別にあまっとーわけやなかとばい」

 「姉貴と副長が初日に仕掛けたドッキリとやらは、明らかにあまっとったけどな」

 「そりゃ歓迎ば兼ねた悪戯なんやけん、初日はあまるに決まっとろw まぁ、こん船では裸体はそこまで特別視するもんやなかってこと、問答無用で叩き込むためん工夫でもあるばってんね。それとも、こん船では女性幹部ん裸体に慣るる訓練があるってこと、律儀に予告してほしかった?」

 ふいに悪戯っぽく笑みを見せた姉の姿に、思わず黙りこくる司。それに対して、とどめとばかりに蒼は真剣な表情に戻し、言葉を紡いだ。

 「よか?アンタも何日かこけーおって理解しとろうばってん、ウチん乗員は元々綺麗どころが多かし、元々ん発育と日々ん身体錬成が組み合わさって、プロポーションにもいじで恵まれとー。そがん相手ん裸体ば堂々と訓練名目で拝めること、男として役得やと思うてくれて構わん」

 艦長室の静寂の中に、蒼の声だけが響き渡る。

 「ただしこっちだって、単にアンタば喜ばせることだけば目的にやっとーわけやなかこと、それとうちん船は別に軍艦としてん規律ば忘れたわけやなかってことは、覚えとくごと。例えば、うちん乗員と艦内で一線超えてよかわけやなかけんね。ドキドキしてん反応してんよか。そん状態でん、ちゃんとアンタが自分の役割ば果たせるごとなること。それば目的にやるとやけん」

 司は頭を抱えた。決して自分が言えた口ではないかもしれないが、蒼は子供の頃から色々な意味で規格外な女だった。そして同時に、双子の弟である自分に対しては、大層な悪戯好きでもあった。

 だから、蒼が艦長を務めるふそうに派遣されると決まった時、司は心の中で「こいつんこつやけん、きっと何かしら歓迎名目で仕掛けてくるやろな」とは予想していたのだ。その歓迎の手段が、まさかあれだけの斜め上の方法とは思っていなかったが。いつぞや、入室してきた時の怒りの感情は、あまりにも異様なのにもかかわらず、きっちりとロジックが通った蒼の説明に、呆れとちょっとした畏怖に変わっていた。

 「はぁ…。分かった分かった、そこまでわいらなりに理屈通しとーんじゃったら、しょんなかけん付き合うてやるばい。正直、一人の軍人としては理解しとうなかけどな」

 「いずれ、そがん機会が来れば自ずと分かるばい。何でこがん異様な制度ば導入することになったかがね」

 「万が一、丸一年おいが居場所確認するような機会が来んでん、文句言いなしゃんなや?」

 「もしもん時ん備えやけん、それならそれで別によかばい。そん時はアンタが得したってことでよかろ」

 蒼は一度白い歯を見せて笑った後、一度咳払いをしてから「ところで少佐。せっかくだからついでにもう一つ、私からも話があるんだけど」と、おもむろに標準語に切り替えた。その表情も、一転してシリアスなそれに変わっている。

 「何ね、姉貴も藪から棒に」

 「…、今までも別にふざけてはいないけど、ここからはもっと真面目な仕事の話。こっちも艦長として話すから、切り替えて」

 「失礼しました。どがんされたとですか、艦長殿」

 空気感の違いを察した司が、長崎弁はそのままながらも、話し言葉を敬語に切り替える。沿岸警備隊一等海佐は、海軍でいえば大佐と同格。少佐の司にとっては、今目の前にいる女性は自身の双子の姉であると同時に、この沿岸警備艦ふそうでは実質的に2ランク上の上官になるのだ。そして今この瞬間、蒼は紛れもなく後者のモードで話していた。

 「あなた、海軍でも普段から当直入ってるわよね?」

 「はい。少佐やけん尉官よりは回数は少なかですが」

 「操艦も出来る?」

 「問題なかです。普段からやっとりますけん」

 「なら、ウチでも当直には入ってもらうわ。海軍での操艦資格は他軍種でも使えるし、操艦も込みでね。最初は、航海長の下で見習いから始めてもらうけど」

 「おいがふそうでも操艦ば!?おい、MOSAD派遣で来た人間なんに!?」

 思わず目を見開いた司に対して、蒼は再び堂々とした口ぶりで説明を始めた。

 「同じMOSADでも、せいぜい一週間かそこらの派遣期間しか来ないお客様だったら、仲良くはしても操艦までは任せないわ。でも、あなたはこれから一年間ここで働くんでしょ?だったら、あなたはここではお客様じゃないわ。期間限定の臨時戦力よ」

 あなただって、同じ軍人として冗長性がいかに大事かは分かるでしょ?もしもの時に、あなたに艦橋を預けることになる可能性だって、この船が戦闘艦である以上はゼロじゃないわ。だからそれに備えてやっておいて。この一年間は、あなたもこの船の乗員としてふそうを共に背負いなさい。いいわね?

 「艦長はお好きなんやなあ、可能性的には低うてん、もしもん時に備えてやるることやっとくとが」

 先ほどまで説明されていた「裸体慣熟」も念頭に置きつつ、自分の仕事が増えたことを皮肉ってみせた司。しかし、やはり姉の方が一枚上手だったようだ。

 「あらゆる可能性を想定して、打てる手は打っておくのがリーダーの務めよ。優秀なリーダーでありたいならなおさらね」

 やれやれ。やはりどうやらこの「姉貴」にはまだまだ勝てないらしい。司は思わず一瞬だけ苦笑いすると、表情を再び真剣なものに戻した。

 「了解しました。では、明日から砲雷長にも許可ばもろうて、航海長ん下で操艦ん見習いにも入ります」

 「よろしく頼んだわよ」

 ニッコリと笑みを見せた蒼に仰々しく一礼すると、司は回れ右をして艦長室を後にした。「おいん抗議ばいなした上にちゃっかり仕事まで増やしてくるとは、やはり姉貴は食えん女や」と、心の中で一人呟きながら―。

 

 海軍と沿岸警備隊の対立が下半期に続いた2032年から年が明けて、2033年。新しい年を迎えるとともに、ふそうの内部人事にも変化が生まれていた。それは、艦長室を出てCICに戻った司の目の前でも、実感できるレベルの物だった。

 「砲雷長、明日から艦長ん命令で、当直ば入るためん操艦ん見習いばすることになりました。やけん、しばらくCICでん配置開けるごとなると思うばってん、よろしく頼みます」

 「あぁ、操艦やるのね。了解、また明日幹部ブリーフィングで、抜けるタイミングとか詳しく確認するわ。報告ありがとう」

 司の呼びかけにそう答えた女性は、昨年の大みそかまでこのふそうに勤務していた、沢渡真白ではない。黄瀬恵美子三佐。司の着任前日にふそうに合流した、同じふそう型沿岸警備艦の2番艦にして、横浜沿岸警備局隷下の「やましろ」前砲雷長である。

 元々、蒼と並ぶ有力な艦長候補として目されていた沢渡は、蒼の下での副長兼砲雷長としての働きが評価され、32歳の若さで蒼と同じ一佐に昇任。最近就役し、沖縄沿岸警備局に新たに配備された、ふそう型3番艦「みずほ」の初代艦長に就任した。

 勤務中こそシリアスな態度を崩さない一方、普段は意外とフランクで気さくな人柄の持ち主でもある、彼女の転出を惜しむ者は多い。だが、幹部ともあれば転勤はつきもの。初代艦長として、歴史に名を残すのは栄誉なことでもある。最終的には、全員がいずれの再会を願いつつ一時の別れを告げることになった。

 そんな沢渡の後釜として、横浜のやましろからやってきたのが黄瀬である。年齢は31歳、沿岸警備隊士官学校では、奇しくも沢渡の1学年後輩という関係でもあった。「偉大な沢渡先輩の代わりにはなれない。黄瀬恵美子なりにこのふそうに貢献できるよう頑張ります」が就任時の挨拶で、それを自然に口にできる謙虚さと、前任者とは違って普段からも気さくで話しかけやすい空気感から、あっという間にふそうに馴染んでしまった。

 なお余談だが、事前に異動にあたって人事からも説明を受けてきたせいか、他艦から移ってきたばかりとは思えないほど、黄瀬自身が裸体慣熟にも前向きなタイプであったのは、ここだけの話である。精悍な見た目とは裏腹に意外とノリがよく、そっちの意味でも「ふそう適性」が高かったのが、馴染むのが早かった原因の一つかもしれない。

 それはともかく、新体制のふそうでは二佐に昇任した葛城が沢渡から副長の座を引き継ぎ、これまで通り船務長も兼任。その下に1分隊の新しい分隊長も務める黄瀬が、三佐・砲雷長としてもう一つの沢渡の穴を埋めることとなった。そしてもちろん、黄瀬の下にも司と業務上強く関わる幹部たちがいることも、また忘れてはならない。

 「砲雷科の仕事もやりつつ当直も?じゃあ仕事ずいぶん増えますね、大変そう」

 「まぁ、でも海軍でも同じ感じで仕事してたんなら、別に大して負担にはならないんじゃない?1分隊での仕事はあくまでも『砲雷長補佐』だしさ」

 昨年まで、副長兼任の沢渡に代わって1分隊の分隊長を務めていたものの、黄瀬の着任に伴って分隊業務から解放された水雷長・我那覇翠一尉と、127㎜・76㎜という二つの火砲の運用を統括する砲術長・紅林玲奈一尉が、立て続けに口をはさむ。沖縄出身の我那覇は、ふそうによる対潜戦を統括する立場。一方、広島出身の紅林は、読者視点でこそ初登場ではあるが、昨年の段階から砲術長として、陰ながらふそうの1分隊を支え続けている存在である。我那覇は28歳、紅林は29歳と年齢的にも近く、同じ分隊で階級も同じとあって、自然と一緒に行動することも多くなっている。

 砲雷長として、1分隊全体を統制する立場の黄瀬に対して、砲術と水雷という1つ下のレイヤーを指揮する立場である、紅林と我那覇。はるな時代の砲雷長としての経験もあり、ふそうでも1分隊の砲雷科配属となった司にとって、この3人は仕事上特に絡むことが多くなる面々だ。

 「とりあえず、しばらくは多少仕事を教える負担が減りそうでよかったです。新任のお2人どっちも私たちが面倒みるの、なかなか大変そうなんで」

 「砲術長、流石にそれは一旦言い過ぎ」

 「そうよ、これでも少佐と三佐が相手なんだからね。どっちもあなたから見たら年齢は近いだろうけど、指揮系統上は明確にあなたより先任なんだから、ちゃんと弁えて」

 紅林が叩いた軽口に、すかさず我那覇と黄瀬から鋭いツッコミが飛ぶ。思わずばつが悪そうにペロッと舌を出して「すいません…」と苦笑いした紅林を尻目に、黄瀬がふと悪戯っぽい笑みを浮かべて司に尋ねた。

 「ところで、さっき艦長室に乗り込んでいったのって自分からよね?何をわざわざ文句言いに行ってたの?」

 「いや、それはちょっとあいにく言えんですばい」

 「何よ、分隊の先任者相手に隠し事するわけ?いただけないわねぇ」

 黄瀬は司の返答を聞くと、わざとらしく小首を傾げた。そして、司が次の言葉を探している間に、すっと顔を近づける。

 精悍ながらも美しく整った顔が、思いがけず目の前に迫った。司は反射的に身を引きかけたが、相手が直属の砲雷長であることを思い出し、辛うじて踏みとどまった。黄瀬の口元には、いかにも楽しそうな笑みが浮かんでいる。

 「はぁ…。おいが風呂で、毎晩大変な目に遭っとるって話ですばい」

 司の言葉に、美女3人はほぼ同時に一斉に吹き出した。

 「えぇ、こんな美女軍団に毎晩絶景拝ませてもらっといて、ご不満ですか?他じゃ絶対体験できない役得享受してんのに?贅沢だなぁw」

 ひとしきり笑った後、紅林が涙をぬぐいながらこぼした。

 「せっかくこっちは率先して身体張ってるのに、それに文句言われちゃ残念ですねぇ」

 我那覇も笑いながら同調する。

 「そうね、私なんかついこの間までやましろにいたのに、ちゃんと適応できてるんだから、少佐にも順応してもらわなきゃ」

 黄瀬まで乗っかってきたのに対して、司は全力でかぶりを振った。

 「いや、アンタらが待ち伏せしとーパターンが、おいからしたら一番しんどかとって!普段一緒に仕事する相手なんて、どがん目で見てりゃよかっさ!?」

 「逆よ、逆。むしろ普段一緒に仕事する相手だからこそ、優先的に慣れときなさい」

 黄瀬は首を横に振った。

 「1分隊と2分隊のCIC要員は、もしもの時に絶対に欠けてちゃいけない面々だし、CICに詰めるあなたなら不在の状況もすぐに把握できるでしょ?少なくともこの3人に慣れておけば、この中の誰かが欠員になっても同じ分隊の幹部として、躊躇なく居場所確認にし行けるじゃない。だからこの3人こそ、いの一番に見慣れておきなさい。それがあなたのためでもあるから」

 「はぁ…。少のうとも、いきなりおいに対してセクハラとか言い出すんだけは、やめてくれんね?」

 あっけらかんとした口調ながらも、真面目なトーンで言葉を紡ぐ黄瀬に、司はまた一つ大きなため息をついたのだった。「こん船ん食えん女は、どうやら姉貴だけやなからしか…」と、内心呟きながら。




いかがでしたでsh…、えっ、ちょっと待って石投げないで!「蒼海の守護者」の段階から、ドッキリも慣熟も普通の軍艦じゃあり得ないの、ちゃんと分かってて書いてるから!

わざわざこんなものが導入されているのは、作中で蒼や黄瀬が説明している通りですが、そもそもふそうは正規乗員248名全員が女性である以上、通常の軍艦同様の人事編制にはなっていません。そのため、普通の軍艦の回し方だけしてても、現場は必ずしもうまく回らないってことですね。

もちろん、現実の海自や海保がこれを導入するとは、微塵も考えておりません。そこはある程度ファンタジーとして割り切っていただければ幸いです。今のところはただのお色気ギャグですけれども、前書きでも描いた通り後々ちゃんとこれが意味を持ってきます。何卒よろしくお願いいたします。

後、沢渡もちゃんと後々登場しますし、しっかり見せ場を作って活躍しますので、名前だけの登場ではないですよ。どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。
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