フリーナ・ドゥ・フォンテーヌと魔法の世界   作:とりあえずお茶

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迷子と猫と箒

「なんてデタラメなんだ!」

 

さっきまであったはずの階段が無くなっているのを見て、思わず叫ぶ。

 

授業が始まる初日の朝、僕は見事に迷っていた。教室に向かって歩いていたはずが、いつの間にか全く見覚えのない場所に立っていた。動く階段に乗ったのがまずかったのだろうか。それとも、肖像画の裏側の隠し通路に入る場所を間違えたのだろうか。道化姿のゴーストに教えられた通りに進んでいたはずなのに、どうしてこうなったのだろう。

 

あたりを見回しても人影どころかゴーストもいない。そもそも、さっきから同じところをぐるぐるまわっている気がする。

 

突き当りに置かれた時計の針がじりじりと進んでいく。授業開始の時間が迫っていた。初日の朝から遅刻なんて、最悪すぎる。

 

そのとき、猫の鳴き声がした。振り返ると、廊下の真ん中に黒猫が座ってじっとこちらを見つめていた。

 

「どうしたんだい?」

 

黒猫は立ち上がると扉の中に入っていった。……さっきまでそんなところに扉はなかったはずだ。思わず目を擦る。だが、扉は相変わらずそこにあった。

 

そっと中をのぞきこむ。そこはガラクタの山がうず高く積み上げられていた。それがずっと奥まで、見渡す限り続いている。どうやら人の気配はない。

 

黒猫は部屋に入ったすぐのところでこちらを振り返ってじっと見つめていた。

 

「すまないが、君と遊んでいる時間はない。授業に遅れそうなんだ。早く出てきておいで。誰かに扉を閉められたら出られなくなっちゃうぞ。」

 

黒猫は一言、にゃあと鳴いて、部屋の奥に走っていく。教室があるはずの方向と黒猫を見比べる。

 

「……ああ、もう!」

 

すぐに捕まえられれば、そしてこの城が僕に親切にしてくれればまだ間に合うはずだ。

 

黒猫を追いかけて、積み上げられた山と山の間の通路を進む。ふとあたりを見回すと、本当に色々なものが置いてあった。古びた教科書、羽根ペン、手紙、机、シェリー酒、折れた箒、洋服、キャビネット棚。きっと多くの生徒がここに何かを捨てたり隠したりしたのだろう。

 

しばらく歩いていると、少しひらけた場所にでた。その真ん中には、大きな鏡が置かれていた。縁には、僕が単語を知らないのか、読めない言葉が刻まれている。黒猫は鏡の前に座っていた。そっと後ろに立つ。なんとなく鏡を見ると、そこには何も映っていなかった。ただ暗闇だけが広がっている。どうやら魔法の鏡にも不良品というのはあるらしい。

 

「ほら、こっちにおいで。あっ!」

 

黒猫はまたにゃあと鳴くと走り出した。ガラクタの山に空いた、子供が一人通れるほどの穴に入っていく。僕は背を屈めてその後を追った。徐々に天井が低くなり、幅も狭くなっていく。中腰になりながら進んでいると、先に光が見えた。トンネルを抜けると、そこは地下牢だった。薬と薬草のなんとも言えない匂いが漂っている。

 

背後を振り返ると、そこには壁があった。さっき通ってきたはずの通路は影も形もなくなっている。そして、黒猫もいつの間にか姿を消していた。……もしかして案内をしてくれたのだろうか。

 

ハッとして時計を確かめる。なんとも奇妙な出来事だったが、今はそれどころではない。……まだ、間に合う!

 

僕は急いで、しかし表面上は何食わぬ顔で魔法薬の教室の扉を開いた。

 

 

 

 

 

僕が椅子に座るのと、スネイプ教授が教室に入ってくるのはほとんど同時だった。スネイプが教室を一睨みすると、一斉にお喋りの声が止んだ。出席を取り終わると、スネイプは生徒を見回した。

 

「本日の授業を始める前に、忘れぬようはっきり言っておこう。来る六月、諸君はフクロウを受けることになる。これは非常に重要な試験である。そこで魔法薬の成分、使用法につき諸君がどれほど学んだかが試される。このクラスの何人かはたしかに愚鈍であるが、我輩は諸君にせいぜいOWL合格すれすれの「可」を期待する。さもなくば我輩の……不興をこうむる。」

 

スネイプは明確に何人かのハッフルパフ生を睨めつけた。レイブンクロー生がクスクスと笑った。

 

「言うまでもなく、来年から何人かは我輩の授業を去ることになろう。我輩は、もっとも優秀なる者にしかイモリレベルの魔法薬の受講を許さぬ。つまり、何人かは必ずや別れを告げるということだ。」

 

僕は横に座っていた生徒に囁く。

 

「ねえ、フクロウとかイモリって何だい?」

 

「試験の略称だよ。普通魔法レベル試験と、めちゃくちゃ疲れる魔法試験さ。五年生はフクロウを受けるんだ。」

 

「ミス・ドゥ・フォンテーヌ。」

 

急に名前を呼ばれて心臓が縮み上がる。振り返ると、スネイプがこちらを睨んでいた。

 

「編入生だからといって試験官は甘い点を与えてはくれん。吾輩も、もちろんそのようなことをするつもりはない。経験の不足は、言い訳にはならん。心するように。」

 

スネイプは視線を外すと、杖を振って黒板に調合の手順を浮かび上がらせた。

 

「本日は安らぎの水薬を調合する。成分と調合法は黒板にある。授業の終わりにビンに詰めて提出すること。始めたまえ。」

 

授業の終わり、教室には色とりどりの湯気が漂っていた。赤に黒に、何をどうしたのか七色に光り輝く煙まである。火花を散らせる鍋や、焦げ付きと化した何かを必死にこそげ取ろうとしている生徒もいる。成功すれば軽い銀色の湯気が立ち上るらしい。僕の鍋からは鈍色の湯気が出ていた。……まあ、光の加減では銀色に見えなくもないだろう。ビンに詰めて提出する。

 

「宿題。羊皮紙三十センチに、月長石の特性と、魔法薬調合に関するその用途を述べよ。木曜に提出。それと、ミス・ドゥ・フォンテーヌ。君には追加の課題を出す。生ける屍の水薬の効用と危険性について、羊皮紙三十センチで述べよ。」

 

「えっ。僕にだけ?」

 

驚いているとスネイプが僕を睨んだ。

 

「四年分の遅れがあることを自覚したまえ。無礼な態度にハッフルパフから一点減点。追加の課題があるからといって宿題は免除しない。木曜日までに両方を提出するように。」

 

授業が終わって教室に出る。最初の授業で減点を貰ったことにショックを受けていると、ハッフルパフの同級生が口々に慰めの言葉をかけてくれた。

 

「気にしないで。スネイプはああいうやつなのよ。」

 

「僕なんて去年、合計で三十点もスネイプから減点を食らったんだぜ。」

 

「お前、それはお前が大鍋を爆発させたからだろう。あのときは全員薬液を被って大変なことになったんだからな。」

 

「……大鍋って爆発するのかい?」

 

「ああ。おかげで一週間、頭から煙が出っぱなしになったよ。」

 

次は呪文学の授業だった。フリットウィック先生も授業の始まりにフクロウ試験の重要性について力説し、授業の終わりには大量の宿題をだした。さらに僕には追加の課題が出された。薬草学の授業でもそうだった。

 

すぐに僕は魔法薬学の減点など気にしている暇はないと気付いた。フクロウ試験のせいでただでさえ宿題が多いのに、各先生が親切心から編入生用の追加課題まで出してくださった。その日の終わりには、提出するレポートを全部繋げた長さが僕の身長を優に超えていた。

 

 

 

僕の最初の一週間は宿題に追われているうちに過ぎていって、いつの間にか金曜日になっていた。その日最後の授業は占い学だった。塔の最上階にある教室の中は蒸し暑く、むせ返るような甘い香りが漂っていた。

 

「ようこそ。」

 

突然、暗がりの中からか細い声がした。僕はびくりと肩を震わせた。暗がりから現れたトレローニー教授はどこか遠くを見つめながらこういった。

 

「この現し世で再び皆様と巡り会えて、嬉しく思います。ミスター・サマーズ、夏休みはどうでしたかしら?」

 

隣の生徒とこそこそと話していた生徒が、ビクリとして振り返った。

 

「えーと、楽しかったですよ。」

 

「そう。でも、お気をつけになって。過ぎたる野心は身を滅ぼすでしょう。」

 

サマーズは全く信じていない顔で、曖昧に頷いた。

 

「ミス・ウィットモア。」

 

女子生徒がうっとりと信奉するような目でトレローニーを見た。

 

「あなたは良いことがあったようですね。その幸福はしばらく続くでしょう。」

 

そのとき、トレローニーの目が突然僕を捉えた。

 

「ああ、なんて可哀想に。」

 

教室中の目が僕を見た。

 

「あなたは近いうちに永遠の別れを告げることになるでしょう。」

 

トレローニーは大袈裟に憐れむように僕を見下ろした。

 

「そうかい、忠告に感謝しよう。気をつけることにするよ。」

 

表面上、僕は平気なふりをした。だが、その後の授業は何も耳に入ってこなかった。

 

 

 

放課後、僕は一人大広間で落ち込んでいた。同じ授業を受けていた子たちは本気にするなといってくれた。どうやら毎年の恒例行事らしい。だが、僕にはとても笑えなかった。本物の予言があることを僕は知っている。……元々、占い学を受けるのは気が重かったんだ。自分で選んだ科目なんだけれども。

 

僕だって、世の中にはでたらめな予言が溢れていることは知っている。ミネルバもでたらめな学問だと言っていた。……きっとあまり気にしすぎない方がいいのだろう。ため息をついて、無理やり別のことを考える。

 

まわりではみんな友達と一緒に雑談したり、週末の予定を立てたりしていた。別に僕だって友達がいないわけではない。例えばミネルバとか、ハリーとか、あとは、えーと……。だけど、彼らとは寮や学年、教師と生徒という壁があってなかなか会えていなかった。……誘い方が分からなかったわけではない。ないったらない!

 

紅茶を飲んで、小さく息を吐き出す。グリフィンドール生が箒を持って外に走っていく。ふと、ミネルバから貰ったプレゼントのことを思い出した。そういえばまだ一度も乗っていない。気分転換するのもいいかもしれない。

 

寮から箒をとってきて、校庭に出る。空はどんよりとした曇りで、それほど暑くはない。腕を広げると、全身に心地よい風が当たる。

 

箒にまたがって、恐る恐る地面を蹴る。ほんの少しつま先が地面から浮いて、そこで止まった。浮いている。本当に浮いている!しばらくその状態を楽しんでから、少し体を前に倒す。箒が徐々に動き出す。体を傾けると、そちらへ曲がる。何度かそれを繰り返すと、少しづつ操作のコツが分かってきた。徐々に速度と高度を増していく。思っていたよりもずっと簡単だ。城壁を飛び越え、すぐに尖塔の高さも超えた。風が耳元で唸りを上げる。すぐ隣をフクロウ小屋のフクロウたちが飛んでいく。下を見ると、校庭で憩う生徒がまるで小さな人形のように見えた。笑い声が口からこぼれる。

 

さらに高度を上げる。鈍色の雲の中に突撃する。視界が真っ白に染まる。全身にびっしりと水滴がついた。そして、突然光が飛び込んできた。思わず目を閉じる。そっと薄目を開ける。そこは一面の雲海だった。まばゆい太陽の光が雲に反射している。上にはいつもよりもずっと深い青の空が広がっている。

 

雲の隙間からホグワーツ城の全景が一望出来た。このまま、どこまでも飛んでいけるような気がする。さっきまで悩んでいたことが、まるでちっぽけなことのように感じられた。

 

僕はしばらく飛んでから、校庭に降りた。夢から覚めたような気分になりながら、地面に足を着ける。今度はハリーたちも誘ってみよう。




たくさんの感想や評価、お気に入りをいただき、本当にありがとうございます!
日間ランキングに載っていてめちゃくちゃ驚きました。
こんなに多くの方に読んでいただけるとは思っていなかったので、とても嬉しいです。
これからも楽しんでいただければ幸いです。
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