学マス~チートPと一緒に初星学園を無双する話~   作:みちみちお

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本日1話目です。2話目は20時30分投稿予定。


6話 お淑やかなる猛攻

 柔らかな春の陽光が、アイドル科本棟の二階に位置する1年2組の教室を穏やかに照らしていた。放課後を控えた午後の休み時間、教室の中はそれぞれのグループに分かれた女子生徒たちの賑やかな声で満たされている。

 

 机を囲んでダンスのステップについて議論する者、購買部で買ってきたお菓子を分け合いながら談笑する者、スマートフォンで学園の公式掲示板をチェックする者。

 

 その教室の窓際、心地よい風がカーテンを微かに揺らす特等席で、秦谷美鈴は一人、静かに腰掛けていた。

 

 黒髪を肩口で綺麗に切り揃えたセミロングの髪が、日差しを受けて艶やかに光を反射している。切れ長の穏やかな黒い瞳に、陶器のように白い肌。どこか世間の喧騒から一歩引いたような、おっとりとしたマイペースな空気を纏い、美鈴は窓の外の中庭をぼんやりと眺めていた。

 

 そんな静けさを破るように、教壇近くに集まっていたクラスメイトたちの甲高い囁き声が、美鈴の耳へと飛び込んできた。

 

「ねえ、聞いた!? 隣の1年1組の、あの月村手毬さんの話!」

 

「えっ、月村さん? あの、中等部で『Syng UP!!』のセンターだったっていう……?」

 

「そう! その月村さんがさ、もう担当プロデューサーを決めたらしいのよ!」

 

 美鈴の肩が、微かにピクリと揺れた。

 

 視線は窓の外に向けたままだったが、その耳はクラスメイトたちの会話の一言一句を逃すまいと集中していた。

 

「嘘でしょ!? あの月村さんが!? だって彼女、プロデューサー科の人たちが声をかけても『安っぽい妥協なんていらない』って全員門前払いにしてたんでしょ?」

 

「そうなのよ! 気難しくて妥協を許さない皮肉屋で、誰とも組めないんじゃないかって噂されてたのに……しかも、相手がまた凄い人らしくて」

 

「誰なの? 3年生の有名な高瀬先輩?」

 

「ううん、プロデューサー科の新入生! 天宮優さんっていう人らしいわ」

 

 天宮優――。

 

 その名が発せられた瞬間、周囲から小さなどよめきが上がった。

 

「天宮優さんって……あの、新入生の中で一人だけ二十歳で入学してきたっていう、あの人!?」

 

「そう、その人! お父さんの都合で海外にいて、最近帰国したばかりのハーフの人よ。銀髪碧眼ですごく背が高くて、信じられないくらい綺麗な顔立ちの……!」

 

「見たことある! すっごく落ち着いてて、上品で、大人の色気がある人よね。でも、どうしてあの月村さんがそんな新入生と……?」

 

「昨日、月村さんの方から猛烈にお願いして、職員室で根緒亜紗里先生の前で正式に契約を交わしたらしいわよ。もう専用事務所の鍵も受け取ったんだって」

 

(まりちゃんが……?)

 

 美鈴は静かに瞳を伏せ、膝の上で重ねていた自らの指先を見つめた。

 

 胸の奥で、小さな波紋が広がっていく。

 

 月村手毬――かつて中等部時代、共に「Syng UP!!」というユニットで頂点を目指し、誰よりも近くで喜びも苦しみも分かち合ってきた幼馴染であり、親友。

 

 手毬は誰よりもストイックで、誰よりも歌に対して真摯だった。しかしその真摯さゆえに自分を追い詰め、実力不足に苦しみ、美鈴たちの足を引っ張りたくないと頑なになってユニットの解散を言い出したのだ。

 

 美鈴は必死に止めたが、手毬の不器用な意地と、もう一人のメンバーである燐羽との衝突が重なり、ユニットは無惨にも空中分解してしまった。

 

 解散の際、ネットで口論が拡散されて大炎上し、解散ライブすら中止に追い込まれたあの事件。

 

 それ以来、手毬はまるで全身を硬い針で覆ったハリネズミのように、誰に対しても心を閉ざし、孤高を気取って自分を傷つけ続けてきたはずだった。

 

 初星学園に入学してからも、周囲のプロデューサーたちを寄せ付けず、一人で無茶な自主練習を繰り返していたのを、美鈴はずっと心配そうに遠くから見守っていたのだ。

 

 そんなまりちゃんが。

 

 他人に頭を下げることすら極端に嫌うあのまりちゃんが、自分から懇願してまでプロデューサーを決めた……?

 

(天宮優さん……)

 

 美鈴の脳裏に、その青年の名前が深く刻み込まれた。

 

 一体、どんな人物なのだろう。

 

 海外から帰国した二十歳の新入生。銀髪碧眼の容姿端麗な青年。

 

 だが、容姿や経歴がどれほど優れていようと、あの頑なで脆いまりちゃんが心を許す理由にはならない。

 

 まりちゃんの頑なな氷壁を溶かし、その手を握らせた「何か」が、その人にはあるに違いなかった。

 

(……見に行ってみましょうか)

 

 美鈴はおっとりとした動作で立ち上がった。

 

 まりちゃんを妹や娘のように慈しみ、大切に想っている美鈴にとって、手毬の未来を左右するプロデューサーの存在を確かめずにはいられなかったのだ。

 

 休み時間のチャイムが鳴り響く中、美鈴は教室を出て、アイドル科本棟の階段を降りた。

 

 向かう先は、春の暖かな日差しが降り注ぐ中庭だった。

 

 中庭を渡る風は心地よく、桜の木々が青葉を覗かせ始めている。

 

 生徒たちの往来が疎らなその場所で、美鈴の足がふと止まった。

 

 噴水の近く、木漏れ日が揺れる木製ベンチに、一人の青年が腰を下ろしていた。

 

 見間違うはずがなかった。

 

 教室でクラスメイトたちが語っていた特徴そのものの姿。

 

 目にかからない長さに整えられた艶やかな白銀の髪。彫りの深い端正な顔立ちと、春の空を映し取ったかのように澄み切ったサファイアの碧眼。

 

 仕立ての良さが一目でわかるスーツを身に纏い、背筋を真っ直ぐに伸ばして、穏やかに目を閉じ風を感じている。

 

 二十歳という年齢から滲み出る、圧倒的な落ち着きと気品。周囲の喧騒から隔絶されたかのようなその静謐な佇まいは、絵画のように美しかった。

 

 美鈴は静かに息を整え、ゆっくりと歩み寄った。

 

 パタ、とわずかに立てたローファーの足音に、青年――天宮優がゆっくりと目を開ける。

 

 サファイアの瞳が、美鈴の姿を捉えた。

 

 美鈴は立ち止まり、首をほんの少し傾げて、お淑やかな笑みを浮かべた。

 

「……いい日差しですね。お隣、よろしいですか?」

 

 優は驚く様子もなく、柔らかく目を細めて微笑んだ。

 

「ええ、どうぞ。風がとても気持ちいいですよ」

 

 優が少しだけベンチの端へ寄ると、美鈴は制服のスカートを丁寧に手で押さえ、優の隣へと腰を下ろした。

 

 隣に座った瞬間、ふわりと優から漂ってきたのは、清潔な石鹸と微かな紅茶の香りだった。

 

 美鈴は両手を膝の上で揃え、のんびりとした口調で口を開いた。

 

「突然お声をかけてしまって、ごめんなさい。私、アイドル科1年2組の秦谷美鈴と申します」

 

「秦谷さんですね。僕はプロデューサー科一年の、天宮優です。よろしくお願いします」

 

 優の声は、どこまでも柔らかく、温かかった。真面目で誠実な人柄が、その一言の発声だけで伝わってくるようだった。

 

 美鈴は正面の木々を眺めるふりをしながら、横目で優の横顔をそっと観察した。

 

(本当に……噂通りの綺麗な方。でも、それ以上に……纏っている空気が、とても穏やか……)

 

 高圧的なところや、プロデューサー特有の品定めをするような鋭い視線は一切ない。

 

 ただ隣にいるだけで、強張っていた肩の力がふっと抜けていくような、不思議な安心感があった。

 

 美鈴は前を向いたまま、ぽつりと、しかし核心を突く問いを投げかけた。

 

「……優さん。どうして、まりちゃんと組むことになったのですか?」

 

 その問いに、優はピクリとも表情を強張らせることはなかった。

 

 美鈴が月村手毬の元ユニットメンバーであり、彼女にとって特別な存在であることを、優は知っていたからだ。

 

 優が答えるよりも早く、美鈴は淡々とした、けれど確信に満ちた口調で言葉を重ねた。

 

「あの子……まりちゃんは、とても面倒くさい性格ですよ」

 

 容赦のないぶった切り方だった。

 

「素直じゃありませんし、意地っ張りで、すぐに憎まれ口を叩きます。完璧を求めすぎるあまりに周りが見えなくなって、放っておくと勝手に無理をして、一人で倒れてしまうような子です。……中等部の時も、そうやって自分で自分を追い詰めて、全部を台無しにしてしまいました。優さんも、もうご存知でしょうけれど」

 

 美鈴の言葉は辛辣に聞こえるかもしれない。

 

 だが、その声音の底には、手毬を誰よりも心配し、傷ついてほしくないと願う、深い、深い慈愛が滲み出ていた。

 

 妹を案じる姉のような、危なっかしい我が子を見守る母親のような、痛切なまでの情愛。

 

 美鈴は、手毬がまた傷つくのではないかと恐れていたのだ。

 

 生半可な気持ちで近づいてきたプロデューサーに振り回され、また絶望の底に突き落とされるのではないかと。

 

 優はそんな美鈴の言葉を聞き、困ったように、けれど愛おしそうに小さく苦笑した。

 

「ええ、知っていますよ。昨日の契約の時にも、本人から『自分はわがままで、お腹が空くと機嫌が悪くなるし、朝も起きられない面倒な女だ』って、散々聞かされましたから」

 

「ふふ、自分でも自覚はあるのですね」

 

 美鈴の唇から、小さなくすくすとした笑いが漏れた。

 

 優はベンチの背もたれに軽く身を預け、中庭を渡る風に銀髪を揺らしながら、遠くを見つめた。

 

 そのサファイアの碧眼に宿る光は、どこまでも深く、澄み渡っていた。

 

「……月村さんの、素直な気持ちを聞いたんです」

 

 優の声は、静かに、しかし美鈴の胸の奥深くまで染み渡るように響いた。

 

「彼女はね、泣きながら僕に言ってくれたんです。もう一度歌いたい、過去の残響なんかじゃなくて本物の歌を歌って、自分自身を好きになりたいって。……あんなにも不器用で、傷だらけになりながら、それでも前を向こうともがいている彼女の姿を見てね、どうしても放っておけないと思ったんです」

 

 優は自らの胸元に手を当てた。

 

「諦めればそこでお終いだ。泥臭くてもいい。それで前に進めるなら僕は惨めでも歩み続ける――それが、僕の信条なんです。世間が彼女をどう評価しようと、どれだけ面倒な性格であろうと、そんなことは関係ありません。僕はプロデューサーですからね。自分を信じて、すべてを預けてくれたアイドルを、無下にすることなんて絶対にできませんよ」

 

 その言葉に、一片の嘘も、飾り気もなかった。

 

 曲がったことが大嫌いで、誠実そのものを形にしたような天宮優という男の魂が、そのまま言葉となって零れ落ちていた。

 

 手毬が流した涙を受け止め、彼女の泥臭い歩みを全力で肯定し、共に歩む覚悟を決めた男の横顔。

 

 優から放たれているのは、打算や功名心などとは無縁の、手毬という一人の少女に対する無償の慈愛そのものだった。

 

(ああ……)

 

 美鈴の胸が、ドクンと音を立てて跳ね上がった。

 

 目頭が熱くなるのを感じた。

 

 中等部時代、「Syng UP!!」が壊れてしまったあの日から、美鈴はずっと祈り続けていたのだ。

 

 誰か、あの子の不器用さを受け止めてくれる人はいないのかと。

 

 あの子の痛みを否定せず、高い理想の重圧から解放し、もう一度心から笑って歌わせてくれる人は現れないのかと。

 

 目の前にいる。

 

 その人が、いま、自分の隣に座っている。

 

(この人なら……優さんなら、まりちゃんを見捨てない。あの子を、本当の光の中へ連れて行ってくれる……)

 

 美鈴の心の中にあった手毬への不安は、瞬く間に溶け去り、安堵と深い感謝へと変わっていった。

 

 ――だが、美鈴の胸に生まれた感情は、それだけでは終わらなかった。

 

 トクン、トクンと、美鈴の心臓が甘い熱を帯びて脈打ち始める。

 

 優の横顔を見つめる美鈴の瞳が、微かに潤んでいた。

 

 なんて真面目で、なんて優しくて、なんて真っ直ぐな人なのだろう。

 

 二十歳という若さでありながら、他人の痛みを我がことのように抱え込み、泥を被る覚悟を持つ青年。

 

 その柔らかな声音、慈しみに満ちた眼差し、洗練された佇まい。

 

 美鈴の心は、手毬への安堵を通り越し、天宮優という一人の男性の底知れない魅力に、抗う術もなく強く、強く引き寄せられていた。

 

(……まりちゃんだけなんて、ずるいです)

 

 美鈴の胸の奥底で、普段のおっとりとしたマイペースさの裏に眠っていた、ある強い想いが目を覚ました。

 

 まりちゃんと、もう一度同じ景色を見たい。

 

 壊れてしまったあの日々を乗り越えて、また一緒に、手を取り合って前へ進みたい。

 

 もし、この人がまりちゃんのプロデューサーであるなら――。

 

 この人のもとでなら、私たちはもう一度、本当の仲間になれるのではないか。

 

 そして何より、私自身が……この温かな人の隣にいたい。

 

 美鈴はベンチの上で、すっと背筋を伸ばした。

 

 のんびりとした空気はそのままに、しかしその瞳には、手毬にも負けないほどの強固で揺るぎない光が宿っていた。

 

 美鈴はベンチから静かに立ち上がった。

 

 そして、優の正面へと回り込み、制服のスカートを優雅に揺らしながら立ち止まる。

 

 春の木漏れ日が、美鈴の艶やかな黒髪と白い肌を照らし出していた。

 

 優が不思議そうに碧眼を向けて美鈴を見上げる。

 

「秦谷さん?」

 

 美鈴はふわりと、花が綻ぶような、この上なく可憐でお淑やかな笑みを浮かべた。

 

 首を少しだけ傾げ、潤んだ黒い瞳で、真っ直ぐに優の碧眼を見つめる。

 

 そして、鈴の音のように澄んだ、甘やかな声でこう告げたのだ。

 

「あの……あなたが、私のプロデューサーさんですか?」

 

「――え?」

 

 優は思わず息を呑み、目を丸くした。

 

 お淑やかな声でありながら、それは疑いようのない、真正面からの「猛攻」だった。

 

 美鈴は一歩、優の前へと歩み寄り、両手を胸の前で祈るように重ねた。

 

「私にも、まだプロデューサーがいらっしゃらないのです。……優さん、私のことも、プロデュースしていただけませんか?」

 

「僕が、秦谷さんを……?」

 

 優の驚きをよそに、美鈴は柔らかな微笑みを崩さなかった。

 

「はい。まりちゃん一人だけでは、優さんもきっと大変でしょう? あんなに手のかかる子ですから、きっと誰かがお世話をしてあげないといけません。……私、まりちゃんのお世話も、優さんのサポートも、一生懸命いたしますから」

 

 ゆったりとした、一見するとお世話好きな彼女らしい控えめな提案。

 

 だが、その言葉の裏には、「まりちゃんだけに独占させない」「私も優さんの隣に行く」という、極めて強かで熱烈なアプローチが秘められていた。

 

 お淑やかな仮面を被った、あまりにも鮮やかで大胆なアタック。

 

「秦谷さん、ですが僕は月村さんと契約したばかりで……」

 

「初星学園の規則では、一人のプロデューサーが複数のアイドルを担当することは禁止されていませんよ。……それに、私、優さん以外のプロデューサーなんて、もう考えられそうにありませんもの」

 

 美鈴は優の碧眼を覗き込み、悪戯っぽく、けれどどこまでも真剣に目を細めた。

 

「優さんは……私を見捨ててしまわれるのですか?」

 

 その潤んだ瞳に見つめられ、優は言葉に詰まった。

 

 信じてくれるアイドルを無下にできない――先ほど自らが口にした言葉を、見事に突かれた形だった。

 

 困ったように苦笑する優を見つめながら、美鈴の胸はかつてない高鳴りで満たされていた。

 

(ふふ……絶対に、逃がしてあげません)

 

 春風が吹き抜け、桜の花びらが二人の間を舞い散っていく。

 

 月村手毬という嵐のような歌姫に続き、秦谷美鈴というお淑やかな大和撫子が、天宮優の運命へと静かに、しかし情熱的に絡み合おうとしていた。

 

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