ズボンの左足を破いたアシンメトリーファッションの女は神裂火織と名乗った。
「ここか?」
その神裂から託された上条当麻先輩を背に、俺は年季の入ったアパートを訪れた。
ここに先輩のツレが居候しているらしい。
カタンカタンと階段を上がって、目的地の部屋の前に辿り着く。
備え付けのインターホンを押した。
「はーい」
ぱたぱたと足音が聞こえた。
ドアで隔たれているはずなのに中の音が筒抜けである。
セキュリティが緩い。
まあ、このアパートの外観を見て盗みに入る泥棒はいないだろうが。
それくらい、このアパートは学園都市の中でも異色だった。
ガチャっと音を立ててドアが開かれる。
現れたのは小柄な女だった。
神裂の話によれば先輩の学校の先生らしいが、随分と小柄だな。
「なにか──ひゃあああ!!」
驚くだろうな、そりゃあ。
夜中に血まみれの人間を背負った中学生が現れたら驚かないほうがおかしいと思う。
「小萌先生のお宅ですか?」
「警備員にれんら───上条ちゃん!?」
「そうです、上条当麻。ここにこの人のツレがいるって聞いたんで」
「と、とりあえず中へ入ってください! えっと、救急箱は───」
「とう、ま?」
部屋の中に白い修道女の格好をした一人の少女が立ち尽くしている。
「とうま!?」
少女は意識を失った先輩に駆け寄ってきた。
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「そっか、君が魔術師からとうまを助けてくれたんだね。ありがとう」
「助けられた……のか?」
現場に居合わせた時には既にボロボロ。
間に合ったかと言われれば怪しいと思うが。
「うん。ひどい怪我だけど、これなら2、3日で目を覚ますと思う」
「断言するんだな」
「私の怪我もこれくらいだったから」
コメントに困る。
医術に詳しいとかそういう話ではなくて、純然たる経験則からくるものだった。
「この街の人たちは優しいね。君もこもえもとうまも、人を助けることに躊躇しない」
「それはどうだろうな。君が会った2人が例外なだけだと思うけど」
「2人?」
「俺は、ただ気に食わなかっただけだから」
本物の善人なら、まず傷つけられている先輩を労わって助けに入ったはずだ。
俺はやっている側の表情にイラついて突っ込んだだけ。
初対面の人間に部屋を貸し与えたり、命を張ったりするのは上条先輩と小萌先生の特技だろう。
「でも、君のおかげでとうまが助かったことに変わりないから。本当にありがとうね」
「……ああ」
彼女の純粋な感謝の言葉が、どこかくすぐったかった。
「私の名前はインデックス。君の名前は?」
「片墨掘斗だ。よろしくな、インデックス」
「うん!」
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先輩が目を覚ましたのは、二日後の夜だった。
「……うう」
「とうま?」
死んだように眠っていた先輩がゆっくりとその瞼を開く。
「イン……デックス」
「気がついたんだね」
「ここは、小萌先生の家か」
先輩はその体を起こそうとする。
「起き上がらないで。まだ休んでいないと」
「……」
先輩は黙り込んで何かを考えている。
神裂は俺に最低限の情報しか喋らなかった。
神裂が学園都市の外から来た魔術師であるということと、上条先輩との間に何かしらがあったというだけ。
インデックスから話を聞いたところによると、インデックスは神裂を自分を狙う魔術師で、先輩が自分を守るために傷ついたと思っている。
でも、俺に先輩を託した神裂の様子が単純な対立構造の外にある何かを感じさせずにはいられない。
先輩はインデックスの顔に手を伸ばした。
「なあ、インデックス──」
「上条先輩」
先輩はこの部屋にインデックス以外いないと思っていたのか、驚いた様子でこちらを見た。
「お前はあの時の……まさか、運んでくれたのか?」
「はい。片墨掘斗っていいます」
「そう、か。とりあえず、ありがとう。助かった。でも───」
「今さら帰れとか言わないでくださいね。もう2日も面倒を見てんですから」
「2日!? あれから2日も経ったのか!? っていうか俺が目覚めるまで待ってたのかお前……」
そう、2日である。
魔術師だのなんだのはインデックスから聞いたし、なんならその魔術師に一発かましちゃっている。
話しぶりから何らかの組織に所属していることもわかった。
俺はその組織の一員に喧嘩を吹っ掛けたことになる。
……その本人に止めにはいったことを感謝されてはいるが、他の連中はどう思うかはわからない。
面子を潰されただのなんだのと言って、映画のように追われる身になるかもしれないのである。
なのでこっちとしては、だ。
上体を起こした先輩の耳元で喋りかける。
「神裂との間になにがあったのか、洗いざらい喋ってください。もうこっちはとっくの前に首を突っ込んじまってるんですから」
「それは……」
先輩の目がインデックスを一瞬見た。
そうかそうか。
インデックスがいると話づらい内容なのか。
「インデックス。先輩は腹が減ったみたいだ。材料は買ってきてあるから、なにか作ってくれるか?」
「うん、わかった。待っててねとうま。美味しいお粥を作ってくるから」
インデックスは台所に向かって行く。
「じゃ、話してくれますよね」
「……神裂たちはインデックスの仲間なんだ」
……悪い予感ほど当たるというが、これほどとは。
インデックスは赤髪で神父服の男と神裂に襲われたと言っていたが、それが仲間?
仲間にどんな理由があって大怪我を負わせる?
先輩があの夜に神裂に投げかけた言葉の意味を俺はようやく理解できたらしい。
「なんで仲間に襲われるんですか?
「インデックスを……助けるためだ。インデックスは完全記憶能力を持ってる。10万3000冊の魔術の本を丸暗記できるくらいのな。でもそのせいで脳の容量の85%が使われちまっていて、残りの15%を使い切ると死んじまう。だからあいつらは1年おきにインデックスの記憶を消しているんだ」
「……それ、騙されてません?」
「いいや、神裂が嘘を言っているようには───」
「いや、そっちじゃなくて」
完全記憶能力……
学園都市の能力開発とは別軸の脳の神秘というやつ。
仮にインデックスがそうだとして、本の内容を覚えるだけで85%も脳の容量を埋められるわけがない。
脳に関してはうんざりするほど授業で習ったから断言できる。
「人間の脳って、理論上は140年くらいの記憶を保存できるんですよ?」
「……はい?」
「……あの、先輩って本当に高校生ですよね? 中1の俺でもそれくらいは知ってますよ?」
「待て待て待て! それじゃあなにか? インデックスの記憶容量云々の話は全部嘘っぱちだってのか!?」
「付け加えると……ほら。今携帯で検索しましたけど超記憶症候群持ちをカミングアウトしてる人ってもう大人ですよ」
授業の具体例として名前を何人か聞いたから、試しに検索してみればヒットした。
38のキャリアウーマンの記事を先輩に見せる。
「うそぉ……」
「さらにもっと根拠を足します。えっと、インデックスって何歳ですか?」
「見た目から……片墨と同じくらいじゃないか?」
「じゃあ13歳と仮定します。計算をしてみましょうか」
「計算っていったい何の?」
「魔術書の容量」
携帯にまず365×13と打ち込む。
答えは4745。
ざっくりとだが、インデックスはこの日数を今まで生きてきたとしよう。
「で、これを24時間換算にする」
4745×24時間。
答えは11万3880時間。
それをさらに分単位にする。
11万3880時間×60分。
「683万2800分。まあ、これくらいでいいでしょ。あとはこれの85%を出すだけ」
683万2800分×0.85。
答えは580万7880。
最後はこの数値に10万3000で割る。
答えはすぐに出た。
「先輩、約56分ですよ。せいぜい海外ドラマ1話分が関の山です」
というか、この計算だと生まれてから休まずに1時間弱のペースで魔導書を丸暗記したことになる。
実際はインデックス自体が文字を読めるようになるまで数年はかかってるだろうし、睡眠時間や食事時間を差し引けば1冊に40分もかかっていないはずだ。
「魔術書自体が記憶を圧迫するファンタジーな呪いを持ってるなら別ですけどね」
「はは、はははははははははははは!!」
俺が並び立てた証拠を前にして、先輩は力強く笑った。
「そいつはないな。呪いならこの右手で打ち消せる」
「右手?」
「
「じゃあ」
「ああ。記憶の圧迫は嘘っぱち。神裂たちも騙されてやがるんだ。くっそ、こんな簡単にわかっちまうとはよ。しかも後輩に諭されるとか、情けねえ」
情けなくはないと思う。
先輩からしてみればインデックスを狙う敵の正体に衝撃を受けただろうし。
言ってしまえば途中参加の自分だから容易に気づけたと言えるのではなかろうか。
……脳の容量の話は、先輩の勉強不足だと思うけど。
「待てよ……ならインデックスの頭痛はなにが原因なんだ?」
「頭痛ですか?」
「ああ。記憶容量が限界になると頭痛が起きるって」
なんだそりゃ。
仮に脳の容量がいっぱいになったら頭痛程度じゃすまないだろうに。
「それこそ魔術ってやつじゃないんですか?
「でも、もう右手でインデックスには触れたんだよな……」
「先輩の右手って、触った部分にしか効果ないんですか?」
「ああ」
「じゃあ、まだ触れてないところにあるとか」
「触れてない?」
「例えば──」
「お待たせ! できたよ! 会心の出来だから期待してくれていいかも」
どうやら時間切れのようだ。
インデックスが木製のお盆に3つの湯気の立つお椀を乗っけて歩いてきた。
「3つ?」
「私とぼるとの分だよ?」
「そうか、ありがとうな」
「いいんだよ。ほら、二人とも食べて。感想を聞かせてほしいな」
見た目はシンプルなお粥だ。
「「いただきます」」
レンゲに掬って口に入れてみる。
うん、美味しい。
米の甘みと僅かに足されたであろう塩の味がベストマッチ。
やっぱり米にはしょっぱいものが合う。
「美味いな」
「はい。お粥ってあんまり食ったことないんですけど、結構イケるっすね」
「えへへ……」
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夜。
インデックスが眠りについたことを確認して、俺たちは密かに会話の場を設けることにした。
音を立てないように扉を開け、外に出る。
「……よし」
「じゃ、話の続きをしましょっか。
「ああ、全員でな──いるんだろ? ステイル。神裂」
先輩の呼びかけに帰ってきたのは長い沈黙だったが、そのあとに2人の足音が聞こえてくる。
やってきたのは神裂と赤い神父服を着たステイル(仮)。
最初に口を開いたのはステイルだった。
「能力者が2人揃って夜逃げの相談かい?」
「はっ! んなわけねえだろ」
「では何の目的で私たちを呼び出したのですか? よもやまとめて倒そうというわけではないのでしょう?」
とりあえず出会い頭の交戦は避けられた。
ここまでは予定通り。
次は上条先輩が話を切り出す。
「──わかったことがある。まず、記憶のパンクの話だが、あれは嘘っぱちだ」
「聞くに堪えないね。いいかい、君たち素人は───」
「いいから黙って聞けよ魔術師。これは能力とか魔術の話じゃない、れっきとした人体の話だ。少しでも気になるなら自分から調べて見ろ」
「……今ここで君たちを始末することもできるって思わないかい?」
ステイルがタロットカードを取り出した。
「待ちなさい、ステイル」
それを神裂が制した。
「……なんの真似かな、神裂」
「今ここで彼らを始末すれば、彼女がどんな対応をとるかわかりません。迂闊に刺激するのは控えるべきです」
「君が殺したくないだけじゃないのかい?」
「…………」
「……わかったよ。どうせ結末は決まっているんだ。知ったかぶりの素人の意見を聞かせてもらおうじゃないか」
話の舞台は整った。
あとは上条先輩の口にかかっている。
インデックスを助けるために万全の体制を整えなければならない俺たちに欠けているのは魔術の視点……つまり、魔術師。
ここで味方にできるかどうかで、今後の対応が変わってくる。
「まず最初に言わせてもらう───お前ら、インデックスを助ける気ないだろ」
「……君は僕たちを怒らせたいのか?」
「140年」
「……なんの話ですか?」
「人間の脳の容量だよ。普通の人間は一生使い切れないらしいぜ。で、だ。そんなことも知らないお前らは、いったい今まで何をやってたかって聞いてんだよ!!」
まずい、人選をミスったかもしれない。
上条先輩、思ったよりこいつらの騙されっぷりにブちぎれてるかも。
「上条先輩───」
「わかってる……インデックスはな、魔術に苦しめられてんだよ。記憶の容量じゃねえ」
「それは……いったいどういうことですか?」
「神裂! 脳を弄り回された連中の戯言だ。まともに聞く必要はない」
「だったら精々突っ立ってろ……いいか。さっきも言った通り、インデックスは魔術で苦しんでる。これを見ろ」
上条先輩が俺の携帯で撮った画像を見せる。
それはインデックスに頼んで撮らせてもらった喉の奥の写真だ。
撮らせてもらうのに「虫歯があるかもしれない」でゴリ押しするには苦労した。
2人はその写真を見て凍り付いたように固まる。
「これは……呪印!?」
「対象に負荷をかけ続けるためのもの───まさか、これがインデックスの中に!?」
自らの根底を覆す事実を叩きつけられたことで動揺を隠せていない。
今か。
「素人目線で申し訳ないけど、俺からも言わせてくれ」
「……なんですか?」
「10万3000冊の魔術書は魔術師がこぞって狙いにくるものなんだろ? そんなものを握ってる人物を外になんの策もなしに放り出すほど、あんたらのトップは間抜けなのか?」
「「!」」
思うにインデックスと神裂たちは、互いを縛る鎖だ。
インデックスの記憶処理を理由に神裂たちが身の回りを警護する。
それで10万3000冊は守られる。
インデックスに呪印とやらを与えたのは神裂たちがインデックスを他の組織に絶対に連れ出さないため。
記憶を消去することが助かる道だと思わせたのも、恩義で神裂たちを縛りつけるためだ。
悪意だらけの鎖で、インデックスたちは絡み取られている。
でも、
「俺ならできる。この幻想殺しなら、インデックスを苦しめる魔術を消し去ってやれる。でも! その時、なにが起こるかは俺たちにもわからない。他にも罠が仕掛けられてる可能性だってある。だから、お前たちの力が、知識が必要なんだ!」
「……」
「……」
「……こんな時を待ってたんじゃないのかよ。インデックスをこれ以上傷つけずに済む。自分たちで断ち切った繋がりを結び直せる。そんなありえないはずの奇跡を願ってたんじゃないのかよ!!」
ここからは論理じゃない。
上条先輩の呼びかけに答えてくれるだけの希望が、あの2人に残っているかどうかの賭けだ。
「いい加減に始めようぜ……魔術師!」
上条先輩が差し出した手。
それを神裂が掴み取る。
賭けには勝った。
「……私は、仲間外れ?」
そして肝心なところで失敗した。
インデックスが起きていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…………」
多分、今世紀最大に気まずい空間と化した小萌先生のお部屋。
1つのテーブルを挟んで、上条先輩と俺と神裂とステイル。
その対面にインデックスが座っている。
仮初ではあるが「インデックスを救う」という1点で団結した俺たちだったが、主に上条先輩の声がデカすぎた。
途中で起きてきたインデックスが話をまるっと聞いているとは思わなかった。
「その、インデックスさん?」
「ぷい」
どうすんだよ、この空気。
「そんな目で俺を見るな!」
「先輩のせいなんだから責任取ってくださいよ」
「どうしろと?」
「とりあえず謝ってみます? 俺も一緒に謝るんで、どうにか……」
「よ、よし。せえのでいくぞ。せえの───」
「「ごめんな───」」
「だめ」
俺たちの謝罪はにべもなく撥ねつけられた。
取り付く島もない。
「……2人で無茶しようとした」
「いや、それは───」
「話は聞いてたよ。私を助けるためだってこともわかってる。でも、本人に話は通すべきだと思うの」
「まあ、正論だな。本当に申し訳ない」
「ぼると……とうまはぼるとの先輩なんだから、もっとしっかりしないと駄目だよ」
「うん、それは俺もつくづく思ってる。もうちょっと先輩の威厳ってやつを───」
「いや、もう手遅れですよ」
「うそん」
「そして───」
インデックスの目が剣吞なものへと変わる。
視線の先には魔術師組。
「──本当なの? 全部、私を守るためだったって」
「インデックス」
「とうまは静かにしてて」
インデックスの目は魔術師2人から離れない。
法廷に立たされた罪人のように2人はどこか諦めたような表情をしている。
「……インデックス」
それでも、神裂は言葉を振り絞るように名前を呼んだ。
「私たちのしてきたことは到底許されることではありません、ですが───」
「魔術師」
神裂の言葉を遮ったのはインデックスだった。
「質問に答えて。嘘なのか、本当なのか」
神裂は少しの沈黙の後、その首を縦に振った。
それが神裂の精一杯の返答だった。
「……わかった。とうまとぼるとが信じた人たちなら、私も信じる」
「……! ありがとう、ございます」
どうやら、話は拗れずに済んだらしい。
これでようやく本題に入れる。
「私の呪印をとうまの手で破壊する気なんだよね。いいよ。やってみて」
「……いい、のか?」
「見た限りだと術式はシンプルなもの。破壊すれば効果は消えると思う。問題はその後になにかが仕込まれてる可能性だけど……」
インデックスは最初に魔術師組を見た後、最後に俺と上条先輩を見た。
「守ってくれるんでしょ?」
その言葉に気合が引き締められた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上条先輩の手が、インデックスの呪印に触れた。
変化はすぐに起きた。
「うおおおッ!?」
上条先輩がインデックスから弾き飛ばされる。
畳の上を派手に転がった先輩はすぐに起き上がった。
「やはり、何か仕組まれていましたか」
ゆっくりと立ち上がったインデックスはその目は正気ではなかった。
よく見れば赤い魔法陣のような図形が浮かんでいる。
「───警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum────
無機質な言葉の羅列を並べ、凍り付いたような無表情を浮かべるインデックス。
その姿に唖然とする魔術師たち。
「魔力がなかったのではないのですね。外敵を阻む術式、そのためだけに───」
「本当に、どこまでもふざけたことをしてくれる──!」
「……じゃあ、始めようぜ。お前ら。こっからが本番だあああ!!」
上条先輩が右手を構えて特攻する。
狭い室内、インデックスの元までつくのに5秒とかからない。
だが、
「───侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました。これより特定魔術『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」
突如としてインデックス顔の前に2重の魔法陣が奔る。
それが爆発を起こし、火花が散った。
黒い火花だった。
空間を裂く亀裂のように見えるそれから放射されたのは光の柱。
それが接近した上条先輩へと襲い掛かる。
「う、おおおおおおおおおおおおおお!!」
上条先輩は右手で受け止めた。
しかし、消えない。
異能を消し去る幻想殺しが消しきれないほどの質量の暴力。
「上条先輩ッ!!」
走り出す。
右掌の熱さが前身に伝播する。
紋様が広がったことは確認するまでもなくわかった。
この力はなんとなくわかってきた。
身体能力の向上と能力を吸い込む力。
もしかしたら───
「───Salvare000!!」
神裂が何かを叫び、日本刀を引き抜いた。
放たれたのはあの夜の7つのワイヤー、それがインデックスの足元の畳を切り裂く。
足場を失ったインデックスが仰向けに倒れ込むと、光の柱がまるでレーザーカッターのようにアパートの天井を寸断した。
破壊されたものが変化し、なんの効果があるかもわからない光の羽へと姿を変える。
「今だ!」
攻撃から解放された上条先輩が再びインデックスの元へと駆け出すが、それよりも立ち上がるインデックス動きが早かった。
「───
しかし、またしても光の柱は防がれる。
突如として現れた炎の巨人が上条先輩の盾になった。
「行け、能力者!」
上条先輩がさらに一歩を踏み出したその時だった。
「───術式の平行展開に成功。破壊対象、上条当麻」
インデックスの顔の前にあった亀裂が広がる。
新たに現れた亀裂から2本の光の柱が上条先輩に向かって迫った。
「おおおおおおおおおおお!!」
そこに飛び込み、右手をかざした。
光の柱が、
思った通りだった。
この力は魔術相手でも通じる。
「行けッ! 先輩!」
「おうッ!!」
上条先輩がインデックスに迫る。
羽が舞う。
「───まずは、その幻想をぶち殺す!」
先輩の右手が展開された魔法陣を紙のように引き裂く。
呆気なかった。
受け止め、逸らすことが精一杯の攻撃がまるで障子の壁を突き破るように。
インデックスが崩れ落ちる。
「終わった……?」
足を止めると振り散る羽の一枚が右手に吸い込まれた。
「───!?」
まだ、終わってない。
この羽は危険だ。
「上条先ぱ───」
ひらりと、1枚の羽が先輩の頭上に舞い落ちる。
───そして、先輩は死んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「記憶破壊……」
蛙顔の医者はそう言った。
いわく、記憶を保存する脳細胞が焼かれていると。
インデックスの解放の代償として、全ての思い出を。
先輩を「上条当麻」たらしめていたもの全てを失った。
「インデックス……」
インデックスは先に先輩の様子を見に行った。
どんな空気になっているのかなんて考えたくもないけれど、俺もその後に続くことにした。
「……ついてくるんすか?」
「患者の経過を見に行くのは医者の務めだからね」
「そうですか」
病院の廊下を歩く。
すぐに上条当麻のネームプレートが貼られた病室に辿り着いた。
「もう! とうまのバカ! アホ! すっとこどっこい!!」
「オイ待て!! その獰猛な牙をお仕舞くださいってあああああああああああああ!!」
……思ってたのと違った。
「もう! もう! 心配したんだから!! とうまのバーカ!!」
「痛い痛い!! 俺の頭は味付けなんてされてねえから噛み付くな!! 目ぼしいものをなんでもかんでも口に入れる乳幼児ですかこのヤロー!!」
「私は子供じゃない!!」
「あ、あ、待ってまって。俺病人、ここ病室!!」
病室ではなんとも微笑ましい理想が繰り広げられていた。
上条先輩が記憶を失わずにいたら、きっとこんな光景が広がっていたのだろう。
「……君は、気づいてるね?」
「ええ───記憶、戻ってませんね」
上条先輩の震える指先を見ればわかる。
あれは痛みをこらえているわけじゃない───これで合っているか、という不安の表れだ。
散々上条先輩を痛めつけたインデックスが怒りながら病室を立ち去っていく。
その姿が遠くに消えるのを確認して、俺は病室をノックした。
「はーい」
「よっす。元気そうじゃねえか」
「──無茶言うなって。こっちは怪我人なんだぜ?」
「ま、夏休み明けまでには治しとくこったな。じゃないと彼女が心配するぞ?」
「か───お、お前には関係ないだろ」
「あ、嘘です。先輩に彼女はいません」
「は?」
「ついでに俺は後輩です。同級生だと思いましたか? 残念でしたね」
「……その、このことは」
「言いませんよ。絶対にインデックスには」
上条先輩は気まずそうにこちらを眺めている。
まあ、この嘘はすぐにばれるような気もするけど。
「とりあえず自己紹介を。俺は片墨掘斗……どうぞよろしく。上条先輩」
断ち切られた糸は、また紡ぎ直せばいい。
時間は山ほどあるのだから。