Neptune Ⅱ~蒼海の追跡者~   作:R提督(旧SYSTEM-R)

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こんにちは、R提督です。

今回からは第三章に入ります。今回、物語が大きく動く出来事が発生します。そして、終盤には心温まるエピソードも?それではどうぞ。


追跡開始
第三章:追跡開始(前篇)


 「久々に同期と会って、ようやく話ができたと思ったら、全く大した近況報告だな…」

 河内翔少佐は、かつて防衛大学校と国防海軍士官学校で同じ釜の飯を食った、真行寺司少佐の言葉に困惑した表情を浮かべた。

 2人は休日を利用し、佐世保港を望むバーガーショップにいた。河内は現在、ふぶき型フリゲート2番艦・しらゆき(FFM-831)の副長兼船務長を務めている。かつて指揮したふぶきは昨年、天津号制圧作戦で撃沈された。しらゆきもふそうと同じ佐世保を定係港としており、こうして顔を合わせる機会があった。

 「確かに、ふそうにそういう歓迎の文化があることは知ってる。去年、僕がオペレーション・イーグルでふそうに派遣された時も、初日の夜には灰原一尉と柳田二尉が、ドッキリを仕掛けてきたと聞いた。あいにく、ターゲットにされたのは僕じゃないけどね」

 「何や、わいも一応あん文化は知っとーとか」

 「派遣者としては君より先輩だからね。ただ、あれは単発のイベントだと思ってたよ。長期派遣者向けにまだあるなんて。よく沿岸警備局も許可したものだ」

 河内は苦笑いを浮かべた。そんな彼に、司は食べかけのバーガーを皿において、真剣な目を向ける。

 「翔。今ん話ば聞いて、おいんこと色眼鏡で見たりしとらんじゃろうな?」

 「別に?だって君は、その慣熟訓練とやらに巻き込まれてる側だろう?むしろ、『ずいぶん振り回されて苦労してるな』と思ったよ」

 まぁ、大半の男性海軍軍人は今の話を聞いて、君や浦賀捜査官を相当羨ましがるかもしれないけどね、と河内は笑った。

 「僕も乗ってみて思ったけど、確かにあの艦の乗員は美人揃いだ。もちろん、それだけでふそうの価値は測れやしないけど。それが毎晩入れ代わり立ち代わり、そういう『サービス』を提供してると聞いたら、そりゃ健全な男としてはそうなるさ。もっとも、いざその場に放り込まれて、どこまで彼らが平静保てるかは疑問だけどね」

 河内はそう言うと、ふと情報畑上がりらしい真剣な表情を浮かべた。彼の視線が、まっすぐ司を射抜く。身にまとう雰囲気が変わった。

 「で?せっかくなら、もう少し艦艇士官らしい近況も聞きたいところだけど、そういう話は何かないのかい?」

 「ああ、もちろんあるたい」

 司はそう答えると、ふと佐世保港内に視線を向けた。向こうにうっすら、白と青で塗られた船体が見える。

 「最近、どうやらおいんことが取り合いになっとー。1分隊と2分隊ん間でな」

 

 「艦長。やっぱりあの話、どうにかなりませんかね?」

 ふそう士官室。葛城の問いかけに、蒼は少し困ったような表情を浮かべた。

 「司を、砲雷科から船務科に移籍させてほしいって話?」

 「はい」

 葛城は、蒼の問いかけに真剣な表情で頷いた。

 「確かに、少佐の前職はイージス艦はるな砲雷長です。それもあって、海軍がウチの1分隊に送り込んだことも理解はしています。実際、砲雷長や砲術長、水雷長と一緒に仕事している時の様子を見ても、砲雷屋としては優秀なのも間違いありません。ただ…」

 彼女の手には、業務端末が握られていた。その中には、今まで司の支援もあってまとめられた情報が、司の端末から同期されて収められている。

 「ここしばらく、少佐と一緒に仕事をしてきましたが、彼のタクティカルピクチャー構築能力は本物です。弟さんのあの能力は、艦内外の様々な情報を統合し、それに基づいて戦術を決めていく船務科の仕事でこそ生きる。自分は一緒に働いていてそう感じました」

 葛城がそう口にしたその時。

 「お言葉ですが副長。そのご提案は、我々1分隊としては承服しかねます」

 彼女の言葉を遮る声がした。振り返ると、そこに立っていたのは黄瀬だった。こちらも、冷静ではあるが有無を言わせないといった趣の表情である。

 「副長が、1分隊での少佐の働きを評価してくださっているのはありがたいことです。ただ、だからといって2分隊に配置換えというのは違うかと。副長がまさに仰る通り、彼は砲雷屋として優秀であり、我々にとっての欠かせない戦力になりつつありますので」

 「お?アンタ三佐なのに二佐の副長にたてつくんか?」

 葛城が悪戯っぽく笑いながら、言葉だけでファイティングポーズをとる。だが、黄瀬は冷静な表情を崩さない。

 「こういう議論で、職権濫用されるのはよろしくありませんよ」

 「その通りよ副長、そういう圧のかけ方は控えなさい」

 「…、冗談やて。すいません艦長」

 蒼の鋭い指摘に、葛城が苦笑いしつつ肩をすくめる。それに一度ため息をついた後、蒼は黄瀬の表情を見た。

 「では砲雷長、もう少し詳しく理由を説明してもらえるかしら?」

 「はい」

 黄瀬は頷くと、まっすぐに蒼の目を見据えた。

 「もちろん私も彼のことは頼りにしていますが、砲術長が少佐から熱心に学ぼうとしているんです。お2人もご存じでしょう」

 彼女の言葉通り、紅林は司がCICで1分隊を見ている際、常に積極的に質問をし、それを自らの仕事に取り入れることで、海軍イージス艦の前砲雷長から学びを得ようとしていた。その姿はもちろん、蒼も葛城も目にしたことがある。

 もちろん同じ砲術とはいっても、イージス艦と沿岸警備艦では、求められることも搭載砲の種類も違う。それでも、軍艦としての統制手法や「撃ちー方始めー!!」といった号令には、共通点も多い。「せっかく海軍から学べるなら」と、紅林は常に懸命だった。

 私生活では司を散々からかう紅林も、CICでは海軍の元砲雷長に学ぶ一番弟子のような存在だった。

 「派遣士官が受け入れ先の組織文化やロジックを学ぶことと同様、受け入れ先が派遣士官からも学ぶこと。これこそまさにMOSADの意義でしょう。それをやらせたいからこそ、海軍は我々1分隊を派遣先に選んだのでは?」

 そもそも、MOSAD派遣の人事は今回なら海軍の専権事項で、ウチが勝手に配置を変えるわけにはいかないですしね、と付け加えて、黄瀬は言葉を結んだ。

 士官室の中は、しばし静寂に包まれた。蒼も葛城も、黄瀬の正論にはすぐに言葉が出ない。特に、最後に付け加えたひと言には。

 「副長、これに対してあなたの見解は?」

 「…、砲雷長の主張そのものは、もっともだと思います」

 蒼が促したのに応えて、葛城はしばしの沈黙の後ようやく口を開いた。

 「ただ、私が危惧しているのは、ふそうにおける彼の役回りがどっちつかずになることです。現状、1分隊配属のままで2分隊の仕事も手伝わせている状態なので」

 砲雷科と船務科はともにCICで働くが、司は1分隊の指導に加え、葛城の情報統合や捜査支援、当直、操艦まで任されていた。能力が高いからこそ、負荷が集中している。

 「少なくとも、彼を便利屋のように使い潰すことだけは避けたい。それは我々のためにも、何より弟さんのためにもなりません。当直や操艦も任せるなら、せめてCICでの仕事はどちらかにきちんと専念させるべきです」

 その上でですが、と言いながら、葛城は再び黄瀬の方に目を向けた。2人の麗しき指揮官の視線が交錯する。

 「一番重要なのは、今回の案件に少佐が持つ能力をどう活かすかです。そこに関して言えば、Narco-subに本艦の短魚雷を撃ち込むわけにはいかないし、対潜目標に対する主砲での砲撃も、どれだけ機会があるか疑問です。それよりも航行情報や、浦賀捜査官も含め陸から入ってくる捜査情報を統合し、事案の真相を解き明かして目標を追い詰めることの方が、これからは優先度として高くなる。そして、その仕事のためにこそ少佐が必要です。彼の持つ能力や強みは、艦長こそ一番よく分かっているはずでしょう?」

 「…。悔しいですが、そのご指摘に関してはごもっともですね…」

 黄瀬が思わず呟いた。

 「なるほど、2人の考えはよく分かったわ。聞かせてくれてありがとう」

 蒼はそう言うと、2人の顔を交互に見比べた。

 「この話は、どちらが正しくてどちらが間違っている、というものだとは思わないわ。それぞれ、主張にはきちんと合理性とロジックがある。その点に関しては、あなたたちどちらも評価します」

 「「ありがとうございます」」

 葛城と黄瀬が声を揃える。それに対して、蒼は「ただし…」と真剣な顔で付け加えた。

 「一番大事なのは、司自身がどうしたいかよ。そこを抜きにして、上官同士が勝手に空中戦をやっていてはダメ。本人の意向を聞くことを忘れてはいけないわ」

 一瞬、その言葉にハッとした2人が、すぐに頷く。

 「まず、司に彼自身がどうしたいかを聞きましょう。その上で、彼が2分隊への配置変更を望むなら、近々控えている中間面談の場で、私から海軍に具申するわ。恐らく、肥後少将も同席されるはずだから」

 「分かりました」

 「了解です、ありがとうございます」

 葛城と黄瀬が、異口同音に頭を下げたのを見て、蒼はふと笑みを浮かべた。

 「それにしてもあなたたち、慣熟訓練ではウチの弟を散々おちょくり散らかしてるくせに、仕事じゃずいぶん買ってくれてるのね?」

 「そりゃあの子弄るの楽しいですもんw リアクションいちいち大きいし、ちゃんと食って掛かって来てくれるんで。最高の『音の鳴るオモチャ』ですよw」

 「本当w 正直毎日やっても飽きないです。副長、そろそろもう彼も副長のボディには慣れた頃でしょ?担当代わってくださいよw 彼の前日に来たばかりだからって、ドッキリの仕掛人を遠慮して損しましたわw」

 さっきまで真剣にやり合っていた葛城と黄瀬が、急に悪戯っぽい笑みを浮かべて楽しそうに笑い出す。ただ、口元は笑っている中でも、言葉は真剣だった。

 「でも、24時間ずっとオモチャ扱いしとるわけやないですからね。海軍士官としては、めちゃくちゃ評価しとりますさかい。本物やで、あの子は」

 「そうそう。仕事は仕事、慣熟は慣熟です」

 

 「司。改めて確認だばってん、配置変更ん話は後悔しとらんよね?こん後具申したら、後戻りはできんばい」

 「おう」

 面談当日。姉からの問いかけに、司は表情を変えずに頷いた。2人は今、面談会場となる会議室に向かって、佐世保沿岸警備局の廊下を歩いている。

 海軍代表も立ち会う正式な面談のため、2人とも正装だ。司は黒を基調とする海軍の「幹部常装第1種冬服」、蒼は鮮やかな青の「サービスドレスブルー」。似た意匠ながら、軍種の違いは一目で分かる。

 「確かに1分隊ん仕事は楽しかし、やりがいもある。はるなでやっとった仕事もそんまま活かせるし、何より紅林ちゅう熱心に教えば乞うてくるる後輩までおる。1分隊でん仕事には不満はなかばい」

 弟の言葉に、蒼は黙って耳を傾ける。

 「ばってん、大事なんはおいがやっとって楽しかかより、こん案件ば解決するうえでどちらがより、ふそうん役に立てるかか。そん点に関して言えば、おいは2分隊ん仕事ん方がより大事やと思う」

 「なるほど」

 「別に配置転換せん選択肢もあったけどな。ただ、当直から外してくるるならだけど。軍艦として冗長性が大事なんは分かるばってんさ」

 「確かに、ばり負荷かけとったわね。悪かったわ。ごめん」

 「艦長ん命令やったら従うばい。出来る仕事はやるとがおいん役割や。ただ、全部は出来ん。おいも人間やけんさ」

 司がそう笑った時、2人の目の前に会議室のドアが見えてきた。前に立つと、既に中には人の気配がある。蒼が3度、右拳でドアをノックした。

 「真行寺一佐、入ります」

 「真行寺少佐、入ります」

 「入れ」

 「「失礼します」」

 室内にはすでに4人がいた。沿岸警備隊から播磨義晴海将補と人事・教育課長の美濃正臣二佐。海軍から第2護衛隊群司令・肥後俊也少将と主席幕僚・但馬昌晃大佐だ。

 「真行寺蒼一等海佐、および真行寺司海軍少佐。本日、真行寺少佐のMOSAD中間面談で参りました。何卒よろしくお願いいたします」

 「久しいな、真行寺一佐。どうだね、貴艦での弟君は」

 緊張の面持ちで挨拶した蒼に、肥後が声をかける。

 「お久しぶりです、肥後少将。えぇ、おかげさまで色々と助けられています」

 「それならよかった。送り込んだ甲斐があったというものだ」

 「肥後少将、立たせたまま喋らせるのもなんでしょう。まずは着席させてから話を聞くべきかと思うが、いかがか?」

 ここは沿岸警備隊の施設であり、海軍側は招かれた立場だ。

 「失礼。ここは私ではなく貴官が仕切るべきだったな。ではお任せする」

 肥後が頷くと、播磨は眼前に立つ双子の姉弟に視線を向け直した。

 「では、始めようか。着席しなさい」

 

 「なるほど。これから入ってくる捜査情報を、貴艦が持っている情報と統合し、事案の全貌を明らかにするためにも、少佐を砲雷科ではなく船務科で使いたい、と」

 但馬は、予想外の申し出に眼鏡の蔓を指で押さえた。

 「はい。砲雷科での働きに不満があるわけではありません。ただ、彼の能力をより有効に活用するには、船務科への配置変更が適切と判断しました」

 「少佐、貴官自身も同じ考えか?」

 「はい。今は1分隊に所属しながら2分隊の仕事も兼ねとります。今回ん案件に関しては、2分隊に専念した方がより貢献でくると考えました」

 「…、ずいぶんとこき使われているようだな?」

 肥後の指摘に、司は苦笑いした。

 「姉貴…、いえ、艦長が、それだけおいば信頼してくれとる証拠やと思います」

 「なるほど。では、第2護衛隊群としてはいかがかな?」

 播磨が海軍側に問いかけると、肥後が頷いた。

 「元々、砲雷科に配属したのは、前職での経験を活かしつつ、双方が学び合えると考えたからだ。その目的は達成できているようだし、現場が船務科の方が適任と判断したのであれば、私に異存はない」

 「私も同意見です」

 但馬が続けた。

 「少佐の船務分野での能力は、海軍としても把握しています。DDであれば、今すぐ船務長を任せてもおかしくありません。はるなでは日向中佐が副長兼船務長としてTAOを務めていたため、少佐には砲雷長を任せましたが、現在はそのような制約もありません」

 「承知した。美濃二佐はどうかな?」

 「双方が了承しているのであれば、人事・教育課としても異存ありません。ただし、正式な配置変更に向けた調整は必要です。但馬大佐、後ほどお時間をいただけますか?」

 但馬は肥後の了承を得て頷いた。

 「承知しました」

 「では、両名に調整を任せよう」

 播磨はそうまとめると、司に向き直った。

 「ところで少佐。他に、ふそうでの勤務について伝えておきたいことはあるかな?」

 司の表情が、一瞬強張った。

 「…、ほんなこて、何でんよろしかですか?」

 「ああ。遠慮なく言いたまえ」

 しばし逡巡した後、司は覚悟を決めたように肥後を見据えた。

 「群司令。昨年暮れ、おいにふそうへの派遣を命じられた際、沿岸警備隊は海軍とは似て非なる戦域で戦う軍種であり、おいん能力ば拡張するにはよか環境だと仰いましたね?」

 「ああ、言ったな」

 「確かに、その点は間違っとらんと思います。ばってん…!」

 司は腹に力を込め、声を張り上げた。

 

 「ふそうで、浦賀捜査官やおいが毎晩風呂に入る時んなんやかやだけは、どがんしてん軍人として納得がいかんとや!」

 

 一瞬、会議室が静まり返る。最初に吹き出したのは蒼だった。続いて男性陣が一斉に咳き込む。

 「なるほど。貴官はアレに文句を言う側か。過去には一切触れない派遣士官もいたのだがな」

 播磨が苦笑する。

 「群司令は、あん訓練についてご存じやったとですか?」

 「部下の派遣先の環境を把握するのは、上級指揮官として当然の責務だ」

 「それなら、アンタ絶対知っとったじゃろ!!」

 「少佐!!口の利き方に気をつけろ!!群司令の御前だぞ!!」

 但馬が声を荒らげる。しかし肥後は、楽しそうに片手を上げた。

 「まあよい。少佐、逆に聞こう。あの慣熟訓練は、我が軍の公文書に詳細を残せるような代物かね?」

 「えっ…?」

 司は絶句した。脳裏に毎晩の光景が浮かび、思わず隣の姉に目を向ける。

 「海軍と沿岸警備隊は別の軍種だ。沿岸警備隊自身が正式に決裁した現場運用について、我が軍が不用意に文書を作れば、監査の際に余計な問題を生みかねん。だから、我々はその運用に立ち入らず、派遣先の指揮命令に従うよう貴官に伝えた。それが全てだ」

 「えぇ…」

 いくらなんでも屁理屈が過ぎないか。司が困惑していると、播磨が静かに口を開いた。

 「少佐。決裁した私からも説明しよう。貴官があの訓練を好かん気持ちは分かる。私も同じだからな」

 「…、え?」

 「法執行機関でもある我々が、あんな訓練を実施するなど狂気の沙汰だ。だが、導入前のふそうでは服務事故が頻発していた。時間帯や動線の分離、入室管理の厳格化など、考えられる対策は試したが、いずれも解決には至らなかった」

 播磨は一呼吸置いた。

 「ところが、あの訓練を試験導入した途端、服務事故も総員配置時の遅延もゼロになった。よりよい代替策があるなら明日にでもやめさせる。だが、今はない。だから私自身の感情とは切り離し、正式な命令として実施させている」

 司は息をのんだ。

 「正式な…、命令…」

 「そうだ。艦内での運用責任者は真行寺一佐だが、制度全体の最終責任者は私だ。正式に苦情を申し立てるなら、私が受け付けよう」

 そこまで言われ、司はしばらく黙り込んだ。しかし、もう一つだけ確認したいことがあった。

 「…、では、艦長自ら派遣者にドッキリば仕掛くることについては、どうお考えとですか?」

 「艦長自ら?」

 播磨の視線が蒼に向く。

 「お前、まさか少佐に自分で仕掛けたのか?」

 「…、はい。身内が乗艦する以上、部下に任せるわけにはいかないと判断しました。実の姉弟なら、まだ悪ふざけで済むかと」

 「…、お前ならやりかねんと思ったが、本当にやったのか」

 「私は、司令の命令を遵守しただけです」

 「私は、そのタイミングでお前がやれとまでは命じていないぞ?」

 播磨は呆れ顔だった。海軍の二人も顔を見合わせ、美濃は気まずそうに沈黙している。

 「ちょ、ちょっと待て姉貴!!命令ば遵守しただけって、どがんことばい!?」

 答えたのは播磨だった。

 「真行寺一佐には、艦長就任に合わせて訓練の実施を命じた際、本人も参加するよう名指しで命じている」

 「はぁ!?」

 「貴官の姉は、この制度の発案者だ。自ら考案し、具申し、正式な訓練として認めさせた。その人間が艦長になったからといって参加を免れれば、部下への示しがつかん」

 「『お前が始めた物語だろう、ならば最後まで責任を持て』というわけか」

 肥後が口を挟むと、播磨は頷いた。

 「そういうことだ」

 「中身がもう少しまともなら格好もついたのだろうがな」

 「…、それは分かっている」

 2人の司令官が何とも言えない表情を交わす。

 「従って、一佐が訓練に参加したこと自体は私の命令に基づく。ただし、貴官への歓迎方法まで私が指定したわけではない。それは彼女自身の判断だ」

 「えええ…」

 司はとうとう言葉を失った。自分を毎晩翻弄する慣熟訓練は、上級司令部が承認した正式な制度。しかも、実の姉による初日のドッキリまで、その根底には局長からの名指し参加命令があった。もちろん、あの方法を選んだのは姉自身なのだが。

 司は隣に座る蒼を見た。実の弟から見ても整った、何食わぬ顔の姉の横顔が、今はやけに恨めしい。

 「…、これでよいかな、真行寺少佐?」

 「…、はい…」

 先ほどまでの覇気はどこへやら。司は肩を落とし、力なく答えた。

 「では、中間面談を終了する。配置変更については両軍間で調整の上、改めて通知する。それまでは従来の配置で勤務するように。以上だ」

 播磨が閉会を告げる。司はまるで魂が抜けたかのように、ただその場に呆然とするしかなかった。

 

 「おー、思うた以上に盛大に撃沈しとーわねぇ」

 「当たり前やろ、人間不信になるわ、あがんもん」

 ふそうへの帰り道、姉弟の足取りはまるで対照的だった。

 「わい、ようあん場であがんこと平然と言えたな?海軍と沿岸警備隊ん司令官に対して、正式な面談ん場で『うちゃ実ん弟ん前で裸ば晒した』って自分で暴露したってこったい?」

 「事実やし、正式な命令に従うた結果なんやけん、おかしゅうなかやなか」

 「普通ん軍人は、あがん場でそがんこと大っぴらにゆわんばい!!もうちょい恥じらい持てや恥じらいば!!」

 「恥じらいなんて、あん訓練にとって一番邪魔なもんやせん?」

 蒼はしれっとそう言い放つ。司は思わずため息をついた。全く、国防軍法の品位保持義務を何だと思ってるんだ、こいつは。沿岸警備隊だって適用対象だろうが。

 「まぁそがんことより、配置変更ん希望が前向きに進んでよかったやなか。明日からん勤務、負担軽減でくるごと各分隊に指示しとくけん、ありがとう思わんねえ」

 蒼がそう口にしたのと時を同じくして、2人はふそうが係留されている桟橋へと戻ってきた。舷門で茜谷が出迎え、お互いに敬礼をかわす。

 「おかえりなさい。艦長、少佐」

 「ただいま。艦内で何か変わったことは?」

 「特段事故などはありません。ただ…」

 「ただ、何かしら?」

 蒼が聞き返すと、茜谷は一瞬だけ言葉を切ってから、まっすぐこちらを見据えた。

 「副長が、お2人にお伝えしたいことがあるそうです。一緒に士官室に来てくれと」

 

 「副長、士官室に来てくれとか言うといて、一体どこ行っとーとかしらね?」

 茜谷からの伝言通り、直行した士官室に葛城の姿はなかった。がらんとした室内に、何事か分からないまま待ちぼうけを食らう姉弟がいるだけだ。

 「知らん。一緒にずっと外におったおいに聞きなしゃんな」

 司は先ほどの面談の傷もあって、憮然とした表情だ。言葉もどこかとげとげしい。

 「急に呼び出しといて、あんまり上官ば待たせるようなら、一発説教しとかんとかしらん?」

 蒼がそう呟いたのと時を同じくして、ドアが開く音がした。

 「あー、すいません遅くなって。お2人ともお帰りなさい」

 その言葉とともに、葛城が急ぎ足で入ってくる。

 「副長、帰艦早々に応急長経由で呼び出しておいて、ずいぶんと遅いじゃない。どういう風の吹き回し?」

 「すんません、ちょいと準備に色々とかかってしまいまして」

 やや鋭さを帯びた声で問い詰めた蒼に、葛城は苦笑いしながら頭をぺこりと下げる。

 「準備?」

 「えぇ、ちょっとどうしても今日しておきたい大事な話がね」

 その言葉を葛城が口にしたのとほぼ同じタイミングで、蒼は何かに気づいた。葛城の右手が、何やら不自然に背中側に回されて隠れている。まるで、何か見られたくないものを隠し持っているかのように。なんだそれは、と思ったその瞬間。

 

 「パーン!!」

 

 士官室内に大きな破裂音が響き渡り、蒼と司はほぼ同時に、反射的に上半身をのけぞらせた。何事かと2人が目を丸くしたその時、目に入ったものは。

 「えっ、それ、クラッカー…?なんで…?」

 そしてさらに次の瞬間。

 「「「「「失礼しまーす!!」」」」」

 一斉に入室してくる、今日は非番の幹部や曹士たち。皆一様に楽しそうな笑顔だ。何事か理解ができず、蒼と司は目の前の景色にただただ呆気にとられるしかない。

 「はい、みんな準備ええな?いくで?」

 部屋中が人であふれたのを見計らって、葛城が室内を見回しながら音頭をとる。

 「せーの!!」

 次の瞬間、艦内に普段の訓練でも聞けないような、大きな声が響いた。

 

 「「「「「ハッピーバースデー!!!!!」」」」」

 

 「え!?は⁉な⁉」

 まだ何事か呑み込めず、目をぱちくりさせる蒼と司。そんな2人に対して、葛城は得意げな笑みを浮かべた。

 「今日、2033年5月14日。お2人の、31回目の誕生日やないですか。せっかくこの1年、2人ともふそうに乗っとるんやさかい、ちゃんと一緒のタイミングで、みんなでお祝いしよ思いまして。準備ってのはそれのことですわ」

 「あっ…」

 2人は、思わずお互いの顔を見合せた。お互いここ最近は忙しすぎて、完全に誕生日のことなんか忘れていた。それを、まさか他の乗員たちは覚えていてくれたなんて。

 「ちゃんと主計科もケーキ作ってくれてますからね、ほら」

 葛城が出入り口を指示したのとちょうど時を同じくして、紺野と桜井が一緒に真っ白なホールケーキを乗せた、トレーを慎重に運んできた。その横では白金も、2人を優しく見守っている。ケーキの上には31本のろうそく…、ではなく、3と1の形をしたろうそくもご丁寧に立っているではないか。

 「お2人とも、お誕生日おめでとうございます。主計科一同、腕によりをかけて作らせてもらいました。艦長の好物のバニラアイスも入ってます。どうぞ召し上がれ」

 ケーキが机に置かれてからそう言うと、白金は優しく穏やかな微笑を浮かべながら、「おめでとう。蒼、司くん」と付け加えた。それに呼応するように、万雷の拍手が響き渡る。ようやく、先ほどまでは沈んでいた司の顔にも笑みが戻った。

 「副長、まさかまたアンタにドッキリ食らうとは思わんじゃったばい」

 その一言に、葛城は茶目っ気たっぷりにウインクする。

 「ウチの船はな、ちゃんと健全なやつも出来るんやで?」

 その悪戯っぽい一言に、室内は大爆笑となった。蒼は大笑い、司も苦笑いしながらもお互いの顔を見合わせる。軍艦としては、珍妙極まりない文化を持つ沿岸警備艦ふそう。だが今この瞬間だけは、世界中のどの軍艦よりもかけがえのない時間が、この場には流れていたのだった。




「ウチの船は健全なドッキリだってできるんだ」がオチになる軍艦 とは

司のタクティカルピクチャー構築能力は、前作「蒼海の守護者」でもその一片が垣間見られていましたが、どうやら予想以上にふそう乗員からは評価されていたようです。この配置転換が、後々本作では意味を持ってくることになります。

それにしても、面談シーンの後半が我ながらシュールすぎるだろw まぁ、これは現実の軍隊や法執行機関ではまず起こりえないので、ある種のファンタジーでありコメディでもあると考えて頂ければ幸いです。

次回は、ふそうが新たな地に旅立ちます。前作に登場したあの人も帰ってきますよ。どうぞお楽しみに。それではまたお会いしましょう。
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