謎の屋敷での生活が始まって、数日が経った。
屋敷を見回る中でいくつか分かったことがある。
まず、この屋敷は地下含め3階建てで500年前からあるということ。
築年数については、シェリーさん達がゴクチョーに聞いているのを盗み聞きした。
次にこの屋敷の外について。
外には出られるものの、塀で囲まれていて脱出は困難ということ。
最後に魔女裁判というものについて。
魔女化が進むと殺人衝動や妄想に囚われて、殺人を犯してしまうこと。
その危険人物を排除するために、事件の時に1階にある裁判所で魔女裁判を行う。
1時間の話し合いの後、投票を行って選ばれた人物を処刑する…というらしい。
「クソ……狂ってる……」
そう独り言を言いながら、2階の廊下を歩いていた。
2階に上がると、刺激臭とスプレーの様な音が風に乗ってきた。
この屋敷で、その2つが当てはまるのは一人しかいない。
「ふんふんふーん、ふんふんふーん」
少し先に行くと城ケ崎ノアが壁にスプレーを使って何か書いていた。
「ノアさんはところ構わず絵を描くんだな」
少しの呆れを混ぜつつ、話しかける。
「ん?あ、お医者さんだ〜」
こちらに気づくと、無邪気な笑顔で振り向いてくる。
「のあはね、絵を描くのが大好きなんだぁ。それこそ寝食を忘れちゃうぐらい」
注意しようと思ったが、そんな隙すら与えず絵を描くのを続ける。
どうしようかと頭を掻きながら、スマホを見る。
まだ完全には何の部屋があるか知らないためマップを見回す。
2階には娯楽室、図書館などがあるようだ。
多分、ここに閉じ込められる少女達のストレス発散用…といったところか。
本当に牢屋だな。
そう思いながら他に何かないかとマップをくまなく見ていると、不思議な点があった。
2階の娯楽室の横に部屋があるのだ。
それだけならいいのだが、その部屋には扉がない。
その部屋は中庭に面しており、そこに窓もあったので確実に部屋はあるのだろう。
そして今、ノアさんが絵を描いている場所が丁度その部屋の前。
「えっと、ノアさん?」
「ん〜?どうしたの〜?」
「なんかここで絵を描いているときに違和感とかなかった?」
「ん〜ないかな〜。なんでそんなこと聞くの〜?」
「この壁の裏に部屋があるっぽいんだけど、出入り口がないんだよね」
事情を説明すると、ノアさんは少し考え、顔を上げる。
「じゃあ、ないなら作っちゃえ〜」
そう言って壁に扉の絵を描き始めた。
「え!扉作れるの?!」
「ううん、のあにもわかんない。のあの魔法は「液体操作」だから」
「液体操作?」
「うん。液体なら自由に操れるんだ〜。絵を描くことにしか使えないけど」
そうしている間にノアさんは扉の絵を描き終わっていた。
そして、スプレーの噴射を止めた瞬間、ガチャという音が鳴った。
「え!?ほ、本当に扉できちゃった…」
ノアさんが驚愕の表情を浮かべている。
「とりあえず、入ってみるか」
僕が扉を開けて中を見てみると、そこはアトリエのようだった。
経年劣化などはあるものの、彫刻やキャンバス、絵の具等があり、まだ十分使えそうだった。
「わ〜、ここならいっぱいお絵描きできるね!」
ノアさんが目を輝かせながら、いろいろと触っている。
「こんなところが監獄みたいなところにあるとはな」
僕も流石に感心してしまった。
「あら?こんなところに扉なんてありましたかしら」
「そうですね、それに中から声が聞こえますし」
「この声、ノアちゃんと永夢さんじゃない?」
外から声が聞こえたと同時に、扉が開かれる。
入ってきたのはハンナ、シェリー、エマの3人だった。
「あ、永夢さんにノアちゃんこんにちは」
「すごいですわね、ここ。いろいろ作れそうですわ」
「じゃあ、皆にもさっそく伝えちゃいましょう!!」
そうしてしばらくすると他の少女たちもうわさを聞きつけて集まってきた。
「う~ん」
その中でノアさんは何か悩んでる様子だった。
「?何を悩んでるんだ?」
そう聞くと何か思い立った様子で、顔を上げる。
「決めた!今日からここの部屋の名前は『ノアのアトリエ』にする!!」
自信満々に宣言する様子のノアさんは何処かおかしくも、かわいくもあった。
そうしてその部屋の前には『ノアのアトリエ』と達筆な文字の看板が置かれていた。
それを書くのには俺も協力していたのだが、その時にとあることが起こった。
俺が木のささくれで指をけがしてしまったのだ。
血を止めようと抑えたりしていたところ、ノアさんが駆け寄ってきた。
「…血ってなんか怖い」
そう言うと怪我した指を掴み、何か念じた。
そして指から手を離すと、そこには蝶が居た。
「の、ノアさんこれは?」
「えへへ、すごいでしょ。のあ、蝶の絵なら自由自在に操れるんだぁ」
「でも、なんで血を蝶に?」
「血ってなんか怖いでしょ?だからみんなが怖がらない様にって」
液体なら何でも行けるんだな。
「あとね、これは全員に特別な力をかけたから、皆の出血もぜーんぶ蝶になるよ!」
少し独特だが、これも彼女なりの思いやりだろう。
そう思うと、どこか笑みがこぼれた。
それは人から人に伝播し、全体に暖かい空気になった。
誰もがこんな日常が続くと思っていた。
だが、それは翌日の朝に裏切られることになる。
朝起きた後に身支度を整え、屋敷内を見回る。
朝食に行こうにもまだあまり空腹ではないため、少し動こうと思ったのだ。
そうして各所を回りながら、お腹を空かしていると中庭に差し掛かる。
すると何か生垣に違和感を覚えた。
妙に一つだけくぼんでおり、明らかに不自然だった。
それに何か異臭もする。
何か落ちているのかと思い、生垣を覗いてみる。
そこにはここで一番信じたくない光景が広がっていた。
傷口から飛び立つ蝶、喉と胸に突き刺さった鋭利なもの。
開ききった瞳孔、生気を失った白すぎる肌。
そして…転がっている画家のような帽子。
城ケ崎ノアはそこで生命活動を停止していた。
「ん?永夢さんどうしたん…うわあああああぁ!!!」
後ろからアリサさんに声をかけられるものの、彼女もこの光景を見て、悲鳴を上げた。
そしてその悲鳴を聞きつけて、何人も少女が集まり現場を目撃する。
その発見から10分も立たないだろうか、スマホから通知が鳴った。
送信相手はゴクチョーのようだ。
『はぁ…、起きちゃいましたね、殺人事件』
『今日の12時から魔女裁判を開廷します』
誰もがあの狂気の儀式を行うのだと、戦々恐々としていた。
悪魔の儀式