フリーナ・ドゥ・フォンテーヌと魔法の世界 作:とりあえずお茶
その日は朝から城中が浮き立つような興奮に包まれていた。談話室に入ると、セドリックがみんなから応援の言葉を貰っていた。いつもと違って、笑顔がどこか硬い。僕もセドリックに一言二言言葉をかけたあと、大広間に上った。
授業の間もみな、気もそぞろだった。ミネルバすら顔に緊張をにじませていた。昼食を食べに大広間に行くと、グリフィンドールのテーブルでは青白い顔をしたハリーが、ハーマイオニーの隣でパンをぼそぼそと齧っていた。
「きちんと食べないと、元気が出ないよ。」
背中を叩くと、ハリーはびっくりしたように振り返った。
「……食欲がないんだ。」
「なら、かぼちゃジュースでも飲むといい。大丈夫、君ならなんとかなるさ。」
少し大げさなくらい楽観的に振る舞う。まわりはみんな心配そうなんだ、僕はこれくらいで丁度いいだろう。ハリーは今にも死にそうな顔で頷いて、かぼちゃジュースを飲み干した。そのとき、ミネルバがハリーを呼びに来た。ハリーが立ち上がる。
「がんばって、ハリー!きっと大丈夫。」
「うん。」
ハーマイオニーの言葉にも、ハリーは上の空だった。
「楽しみにしているよ。」
「僕が餌になるのを?」
「安心したまえ。そうなったら、この僕が助けてあげよう。」
「あー、うん。そうならないように頑張るよ。」
ハリーは微妙な顔で頷き、ミネルバに連れられて大広間を出ていった。
昼食を食べて、ハーマイオニーといっしょに課題の場所に向かう。
「大丈夫かしら、ハリー。昨日の夜、もっと練習するべきだったかしら。ああ、もう!」
ハーマイオニーがもどかしげに叫ぶ。どうやら横に自分より焦っている人がいると、人は案外冷静になるらしい。
「落ち着きなよ。睡眠は必要だ。君の選択は間違っていない。それに、もう僕達が心配したってどうしようもないさ。」
いつの間にか、禁じられた森のそばにスタンドが作られていた。会場は柵で囲われた窪地で、岩と、枯れた草がところどころに生えていた。席で座っていると、ふとハーマイオニーの横に誰かが来た。
「ロン!」
ハーマイオニーが振り向いて声を上げる。
「やあ、ロン。」
「やあ、二人とも。」
そう言って座ったロンもハーマイオニーに負けず劣らず心配そうな顔だった。まったく、少しは素直になればいいのに。
観客席が徐々に埋まっていく。そのときふと、ポケットの中に紙が入っているのに気付いた。広げると、それは手紙だった。宛名も差出人もない。ただ走り書きのような文字で、簡素な文が書かれていた。
どうかお願いです。助けてください。禁じられた森で待っています。
こんな紙、いつの間に入っていたのだろう。心当たりはない。誰かの悪戯だろうか。
そのとき、悲鳴と歓声の混じり合ったような声が上がった。顔を上げると、会場に設けられた扉から檻に入ったドラゴンが入場してきた。銀青色の鱗のドラゴンが凶暴そうな顔で会場中の人間を睨んでいる。僕が龍という言葉に想像していた知性や優しさはまるでない。言葉さえ通じそうにない。
「スウェーデン・ショートスナウト種だ。あんまり人は食べないらしい。炎は青色で、木材や骨を瞬時に灰に変えてしまうってチャーリーが言ってた。」
「代表選手はそんなものと戦うのかい!?」
僕は途端に彼らのことが心配になってきた。僕だったら絶対に逃げ出している。
「私も大人のドラゴンを見るのは初めてだわ。」
ハーマイオニーは白くなるまで手を握りしめながらそういった。
「大人の?子供のドラゴンは見たことがあるのかい?」
「……まあ、いつか話すわ。」
「人には歴史があるんだよ、フリーナ。」
ロンとハーマイオニーは遠い目でどこかを見つめた。君たちのことがだんだん分かってきたぞ。どうせハリーも関係しているのだろう。
ドラゴン使いたちが鎖を太い杭に固定すると、檻の扉を開けた。ドラゴンは檻から出るなり、地面に置かれたいくつもの卵を前脚で大事そうに抱きかかえた。その中には一個だけ、明らかに他とは違う金色の卵が混ざっていた。
もう課題が始まる。僕はとりあえず手紙をポケットの中にしまった。
高らかなホイッスルの音が鳴って、セドリックが会場に入ってきた。割れんばかりの大歓声が上がる。中でもハッフルパフの熱狂は群を抜いていた。僕も歓声に飲み込まれながら、大声で応援する。
「さあ、いよいよ第一の課題です! 勇者たちには、ドラゴンの守る金の卵を奪っていただきます!」
バグマンの陽気な実況の声が響いた。
セドリックが岩に隠れた瞬間、ドラゴンが青白い炎を吐いた。大岩が熱せられて赤く光りだす。思わず息を呑んだ。あんなものをまともに浴びたら、ひとたまりもないじゃないか!
炎が途切れた瞬間、セドリックは近くの岩をラブラドール犬に変えた。岩陰から飛び出した犬を追いかけて、ドラゴンが明後日の方向を向く。その瞬間、セドリックは駆け出した。一瞬、その作戦は上手くいったかに思われた。だが、セドリックが卵に近づいた瞬間、ドラゴンが急にその矛先を変えた。
「危ない!」
炎がセドリックをかすめる。観客席のあちこちから悲鳴が上がった。セドリックは岩場の陰に転がり込み、しばらく姿が見えなくなった。
「セドリック……?」
不安になって身を乗り出す。すると、岩陰から彼が立ち上がった。その腕には火傷を負っていたが、反対の手には金の卵が抱えられていた。
途端に観客席が大歓声に包まれた。僕もほっと息を吐き、思い切り拍手を送った。
次に現れたのは、草地のように青々とした鱗を持つドラゴンだった。ホイッスルが鳴り、フラーが会場へと姿を現す。杖を握る手は青白くわずかに震えていたが、その目はまっすぐにドラゴンを見据えていた。
ドラゴンが咆哮し、炎を吐き出した。フラーは素早く岩陰に飛び込み、炎が途切れると再び姿を現した。しかし、金の卵に近づこうとはしない。何かを待っているようだった。
やがてドラゴンが再び大きく息を吸い込んだ。次の炎が迫るかと思った瞬間、フラーが杖を振った。
ドラゴンの目がとろんとする。さっきまであれほど暴れていたというのに、今は眠気をこらえる幼児のようだ。大きな頭がゆらゆらと揺れ、とうとう地面に落ちた。ほどなくして、いびきまで聞こえ始めた。
フラーは慎重にドラゴンへと近づいていった。だが、そのときだった。ドラゴンが寝息とともに吐き出した炎が枯れ草に燃え移った。瞬く間に火が広がっていく。気づけば、ドラゴンと卵は火の海の中だった。ドラゴンにとっては心地良い温度かもしれないが、人間にとっては死活問題だ。
フラーは炎に近づこうとして、そのあまりの熱に身を引いた。少しの間燃え盛る炎を見つめていたが、やがて深く息を吸い、杖を振った。すると、白い水の輪がフラーを囲むように浮き上がった。僕は思わず目を見開く。なんだかくすぐったいような奇妙な感覚だ。フラーはそのまま恐れることなく炎のなかに飛び込んだ。水の輪に触れた炎が弱まり、火の海の中に一筋の道が出来る。
やがて、煙の向こうに人影が現れた。その腕には、金色の卵が抱えられていた。
「やった!」
僕は思わず両手を振り上げた。同時に僕の声をかき消すほどの歓声が轟いた。フラーは誰かを探すように観客席を見渡した。そして、ふとこちらを向いた。
見・て・い・た・よ
そう口パクすると、フラーは小さくはにかんで、優雅に観客に向けて一礼した。
「しっかりしなさい、ロナルド!」
ハーマイオニーの呆れた声に振り返ると、ロンがぼうっとフラーの後ろ姿を目で追っていた。ロンははっとすると、気まずげにわざとらしい咳払いをした。
「あー、なんだかさっきの魔法ってワールドカップのときの魔法に似てたな。」
ハーマイオニーは意表を突かれたような顔をした。
「確かにそうね。まさか、あの人が?そういえば、あの会場でもボーバトン生を見たわ。」
そういって、はっとしたように僕を振り返る。
「ワールドカップでフラーに助けられたって、確かにそう言っていたわ!」
観客の中にもちらほらと気づいた人がいるようだった。先程までの歓声とは異なる、困惑したような声が聞こえてくる。
「人には歴史があるのさ、お二人さん。」
僕はまわりの観客を見回してから、そう答えた。
それで二人が納得したかはともかく、ホイッスルが鳴って次の選手が入ってきた。クラムだ。
相手のドラゴンは印象的な真紅の姿をしていた。クラムはそのドラゴンを前にしても一歩も退かず、真っ直ぐに駆け出した。ドラゴンが炎を吐く。クラムは咄嗟に岩陰に飛び込み、炎が途切れるや否や、再び走り出した。そうして十分な距離まで近づくと、杖を振り上げた。
閃光がドラゴンの目を直撃する。
「結膜炎の呪いだわ!」
ハーマイオニーが叫んだ。
途端にドラゴンが凄まじい悲鳴を上げた。頭を振り回し、長い尾を地面に叩きつける。自分の卵すら目に入らないのか、ドラゴンはその巨体でいくつかの卵を踏み潰した。乾いた音とともに殻が割れた。
「うわっ、卵が!」
思わず声が出た。ずいぶん容赦のない戦い方だ。クラムは暴れるドラゴンを避けながら素早く金の卵を奪い取った。
そしてハリーの番がやってきた。相手のドラゴンは黒い鱗を持ち、長い尾からはひしひしと殺意を感じさせる鋭い棘が生えている。ハリーなど一口でぺろりと食べられてしまいそうだ。
「ハンガリー・ホーンテールだ。一番凶暴なやつだ。」
そういうロンの表情はまさに最悪という感じだった。
「大丈夫よ、きっとハリーならやってくれるわ。」
そういうハーマイオニーの顔も強張っている。
ホイッスルが鳴って柵の中にハリーが入る。顔はもはや真っ白になっていた。しばらくハリーはそのままじっと立っていた。
「……何をしているんだい?」
「見ていれば分かるわ。」
その通りになった。次の瞬間、彼方からハリーの箒が飛んできた。ハリーはそれにまたがると、一直線に飛び出した。ホーンテールの顔のすぐ前をかすめて、上昇に転じる。そのまま、首を伸ばすホーンテールの上をぐるぐると飛び回る。もうハリーの顔に不安の色はなかった。水を得た魚のように自由に飛んでいる。ホーンテールが口を開けたとたん、ハリーは急降下に転じた。
「やった!あっ!」
一瞬、上手く炎を避けたと思った。だが、ホーンテールの尾がハリーを阻んだ。尻尾の棘がハリーの肩をかすめた。血が飛び散った。
「ハリー!」
ハーマイオニーが悲鳴を上げた。隣ではロンが手すりを握りしめている。その顔は真っ青だった。僕も息を呑んでハリーを見守る。だが、ハリーはすぐに体勢を立て直した。どうやら、まだ飛べるらしい。
ハリーは何か作戦を切り替えたようだった。ホーンテールの鼻先をかすめるように、ひらひらと飛び回る。まるでドラゴンをおちょくっているみたいだ。
「いやぁ、たまげた。何たる飛びっぷりだ!」
バグマンが叫んだ。
やがてしびれを切らしたホーンテールが、その大きな翼を広げて立ち上がった。その瞬間、ハリーは急降下に転じた。立ち上がったホーンテールはその動きに反応できなかった。ハリーは見事にホーンテールの足元から金の卵を奪い去った。
「やっ――」
「やったわ!」
ハーマイオニーが叫んで僕とロンを抱きしめる。ロンは心底ほっとしたような顔をしていた。
「そうだわ!ハリーにおめでとうって言いにいかなくちゃ。」
ロンがおずおずと口を開いた。
「僕も行くよ。」
ハーマイオニーは今日一番に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
僕は今は彼らを三人きりにしてあげることにした。
一人で城に帰る途中、ふとポケットの中に入っている手紙のことを思い出した。十中八九悪戯だろう。……でも、もし本物だったら?ふとそんな考えが湧いてきた。
まあ、確認くらいはしてみてもいいだろうと、足を禁じられた森の方に向ける。