フリーナ・ドゥ・フォンテーヌと魔法の世界 作:とりあえずお茶
翌日、朝起きると体が怠かった。立ち上がるとくらくらとする。医務室に行くと、マダム・ポンフリーに即座にベッドに放り込まれた。
「疲労と風邪です。今日一日、そこで大人しくしていなさい。」
「……今日のハロウィンパーティーは?」
無言で睨まれて、僕は口を閉じた。どうやら代表選手の選出は見られなさそうだ。それにかぼちゃジュースやパンプキンケーキも。セドリックとフラーが選ばれることを祈っておこう。
宿題も禁止されたので、手持ち無沙汰に医務室の天井を見上げる。天井の模様を適当に目で追っていると、聞き慣れた声がした。
「大丈夫ですか?」
首を傾けるとベッドの脇にミネルバが立っていた。身を起こそうとすると静止される。
「安静にしていなさい。」
「ただの風邪だって。」
「そうですか。」
ミネルバは少しほっとしたように息を吐いた。
「すぐに治るさ。心配いらない。」
「あなたは少し危なっかしいところがありますから。」
「そうかい?」
心外だ、という気持ちを込めてそういう。
「ええ。きちんと自覚してください。」
ミネルバはベッドの脇のテーブルにクッキーの箱を置いた。
「あまり長く喋るのもよくありません。また会いましょう。」
医務室の扉から出ていくミネルバの背中を眺める。もう少し長くいてくれもいいのに、と思ったが口には出さなかった。
しばらくクッキーの箱を眺めていると、今度はセドリックがやってきた。
「やあ、風邪を引いたって聞いてお見舞いに来たんだ。」
少し意外に思ってその顔をまじまじと見つめる。同じ寮の先輩だし知らない仲ではないけど、わざわざお見舞いに来てくれるとは思っていなかった。
セドリックのまわりにはいつも大勢の人がいて賑やかだ。だが、今日は誰もいなかった。
「今日は一人かい?」
「お見舞いに大勢で押しかけるのも迷惑だろう?」
無言で肩をすくめる。
「もうゴブレットに名前は入れたのかい?」
セドリックはにやりと笑った。
「今から入れに行くところさ。」
「そうか。応援しているよ、ハッフルパフの星。」
セドリックは驚いたように目を何度か瞬いたあと、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう。……お見舞いにきてこっちが応援されるなんて、なんだか変な気分だ。」
「いいじゃないか。そういうこともあるさ。」
セドリックはお見舞いの品だといってかぼちゃジュースと箒クリームを置いて去っていった。
もしかしたら、セドリックも一人になりたいときがあるのかもしれない。なんとなくそう思った。
それから何人か医務室への出入りがあったが、衝立に隠れて顔は見えなかった。マダム・ポンフリーが呆れながら何か薬を渡していた。年、とか、髭、とかいう言葉がかすかに聞こえてきた。
次にやってきたのはハリーたち三人組だった。最近、ミネルバの言っていた「いつもの三人組」が誰なのか、僕には薄々分かってきた。なにせ特徴が全く一緒だ。どうやら関わらないようにしようという僕の決意は、決意したときから失敗していたらしい。そうだと分かっても、別に嫌だとは思わなかった。
ハリーたちは朝食に出たのだろうお菓子やケーキを腕いっぱいに抱えていた。
「やあ、ハリー、ロン、ハーマイオニー。」
「やあ、フリーナ。食べる?」
病人に渡す量じゃないだろうと思いながらも、僕はありがたくパンプキンケーキを一つ貰った。残りのお菓子はベッド脇に積み上げられた。そのお菓子をみんなでつまみながら話す。
「そうだ、聞いてくれよ。」
そういってロンがフレッドとジョージが年齢戦を老け薬で突破しようとした話を聞かせてくれた。
「いやー、傑作だったね!ダンブルドアみたいな真っ白い髭が生えてきたんだ。玄関ホールが大爆笑さ。」
白い顎髭を生やしたあの双子の絵面を想像してみる。確かにそれは見逃すには惜しい光景だった。
「グリフィンドールからもアンジェリーナが立候補したんだ。」
ハリーがそういった。それから顔をしかめて続ける。
「噂だけど、スリザリンからはワリントンが名前を入れたって。」
「アンジェリーナが選ばれるといいな。」
ハーマイオニーもそういった。僕は曖昧な笑みを浮かべた。二つとも知らない名前だ。
「かわいこちゃんぶったディゴリーよりよっぽどいいぜ。」
わざとらしく咳をする。
「僕は彼を応援するよ。」
ロンが少しバツが悪そうな顔をした。
そのとき、ハーマイオニーの顔が興奮でパッと輝いた。
「そういえば私、あなたにS.P.E.W.に入会するように頼んでなかったわ!」
「ゲロ(spew)?」
首を傾げる。聞き間違いだろうか。
「しもべ妖精福祉振興協会よ。」
ハリーとロンはうんざりした顔をした。
「魔法界ではしもべ妖精が不当に搾取されているの。給金も休暇もなく、服を与えられるまで働かせ続けられる。信じられる?ホグワーツ城にもしもべ妖精は何百人も働いているのよ。」
僕は突然具合が悪くなった。
「あー、すまない。熱が出てきたみたいだ。僕は少し休むよ。」
「そっか。じゃあ僕達はこれで。元気になったらまた外でクィディッチしよう。」
ハリーがこちらに目配せをして立ち上がった。ロンとハーマイオニーも一緒に立ち上がる。
「またな。」
「早く元気になってちょうだい。」
そういって三人組は医務室の扉を開けた。ちょうどそのとき、入れ替わりでフラーが入ってきた。途端にハーマイオニーが不機嫌になった。ロンがフラーのことを呆然と目で追いかける。フラーはその視線を気にしたふうもなく入ってきた。背後で医務室の扉が閉じた。
「やあ、フラー。」
「風邪を引いたと聞きまーした。」
「お見舞いに来てくれたのかい?ありがとう。」
フラーは高慢に笑った。
「違いまーす。宣戦布告でーす。」
そういうと僕を睨む。
「私はあなたに負けませーん。例えあなたが出場しないとしても、競う機会が消えるわけではありませーん。」
そういうと、綺麗に包装されたお菓子の箱をベッドの脇に置いた。色とりどりのマカロンだ。
「早く元気になってくださーい。」
それだけいうと、立ち去ろうとする。……なんだ、結局、お見舞いじゃないか。その背中に声をかける。
「君が代表に選ばれるのを楽しみにしているよ。」
「当然でーす。」
フラーは立ち止まると、振り返らずにそういって去っていった。マカロンを一つ食べると、溶けるようにして口の中で消えていった。美味しい。
しばらく医務室は静かだった。髭を生やして医務室を訪れる人もいなかった。徐々に熱が上がってきたのか、熱いのに寒いという奇妙な感覚がした。布団を首元まで持ち上げる。
気が抜けていたのだろうか。フォンテーヌにいた頃はこんな簡単には風邪を引かなかった。風邪を引くわけにはいかなかった、というべきだろう。神様が風邪を引くはずがないのだから。……だけど、もう気にする必要もない。
吐き出す息が熱い。静かな医務室に自分の呼吸の音だけがこだまする。苦しかったが、目を閉じるのは怖かった。今、目を閉じたら悪夢を見そうだった。
熱に浮かされながらうつらうつらとしていると、突然扉が開いた。一気に医務室のなかが賑やかになった。ハッフルパフの同級生たちが入ってきた。僕が驚いていると、彼女たちが口々に口を開いた。
「ねえ、フリーナ。さっきボーバトンの子とすれ違ったんだけど、あの子もお見舞いに来たの?」
「あっ、これお見舞いのお菓子ね。」
「風邪引いちゃったかー。まあ、昨日寒そうだったもんね。」
「どういう関係なの?もしかして親戚とか?幼馴染とか?」
「セドリックが選ばれるといいなー。」
「フリーナは誰が代表選手に選ばれると思う?」
「ねえ、見て!クラムのサイン貰っちゃった!」
そのとき、僕は見た。鬼の形相のマダム・ポンフリーが彼女たちの後ろに立っているのを。
「療養の邪魔です!出ていきなさい!」
彼女たちは少し残念そうに手を振った。
「早く元気になってね!」
「あとで晩餐会の食事をとってきてあげる。」
「じゃあねー。」
「また明日。」
そういって彼女たちは去っていった。少し笑う。嵐のような一団だった。
目を閉じる。今度は悪夢を見なさそうだった。
目を開けると、もう外は夕方だった。少し体が楽になっている。
「こんばんは、フリーナ。それともおはよう、かのう。」
ベッドの脇にダンブルドアが立っていた。透き通るような青い目がじっと僕を見つめていた。
「こんばんは、ダンブルドア校長。」
驚きながら身を起こす。
「ホグワーツでの生活はどうかね?何か、困ったことや問題はないかね?」
「いいえ、とくには。」
「聞いているかもしれんが、ホグワーツが君のような編入生を受け入れるのは実に稀なことなのじゃ。わしの先輩にも一人、編入生がいたのじゃが、なかなかに破天荒なお人じゃった。」
ダンブルドアは何かを思い出したのか、おかしそうに笑った。
「しかし、心配はいらなかったようじゃの。」
ダンブルドアはベッド脇に積み上がったお菓子の山を見て微笑んだ。
「老人というのは必要以上に心配になってしまう生き物のようじゃ。ふむ。何かわしに話したいことはないかね?」
心を見透かすような目がじっと僕を見つめた。僕はふと思いついたことをいった。
「そうですね……。ときどきでいいから、大広間でフランス料理が食べられると嬉しいです。」
ダンブルドアは少し意表を突かれたような表情を浮かべ、愉快そうに笑った。
「しもべ妖精たちに伝えておこう。」
「校長!」
そのとき、マダム・ポンフリーが校長を見つけて驚いたような声を上げた。
「病人に必要なのは静かな時間です。退出してください。」
「おお、まさしくその通りじゃ。では、フリーナ。おやすみ。よい夢を。」
「さあ!」
マダム・ポンフリーは容赦なく校長を追い出した。
「まったく。さあ、これを飲んでください。」
マダム・ポンフリーは振り返ると、僕にぽこぽこと泡立つ黄色い液体を渡した。思わず顔を引き攣らせる。だが、選択肢はなかった。マダム・ポンフリーが早く飲めと言わんばかりにこちらを睨んでいた。思い切って飲むと、案外悪くない味がした。耳から勢いよく煙が吹き出す。
「今日はゆっくり眠って、明日には退院してよろしい。」
「……やっぱりハロウィンパーティーはだめかい?結構体調もよくなってきたんだが。」
「もちろんだめです!風邪を引くのは疲れがたまっている証拠です。あなたにはパーティーよりも休息が必要です。」
マダム・ポンフリーは僕をベッドに寝かせて去っていった。
いつの間にか日が沈み、窓からは綺麗な月が見えていた。今頃ハリーたちはハロウィンパーティーを楽しんでいるだろうか。それとも、もう代表選手が選ばれるのだろうか。
月をぼうっと眺めていると、いつの間にか眠っていた。
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