フリーナ・ドゥ・フォンテーヌと魔法の世界 作:とりあえずお茶
9月1日、僕たちはマグル、つまり非魔法族の服を着てキングス・クロス駅にいた。大勢の人々が朝の列車に吸い込まれていく。それを横目に、僕はミネルバに連れられて柱の影に隠れた。
「いいですか、フリーナ。学校ではミネルバではなく、マクゴナガル教授と呼びなさい。」
「はい、マクゴナガル教授。」
そう大げさにかしこまって見せる。改めてマクゴナガル教授と呼ぶと、なんだかくすぐったいような奇妙な感じがした。
「よろしい、ミス・ドゥフォンテーヌ。」
ミネルバも教授の顔で頷いた。それから二人で顔を見合わせて、くすりと笑う。
「それと、あなたにプレゼントがあります。」
ミネルバはローブの内側から明らかにそこには入り切らないほど長い物体を取り出した。紙で包まれているそれの正体を察して、目を大きく見開く。
「もしかして、箒かい?」
「ええ。クリーンスイープ九号です。ワールドカップが終わってから、ときどき家でクィディッチの雑誌を読んでいたでしょう。」
バレていたことに驚く。こっそり隠れて読んでいたのに!するとミネルバは、お見通しですとでも言いたげな表情を浮かべた。
「速度ではニンバスに劣りますが小回りが効いて乗りやすい、いい箒です。競技にも十分使えます。実は私が初めて乗った箒も同じ会社のものでした。フリーナ、あなたの門出を祝して。」
差し出された箒をそっと大切に受け取る。
「ありがとう、大事にするよ。」
ミネルバは静かに微笑んだ。
「プラットホームへの行き方は説明した通りです。私は学校の仕事があるので、ここでお別れです。また向こうで会いましょう。いってらっしゃい、フリーナ。」
「いってくるよ、ミネルバ。」
ミネルバは身を翻すと人の波のなかへと消えていった。
どうせ晩餐会では会えるのだとは分かっているのに、どうしてか寂しさがあった。それを誤魔化すように大きく息を吸って、魔法のトランクを持ち上げる。
プラットホームの方へと歩いていく。まわりを見回せば普通の人の中に隠れて、シャツを裏返しにしたりフクロウを鳥かごに入れたりした奇妙な人間が紛れている。
ミネルバに言われた通りに、少し緊張しながら九番線と十番線の間の壁を抜けると、そこには真紅の汽車が止まっていた。もうもうと立ち込める蒸気のせいで天井が見えない。足元には尻尾が二股に別れた猫が走り、売店では動く絵のついた新聞を売っている。何百人もの魔法使いの子供たちが親と別れを惜しんだり、久しぶりに会う友達とはしゃいだりしている。
僕はダイアゴン横丁で感じたような感動を再び感じた。さっそく売店で新聞と蛍光色に光る謎の飲み物を買う。パラパラとめくると、クィディッチ・ワールドカップの記事があった。
ワールドカップに現れた正体不明の魔女
――火と悲鳴に包まれたキャンプ場に、謎の魔女が現れた。彼女が杖を掲げると白い光の環が現れ、キャンプ場全体に広がった。それに触れた火はたちまち立ち消え、負傷者たちの傷も一瞬にして癒えた。これほど大規模な治癒魔法は前代未聞である。しかし、この驚異的な魔法を使った魔女の正体は事件から日が経った現在も明らかになっていない。本紙は現場に居合わせた複数の魔法省職員に取材を試みたが、いずれも回答を拒否した。巷ではこの魔女の正体について様々な噂が流れている。本紙は独自に、この謎の魔女を捉えた写真を入手した。
そこには煙と暗闇に包まれた景色が映っていた。写真の中では黒い煙が絶え間なく渦巻き、ときおり、その隙間からかすかに白い髪が覗いていた。
新聞を勢いよく閉じて、まわりを見回す。誰もこちらを見ていない。まあ、あれだけの写真では誰だか分からないだろう。息を大きく吐き出して、今見たものは忘れることにした。気持ちを切り替えて、なにか面白いものがないかプラットホームを見て回ることにする。
出発間際に汽車に乗り込むと、もうほとんどコンパートメントは埋まっていた。空いているところを探して歩いていると、見知った顔がひょっこりと顔をだした。
「ハリー!やっぱり君もここにいたんだね!もしかしたらそうじゃないかと期待してたんだ。」
久しぶりに会う友人に勇み足で駆け寄る。
ハリーは振り返ると、戸惑ったような顔をした。
「フリーナ!どうして君がここに?」
「それはもちろん、僕が魔女だからさ!」
懐から杖を取り出して杖先に水玉を浮かべて見せる。ハリーは、まるで初めて魔法を見たような表情でそれを見た。
「実は今年から編入なんだ。よろしく、ハリー!」
驚きのまま顔が固まっていたハリーは、事態を理解すると満面の笑みを浮かべた。
「嬉しいよ、一緒に行けるんだね。あの後は大丈夫だった?僕のせいで怒られたりしなかった?」
「そうだ!あのあと、本当にいろいろなことがあったんだ。きっと話しても信じないだろう。」
「それって魔法が使えるよりも驚くこと?」
思わず肩をすくめる。
「それもそうだ。そういえば、君のコンパートメントは空いているかい?もうどこも埋まっているんだ。」
「うん、もちろん!」
コンパートメントに入ると、赤毛の少年と栗毛の少女が興味深そうにこちらを見ていた。ハリーは、なぜか一瞬残念そうな顔をしたあと、すぐに元の笑顔に戻ってこういった。
「紹介するよ。僕の友達のフリーナだ。夏休みに出会ったんだ。」
「こんにちは。フリーナ・ドゥ・フォンテーヌ、編入生さ。」
「ロン・ウィーズリーだ。」
赤毛の子が照れながらそういった。栗毛の少女はそれを横目で睨みながら、はきはきとした声でこういった。
「ハーマイオニー・グレンジャーよ。ところで、編入って聞こえたけれど、前はどこの魔法学校に通っていたの?」
「どこにも。つい一ヶ月ほど前に初めて自分が魔法を使えるって知ったんだ。」
返事をしながらトランクを荷物置きに置いて、空いている席、つまりハリーの隣に座る。
「おったまげー。そんなことってあるんだ。」
ロンが大げさに驚いた。
「何度か前例はあるわ。突然、魔法力が開花することもあるらしいの。でも、それってすごく珍しいことよ。確か、前の例は百年以上前だったはずよ。」
「そりゃあすごい。」
「ねえ、何年生に編入するの?」
ハリーがそう尋ねた。
「五年生だよ。」
「じゃあ、先輩じゃないか!」
ロンが口をあんぐりと開けた。聞いた本人のハリーも驚いている。そんなに驚かなくてもいいだろう。
「勉強はどうするのかしら?四年分もあるのだもの。きっとすごく大変よ。」
「まだ学校に到着してもいないのに、勉強の話はやめてくれ。」
ロンが耳が痛いとばかりにうめいた。
「それより君、その持っているやつ、もしかして箒かい?」
「そうさ。飛んだことはないんだけどね。」
「クィディッチ、好きなの?」
ハリーが目を輝かせた。
「ワールドカップの試合を見て、興味を持ったんだ。もしかして詳しいのかい?」
「ハリーはグリフィンドールのシーカーなんだぜ。それも最年少でなったんだ。」
ハリーが照れたように目線を揺らして、話題を変えた。
「フリーナもあそこにいたんだね。もしかしたら僕達、すれ違っていたかも。」
それから僕達はワールドカップやクィディッチの話で盛り上がった。あの決勝戦の話だけでも一日中は話せそうだった。ハーマイオニーは呪文学の教科書に没頭していた。
昼頃になると昼食のカートがやってきて、みんなで大鍋ケーキを分けた。午後になるとハリーたちの友人が何人かやってきた。みんながみんな、僕の姿を見て驚くので僕の自己紹介はどんどん流暢になっていった。
「それに、僕達、クラムをすぐそばで見たんだぞ。貴賓席だったんだ――」
ロンと彼らの同級生、ネビル・ロングボトムがワールドカップの話題で盛り上がっていると、突然嫌味な声がした。
「君の人生最初で最後のな、ウィーズリー。」
青白い顔の少年はそういってドアのところに現れた。その後ろには同い年とは思えないほどガタイのいい少年が二人侍っている。彼はコンパートメントの中にぐるりと目を巡らせて、僕のところで視線を止めた。その顔がみるみる青ざめていく。
「行くぞ。」
彼は背を向けるとどこかへと去っていった。取り巻き二人も少々戸惑った後、その背中を追いかけていく。
「……マルフォイのやつ、何をしに来たんだ?」
ロンが全員の総意を述べた。ハリーが振り返ってこちらを見る。
「もしかして知り合いなの?」
「あなたを見て真っ青になったように見えたわ。」
「いや、初めて会う人だ。……そんなに僕って怖そうに見えるかい?」
自分の顔に触れながら首を傾げると、三人は同時に吹き出した。
「そんなに笑うことはないだろう!」
夕方になると、僕達は交代交代にローブに着替えた。再び席に座ってホグワーツ特急が終点に近づいていくのを感じながら、僕は少しずつ緊張が這い上がってくるのを感じていた。
「ねえ、寮ってどうやって分けるんだい?」
ミネルバに何度聞いても教えてくれなかったのだ。そのときのミネルバは珍しく悪戯げな顔をしていた。
三人は顔を見合わせた。代表してロンが口を開いた。
「内緒だぜ。ここだけの話、実はトロールと戦わせられるんだ。」
「へっ?」
心の中で思わず悲鳴を上げる。頭の中で、自分がトロールの棍棒に叩き潰される姿が映される。ハーマイオニーがロンの頭を勢いよく叩いた。
「そんなわけないでしょう。フリーナ、安心して。そんなに危険な方法じゃないわ。」
「……本当かい?本当に本当かい?なら、なんで教えてくれないんだい?」
「それは、ほら、まあそのときになったら分かるわよ。」
その要領を得ない返答に、ますます頭の中に嫌な想像が広がっていく。そのとき、徐々に汽車の速度が落ち始めた。やがて駅に停車する。
汽車を降りると、外はバケツをひっくり返したような雨だった。
「イッチ年生、イッチ年生はこっち!」
ホームの端に大きな人影があった。僕が見たことのあるどんな人よりも大きい。一目でそれが森番のハグリッドなのだと分かった。
「やあ、ハグリッド!」
ハリーが雨の音に負けじと叫ぶ。
「ハリー、元気かぁー?」
ハグリッドも手を振って叫び返した。その目が隣にいた僕に向く。
「お前さんがフリーナだな!編入生もこっちだ!」
どうやらハリーたちとはここでお別れらしい。振り返って彼らの顔を見る。
「……本当に組分けは痛くないんだね?」
ロンが何かを言おうとして、ハリーに足を踏まれた。そうでなくてもちょうど降ってきた雷の音でかき消されただろうが。
「溺れないでね。」
「それってどういうことだい!?」
ハリーたちは無情にも人の流れに押し流されてホームの向こうに行ってしまった。
ハグリッドのそばで待っていると、やがて一年生が全員集まった。一年生は僕よりも頭一つ分くらい小さかった。
「さあ、ついてこいよ!足元に気をつけろ!今日はよく滑るぞ!」
僕はハグリッドについて険しくて狭い小道を下っていった。雨で泥が流れ出し、地面はまるで泥川のようになっていた。おかげで靴の中は泥だらけでヌメヌメしている。足を絡め取る泥と格闘していると、ハグリッドが口を開いた。
「マクゴナガル先生から聞いちょった。今年は優秀な編入生が入ってくるってな。」
「そんなことを言っていたのかい?」
「おうとも、自慢しとったぞ。」
思わず顔を上げる。勉強ををしているときはあまり面と向かって褒めてはくれなかったけれど、内心ではそんなふうに思っていたらしい。なんだか嬉しくなって、思わず口元が緩んだ。
「さっそく友達も出来たようでなによりだ。編入生じゃ大変なこともあるだろうが、友達がいれば案外なんとかなるもんだ。」
そう言ってハグリッドは豪快に笑った。
「……うん。そうかもしれないね。」
僕がそう答えると、ハグリッドは嬉しそうに頷いた。
「みんな、ホグワーツがまもなく見えるぞ。この角を曲がったらだ!」
視界が急に開けて、大きな黒い湖のほとりにでた。対岸にそびえる山の頂に城の影がそびえていた。雨にけぶる景色の向こうに、窓から漏れ出る光が幻想的に浮かんでいる。感嘆の声がこぼれた。それが自分のものなのか、一年生のものなのかは分からなかった。
「四人ずつボートに乗って!」
桟橋に繋がれた小船に一年生たちが乗り込んでいく。僕はハグリッドと一緒の小船に乗った。小船の中は雨が大量にたまって、小さな池が出来ていた。なるべくそれを避けて端の方に座る。
「みんな乗ったか?よーし、では、進めえ!」
小船が一斉に動き出した。雨に打たれて泡立つ湖面の上をゆっくりと進んでいく。そびえ立つ城の輪郭が徐々にはっきりしてくる。それを見ようと身を乗り出していた隣のボートの一年生がバランスを崩すのがふと目の端に入った。
「デニス!」
誰かがその子の名前を叫んだ。咄嗟に杖を振ると、水がぷくぷく獣の形になって一年生を押し上げた。
助けられた一年生が、驚いた表情でぷくぷく獣の消えた湖面を凝視する。
「ねえ、見た?今、こんな丸っこい生き物が助けてくれた!」
その反応に気をよくする。
僕は杖を天に向ける。せっかくの入学の日だ。もう一つくらいプレゼントを贈ってもバチは当たらないだろう。
雨が割れる。頭上に降り注いでいた雨粒が、カーテンのように左右に別れていく。流れ落ちる雨が湖面に白い飛沫を上げる。そして、湖の向こうにはっきりとホグワーツ城の姿が見えた。無数の尖塔が天を突くように夜空にそびえている。窓から漏れる温かな光が、湖面に乱反射する。
あちこちのボートから一斉に歓声が上がった。
「大したもんだ。」
ハグリッドが左右にそびえる雨の壁を見ながら、感心した顔で言った。
「ふふん、そうだろう!」
ボートの上で胸を張ろうとして転けそうになり、僕は慌てて座り直した。
ボートは雨のトンネルをゆっくりと進み、やがて蔦に隠された船着き場へと滑り込んだ。僕たちは小船を降り、ハグリッドに続いて石段を登っていく。やがて巨大な樫の扉の前にたどり着くと、ハグリッドがその扉を大きく叩いた。