学マス~チートPと一緒に初星学園を無双する話~ 作:みちみちお
明日の20日はメンテナンスがあるそうなので投稿を朝の6時と6時30分にします。
よろしくお願いします。
初星学園アイドル科特別棟、地下へと続く階段の手前に位置する第1スタジオ『スターライト』。
四方の壁を覆い尽くす巨大な鏡と、衝撃を吸収する特注のスプリングフロアが広がるその空間には、噎せ返るような熱気と、張り詰めた静寂が充満していた。
大型の空調設備が微かな駆動音を立てて冷気を送り込んでいるはずなのに、室内の空気は灼熱のサウナのように重く、皮膚にまとわりつく。
ドォン、ドォン、ドォン――。
重低音を響かせるハイテンポなビートが、スタジオの大型モニタースピーカーから容赦なく叩きつけられていた。
そのリズムの渦の真ん中で、一人の少女が嵐のように舞っていた。
燃え盛る炎のような鮮烈な赤髪をポニーテールに結び、鋭利な刃物を思わせる深紅の瞳をギラつかせた少女――花海咲季。
黒のタイトなレッスンウェアは全身から噴き出す汗で肌に張り付き、引き締まった腹筋と無駄のない筋肉美を露わにしている。
元アスリートとして幼少期から培ってきた驚異的な身体能力と体幹の強さを誇る彼女のステップは、常人の倍近いスピードでありながら、寸分のブレもなく床を捉えていた。
激しいターンの直後、咲季は息を整える間もなく、ビートの隙間を縫って喉を開いた。
「――止まらない衝動を、解き放て! 誰よりも速く、頂点へと駆け上がる――……っ!!」
激しい運動量の最中にありながら、マイクを通した歌声は力強く、太く、直線的に空気を切り裂く。
入学試験において実技・学科ともにトップの成績を収め、堂々たる「新入生首席」の座を掴み取った咲季のポテンシャルは、初星学園の同年代の中でも間違いなく頭一つ抜けていた。
だが――。
「ストップ! 止めろ、止めろ!!」
鼓膜を突き破るような怒声が、激しい音楽を力ずくで遮断した。
スタジオの操作卓の前に立っていた青年が、音源のリモコンを乱暴に卓へ叩きつけたのだ。
短く刈り込んだ金髪に、冷徹な黒い瞳。
プロデューサー科の三年生であり、学内最強の作詞作曲家としてチャート十位以内を叩き出す実績を持つ男――高瀬正人だった。
高瀬は傲慢に顎をしゃくり、氷のように冷たい視線を咲季へと突き刺した。
「咲季、何だ今のサビの入りは! テンポ142の十六分音符の裏、コンマ数秒突っ込んだだろうが! ダンスの重心移動に気を取られてピッチがわずかにぶら下がっている! 耳が腐ってんのか!?」
容赦のない罵声が、防音壁に跳ね返る。
「言ったはずだぞ。俺の曲はお前の自己満足の運動会じゃない。一音の狂い、一瞬のタメの遅れが楽曲全体のグルーヴを殺すんだ。新入生首席だか何だか知らんが、この程度の精度で満足しているなら看板を下ろせ! 代わりならいくらでもいるんだよ!」
売れなければアイドルを平然と切り捨て、効率と結果のみを至上命題とする高瀬のプロデューススタイル。
初星学園を牛耳る十王プロダクションの冷徹な合理主義をそのまま体現したようなその態度は、並みの少女であれば涙を流して逃げ出すか、心を折られて萎縮してしまうほどの苛烈さだった。
だが――花海咲季という少女の辞書に、「萎縮」の文字は存在しなかった。
「――っ、はぁっ……はぁっ……!」
咲季は荒い息を吐きながら、乱れた赤髪を乱暴に手で払いのけた。
その深紅の瞳には、涙の一滴すら浮かんでいない。
あるのは、屈辱を燃料にして燃え盛る、底知れない闘争心の紅蓮の炎だけだった。
「……誰が、看板を下ろすって?」
咲季は挑発するように口元を吊り上げ、高瀬を睨み返した。
「コンマ数秒の突っ込みと、ピッチのぶら下がりね。把握したわよ。言われなくても、次のテイクで完璧に修正してあげる!」
「ふん、口だけは達者だな」
「口だけかどうか、その耳で確かめなさいよ! 私は勝負が好き! 勝つのが好き! 負けるのがだ〜いッキラいなの!! あんたの要求がどれだけ理不尽だろうと、全部ねじ伏せて完璧にこなしてやるわよ!」
咲季は再び立ち位置へと戻り、マイクを握り直した。
新入生首席という看板は、誰かに与えられた飾りではない。
自分が血の滲むような努力の末に奪い取った、誇り高き勲章なのだ。
妹の佑芽に対しても、同期のライバルたちに対しても、そしてこの高慢なプロデューサーに対しても、絶対に弱みを見せるわけにはいかない。
「もう一回! 頭から流しなさい、高瀬P!」
「……いい度胸だ。鳴らすぞ」
高瀬が再び再生ボタンを押す。
爆音のイントロが鳴り響くと同時に、咲季の身体が再び躍動した。
先ほど指摘されたサビ前のターン。
咲季は左足の踏み込み位置を数センチ内側へ修正し、遠心力を完全に制御して重心を真下に落とした。
そして、十六分音符の裏――ジャストのタイミングで、寸分の狂いもないピッチのロングトーンを突き刺した。
鏡に映る自分自身の姿を見据えながら、咲季は限界を超えて歌い、踊り続けた。
「――そこまで」
曲の終わりとともに、高瀬が音を止めた。
スタジオに、咲季の激しい息遣いだけが響き渡る。
咲季は膝に手をつきそうになる身体をプライドだけで支え、顎を上げて高瀬を見据えた。
高瀬はタブレットの録音波形を冷ややかに確認し、フンと鼻を鳴らした。
「……チッ。修正してきたか。悪くはない。だが、これくらいできて当然だ。十王プロダクションの頂点、いや初星学園の頂点に立つなら、この程度で満足するなよ」
高瀬は荷物をまとめると、咲季に背を向けた。
「今日のレッスンはここまでだ。自主練をしておけ。五月のフレッシュアイドル公演で無様な真似を晒したら、次はないと思え」
高瀬はそれだけを言い捨てると、振り返りもせずにレッスン室の防音ドアを開けて出て行った。
バタン、と重厚なドアが閉ざされた瞬間。
「……っ、ふぅぅぅぅぅ……っ!!」
咲季は張り詰めていた糸が切れたように息を吐き出し、壁際へと崩れ落ちるように腰を下ろした。
冷たい壁に背中を預け、両足を投げ出す。
全身の筋肉が熱を持ち、心臓が早鐘のように肋骨を内側から叩いていた。
「……っ、痛快なくらい性格の悪い男ね、相変わらず……」
咲季は額に張り付いた赤髪をかき上げ、荒い呼吸を整えながら自嘲気味に呟いた。
高瀬正人の指導は、優しさや温もりとは対極にある。ミスをすれば罵倒され、結果を出さなければ即座に切り捨てられる恐怖と常に隣り合わせだ。
だが、プロデューサーとしての腕が本物であることもまた、咲季は認めざるを得なかった。
高瀬の要求するミリ単位の精度に食らいつくことで、自分自身のパフォーマンスが急速に研ぎ澄まされ、確実にレベルアップしている実感はあったからだ。
咲季は床に置いてあったスポーツバッグから、一つの特注シェイカーボトルを取り出した。
透明なボトルの中で、蛍光グリーンにも似た、不気味な光を微かに放ちながらドロリと揺らめくペースト状の液体。
咲季が自らの身体作りのために開発した究極の特製ドリンク――『スーパースタミナドリンク(SSD)』である。
「……よし」
咲季は躊躇うことなくボトルのキャップを開け、その光るペーストを一気に口へと流し込んだ。
味など二の次、効率と栄養補給のみを極限まで追求したドロドロの物体が喉を通り過ぎていく。
周囲のアイドルたちからは「怪しすぎる」「毒を飲んでいるのか」と恐れられている代物だが、アスリート出身の咲季にとっては、枯渇した筋肉と内臓へ即座にエネルギーを叩き込むための最高の燃料だった。
ごくん、と飲み干し、咲季は「ぷはぁっ!」と息を吐いた。
体内を巡る濃厚なアミノ酸とビタミンが、疲弊した細胞を急速に修復していく感覚がある。
「ふぅ……生き返ったわ。……さて、五月の『フレッシュアイドル公演』、ね」
咲季は膝を抱え、鏡に映る自分の顔を見つめた。
五月の定期公演――新入生たちが初めて公の舞台で激突する、最初の公式戦。
「勝負が好きで、負けるのが大嫌い」な咲季にとって、その舞台で目指す場所はただ一つ、「ぶっちぎりの一位」以外にあり得なかった。
妹の佑芽にも、他の誰にも、新入生首席としての意地にかけてトップの座を譲る気は微塵もない。
しかし――。
咲季の脳裏に、数日前に学内の掲示板に張り出された「五月期 定期公演 エントリー者一覧」の紙面が思い浮かんだ。
そこに刻まれた名前に、咲季はずっと引っ掛かりを覚えていたのだ。
「……あいつ、一体何考えてるわけ?」
咲季の唇から、小さく不満げな呟きが漏れた。
エントリーリストには、妹の花海佑芽はもちろん、中野仁が担当する紫雲清夏や、佐藤健太が担当する倉本千奈など、有望な同期新入生たちの名前がずらりと並んでいた。
だが――そこに、あるはずの名前がなかったのだ。
月村手毬――。
中等部時代に「ナンバーワン」と称され、圧倒的な歌唱力を誇りながらもユニットの解散で挫折を味わった、あの因縁の元エリート。
現在、初星学園の学生寮において、咲季、藤田ことねと同室で暮らしているルームメイトの名前が、五月のリストから綺麗に抜け落ちていたのである。
「……手毬のやつ、エントリーしてないなんてね」
咲季は首を傾げ、記憶を手繰り寄せた。
中等部時代の華々しい実績と、それ以上に有名なあの偏屈でストイックすぎる性格。
手毬がどれほど歌に執着し、どれほど早くステージに戻りたがっていたか、同じ部屋で暮らしていれば痛いほど分かっていたはずだった。
入学当初は、部屋でもピリピリとした刺々しい空気を放ち、咲季やことねに対しても「別に、どうでもいいけど」と壁を作っていた手毬。
夜遅くまで一人で自主練に籠もり、喉を痛めつけるように歌っていたあの手毬が、最初の定期公演という絶好のチャンスを自ら見送るなど、咲季には信じられなかった。
しかも、最近の手毬の様子はおかしかった。
ここ一、二週間というもの、手毬は放課後になると風のように寮から姿を消すようになったのだ。
かつてのような悲壮感漂う自主練の気配ではない。
何やら嬉しそうに、けれど人目を忍ぶようにしてそそくさと学外へ向かい、夜遅くまで帰ってこない。
それどころか、数日前には「ちょっと必要なものがあるから」と言って、寮の部屋から私服やレッスン着、予備の制服をごっそりと大きなボストンバッグに詰め込んで、どこかへ運び出していたのだ。
「手毬、あんたそれ何処に持ってくわけ?」
咲季が尋ねても、手毬は顔を真っ赤にして「べ、別にいいでしょ! プライベートよ!」と怒鳴り散らして逃げていってしまった。
「……絶対に、あのプロデューサーの仕業よね」
咲季の脳裏に、一つの端正な顔立ちが浮かび上がった。
天宮優――。
二十歳で初星学園プロデューサー科に入学してきた、あの銀髪碧眼のハーフの青年。
噂では、入学早々に手毬から泣きつかれてプロデュース契約を結び、さらにはその翌日には、あの秦谷美鈴まで追加で担当にしたという、学園始まって以来の規格外の異端児。
(天宮P……)
咲季も学内で何度かすれ違ったことがある。
身のこなしの一つひとつが洗練されていて、上品で、それでいて芯の通った穏やかな眼差しを持つ男。
高瀬のように怒号を飛ばすこともなく、いつも柔らかく笑っているあの青年。
「美鈴が出てないのは、まあ分かるわよ」
咲季は小さく息を吐いた。
「あっちは昔からマイペースだし、放っておくと日向ぼっこしてお茶ばかり飲んでるようなサボり魔みたいなところがあるからね。五月をパスしてのんびり準備するって言われても、驚きはしないわ」
美鈴の性格を知る者からすれば、彼女が早期の公演を見送るのは納得がいく。
だが、手毬は違う。
あの負けず嫌いで、飢えた獣のようにトップへの返り咲きを狙っていた手毬が、五月の舞台を棒に振るなどあり得ないはずなのだ。
「……天宮Pが、止めさせたってことかしら?」
咲季の鋭い直感が、真相の輪郭を捉え始めていた。
未熟な状態で舞台に立たせるのを嫌い、あえて手毬の手綱を引いて、基礎固めに専念させている……?
もしそうだとすれば――。
咲季の胸の奥で、カッと熱い火花が散った。
「……舐められたものね」
咲季は立ち上がり、握りしめた拳を自らの胸に当てた。
「私たちが五月の舞台で必死に凌ぎを削っている間に、高みの見物でも決め込む気かしら? それとも……六月の『実力発表ライブ』で、完璧に仕上げた手毬をぶつけて、まとめてかっさらうつもり?」
もし天宮優の狙いがそこにあるのだとすれば、それは咲季にとって、これ以上ない宣戦布告だった。
自分は高瀬の過酷なレッスンに耐え、今この瞬間も泥を啜るようにして完成度を高め、五月の頂点を獲りにいく。
その自分たちの戦いを横目に、力を蓄えて六月に奇襲を仕掛けようというのなら――。
「受けて立つわよ、月村手毬」
咲季は不敵な笑みを浮かべ、鏡の中の自分を真っ直ぐに見据えた。
深紅の瞳が、獲物を狙う猛禽のように鋭く光る。
「あんたがどんなに凄いレッスンを受けていようが、どんな隠し球を用意していようが関係ない。五月のフレッシュ公演は、私がぶっちぎりの一位を獲る。……そして六月の実力発表ライブでも、あんたたちをまとめてねじ伏せて、新入生首席が誰なのかを思い知らせてあげるわ!」
咲季は再び再生機のリモコンを手に取った。
高瀬との過酷なレッスンを終えたばかりの身体は悲鳴を上げていたが、咲季の情熱は疲労などとうに消し去っていた。
ドォン、と重低音のビートが再びスタジオを揺るがす。
咲季は一人、夜の帳が下りる特別棟のレッスン室で、鬼気迫るステップを踏み出し始めた。
孤高の紅蓮が、静かに、けれど激しく燃え盛っていた。
やがて訪れる六月の激突へ向け、初星学園の頂を目指す少女たちの闘志は、見えない場所で確実に火花を散らし合っていた。