とある科学の渦巻(ボルテックス)   作:mukugawa

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幻想の交差点①

 

「んごっ」

 

1日の第一声にしては随分と間抜け。

そう思いながらベッドから身を起こした。

起きた体に引っ張られて、体の下に挟まっていた音楽プレーヤーからイヤホンが引っこ抜けた。

 

「ん……」

 

『10月23日から11月21日生まれのさそり座のアナタは残念! 今日は人生最悪の厄日かも───』

 

テレビをつけっぱなしにしていたのをすっかり忘れて眠り呆けていたらしい。

すぐに電源を切った。

一人暮らしは電気代もバカにならない。

身寄りもいない自分にとって、街から支給される数少ない生活費は文字通りの生命線だった。

それこそ、電化製品のコンセントを引っこ抜くことが日課になるくらいには。

 

「……」

 

窓の外を眺める。

学園都市。

東京西部に位置する巨大な教育機関……とは名ばかりの偉そうな学者たちの実験場。

脳に電極、薬剤。

あらゆる手段で超能力者を生み出そうとする狂気の街。

全ての生徒が能力開発を受ける奇妙な街。

そんな街で、俺は中学生をやっている。

 

「……ん?」

 

顔を洗うために洗顔料を手に出そうとした時だった。

右掌に黒い印がついていることに気づく。

形の整った菱形のそれに見覚えはない。

油性のマジックで書いたのか水で流そうとしても一向にとれる気配がなかった。

寝ぼけていたにしては器用に描いたものだ。

 

「……まあ、いっか」

 

そのうち消えるだろう。

学校に向かう準備を黙々と整えていく……

 

「……そういや、これ返さないと」

 

音楽プレーヤーも忘れずに。

──幻想御手(レベルアッパー)。

能力開発を受けてなお、精密機械でやっと能力が証明できる者「無能力者(レベル0)」である自分が使った最終手段。

聞くだけで能力者としてのレベルを上げてくれる便利機械……だったのだが、さっぱり効果がなかった。

まあ、こんなものでレベルが上がるなら誰も苦労はしない。

この街の能力者の頂点である7人しかいない超能力者(レベル5)もダース単位で量産できるだろう。

超能力者のバーゲンセールである。

しかし、妙なのはこれを貸してくれた友達の話だ。

これを使って実際にレベルが上がったと言っていたのは嘘だったのか?

 

「嘘ねえ……」

 

『私ができたんだから片墨にだってできるって! レッツポジティブシンキングーー!!』

 

「……つくかなぁ、アイツが」

 

小学生の頃からの付き合いである女友達。

ちょっと都市伝説マニアで薄暗いところだろうが躊躇なく突撃していきそうな好奇心の塊。

そんな友達が自分も試してみたと言って自信満々に渡してきたのだ。

彼女が嘘をつくとはちょっと考えにくい。

ましてや、能力が上がるという話をだ。

俺と同じレベル0であり、それを誰よりも気にしていた佐天涙子が……やっぱりないだろう。

では、佐天のレベルは実際に上がったのか……

それは今日、学校に行けばわかる。

 

「……まさかな」

 

右掌の痣はまだ消えない。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「え? 今日は休み?」

 

『はい……』

 

学校で見かけなかったから、佐天といつも一緒にいる初春飾利に電話をかけてみた。

体調を崩して今日は休みらしい。

 

「借りてたやつ返そうと思ったんだが、それなら仕方ないか……」

 

『なにを借りたんです?』

 

「幻想御手」

 

『───は?』

 

「まあ、効果なかったけど───」

 

『使ったんですか!? いつ!?』

 

急に血相を変えて初春が問いかけてきた。

え、やっぱり違法なブツなのあれ?

使っておいて今さらだが、なんか怖くなってきたぞ。

 

「き、昨日の夜だけど……」

 

『そんな──いや待ってください、効果がなかった?』

 

「ああ。能力の「の」の字もないくらい。これ個人差あるんじゃないのか?」

 

個人的には「残念効き目がありませんでした☆よかったですね」で済んでほしいところなのだが、電話口の初春の慌てた様子を見る限りそうもいかない気がびんびんする。

え、どうなるんだ俺?

頭が爆発したりする?

 

『……片墨(かたずみ)くん。今から言う場所に来てください! 大至急です!』

 

「学校ふけろって?」

 

絵に描いたような優等生の初春らしくない言葉だった。

だが、鬼気迫る様子にはやはりなにか事情があるようにも思える。

 

『学校なんて呑気に行ってる場合じゃありません! ことは一刻を争います! 本当なら病院で待機してもらうのが一番でしょうけど、片墨くんの話が本当なら専門家に診てもらったほうがいいでしょうし───』

 

「わ、わかった。わかったからそんな矢継ぎ早に言葉を並べるなって……」

 

速やかに荷物をまとめ、俺は初春から言われた研究施設へと向かった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「君は本当に幻想御手を使ったんだね?」

 

濃い隈の刻まれた科学者、木山春生は俺にそう問いかけた。

初春いわく、AIM拡散力場の専門家らしい。

いかにも不健康そうな顔つきだが大丈夫かこの人?

 

「聞いただけの行為が使ったを指すなら、確かに使ったと思いますけど」

 

「ふむ……不躾で悪いが、君の能力を教えてもらえないか? もしかしたらわかりづらいだけで能力が引き上げられているかもしれない」

 

能力。

能力と言われてもな。

 

「実は名前がないんですよね」

 

「名前がない? それは妙だな。レベル0でも機械がどの方向性の能力か判定してくれるはずだが……」

 

「AIM拡散力場だけは観測できるらしいんですけど、どんな能力なのかはさっぱりだって。その残念な脳味噌を新品に取り換えたらどうですかって言われるくらいですし」

 

佐天もレベル0であるのに空力使い(エアロハンド)という名前はある。

が、あるはずの俺の能力には名前がないのが現状である。

いっそ名無し(ノーネーム)とかつけてくれればいいのに。

担当のクールビューティーな先生は「名前はありません。勝手につけるのも禁止です」の一点張りである。

 

「弱ったな。詳細が判定できない能力は希少だが、幻想御手の効果の有無がわかりづらい。少し待っていたまえ、資料の中で使えそうなものがないか探してこよう」

 

そういって木山先生は部屋を出ていった。

残されたのは俺と初春。

聞きたいこともあったから、ちょうどいいか。

 

「初春」

 

「……はい」

 

「佐天はどうなった?」

 

「え?」

 

そんなポカンとした顔をされても困る。

幻想御手を使った佐天が休みになって、使った俺を病院行きにするか迷った時点でもう答えは出たようなものだろうに。

 

「幻想御手にはデメリットがあるんだな? それこそ入院するくらいの」

 

もう佐天がただ体調を崩したなどとは思っていない。

恐らく幻想御手のデメリットで病院にいるのだろう。

 

「……やっぱり片墨くんは鋭いですね。じゃあ、私がなんでここに連れてきたのかもわかっているんでしょう?」

 

「幻想御手を使って異常が起きない俺を研究すれば、なぜ幻想御手で異常が起きるのかわかるからか」

 

要は研究サンプル。

幻想御手のもたらす異常から被害者を復帰させるための。

そして、佐天を助けるためのサンプル役。

 

「はい。なにも知らなかった民間人を利用するなんて、風紀委員(ジャッジメント)失格ですね───でも、私は」

 

「いいよ」

 

「!」

 

「好きに使ってくれ。佐天が治るなら俺も望むところだ」

 

初春は俺の顔をまじまじと見つめたかと思うと笑った。

 

「やっぱり、片墨くんはすごいですね」

 

「なぜそこですごいに……え、もしかして俺ドン引きされてる? 好きに使えって言っても最低限の人権は訴えるぞ? ぱかぱか切り開いてもいいってことじゃないからね?」

 

「ふふ……」

 

「初春さん? その暗黒微笑を止めてくれる? 怖いから」

 

俺たちの関係が友達の友達っていう微妙な関係なのはわかってるけど、まさか俺の尊厳を根こそぎ奪うような真似はしないよな?

 

「ふふふ……」

 

しないよね?

しないと言ってくれ、頼むから。

 

「佐天さんの言った通りですね。これがからかいがいがあるってことなんでしょうか」

 

「おい」

 

「冗談です。片墨くんは私にとっても大切な友達ですから」

 

ごめんなさい。

俺は友達の友達とか思ってました。

なんか勝手に距離を感じてた勘違い野郎です。

いたたまれなくなりソファから立ち上がった俺は、なにか話題を反らすものはないかと部屋を見る。

 

「……ん?」

 

目に入ったのは扉が閉められた本棚。

その隙間から、プリントが一枚はみ出ていた。

手に取って見てみる。

 

「……読めねえ」

 

「それ、なんですか?」

 

「わっかんない。全部英語だ。えっと、synesthesia……共感覚?」

 

「!? 見せてください!」

 

初春が俺の手からプリントをひったくる。

それを読み進めるうちにみるみる初春の顔は青ざめていった。

 

「共感覚がどうしたんだ?」

 

「……幻想御手は音楽ソフトを通して、聴覚を刺激することで五感に働きかける仕組みなんです」

 

「ああ、だから共感覚」

 

授業で聞いた覚えがある。

視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚の五感と呼ばれる人間の機能。

その一つを特殊な方法で刺激すると、他の感覚も刺激されるとかなんとか。

 

「その共感覚でレベルが上がるのか? あの先生そこまで調べて───」

 

「いえ。今日私たちがその可能性を指摘するまで、その発想はなかったと言っていました」

 

それはおかしい。

現に共感覚に関する書類がここに───

 

「いけない子たちだ。人のものを勝手に盗み見るとは」

 

「「!?」」

 

いつの間にか木山先生は戻ってきていた。

そ(・)の(・)手(・)に(・)拳(・)銃(・)を(・)握(・)っ(・)て(・)。

 

「怪我はさせたくない。大人しくついてきてもらおうか」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「で、幻想御手ってなんなんです?」

 

高速道路を走行する車の助手席。

初春を膝の上に乗せる形になりながら、俺は車の運転手である木山に問いかけた。

 

「君はずいぶんと落ち着いているな」

 

「この状況で慌てたってどうにもならんでしょう。パニクって暴れたほうがよかったですか?」

 

「大人しくしてくれるなら傷つけはしない。事が終われば無傷で解放すると約束するよ」

 

淡々と木山は話す。

初春によれば大勢の被害者を出した事件の黒幕らしいが、どうもそんな凶悪そうなヤツには見えないのはその不健康そうな面構えのせいだろうか?

拳銃を構えていたのも俺たちが車に乗り込むまでだ。

ここで蛮勇にも運転手につっかかったらどうなるだろうかと考えてみる。

うん、大クラッシュの事故だ。

最悪3人とも死ぬな。

余計に暴れる理由がなくなってしまったぞ。

 

「で、幻想御手ってなんなんです? 共感覚を利用していることはわかりましたけど」

 

「幻想御手の役割は至極簡単だよ。使用者の脳波パターンを私の脳波パターンに矯正するものだ」

 

脳波を矯正?

 

「……なるほど。ネットワークの構築ですか」

 

初春は今の説明でピンときたらしいが、残念な脳味噌しか持ち合わせない自分にはさっぱりだ。

 

「初春、どういうこと?」

 

「能力の発動には個人の演算能力が必須です。高位の能力者であるほど高い演算能力……パソコンでいえばグレードの高いOSを持っています。逆に言えば、レベルの低い人間に搭載されているOSは能力を発動するスペックが不足している。そこでネットワークの出番なんですよ」

 

「よくわからんが、個人のスペック不足を補うためにネットワークを利用するってことか?」

 

「その通りだ。2人とも歳相応以上の理解力だな。感心するよ」

 

木山は穏やかな笑みを浮かべた。

まるで教え子の成長を喜ぶ先生のような表情を崩さぬまま、初春の説明を引き継いだ。

 

「特定の脳波に1万単位の脳をチューニングし、回線を合わせることで個人の演算に利用する」

 

「それが能力の強度(レベル)が上がる絡繰りか。でも、それって個人が背負う負担を数え切れない人間に背負わせているようなもんだよな」

 

繋がった1万の人間は好き勝手に能力を使う。

そのたびに一万人の人間には能力使用の負荷がかかる。

 

「その負担に耐え切れずに意識を失う。本人は眠っている間も、他人の演算に脳を酷使されているから自分の演算に使えない。それが昏睡の仕組みだ」

 

「なんでこんなことをしたんですか? 今、万単位って言いましたよね?」

 

「ああ、被験者は1万人と少しといったところだ。これならば、私が求める計算を行うことができる」

 

初春の問いかけに木山は自分の目的を少しだけ明かした。

にしても1万の脳ね。

 

「学園都市の設備じゃ、脳味噌の代わりにならなかったんですか?」

 

「運用の申請は出した。それも樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の申請をね。しかし却下されたので、仕方なくというヤツだ」

 

樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)。

 

「学園都市で最大のスーパーコンピューターだっけか? 確かに1万の脳よりは使い心地がよさそうだな」

 

「ああ、まさに天に上る心地だと思うよ。使えなかったのは本当に……残念だ」

 

木山がごそごそと白衣のポケットを探る。

取り出したのは音楽プレーヤーと電子チップだった。

それをこちらに差し出してきた。

 

「これは幻想御手のアンインストールプログラムだ。これで一人残らず被害者は助かる。後遺症もない。できれば犠牲など出したくはないからな」

 

「信用できません。臨床試験もしていないものを──」

 

「じゃ、使ってみればわかるさ」

 

木山の手から音楽プレーヤーを受け取った。

 

「片墨くん!?」

 

なんとか止めようともがく初春を余所に俺は電子チップを挿した音楽プレーヤーのスイッチを押した。

幻想御手を使った時と同じように。

 

「…………」

 

イヤホンから音楽が流れる……それだけだ。

体に変調はない。

 

「気分はどうかな?」

 

イヤホンを取り外す。

 

「いまいち、まあ、危険なものじゃなくてよかったよ」

 

「片墨くん!!」

 

「悪かった悪かった。俺としてもここで意識を失いたくなかったからな。実験体としての務めを果たしたってとこだ」

 

「まったく……」

 

初春の心配を蹴る形になってしまったのは申し訳ない。

しかし、初春を一人残すことになるのも嫌だった。

アンインストールプログラムとやらがどれほどの効き目かは知らないが、これで俺は危機を脱したことになる。

 

「……目の前、塞がれてるみたいですけど」

 

初春の言葉に前を向けば学園都市の治安部隊、警備員(アンチスキル)がバリケードを敷いていた。

真正面からの突破は不可能に見える。

だが、木山はそれでも笑みを崩さない。

 

「幻想御手を使って作り上げた1万の脳を使用する演算装置は、その中心となる私にある副産物をもたらしてくれる───面白いものを見せてあげよう」

 

木山は車を出ると警備員に向かって片手を振った。

その瞬間だった。

道路が爆発した。

 

「きゃあああ!?」

 

「ぐっ!?」

 

余波が車内にいてもなお体を揺さぶった。

なんだ、なにが起こった?

木山はいったいなにをした。

……能力を使った。

なぜ使えた。

……1万の脳を統べる演算者だから。

面白い物とはこれか。

1万の人間が持つ能力の全てが、木山一人に集約されているとは。

警備員が銃を手に応戦しているが、水流、突風、火炎と多種多様な超常現象が襲い掛かっている。

これは───

 

「やっべ!?」

 

爆発で飛んできたアンチスキルの車体が突っ込んでくる。

俺は意識を失った初春の体を抱きかかえ、車の外へと転がった。

──衝撃。

車同士がぶつかった。

しまいにはガソリンに引火したのか大爆発。

その衝撃を受けた俺は初春を抱きかかえたまま道路を転がり、側面の壁に叩きつけられる。

 

「ぐ……」

 

なんとか初春を庇ったが、その代償に背中が猛烈に痛い。

コンクリートの壁が人体に優しいわけもないから当たり前だが。

 

「君も中々興味をそそられる存在だよ。片墨掘斗(かたずみぼると)」

 

見れば警備員は全滅したらしい。

倒れ伏す隊員たちと車体を背にその白衣を風ではためかせながら、木山は歩み寄ってくる。

 

「書庫(データバンク)には渦巻(ボルテックス)とだけあった。君がアンインストールプログラムを使用しなければ、私の手を介してその能力の正体を確かめられたかもしれないな」

 

「はは……」

 

なんだよあの先生。

しっかり名前をつけてるじゃねえか。

 

「悪いが少し眠っていてもらう。意識を失う程度の電流だ。安心したまえ」

 

木山が片手をかざすと火花が散る。

そして電流は放たれた。

木山いわく意識を失う程度の電流。

それを信用できるはずもなく。

 

「!」

 

初春を庇うように立つ。

咄嗟に右手を前に突き出して、当たる人間が俺だけに絞られるように。

そして───

電(・)流(・)は(・)消(・)え(・)た(・)。

 

「……不発?」

 

「そこのあんた!!」

 

目の前で起こった現象にわけもわからず固まっていると、いつの間にか現れた短髪の女子がこっちに向かって叫んでいる。

 

「あんたは初春さんの敵? 味方? 簡潔に答えて!」

 

「友達!」

 

「───ならよし! 初春さんをつれて下がって!」

 

未だ意識を失ったままの初春さんを抱えて走り出す。

いったいどこの誰かは知らないが───

 

「くらいなさい!」

 

先ほどの電撃が霞むような稲妻を放った彼女に任せる方が賢明だ。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「うう……」

 

「目が覚めたか?」

 

「片墨くん……ここは?」

 

初春が目を覚ました。

木山と電撃女との戦闘が始まってすぐのことだった。

 

「まだ道路。今電撃女が助けに来てくれたところだ」

 

「電撃……御坂さんですか!?」

 

急に立ち上がろうとし、ふらついた初春を支える。

電撃女が初春の知り合いであることが確定したが、あの激しい戦いの最中に飛び込ませるわけにはいかない。

ここは陸橋のような作りになっている。

つい先ほども大きな崩落があったばかりだ。

能力の二次被害よりも落下の危険の方が大きい。

 

「行かないと……!」

 

「おい!」

 

俺の手を振り切って崩落した現場へと向かう初春。

勇ましいのはいいが、荒事の心得があるわけではないだろうに。

 

「待てって、初は──」

 

「なんで、あんなことを……」

 

「──あれは表向き、AIM拡散力場を制御する実験とされていた」

 

崩れた道の下を見つめる初春の姿。

そこに近づくにつれて声が聞こえてくる。

話しているのはミサカさんと木山か?

 

「が、実際は暴走能力の法則解析用誘爆実験だ……」

 

初春の隣に辿り着いた。

崩れた道の下には予想通り2人の姿がある。

 

「AIM拡散力場を刺激して暴走の条件を知るのが本当の目的だったということさ」

 

「じゃあ!」

 

「アクシデントですらない。暴走は意図的に仕組まれたことだった……それを知ったのは実験のあとだったがね」

 

頭を抱え、言葉に怒りを滲ませる木山。

 

「あの子たちは一度も目覚めることがないまま眠り続けている……私たちはあの子たちを使い捨てのモルモットにしたんだっ!!」

 

「っ!」

 

「ちょっと待て」

 

陸橋の端にある階段へ向かおうとした初春の肩を掴む。

 

「離してくだ──」

 

「慌てるな!!」

 

「!」

 

初春が一歩を踏み出そうとした場所が音を立てて崩れ落ちた。

 

「あちこちボロボロなんだ。行くなら迂回するぞ」

 

「……はい!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

階段を急いで駆け下りたその先に。

苦しむ木山、それを見て狼狽えるミサカさんの姿があった。

戦闘の決着は着いたのだろうか?

初春がミサカに駆け寄ろうとしたその時。

 

「khsakjkj苦lhsop怒」

 

耳障りな声がした。

黒板を爪でひっかいた音と赤子の鳴き声が混じり合ったような異音。

それは、木山の背中から現れた。

 

「なんだ、あれは」

 

一言で表すのならば、胎児。

皮膚が透けて中身が丸見えになったような姿は一般的な胎児とは似ても似つかないが、それ以外に言い表すことはできない。

頭に天使のような光輪、背中にチューブのようなものを6本垂らしたその胎児は、身悶えしたかと思うと先ほどの異音を響かせた。

 

「があっ!?」

 

木山が胎児の放った衝撃波に吹き飛ばされる。

 

「ちっ!?」

 

陸橋の柱に叩きつけられるところで木山の体をキャッチすることができた。

予想以上に軽い。

不健康な生活の賜物だろうか?

 

「ははは……すごいな。AIM拡散力場を1万も集めるとこんなものが出来上がるのか。学会に提出すれば表彰物だな」

 

「悪いが、表彰の前にアレの説明を頼みたいんだが?」

 

「片墨くん!」

 

「ちょっと初春さん!? 離れないでって!」

 

初春とミサカさんが駆け寄ってくるのが見える。

胎児の方は───

 

「kay見idasl」

 

「……」

 

目が合った。

ぎょろりと魚の目を思わせるかっぴらいた赤い目が、こちらを見ている。

さっきまで暴れていた胎児が固まって一点のみを見つめていた。

 

「怖kot奇jsl」

 

胎児は異音を発しながら後退る。

まるで怖いものをみた子供のように震えながら。

そして、その場から動こうとしない。

 

「木山さん。なんかした?」

 

「私にはもはやなんの力もない。なにかできるとすれば、能力者の君だろう」

 

「赤子撃退(ベイビーブレイカー)って? そんな能力はごめんだな」

 

しかし、そんな膠着状態は長く続かなかった。

警備員が胎児目掛けて発砲を開始する。

胎児はこちらへの視線を切り、陸橋の上にいる警備員へと向かっていく。

恐らく攻撃に反応したのだろう。

しかし、警備員の攻撃は効いていないようだ。

それどころか、攻撃を受ける度に大きくなっているような気がする。

 

「ちょっとあんた! 初春さんを連れて下がってって言ったじゃない! なんで連れてきてんのよ!」

 

「違います御坂さん! ここに来たのは私の意思です!」

 

そんなことを考えていると2人が合流する。

どちらも怪我はしていないようだ。

 

「で、あれはなんなんだ?」

 

「……先ほど言ったとおりだ。あれは、幻想御手で束ねられたAIM拡散力場の集合体だろう。幻想猛獣(AIMバースト)と仮称しようか」

 

「どうやったら止められるの?」

 

「私の言うことを───」

 

「信じます」

 

信じられるのかと尋ねようとしたであろう木山の言葉に対して、初春は言い切った。

 

「……幻想猛獣を確立させているのは、幻想御手で束ねられたAIM拡散力場だ。その繋がりを遮断すれば恐らくは」

 

「幻想御手のアンインストールプログラムですね」

 

初春の言葉に木山は頷く。

俺が聞いたあの音楽を幻想御手の被害者に聞かせることができれば、あのバケモノの生命線を絶てる。

 

「上に行くぞ。警備員なら学園都市中の病院に繋げる非常回線くらい持ってるだろ」

 

学園都市全体の治安維持部隊だ。

持ってない方がおかしい。

 

「はい!」

 

「アイツの相手は私がするわ! 初春さんのこと頼んだわよ。傷でも負わせたら承知しないんだから!」

 

こわ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

階段を駆け上がった先には、未だに立ち続ける警備員が2人いた

 

「民間人は下がるじゃん! ここは危険だ!」

 

「民間人じゃありません!」

 

初春は風紀委員だけど、俺は民間人。

いや、今は黙っておこう。

初春が現状を説明すると、警備員の2人は設備の使用を許可してくれた。

警備員の車に乗り込んでいく3人へとついて行く。

 

「学園都市中に繋げます!」

 

「許可は私がとるじゃん! 思いっきりやりな!」

 

準備をあっという間に終えた初春が、アンインストールプログラムの音楽を学園都市中に流す。

その時、胎児が身悶えする。

 

「pwhia破jai死」

 

直後、胎児から熱線が放たれた。

その標的は───

 

「退避しろ!」

 

「ダメです、間に合いません!」

 

ここだ。

車から急いで降りたところでもう遅い。

熱線は俺たちを呑み込む。

──右掌が熱い。

自分の体が自分ではないようだった。

磁石に引き寄せられるような素早い動きで、この右腕が迫る熱線へと翳される。

──接触。

光線はその圧倒的な破壊力をもって俺たちを原子レベルに分解する。

は(・)ず(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

「!?」

 

収束する。

放たれた熱線の全てが、右掌へと急速に収束していく。

やがてその輝きは幻だったかのように消え失せた。

あとには何も残らない。

 

「か、片墨くん……? 今、何をしたんですか?」

 

「いや、それは俺にも───」

 

言葉をなんとか紡ごうとした時、雷神の咆哮が轟いた。

こちらに熱線を向けた幻想猛獣をミサカさんの放った巨大な稲妻が撃ち抜いたのだ。

怪物の体はぽっかりと開いた穴を中心にボロボロと消え去り、残骸の一つすら残さずこの世から消えた。

 

「これで解決か」

 

ぐらりと視界が揺れる。

重力に引かれて、体が地面へと叩きつけられた。

 

「片墨くん!?」

 

最後に視界に映ったのは、駆け寄ってくる初春の姿だった。

 

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