フリーナ・ドゥ・フォンテーヌと魔法の世界 作:とりあえずお茶
起きるとベッド脇の窓から眩しい朝日が差し込んでいた。見知らない天井だ。周囲を見回して、ようやく医務室で眠っていたことを思い出す。大きく伸びをして、朝日を目一杯浴びる。一晩寝て、すっかり風邪は治っていた。
マダム・ポンフリーにいくつか検査をされた後、僕は退院を許可された。他の生徒はまだ起きていないようで、廊下は静かだった。いつもの騒がしいホグワーツを知っていると、まるで別の場所のように感じられる。
なんだか少し得をしたような気分になりながら、玄関ホールに降りる。お腹がぺこぺこだ。もう朝食は用意されているだろうか。
大広間に入ろうとしたとき、後ろから声がかけられた。
「もしかして、ミス・ドゥ・フォンテーヌですか?」
振り返ると、ダームストラングの制服を着た生徒がいた。その顔を思わず二度見する。いや、ビクトール・クラムじゃないか!
「えっと、確かに僕がそうだけど、どうしたんだい?」
「ヴォくはビクトール・クラムです。ミスター・バグマンから、あなたのことを聞きました。ワールドカップで、大勢の人を助けたと。」
クラムは少し言葉を探すように口を閉じた。
「選手の一人として、感謝させてください。」
「そんなに大したことはしていないさ。フラー、あー、ボーバトンのフラー・デラクールって分かるかい?」
「ええ。彼女もヴォくも、代表に選ばれました。」
「そうか!それはおめでとう。」
後でフラーにもお祝いを伝えよう。
「彼女に助けてもらったんだ。彼女は仮面の一団と勇敢に戦った。お礼なら彼女に言ってくれ。」
「そうですか。では、彼女にもお礼を言います。……ですが、あなたにもお礼を言いたい。ありがとうございました。」
そういってクラムは真摯に礼をした。
「……なんだか照れるね。」
こほん、と咳払いをして話題を変える。
「ところで、いつもこんなに朝早いのかい?」
「毎朝、練習しています。」
「クィディッチ選手も大変なんだね。」
そのとき、大階段の方から誰かの声が聞こえてきた。
「ねえ、今のクラムじゃない?」
クラムが少し顔をしかめた。どうやら彼はあまり注目されることが好きではないらしい。その思いは僕にもよく分かった。目を見合わせて肩をすくめる。
「それじゃあ、また。頑張ってくれ。クィディッチも、三校対抗試合も楽しみにしているよ。」
僕はクラムと別れて、ハッフルパフのテーブルで食事をとった。そういえば、ホグワーツの代表は誰になったんだろうか。
朝食の後、僕は外に出た。二日前の寒さが嘘のように、少し汗ばむほどの陽気だ。こんな日和の日に屋内にいるなんてもったいない!黒い湖のほとりに行くと、少し水気を含んだ涼やかな風が湖面を渡って吹き付けてきた。
せっかくだ。最近作った魔法を試してみよう。そっと湖面に足を乗せる。足はガラスのような湖面を踏みしめて、体重をかけても沈まない。よし、いける!
数歩、湖の上に踏み出して、湖面の上で足踏みをする。それから何度かジャンプしてみる。それでも沈まないことを確認して、僕は湖の上を走り出した。腕を広げて風を全身に感じながら思わず笑いをこぼす。
しばらく走ったところで足を止める。下を見下ろすと、水は暗く水底はとても見通せない。少し上がった息を整えていると、ふいに足が水に沈んだ。
「あっ。」
そういえば、魔法をかけ直すのを忘れていた。
水面で太陽の光が波打っている。それを湖のなかから見上げながら、綺麗だなと思う。静かだ。
杖を振ると、水の中でも息が出来るようになった。ぷくぷくと浮かんでいく泡をぼんやりと見上げていると、ふと水の底から青白い何かが伸びてきた。
「ごぼごぼごぼ(うゎー、一体なんだ!)」
逃げようともがく足を触手に掴まれ、湖面の上に吊り下げられる。ぐるぐると回る視界に驚いていると、ぽいっと岸辺に投げ出された。
「えーっと、大丈夫?」
目を開けると、びっくりした顔のハリーが傍らから覗き込んできた。
「ずいぶん斬新な登場の仕方だね。」
「僕だって好き好んでこんな登場をしたわけじゃないさ!まさか湖の中にあんな凶暴な怪物が住んでいるなんてね!」
「大イカは溺れそうになっていたから助けてくれたんだと思う。」
「なるほど、まあ、そういう解釈もあるかもしれないね。」
……どうやら魔法の失敗までは見られていないらしい。ローブについた埃を払って立ち上がる。魔法でローブの水気をとりながら、話しかける。
「ところで、君はこんなところに一人でどうしたんだい?」
ハリーはなんとも言えない顔で遠くの空を見た。
「フリーナは代表選手のことを知ってる?」
「フラーとクラムが選ばれたって聞いたよ。ホグワーツは誰になったんだい?」
ハリーは少しためらったあと、こういった。
「セドリックと僕だ。」
僕は思わず首を傾げる。
「えっと、それはおめでとう。というか、二人も選ばれたのかい?」
選ばれたにしては浮かない顔のハリーを奇妙に思う。
「僕は名前を入れてない。ムーディ先生は誰かが炎のゴブレットに錯乱の呪文を使ったって言っていた。」
「大変じゃないか!」
ハリーは振り返った。
「……信じてくれるの?」
「もちろん!だって君は入れていないんだろう。君がそういうなら僕はそれを信じるさ。」
ハリーは安堵してほっと息を吐き出した。それから、昨日の夜に何があったのかを話した。ゴブレットから自分の名前がでたこと、自分の意思で名前を入れたのではないと言っても誰も信じてくれなかったこと、そしてロンのこと。
「僕は君ほどはロンのことを知らないけれど、君たちはとても仲がいいんだろう?だったらきっとロンも分かっているさ。ただ、きっと時間がいるんだ。」
まあ、僕にも友達と喧嘩した経験なんてないんだけど。
ハリーはどこかすねた顔をした。
「ハーマイオニーみたいなことをいうね。」
「つまり、正しいってことさ。」
僕たちは目を見合わせて、同時に吹き出した。
「そうだ!僕がインタビューへの対応の仕方を教えてあげようか?これでも少し心得があるんだ。」
ハリーが呆れたような顔をした。
「フリーナってときどきロックハートみたいなことをいうよね。」
「誰だい、それ?」
「あー、有名なファンタジー作家、かな。」
「魔法界にもファンタジー小説があるのかい?」
ハリーは返答の代わりに、なんとも微妙そうな顔をした。
週が開けるとますますハリーを取り巻く状況は悪くなっていった。ハッフルパフにレイブンクロー、そして当然スリザリンもハリーはズルをして代表選手に選ばれたのだと思っていた。グリフィンドールだけはハリーを囃し立てたが、それもハリーを信じたからではなかった。
数日後には日刊予言者新聞にハリーの記事が載った。
「こんなのデタラメだよ。馬鹿げてる。トンチキのあんぽんたんだ!」
朝食の席でハーマイオニーから新聞を見せてもらったハリーは、そういって新聞を机に叩きつけた。どうやらロン欠乏症は口調に影響を及ぼすまで深刻化しているらしい。
「でたらめ、とんちき、あんぽんたん。いいじゃないか。新聞の名前を変えるように手紙をだしてみたらどうだい?きっと人気が出るよ。」
僕はゆで卵をスプーンで割りながらそういった。玄関ホールでばったりハリーたちと出会った僕は、グリフィンドールのテーブルで朝食をとっていた。
ハリーが投げ出した新聞を見ると、写真の中のハリーが得意げにウィンクを飛ばしてきた。誰だ、これ。読むとハーマイオニーのことも書いてある。どうやら二人は恋人らしい。
「ずいぶん感動的な物語に仕上がっているね。映え――映画が一本とれそうだ。」
「フリーナ、君までからかわないで。」
ハリーが鬱屈とした表情でそういった。
「ごめんごめん。まあ新聞なんてそんなものさ。僕が言いたいのは、こんな記事も、こんな記事を真に受ける連中も真面目に取り合う必要はないってことだ。」
「あら、フリーナもいいことを言うじゃない。」
「僕はいつもいいことを言っているよ。」
そのとき、一羽のフクロウが大広間に飛び込んできた。慌てて食べかけのお皿を隠す。初日にフクロウがお皿に激突してスクランブルエッグがあたり一面に飛び散るという惨劇が起こってから、僕はあのフクロウという生き物を一切信用していなかった。
フクロウは僕の目の前に一枚の手紙を落として、ついでにベーコンを嘴で咥えて飛び去っていった。落ちた手紙はふわりと優雅に浮き上がると、ひとりでに開いた。ちらりと花の香りが鼻先をくすぐる。
親愛なるフリーナ
無事に風邪は治りましたか?
フランスから美味しいチョコレートケーキが届きました。もしよければ今日の午後、ボーバトンの馬車に遊びに来てください。返事はこの手紙の裏に書いてください。
フラー
「どうしたの?なんだか嬉しそうだけど。」
「友達からお茶会のお誘いが来たのさ。」
「友達?」
「フラーだよ。」
その名前を聞いて、ハーマイオニーが不審そうな顔をした。
「『あの』ボーバトンの?」
「そう、代表選手の。」
ハーマイオニーは眉を吊り上げ、ハリーはその横でなんともいえない表情を浮かべる。
「ずいぶんと仲がいいのね。」
「ワールドカップのときに助けてもらったんだ。ほら、覚えているだろう、例の騒ぎを。あのときさ。」
それを聞いて、穴の空いた風船のようにハーマイオニーの気迫がしぼんでいく。
「そう、そういうことなら……理解するわ。」
「ご理解いただけて光栄だよ。」
杖を振って羽根ペンを出して、手紙の裏に「喜んで」と書く。ホグワーツの科目の中では、変身術が一番得意だった。すると、手紙は青い蝶に変身して窓から外に飛んでいった。蝶の消えていった窓を睨みながら、ハーマイオニーが口を開く。
「どうしてあの人たちって、ああやって一々見せつけないと気がすまないのかしら。」
「イギリス人が皮肉なしには生きていけないのと同じじゃないかい?おかげで僕にもすっかり移ってしまったよ。」
僕がそういうと、ハーマイオニーはにやりと笑った。
「ずいぶんイギリス人らしくなったわよ。」
「まったく、光栄だね!」
僕もにやりと笑い返した。
放課後、授業の終わりに禁じられた森の近くに止められたボーバトンの馬車に近づいていく。パステルブルーの車体は黒々とした森を背景に、よく目立っていた。
入口の前に置かれた足場を上がって、大きな扉を叩く。少しして男の子が扉を開けた。
「なにか御用ですか?」
「フラーとお茶の約束をしたんだ。」
「ああ、フリーナさんですね。」
男の子は納得したように頷くと、扉を大きく開けた。
「どうぞお入りください。」
馬車の中は見た目よりもさらに広かった。きっとワールドカップのときのテントと同じ魔法がかかっているのだろう。白い壁には金の装飾が施され、扉には花や蔓草の繊細な彫刻が刻まれている。廊下には明るい色彩の風景画が並び、ホグワーツとはずいぶん違った雰囲気だった。
中に入ると別の用事でもあったのかあの男の子はいつの間にか消えていた。代わりに目の前には一匹の青い蝶が飛んでいた。その後をついて馬車の中を歩いていく。どの扉もぴたりと閉ざされ、その向こうからは話し声も物音も聞こえてこない。柔らかな絨毯が足音を吸い込み、馬車の中とは思えないほど静かだった。
蝶が一つの扉に留まる。すると扉がひとりでに開いた。そこは品の良い貴族のサロンのような小さな居心地のいい部屋だった。柔らかいビロードのソファに座っていたフラーが立ち上がって歓迎した。
「フリーナ!ようこそ、ボーバトンの馬車へ。」
「やあ、フラー。代表選手に選ばれたって聞いたよ。おめでとう。」
「ありがとうございまーす。フリーナも元気そうでなによりでーす。」
「ホグワーツの校医は優秀なのさ。」
フラーと一緒にソファに座る。
「ところで、ホグワーツでの最初の一週間はどうだったんだい?七年生と一緒に授業を受けているんだろう?」
「授業は簡単でーす。それに、ボーバトンの方が設備も整っていまーす。」
フラーはいつものように堂々とそう言い放った。こういうところがきっとハーマイオニーは気に入らないのだろう。
「ところで、フリーナはどの授業をとっているのでーすか?授業で会えるかと思っていました。」
「僕は五年生だよ。」
フラーは驚いたように一瞬動きを止めた。
「そうなのですか?てっきり七年生だと思っていまーした。」
「そうなのさ。残念ながら君とは授業が違うみたいだね。」
「……そうでーすね。」
フラーは少し残念そうな顔をした。どうやら一緒に授業を受けたかったらしい。だが、すぐにいつもの表情に戻ってこういった。
「お菓子をだしましょう。」
「実はずっと楽しみにしていたんだ!どんなケーキなんだい?」
「フランスから取り寄せた、私の一番好きなケーキでーす。」
フラーが杖を振ると、机の上に二つのケーキが現れた。それは幾重にも様々な味の違う層を重ね、表面をチョコレートでグラサージュした美しいケーキだった。思わず目を見開く。
「わぁー、これ、大好きなんだ。まさかまた食べられるなんて思ってもみなかったよ。」
横を見ると、フラーも微笑みを浮かべた。やはり彼女もこのケーキが大好きなのだろう。
それから僕たちは、互いの故郷や学校について話した。フラーの通うボーバトンはピレネー山脈の麓にあるという。彼女はその校舎や庭園の素晴らしさを、ずいぶん誇らしげに語ってくれた。
「それから、パリにはパティスリーやショコラトリーがたくさんありまーす。」
「パティスリー!それは気になるね。」
「甘いものが好きなのでーすか?」
「もちろん!ケーキもお菓子も大好きさ!」
それからも僕たちは、お菓子のこと、街のこと、料理のこと、いろいろな話をした。フラーの語るフランスという国は、やはりフォンテーヌとは違う。だけどところどころ思い起こさせるような要素があった。
「いつか来てください。そのときは私が案内しまーす。」
「うん、絶対に行くよ。約束だ。」
気がつくとすっかり日が暮れかかっていた。
「おや、もうこんな時間か。そろそろ戻らないと。」
名残惜しく思いながらソファから立ち上がる。フラーは馬車の入口まで見送ってくれた。
「そういえば、第一の課題ももうすぐか。頑張って。応援しているよ。」
「ありがとうございまーす。それでは、おやすみなさーい。」
「おやすみ。」
そう言って馬車に背を向ける。
「フリーナ。」
それは、いつもとは全く違う声色だった。振り返ると、フラーが真剣な表情で僕を見つめていた。その目は静かに熱を帯びていた。
「私を、見ていてくださーい。」
その目をしっかりと見返す。
「ああ、しっかり見ているとも。」
僕は少し驚きながら、友人としてその願いを聞き届けた。
ストックがつきたので、これからは週二回くらいのペースで更新できればと思っています。
よろしくお願いします!