学マス~チートPと一緒に初星学園を無双する話~ 作:みちみちお
初夏の気配を含んだ爽やかな五月の風が、初星学園の広大な敷地を吹き抜けていた。
校内を彩る木々は瑞々しい新緑の葉を茂らせ、アイドル科本棟の渡り廊下には、春の入学当初の初々しさを脱ぎ捨てた生徒たちの熱気とざわめきが満ちている。
この時期、学園内で交わされる会話の大部分を占めていたのは、間もなく開催される一つの大きなイベントについてだった。
「フレッシュアイドル公演」――。
四月の「新入生歓迎ライブ」を経て本格的に活動を開始した新入生たちが、最初に公式なステージへと挑む五月の定期公演である。
初星学園のライブ制度において、生徒は各学期に最低一回の定期公演への出演が義務付けられており、その実績や成長度が学期末の成績評価に直結する。プロデューサー科の生徒たちにとっても、自らが手掛ける新鋭アイドルの実力を学園の内外へ知らしめるための、絶好の登竜門と位置づけられていた。
購買部の前や渡り廊下では、すでに公演へのエントリーを済ませたプロデューサーとアイドルたちが、熱心にステージ構成の資料を広げて議論を交わしている。
「五月のフレッシュ公演で上位を取れば、七月の夏季H・I・Fの選抜でも有利に働くはずだ」
「絶対にここで爪痕を残して、知名度を跳ね上げるぞ!」
そんな前のめりな野心と緊張感が学園中を満たす中、アイドル科本棟の三階――「プロデュースオフィス 304号室」の中には、それらとは一線を画す静謐な空気が流れていた。
ブラインドの隙間から差し込む柔らかな陽光が、三人掛けのソファとローテーブルを明るく照らし出している。
そのテーブルの上には、初星学園から配布された「五月期 定期公演(フレッシュアイドル公演)出場申請書」が広げられていた。
提出期限を翌日に控えたその書類の署名欄は、いまも真っ白な空白のまま残されている。
ソファの中央に座る天宮優は、仕立てのよいスーツの腕を組み、手元の資料を真剣なサファイアの碧眼で見つめていた。
目にかからない長さに切り揃えられた白銀の髪が、微風にさらりと揺れている。
その優を挟むようにして、右隣には月村手毬が、左隣には秦谷美鈴が腰を下ろしていた。
「……それで、優さん。五月の公演、私たちはどうするの?」
手毬が腰まで届く漆黒のウェーブヘアを揺らしながら、身を乗り出して優の横顔を覗き込んだ。
その黒い瞳には、隠しきれない焦燥と、舞台への強い飢えが微かに滲んでいる。
「周りの新入生は、みんなエントリーを出してるわよ。中野Pのところの紫雲清夏も、佐藤Pのところの倉本千奈も、みんな五月の舞台に向けて連日ダンスレッスン室に籠もりっきりだし……私たち、出ないの?」
手毬の問いかけは、至極もっともなものだった。
かつて中等部で「ナンバーワン」と称されながらも挫折を味わい、初星学園に入学してからも周囲から腫れ物扱いされてきた手毬である。
天宮優という最高のプロデューサーと巡り合い、地下スタジオで自らの声の覚醒を実感したいま、一刻も早く公のステージに立ち、自分を見限った者たちに自らの実力を証明したいという焦りが生まれるのは当然だった。
左隣の美鈴は、手毬のように急かすことはせず、お淑やかに両手を膝の上で揃えながら、静かに優を見つめていた。
黒髪のセミロングを耳にかけ、穏やかな微笑みを湛えているが、その瞳の奥には優の決断をじっと待つ深い真剣さが宿っている。
優は組んでいた腕を解き、二人の目を順番に、真っ直ぐに見つめ返した。
その表情には、二十歳の青年らしい揺るぎない覚悟と、担当アイドルへの深い誠実さが満ちていた。
「結論から言います。……手毬さん、美鈴さん。僕は、二人の五月のフレッシュアイドル公演への出場を、見送りたいと考えています」
「――っ! 見送る……!?」
手毬が息を呑み、思わずソファから腰を浮かせかけた。
「どうしてよ、優さん! 私たちの実力なら、フレッシュ公演くらい余裕でトップを狙えるはずでしょ!? 優さんの神調整レッスンのおかげで、声の出方だって今までとは比べ物にならないくらい良くなってるのに……!」
悔しさと困惑を露わにする手毬。
だが、優は静かに首を横に振った。その声音はどこまでも柔らかく、けれどプロデューサーとしての絶対的な確信を帯びていた。
「ええ、二人のポテンシャルなら、今の段階でも並の新入生を圧倒することは十分に可能でしょう。……ですが手毬さん、美鈴さん。今の二人の状態は、厳しい言い方をすれば、まだ『レッスンが中途半端な段階』なんです」
「中途半端……?」
美鈴がおっとりと、けれど鋭く反応して小さく呟いた。
「そうです。青山の地下スタジオで、二人はこれまでの殻を破り、新しい表現の扉を開けました。手毬さんは完璧主義の檻から抜け出して剥き出しの感情を歌に乗せる感覚を掴みかけ、美鈴さんは誰かの引き立て役ではなく、自らの包容力で世界を支配するソロの輝きに目覚めつつある。……ですが、それはまだ『掴みかけた』だけに過ぎないんです」
優はホワイトボードを指差した。そこには、六月下旬に予定されている学期末の決戦――「実力発表ライブ・学期成績判定」の文字が記されている。
「今、五月の公演に出てしまえばどうなるか。ステージという本番のプレッシャーに晒された瞬間、人間は無意識に、過去に染み付いた『古い癖』に逃げてしまうんです。手毬さんは失敗を恐れて再び喉を締め付け、正確さだけを求める歌い方に戻ってしまうかもしれない。美鈴さんは周囲の目を気にして、また誰かに譲るような控えめなパフォーマンスに甘んじてしまうかもしれない。……中途半端な完成度のまま中途半端な成功を収めてしまうことこそが、成長にとって一番の毒なんです」
優のサファイアの碧眼が、熱い光を帯びて二人を包み込んだ。
「僕はね、二人をそこそこのアイドルで終わらせるつもりはありません。ある程度、誰が見ても文句のつけようがない完璧なレベルにまで仕上げてから、世に解き放ちたいんです。五月はあえて雌伏の時とし、青山の要塞スタジオで徹底的に基礎を固め、二人の新しい個性を血肉に変えることに専念させたい。そして――六月の実力発表ライブで、初星学園の全員が度肝を抜くような圧倒的なパフォーマンスを見せつける。……それが、僕の描くロードマップです」
「諦めればそこでお終いだ。泥臭くてもいい。それで前に進めるなら僕は惨めでも歩み続ける」
優は自らの信条を口にした。
「目先の拍手を浴びるために焦る必要はありません。泥臭く基礎を積み上げ、本物の実力を手に入れた者だけが、最後に一番高い場所へ立てるんです。……二人には、僕のこの選択を信じてほしい」
優の言葉は、まるで澄んだ鐘の音のように、静まり返ったオフィス内に響き渡った。
そこには、保身や打算は微塵も存在しなかった。ただ純粋に、月村手毬と秦谷美鈴という二人のアイドルの未来を誰よりも高く見据え、その才能を極限まで開花させようとする、プロデューサーとしての至高の誠実さだけがあった。
手毬は、握りしめていた拳をゆっくりと解いた。
胸の奥にあった焦燥感が、優の温かな熱量によって綺麗に溶かされていくのを感じていた。
(……そうよね。優さんの言う通りだわ)
手毬は自嘲気味に口元を緩めた。自分はまた、周りに流されて焦り、目先の結果ばかりを求めようとしていたのだ。
けれど、目の前の青年は、自分たち以上に自分たちの可能性を信じ、遠い頂を見据えてくれている。
手毬は顔を上げ、黒い瞳に澄み切った光を宿して優を見つめ返した。
「……わかりました、優さん。優さんがそう言うのなら、私、信じます。五月の公演は見送って、六月にすべてをぶつけるわ。優さんの言う通り、完璧に仕上げて、学園中の度肝を抜いてやるんだから!」
「手毬さん……! ありがとうございます」
優が嬉しそうに目を細めると、左隣の美鈴もまた、ふわりと花が綻ぶような極上の笑みを浮かべた。
「ええ、私も全く同じ気持ちですよ、優さん。優さんのご判断に狂いなどあろうはずがありませんもの。六月の舞台で、優さんに最高の景色をお見せできるよう、基礎固めに専念いたしますね」
二人の迷いのない言葉に、優は胸を打たれ、深く頭を下げた。
「手毬さん、美鈴さん、本当にありがとう。二人を信じて、最高の六月を迎えられるよう、僕も全力を尽くします」
こうして、五月の選択は定まった。
目先の定期公演をあえて見送り、一学期の集大成である六月の実力発表ライブへと照準を合わせる――。
初星学園の常識を覆す異端児プロデューサーと二人の歌姫の覚悟が、ここに結実した瞬間だった。
キーンコーンカーンコーン――。
張り詰めていた空気を解き放つように、四時間目の終了と昼休みの始まりを告げる学園のチャイムが高らかに鳴り響いた。
重々しい会議を終えたオフィスの空気が、一瞬にして弛緩する。
「ふぅ……! 緊張したぁ!」
手毬がソファの背もたれに倒れ込み、ぐったりと手足を伸ばした。
「真剣に話してたら、急激にお腹が空いてきたわ……。優さん、お昼ご飯はどうするの? まさか、今日も購買部のパンで済ませる気じゃないでしょうね?」
手毬の指摘に、優は気まずそうに視線を泳がせた。
「あはは……実は、購買部のサンドイッチでも買ってこようかと思っていたんですが……」
相変わらず家事が壊滅的な優にとって、昼食の調達は毎日の小さな難関だったのだ。
すると、美鈴が待ってましたと言わんばかりに、優雅に立ち上がった。
「ふふ、ご心配には及びませんよ、優さん」
美鈴はオフィスのキャビネットの上から、上品な紫色の風呂敷に包まれた、ずっしりと重そうな荷物を両手で抱えて持ってきた。
「あら、美鈴。それ……何?」
手毬が目を丸くする。
美鈴はローテーブルの上の書類を丁寧に端へ寄せると、風呂敷の結び目を器用に解いてみせた。
現れたのは、見事な漆塗りの光沢を放つ、特大の「三段重箱」だった。
「おぉ……!」
優が思わず感嘆の声を漏らした。
「秦谷……美鈴さん、これ、まさか……」
「はい、優さん。今朝、青山の優さんのお屋敷のキッチンをお借りして、三人分のお弁当を腕によりをかけて作ってまいりましたよ」
美鈴が得意げに微笑みながら、重箱の蓋を一段ずつ開けていく。
パカッ、パカッ、パカッ――。
重箱が開かれた瞬間、オフィス内に食欲を激しく刺激する極上の香りと、目を見張るような色彩の饗宴が広がった。
一段目には、艶やかに炊き上げられたお米で作られた、色とりどりのおにぎり。鮭と大葉、自家製の梅干し、昆布の佃煮、そして香ばしい焼きおにぎりが美しく整列している。
二段目には、メインとなる肉料理の数々。美鈴特製のジューシーな鶏の唐揚げ、照り焼きつくね、アスパラガスの肉巻き、そして丁寧に飾り切りされたタコさんウインナーがぎっしりと詰め込まれていた。
そして三段目には、色鮮やかな副菜の山。出汁の香る黄金色の厚焼き玉子、きんぴらごぼう、ほうれん草の胡麻和え、ブロッコリーとミニトマトの彩りサラダ。
料亭の行楽弁当か、高級デパ地下の特選御膳かと見紛うほどの、完璧な完成度だった。
「す、すごい……! 本当に、これを今朝作ったんですか、美鈴さん!?」
優がサファイアの碧眼を丸くして見入ると、美鈴は嬉しそうに胸元に手を当てた。
「優さんに喜んでいただきたくて、少し早起きをしてしまいました。……あ、でも、まりちゃんも手伝ってくれたのですよ?」
「えっ、手毬さんも?」
優が驚いて手毬を見ると、手毬は待ってましたとばかりに胸を張り、得意満面の笑みを浮かべた。
「ふふん! そうよ優さん! その三段目の卵焼き、卵をボウルに割って、菜箸で白身を切るように混ぜたのは私なんだから! 殻も一つも入れなかったんだからね! ちゃんと私の愛情も入ってるんだから、心して味わいなさいよね!」
「あはは、卵を混ぜてくれたんですね。手毬さん、ありがとうございます」
優が優しく微笑みかけると、手毬は「えへへ……」と照れくさそうに頬を染めた。
「さあ、冷めないうちにいただきましょう。優さん、どうぞ」
美鈴が割り箸を優に手渡し、手を合わせて「いただきます」と声を揃える。
優が割り箸を割り、どれから箸をつけようか迷っていた、まさにその時だった。
「――優さん」
鈴の音のように澄んだ、極めて甘やかな声がすぐ左隣から響いた。
優が振り返ると、美鈴が自らの割り箸で、つやつやとした赤いタコさんウインナーを一つ摘み上げていた。
美鈴は黒髪をさらりと揺らし、潤んだ瞳で優の唇を見つめながら、首をコテンと傾けたのだ。
「まずはこちらを召し上がってくださいな。……はい、あ〜ん、ですよ」
「――ぶっ!?」
優は思わず息を吹き出しそうになり、背筋をピンと硬直させた!
目の前に差し出されたタコさんウインナーと、至近距離から向けられる美鈴の甘美な微笑み。
「あ、あの……美鈴さん!? じ、自分で食べられますから! 僕の手で食べられますから大丈夫です……っ!」
二十歳の青年として、そして真面目なプロデューサーとして、優の理性と羞恥心が激しく警鐘を鳴らした。
だが、美鈴はお淑やかな微笑みを崩さず、お箸を引こうとはしなかった。
「あら、遠慮なさらないでくださいな、優さん。午前中の重要なお話し合いで、お頭をたくさん使ってお疲れでしょう? 優さんにエネルギーを補給して差し上げるのは、担当アイドルとして……いえ、お世話係としての私の務めですもの。ほら、お口を開けてくださいな。あ〜ん」
美鈴の逃げ場のない「あーん」の猛攻!
優が真っ赤になってタジタジと後ずさりしかけた、その瞬間――。
ドゴォォォンッ!! と幻聴が聞こえるほどの勢いで、右隣の月村手毬が爆発した!
「な……ななな、何してるのよ美鈴ぅぅぅぅっっ!!!!」
ソファが軋むほどの勢いで手毬が立ち上がり、顔をこれ以上ないほど朱色に染め上げて美鈴を指差した!
「あーんって何よ、あーんってぇぇぇっ!? なんで学園の事務所で優さんにそんな破廉恥なことしてんのよ! 抜け駆けもいい加減にしなさいよぉぉぉっ!!」
美鈴はタコさんウインナーを掲げたまま、涼しい顔で手毬を一瞥した。
「あら、まりちゃん。破廉恥だなんて人聞きの悪い。私はただ、優さんにお食事を楽しんでいただこうと甲斐甲斐しくお世話をしているだけですよ。まりちゃんのように騒ぎ立てて優さんを困らせるより、ずっと建設的でしょう?」
「屁理屈こねんじゃないわよタヌキ女ぁぁぁっ!!」
手毬の怒りの炎は、もはや誰にも消せなかった。
手毬は素早い動きで自らの割り箸を割ると、重箱の二段目から、一番大ぶりで肉汁の溢れそうな鶏の唐揚げを力任せに摘み上げた!
そして、優の右側に回り込み、優の顔の正面へと唐揚げを突き出したのだ!
「優さん! 美鈴のウインナーなんかより、この唐揚げを食べなさいよ! 私が下味の醤油と生姜を混ぜるのを見守った、特製の唐揚げなんだから! ほら、口を開けなさい! あ〜〜んよ! あ〜〜〜んっ!!」
「手毬さんまでぇぇぇっ!?」
優の悲鳴がオフィスに木霊した。
右からは、手毬が真っ赤な顔で必死に突き出してくる大ぶりの唐揚げ。左からは、美鈴がお淑やかに微笑みながら優美に迫ってくるタコさんウインナー。
左右から完全に挟み撃ちにされ、優の顔面数十センチの空間で、二つのおかずが激しく交錯する!
「優さん、私の方を先にお召し上がりくださいな。ウインナーのタレが冷めてしまいますよ」
「ダメよ! 私の唐揚げが先よ! ほら、あーん! 早くあーんしなさいってば優さんっ!」
「まりちゃん、割り込むのはおやめなさい。順番というものがあります」
「順番なんて関係ないわよ! 優さんの一番は私なんだから、私が先なのっ!」
「二人とも、落ち着いて! 自分で食べます、自分で食べますから……っ!」
優が両手を挙げて必死に制止しようとするが、もはや完全に火がついた二人の少女の「あーん合戦」が止まるはずもなかった!
「あ〜んっ!」
「あ〜んですよっ!」
「あ〜〜〜んっっ!!」
「――んぐっ!? んむっ!?」
逃げ場を失った優の口に、手毬の唐揚げと美鈴のタコさんウインナーが、ほぼ同時に押し込まれた!
優のサファイアの碧眼が真ん丸に見開かれ、両頬がリスのようにパンパンに膨らむ。
もぐもぐ、と懸命に咀嚼する優。
口の中に広がったのは、唐揚げのパリッとした香ばしい衣と、溢れ出すジューシーな肉汁、生姜醤油のパンチの効いた旨味。
そして同時に、タコさんウインナーの懐かしくも上質な燻製の香りと、ケチャップの甘酸っぱさ。
二つの極上の味が口いっぱいに広がり、怒涛の美味さが脳天を直撃する。
ごくん、と喉を鳴らして飲み込んだ優は、顔を真っ赤にして息を吐いた。
「……っ、ふはぁ……っ!」
「優さん! どうだったの、私の唐揚げは!?」
手毬が期待に満ちた目で身を乗り出す。
「優さん、ウインナーの焼き加減はいかがでしたか?」
美鈴もお淑やかに瞳を輝かせて尋ねる。
優は額の汗を拭いながら、困り果てたような、けれど心からの温かな苦笑いを浮かべた。
「……本当に、二人とも……無茶苦茶ですよ。……でも、信じられないくらい、美味しいです。手毬さんの唐揚げも、美鈴さんのウインナーも……世界一の味ですよ」
優のその言葉に、手毬は「やったぁぁっ!」と飛び跳ねて満面の笑みを咲かせ、美鈴は「ふふ、良かったです」と胸元を押さえて嬉しそうに頬を染めた。
「さあ、まりちゃん。優さんを困らせるのはこれくらいにして、私たちもいただきましょうか」
「そうね! 私、お腹ペコペコだったのよ!」
休戦協定が結ばれ、手毬は勢いよくおにぎりと卵焼きを口に放り込み始めた。
「んん〜〜っ! この卵焼き、私が混ぜたから絶品だわ! 唐揚げも最高! もぐもぐ……!」
「まりちゃん、そんなに頬張っては喉を詰まらせますよ。それに……そんなに勢いよく召し上がっては、太りますよ」
「ふがっ!? ふ、太らないわよぉぉぉっ!! 今日は頭を使ったんだからゼロカロリーよ!!」
「そのような都合のいい理論は通用しません。ほら、お茶を飲みなさいな」
賑やかな笑い声が、オフィスいっぱいに木霊する。
優はお茶を一口すすりながら、二人の微笑ましいやり取りを愛おしそうに見つめていた。
五月のフレッシュ公演を見送るという、勇気ある選択。
それは決して後退ではない。
こうして固い絆で結ばれた三人が、六月の舞台で真の覇者となるための、最高の一歩なのだ。
青山の要塞スタジオで培われる圧倒的な音と、このオフィスで育まれる温かな信頼。
来るべき決戦の夏へ向け、天宮優と二人の歌姫の歩みは、迷いなく力強く前へと進んでいた。