学マス~チートPと一緒に初星学園を無双する話~ 作:みちみちお
今回は既存の曲のタイトルを使わせていただきました。タイトルくらいなので著作権は大丈夫なはず・・・
深夜の静寂が、港区青山の閑静な住宅街を深く包み込んでいた。
白亜の大豪邸の地上部分は、二階の手毬と美鈴の私室を含め、すべての照明が落とされ、静まり返っている。
だが、その地下深く――外界のあらゆる音や振動を完全に遮断した、分厚い二重防音扉の向こう側にある要塞スタジオの中だけは、灼熱の熱気と無数の電子光で満ちあふれていた。
コントロールルームの中央、Neveの巨大アナログミキシングコンソールの前に、天宮優は一人で座っていた。
部屋着のシャツの袖をまくり、目にかからない長さに切り揃えられた白銀の髪を無造作にかき上げる。サファイアのような碧眼は、マルチディスプレイに映し出されたDAWの膨大なトラックと波形データを、獲物を射抜く鷹のように鋭く見つめていた。
コンソールの上には、優が自らの手で書き殴った無数の五線譜とコード進行のメモ、そして手毬と美鈴の過去の歌唱データや声帯の周波数特性が記された分析シートが散乱している。
「……六月の『実力発表ライブ・学期成績判定』まで、残された時間はあとわずかだ」
優は低く、独り言を呟いた。
五月のフレッシュアイドル公演をあえて見送り、青山の地下要塞で徹底的に己の殻を壊すレッスンを重ねてきた二人。
昨日のセッションを経て、手毬は「失敗を恐れて型にはまる臆病さ」を脱ぎ捨て、美鈴は「手毬を優先し引き立て役に甘んじる弱さ」を打ち砕いた。
二人は互いを傷の舐め合いをする幼馴染ではなく、己の全存在を懸けて倒すべき「負けたくないライバル」として再認識し、真のソロアイドルとして覚醒を果たしたのだ。
ならば、プロデューサーである自分がやるべきことは、ただ一つしかない。
覚醒した二人の新しい個性を、初星学園の、いや世界中の観客の脳天へと叩きつけるための、「最高のソロ楽曲」を用意すること。
優の胸の奥底で、前世から受け継いだ記憶と、女神から授かったチート能力『音楽に愛されし者』が、かつてないほどの激しい唸りを上げていた。
高校生の頃、覆面歌手「天月」として三曲連続ダブルミリオンを叩き出し、音楽界を震撼させたあの伝説の才能のすべてを――今、目の前にいる二人の愛おしい歌姫のために、余すところなく注ぎ込む時が来たのだ。
「まずは……手毬さんの曲だ」
優は鍵盤へと両手を伸ばした。
脳裏に浮かぶのは、月村手毬という不器用で、愛らしく、そして誰よりも歌に狂った少女の横顔だった。
中等部で「ナンバーワン」と称されながらもユニットを崩壊させ、孤独の中で傷つき、完璧でなければ価値がないと思い詰めていた少女。
「自分は面倒くさい女だから」と自嘲しながら、それでも泣きながら「もう一度歌いたい」「自分を好きになりたい」と優の胸に飛び込んできたあの日。
その手毬が、昨日のレッスンでついに「美鈴に勝ちたい」「私の歌を聴け」と、剥き出しの魂で咆哮したのだ。
そんな手毬に歌わせるべき曲。
それは、当たり障りのない優等生的なアイドルソングなどであってはならない。ピッチの正確さや技術の品評会のような曲でもない。
不器用で、意地っ張りで、空回りばかりしてきた彼女が、
「完璧じゃなくてもいい、不安でもいい。それでも“誰かに届くために進み続ける”ことに意味がある」
と、自らの弱さも泥臭さもすべて抱きしめて前へ叫ぶための曲でなければならない。
優の指先が、鍵盤を力強く叩いた。
ジャーン――と、澄み渡るピアノの硬質な和音がスタジオの空気を切り裂く。
そこへ、優はDAW上でオルタナティブ・ロックの鋭利なディストーションギターと、地鳴りのようなベースライン、そして高速で疾走するドラムビートを重ねていった。
さらに、ただのロックでは終わらせない。
手毬が本来持っている気品と、劇的な感情の起伏を支えるために、荘厳なシンフォニック・ストリングスとブラスセクションを幾重にもレイヤーしていく。
ジャンルは――オルタナティブ・ロックを軸にした、シンフォニック・アイドルポップ。
曲のタイトルは、すでに優の頭の中で決まっていた。
――『Luna Say Maybe』。
手毬が、自分は本当に大丈夫だろうかと不安を抱え、うまくやれるはずだと自分に言い聞かせながら、息継ぎすら忘れてがむしゃらに走り続ける姿。
言葉足らずで、たくさんのものを失い、冷たい雨に打たれるような孤独な日々を過ごしてきたけれど――それでも、偽りのないありのままの思いを全身全霊で歌に乗せ、舞台裏で震える背中をプロデューサーに預けて、一番の特等席で見守る相手のために自らの輝きを証明してみせる決意の歌。
「……いいぞ。これだ」
優の指先が、神がかり的なスピードでコンソールのフェーダーとキーボードを駆け巡る。
Aメロの静かな葛藤から、Bメロで自らの存在を肯定しようとする焦燥、そしてサビで大爆発するシンフォニック・ロックのダイナミクス。
手毬がNeumann U47の前で、喉の奥から魂を絞り出して絶唱する姿が、鮮明に脳裏に浮かび上がってくる。
彼女のハイトーンの抜け、倍音の豊かな広がり、そして息を吸い込む切実なブレスの音までもが、完璧な調和を保ってトラックの中に組み込まれていった。
午前三時を回る頃、『Luna Say Maybe』のデモトラックとフルアレンジが、完璧なクオリティで完成した。
優は深く息を吐き、冷たいミネラルウォーターを一気に喉へと流し込んだ。
額にはびっしりと汗が浮かんでいたが、サファイアの碧眼は少しも濁っていなかった。
「休んでいる暇はないな……次は、美鈴さんだ」
優は空になったグラスを置き、再びコンソールの前に向き直った。
脳裏に描くのは、秦谷美鈴という少女の姿。
いつもおっとりと微笑み、誰に対しても優しく、手毬のお世話を焼きながら、自らは一歩引いて引き立て役に甘んじていた大和撫子。
だが、その穏やかな仮面の裏に隠されていたのは、「傷つくのが怖い」「誰かと本気で競い合って負けるのが怖い」という痛切な自己防衛と、そして誰よりも熱く強欲な「愛への独占欲」だった。
昨日のレッスンで、美鈴はその甘えを粉砕し、「優さんのすべてを奪い去る」「まりちゃんを踏み台にしてでも勝つ」と、妖艶で獰猛な本性を曝け出したのだ。
そんな美鈴に贈るべき曲。
それは、安っぽい応援歌や、元気いっぱいに背中を押すような曲ではない。
美鈴の武器は、聴く者すべてを包み込み、絡め取り、逃げ場のない愛で平伏させる圧倒的な包容力だ。
ならば、この曲が目指すべき地平は――
あえて「前に進め」と言わないことで、結果的に前に進ませてくれる曲。
優はピアノの音色を選び直した。
今度はアタックの強いロックピアノではなく、どこか哀愁を帯び、繊細なリバーブの海に溶けていくような、極上のアップライトピアノの音像。
切なく、美しく、そして胸を締め付けるコード進行が紡ぎ出される。
ジャンルは――ピアノロック寄りのエモーショナルJ-POP。
曲のタイトルは、『シオン』。
花言葉に「追憶」「君を忘れない」の意味を持つ紫苑(シオン)の名を冠したこの曲は、茜色の夕空が夜空の星へと移ろう黄昏の景色の中で、胸の奥に残る冷めない熱と、言えなかった言葉の残響を紡ぎ出す。
別れの言葉を飲み込んだまま、大切なものを失うことを恐れ、自分のことは忘れてほしいと物分かりのいい強がりを口にしながらも、心の底では「どうか忘れないで、私だけを見つめていてほしい」と痛切に希う、剥き出しのエゴと愛しさ。
無理に涙を拭おうとしない。
無理に過去を否定しようともしない。
ただ、胸が張り裂けそうなほどの愛しさと痛みをそのまま抱きしめ、いつかまた笑顔で巡り会う未来を祈ることで、聴く者の背中をそっと前へと押し出していく。
「……美鈴さんの、あのシルクのようなウィスパーボイスと、艶やかなチェストボイスのグラデーションに……完璧に噛み合うはずだ」
優の指先が、鍵盤とフェーダーの上で踊る。
ピアノの切ない旋律の背後で、タイトで重量感のあるベースが走り、感情の昂りに合わせてドラムが激情的なビートを刻む。
サビに向かうにつれ、抑え込んでいた感情が決壊するように音が広がり、Telefunken ELA M 251が捉えるべき美鈴の歌声のスペースが、完璧な立体感を持って構築されていく。
東の空が白み始め、地上から鳥のさえずりが微かに届き始める頃。
地下要塞スタジオのモニタースピーカーから、『シオン』の最後のアウトロ――ピアノの消え入りそうな余韻が静かに溶け去った。
「……終わった」
優は椅子の背もたれに深く身を沈め、天井を見上げた。
時計の針は、早朝の六時を指していた。
丸一日近く、食事も睡眠もほとんど取らず、極限の集中状態で音と向き合い続けた身体は、心地よい疲労感に包まれていた。
だが、ディスプレイに並ぶ二つの完成した楽曲の波形を見つめる優の口元には、自然と柔らかな苦笑いが浮かんでいた。
「……あはは。参ったな」
優は白銀の前髪を指先で払い、一人で小さく笑った。
その苦笑の裏にあったのは、抑えきれないほどの高揚感と、プロデューサーとしての悪戯っぽい期待だった。
「この曲を聴いた時……二人は一体、どんな顔をするんだろうな」
手毬はきっと、曲の持つ圧倒的な熱量と、自分の弱さをすべて暴き出したような歌詞に驚愕し、顔を真っ赤にして「な、なによこれ! 私のこと全部お見通しだって言いたいの!?」と怒鳴り散らしながらも、嬉しさに瞳を潤ませるに違いない。
そして美鈴は、自らの内に秘めた強欲な愛を美しく肯定してくれた旋律に息を呑み、胸を押さえて「優さん……なんて罪深い曲をお書きになるのですか」と、あの蕩けるような笑みで優を見つめてくるだろう。
かつて伝説の覆面歌手「天月」として世を震撼させた自らのすべての才能と前世の知識を注ぎ込んだ、正真正銘の最高傑作。
並のアイドルであれば、曲の放つ圧倒的なエネルギーに押し潰されてしまうかもしれない。
だが、今の二人なら――古い殻を破り、ライバルとして覚醒した月村手毬と秦谷美鈴なら、この曲を乗りこなし、自らの魂の翼として羽ばたかせることができるはずだ。
「六月の実力発表ライブ……初星学園の全員に、思い知らせてやろう」
優はサファイアの碧眼に、静かで熱い確信の光を宿した。
新入生首席の花海咲季も、高瀬正人も、他のどんな実力者たちも関係ない。
この二曲を引っ提げてステージに立つ二人の歌姫は、間違いなく初星学園の頂点へと駆け上がる。
地上へと続く防音扉を開けると、階段の先からは、朝食の準備を始めたらしい微かな物音が聞こえてきた。
優は愛おしそうに目を細め、二つの至高の旋律を胸に抱きながら、ゆっくりと階段を上がっていった。