フリーナ・ドゥ・フォンテーヌと魔法の世界 作:とりあえずお茶
扉が開いて、その奥から先生の顔をしたミネルバが現れた。彼女は一年生たちをざっと見渡した。その視線が一瞬だけ僕と交差した。
「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです。」
「ご苦労さま、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう。」
広々とした玄関ホールに入ると、右手の扉の奥から何百人ものざわめきが聞こえた。しかし、ミネルバは一年生をその脇にある小さな空き部屋に案内した。そして、四つの寮と寮杯について説明した。それが終わると、ミネルバは部屋を後にした。
不安そうに一年生たちが囁き合う。何人かは湖でのことを話しながら、尊敬の目でこちらを見ていた。すると突然壁のなかからゴーストたちが現れた。悲鳴を上げる。だが、それは一年生たちの悲鳴や驚きの声に飲み込まれた。慌てて顔を取り繕う。尊敬される先輩がゴーストに悲鳴を上げるわけにはいかない。
ゴーストたちがいなくなった頃、ミネルバが戻ってきた。
「組分け儀式がまもなく始まります。一年生は一列になってついてきてください。それと、編入生はまだ少し待っていてください。」
そうして部屋には僕一人が残った。途端に不安が鎌首をもたげる。ハリーたちは痛くないと言っていたけれど、どうして儀式の内容を教えてくれなかったのだろうか。もしかしたら、難しい試験とかが始まるのだろうか。編入生だからととびきり難しかったらどうしよう?
そんなことを考えていると、ミネルバが部屋の扉を開けた。
「行きましょう。」
言葉少なに頷いて、その後に続く。大広間の扉の前でミネルバが立ち止まった。扉の奥から優しそうな老人の声が聞こえてくる。
「なんとも嬉しいことに、ホグワーツは今年、もう一人、新たな仲間を迎え入れる。紹介しよう。五年生に編入するフリーナ・ドゥ・フォンテーヌじゃ。」
その声とともに扉が開いた。何百人もの生徒が僕を見ていた。
「ミス・ドゥ・フォンテーヌ、前に進んだら椅子に座って帽子を被ってください。」
ミネルバの声を聞いて、少しだけ緊張がほぐれる。
大広間に入ると、グリフィンドールのテーブルからハリーたちが手を振っていた。正面では白いヒゲを腰まで伸ばした老人が、青くきらめく瞳でじっと僕を見つめている。だが、僕の目には、ぽつんと置かれた椅子の上にあるツギハギだらけの古ぼけた帽子だけが映っていた。どうやらトロールとの試合や難しい試験ではなかったらしい。内心でほっと息を吐き出す。後でロンに会ったら嫌味の一つでも言ってやろう。
それでも、帽子に近づくたびに緊張が高まっていく。耳元でうるさい心臓の音を聞きながら、椅子に座って、帽子を目深に被る。すると耳の中に低い声が響いた。
「おや、君は編入生だね。そう不安がることはない。ただ私を被っていればいい。」
帽子が喋ったので、驚いて飛び上がりそうになった。
「フーム、難しい。非常に難しい。偉大な勇気を持っている。頭も悪くない。目的を成し遂げる執念もある。だが、何よりも正義で、忍耐強い。ならば、ハッフルパフ。」
帽子は最後の言葉を大広間に向かって叫んだ。ハッフルパフのテーブルから歓声が上がった。ハリーたちはどこか残念そうに拍手をしていた。
僕は帽子をとって、無事に終わったことにほっと息を吐き出した。椅子から降りてハッフルパフのテーブルに向かう。
「ようこそ、ハッフルパフへ。」
灰色の目をした背の高い少年が立ち上がって歓迎した。
「僕はセドリック・ディゴリー。ハッフルパフの監督生で、六年生だ。なにか分からないことがあったらなんでも聞いてくれ。」
「よろしく、セドリック。」
握手して、空いている場所に座る。
ヒゲの長い老人、ダンブルドア校長が立ち上がって両手を広げ、歓迎の微笑みを浮かべながら大広間をぐるりと見回した。
「皆にいう言葉は2つだけじゃ。思いっきり、掻っ込め。」
その声とともに、目の前の空っぽのお皿が食べ物で一杯になった。空っぽの腹を抱えていた生徒が一斉に料理を取り始める。それを見て、突然、緊張で忘れていた空腹が戻ってきた。お腹と背中がくっつきそうだ。手近な料理をとって食べ始める。
「フリーナ、君はクィディッチに興味はあるかい?」
セドリックがそういった。
「もちろんさ!この間、ワールドカップに連れていってもらったんだ。あんなふうに空を飛べたら楽しいだろうね。」
「そうなのかい?僕も見に行ったよ。」
「本当かい!じゃあ君も見ただろう、あのクラムの最後の急降下!」
「ああ!圧巻だった。」
セドリックは夢見る少年の顔でそう言った。
「クィディッチが好きなら、ホグワーツでも寮対抗の試合があるんだ。」
「こいつはキャプテンなんだぜ!」
セドリックの二つ隣に座っていた生徒が突然そう言った。セドリックは苦笑しながら口を開いた。
「よかったら応援に来て。」
「もちろん!」
「そういえば、セド、今年の選抜試験はいつやるんだ?」
さっきの生徒が身を乗り出しながらそう尋ねた。
「まだ決めてないんだ。今週中には知らせるよ。」
「今年こそ優勝杯をハッフルパフに!」
すると、今度は隣の生徒がセドリックに声をかけた。それを皮切りに、次々と別の生徒が会話に加わってくる。こちらから話しかけられる雰囲気ではない。
どうやらセドリックは大した人気者らしい。話し相手を失った僕は、ひとまず目の前の料理に専念することにした。……どうやったら友達って作れるんだ!助けてくれ、ハリー!
そんなことを思っていると、横の生徒が話しかけてきた。
「ねえ、あなた、さっき湖ですごい魔法を使ったって本当?」
救われたような気持ちになりつつ、顔を上げる。するとそこには興味津々で目を輝かせる生徒たちがいた。
「雨を割ったって。」
「え、なにそれ!?」
「髪きれー。それって地毛なの?」
「前はどこの学校にいたの?ボーバトン?」
口を開く前に次の質問が飛んでくる。どうやらこの学校は編入生なんていう面白い存在を放っておいてはくれないらいい。
こほん、とわざとらしく咳をして注目を集める。せっかくだ、飛び切り面白い話を聞かせてあげよう。僕はちょっとした脚色を交えながら、湖での出来事を語り始めた。
デザートが綺麗さっぱり消えると、頃合いを見計らってダンブルドアが立ち上がった。大勢の生徒のお喋りが自然と静かになる。
「さて!みんなよく食べ、よく飲んだことじゃろう。いくつか知らせることがある。もう一度耳を傾けてもらおうかの。」
幾つかの注意事項が告げられる。僕は満腹でうつらうつらしながらその言葉を上の空で聞いた。
「寮対抗クィディッチ試合は今年は取りやめじゃ。これを知らせるのはわしの辛い役目での。」
大広間中から叫び声が上がった。驚いて顔を上げると、セドリックがものも言えず、口をパクパクさせていた。……どうやら応援には行けそうにないみたいだ。
「これは、十月に始まり、今学年の終わりまで続くイベントのためじゃ。わしは皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる。ここに大いなる喜びを持って発表しよう。今年、ホグワーツで――」
そのとき、耳をつんざく雷鳴とともに大広間の扉が開いた。そこには顔中に傷跡の残る男が立っていた。片足は義足になっている。片目にも魔法の義眼がはまっていて、ぐるぐると大広間を見回している。その目が一瞬、僕に止まった気がした。すぐに男は杖をついて教職員テーブルに向かって歩き出した。大広間はいつの間にか静まり返っていた。
男はダンブルドアと握手をして、無愛想に教員テーブルに座った。
「『闇の魔術に対する防衛術』の新しい先生をご紹介しよう。ムーディ先生です。」
ダンブルドアの明るい声も、大広間の空気を明るくすることは出来なかった。ざわめく大広間を見回して、ダンブルドアが咳払いした。
「先ほどいいかけていたのじゃが、これから数ヶ月にわたり、我が校は、まことに心躍るイベントを主催するという光栄に浴する。今年、ホグワーツで、三大魔法学校対抗試合を行う。」
「ご冗談でしょう!」
グリフィンドールの赤毛の双子の一人が大声を上げた。笑い声とともに、興奮したようなざわめきが広がる。
「この催しはおよそ七百年前、ヨーロッパの三大魔法学校の親善試合として始まったものじゃ、ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校でのう。各校から代表選手が一人ずつ選ばれ、三人が三つの魔法競技を争った。」
ふと、フラーが言っていたことを思い出す。きっとフラーは、やってくるんだろう。
「おびただしい数の死者が出るにいたって、競技そのものが中止されるまではの。」
思わず喉から悲鳴のような音が出た。だが、おびただしい数の死者という言葉を気にしているのは僕だけのようだった。むしろ、スリルは少年少女たちの冒険心に火をつけたようだ。
「君は立候補するかい?」
セドリックが興奮した面持ちで囁いてきた。
「まさか!」
と囁き返す。
「君は立候補するのかい?」
セドリックは少し悩みながら、照れた様子で頷いた。その顔に、何かを言うのも無粋に思われた。
「なら、応援するよ。クィディッチの分もね。」
セドリックは嬉しそうに頷いた。
その後、ダンブルドアは17歳以上の生徒しか立候補できないことを説明して、歓迎会は解散した。セドリックが新入生たちを率いてハッフルパフの寮に向かった。地下の階段を下って、突き当りで止まる。壁には樽が山のように積まれていた。
「ここがハッフルパフの寮だ。この樽を一定のリズムで叩くと、寮の扉が開く。失敗すると熱々のビネガーをかけられるはめになるから気をつけてくれ。」
そういってセドリックは特徴的なリズムで樽を叩いた。樽の蓋がぱかりと開く。その中に入ると、温かな光に包まれた丸い談話室があった。天井は低く、蜂蜜色の木でできた家具が並んでいる。壁にはいくつもの丸い扉があり、ところどころに飾られた花や植物が部屋を彩っていた。きっと昼下がりにここで昼寝をしたら気持ちいいだろう。
「男子はこっち、女子はそっちだ。」
セドリックは丸い扉を指さしてそういった。
「それじゃあみんな、おやすみ。」
僕はあくびを噛み殺しながら女子寮に続く扉を潜った。同室の子たちに挨拶をして、空いているベッドに向かう。箒とトランクはベッドの下に運ばれていた。着替えてベッドに横になると、疲れていたのかすぐに眠気がやってきた。どこかのベッドから、女の子たちの楽しそうなお喋りが聞こえてくる。それに耳を傾けているうちに、いつの間にか眠ってしまった。