第15話「冒険者ギルド再び」
「……おはようございます、メアくん」
「ん……んん、おはよう、フィリア」
朝日が僅かに部屋に差し込んでいる。
施療院を出て二日目。
宿で目を覚ますのも久しぶりな気がした。
隣のベッドにフィリアがいると安心感がある。
施療院でもラスカはいたのだが、違った感覚だった。
フィリアはすでに身支度を終えていた。
いつものハーネスを身に着けている。
ベッドから半身を起こした俺に、フィリアが近づいてきた。
「わっ、どうしたの!?」
フィリアのあたたかな体温が伝わってきた。
頭を急に、軽く抱きしめられたのだ。
ハーネスが当たらない程度の距離感。
そのまま小さな手のひらで撫でられた。
「――ッ」
痛み。
寝起きの身体に刺激が走り、思わず硬直してしまった。
フィリアは抱き留めていた手を離し、壊れ物を扱うかのように俺の腕の包帯に手を触れたのだった。
俺が跳ねた様子を見て、フィリアは反射的に飛び退いた。
その表情は、すぐにでも泣き出してしまいそうなものだった。
「……ごめんなさい。行ってきますね」
「……あ、うん。いってらっしゃい」
フィリアはそう言うと、魔法ギルドに向かった。
俺も早く支度しよう。
着替えを済ませ、ラスカと合流した。
輪廻の魔王のダンジョンに行くのは、俺の身体が治ってからとしていた。
まだ若干痛みと鈍さがある。
治るまではリハビリもかねて、再び冒険者依頼だ。
やることはこれまでと変わらない。
「メアさん! ……えと」
「おはよう、セレナ。二人も」
冒険者ギルドに着くと、セレナたち学園生パーティがいた。
会うのは久しぶりではない。
これまでもセレナたちは施療院に頻繁にお見舞いに来てくれていた。
そのたびに申し訳なさそうな顔をして、地に頭を擦り付ける勢いで謝ってくるので、なんだかこちらが申し訳なくなっていた。
セレナの傷も、すっかり塞がっていた。
攻撃された箇所はしっかり魔力で守れていたようで、見た目ほど深手ではなかったのだ。
すっかり冒険者として復帰できたらしい。
今日は運がいい。
セレナたちと一緒だと高ランクの依頼が受けやすいのだ。
ラスカの実績作りとしてはありがたい。
「ね、依頼、一緒に受けない?」
「あ……はい、お願いします」
どこか煮え切らない返事だった。
やはりまだ気にしているのだろう。
「なんか朝から暗いですね、みんな。せっかく会えたんですよ? ほら、もっと笑って笑って! ……あ、師匠はいいですよ、無理しなくて」
そう言って、ラスカは人差し指で自分の口端をくい、と持ち上げた。
学園生のみんなと違って、ラスカは全くと言っていいほど気にしていない様子だった。
「……そうだな。暗いままでは仕方ない」
そう言い、カイルが困ったように笑った。
「ね、そこの君たち!」
突然、背後から声を掛けられる。
振り返ると、女性が立っていた。
薄い栗色の髪。
肩で切り揃えられているが、毛先が外へ跳ねていて無造作な印象を受ける。
垂れた目尻に柔らかな印象を覚える。
服装からして、魔法学園の生徒のようには見えない。
膝上までの短い外套に、膝、肘当てのみの軽装。
冒険者の汚れた寄せ集め装備とも違う、使い込まれているがどこか整然としたものだった。
「今から依頼受けるんでしょ! 良かったらさ、私も連れてってよ!」
「えっと……?」
俺が困惑している様子が伝わったのか、女性はハッとしたような様子で、その場で姿勢を正した。
「私、カルティナ! 旅人しながらその場その場で冒険者をやってるの! 王都には来たばっかりで一緒に組める人がいなくて。どう?」
カルティナと名乗った女性は、そう言うと、活発な笑顔を見せた。
最初に反応したのはセレナだった。
「六人だと受けられる依頼が増えるから私はいいですけど」
「私も構わないわ。ランクはいくつかしら?」
合わせるようにエリゼも好意的な反応を見せる。
「Bだよ!」
「Bか。装いから低ランクではないと思っていたが……メア、ラスカ。組んでもいいか?」
以前、カイル達が言っていた話だと、Bランクは一流だ。
それだけで魔法学園の実績になるほどで、ラスカも長期的にはBを目標にしている。
カイルの問いかけに、ラスカが俺の横で頷いた。
俺としても断る理由はない。
「うん、俺たちは問題ないよ」
「やった、決まりだね!」
カルティナはその場で飛び跳ねた。
もし、しっぽが生えていたらぶんぶんと振っていそうな様子だ。
「ね、ね、みんな、どんな依頼行くの?」
「もともとは簡単な討伐依頼に行くつもりだったが……六人なら、こんなのはどうだ?」
カイルが掲示板から依頼書を一枚はがして持ってきた。
「坑……なんだろ? ごめんね、あんまり読むの得意じゃないんだ。読み書き、今練習してて!」
カルティナは頭の後ろに手をまわして、少し恥ずかしがるような動作をした。
フィリアに教えてもらったとはいえ、俺もまだあまりできない。
一応、冒険者ギルドにある依頼くらいなら読めるし書けるのだが。
カルティナは旅人と言っていた。
他国の言語なら読み書きができるということなのか?
それとも一切できないのだろうか。
この世界の識字率はどんな感じなんだろう。
セレナたちはかなり裕福そうで、あまり参考にならない。
「坑道に棲みついた魔物の討伐依頼だ。下位、中位の魔物が坑道奥を占拠してしまって困っているらしい」
「お、いいじゃん! 楽しそう!」
「楽しくはないと思うのだけれど……」
カルティナの呑気な発言に、セレナが呆れたように突っ込んだ。
「討伐かあ……魔物、嫌だなあ」
ラスカが小さくつぶやく。
明らかに気落ちしていた。
正直な話、俺もあまり魔物討伐系は好きでは無い。
ただ、討伐はやはり実入りが良いのだ。
ラスカの実績作りとしても最適だった。
「ラスカ、強いから大丈夫だよ」
「何かあったら師匠、助けてくださいよ?」
自信なさげにラスカがそう言った。
その言葉を聞いていたのか、セレナがほんの少しだけ、眉をひそめた。
やはり、まだ割り切れていないのだろう。
ラスカはセレナの様子に気づいていない。
「それじゃ、出発~! 頑張るぞ!」
カルティナが右手を上げた。
その様子に反して、パーティ全体はまだ、少しぎこちなかった。
「メアちゃんも、よろしくね?」
ふと傍に寄ってきたカルティナがそう囁いた。
なぜ、俺だけに?
疑問を口に出す前に、一行は移動を始めた。
「ふんふん、ふーん」
鼻歌を歌いながら先頭を歩くカルティナ。
俺たちは、ヴェルダ坑道に来ていた。
王都から午前いっぱい歩いた位置にある、鉱夫の住む村の奥。
古びてはいるが整然とした坑木の枠を潜り抜け、坑道に入っていた。
魔物が出て慌てて逃げたのだろうか。
まばらに横倒しの坑車があった。
「魔物、全然いないですね」
坑道に入りかれこれ数十分。
魔物とは一度も遭遇していない。
気が抜けてしまったのか、ラスカがそうつぶやいた。
「魔力が濃い奥地を棲みかにしているのだろう」
「だと思うよ~。人を追い回した後、また奥に戻っちゃったんだね」
後ろからカイルの声がした。
それに、カルティナが後ろを振り返らないまま返答する。
俺たちは魔物が出てきたときに備えて、隊列を組んでいた。
前衛がカルティナとラスカ。
カルティナは片手剣と盾を持っている。
剣の刀身は短く、この洞窟でも振りやすそうだ。
カルティナは戦士なのだろうか?
ともかく、近接が得意ならば助かる。
俺とラスカは実質的に近接主体ではあるが、それを加味してもこのパーティは魔法使いが多い。
ラスカの腰にも、新品の短剣が二振り備わっている。
少し前に新調したと言っていた。
前の短剣は俺が壊してしまったからだ。
本当は俺が買わないといけないのだが、気づいたときにはラスカが自分で買いに行っていた。
俺には白金貨とわずかな生活費しかない。
白金貨で買い与えるのはさすがに重いか、とか、前の短剣はいくらだったんだろう、とか考えている暇はなかったようだ。
きっと次の魔王討伐で報奨金はたっぷりと出るだろう。
その時に、相談して、ラスカの短剣分の金額は払えるようにしておこう。
中衛は俺とセレナだ。
攻撃魔法主体の二人。
あの時は使うことを迷っていたが、今回は俺も黒炎を使う予定だ。
セレナの風魔法も折り紙付き。
戦闘は俺らがベースになるだろう。
後衛にエリゼとカイル。
二人はそれぞれ水、土魔法でのサポートメインだ。
前衛が動きやすく、中衛を守れるように動いてくれる。
後ろから魔物に狙われても、二人ならば時間を稼いで、隊列を整える時間ができる。
「お!」
カルティナが立ち止まる。
分かれ道だ。
「ん~、どっちにしよっかな~」
「ちょ、そんな軽くて大丈夫なんですか?」
隣のカルティナの様子に、ラスカが不安そうに言う。
そんなことも気にせず、カルティナは端に寄ると、右手を壁につけた。
「カルティナさん」
「ティナでいいよ、セレナちゃん!」
「――ティナさん、それは何を?」
「ただのおまじない! よく当たるんだよね」
セレナが尋ねると、カルティナは目尻を下げながら笑った。
「よし、こっちにしよっか!」
カルティナが左の道を指さす。
俺が後ろを振り向いて確認すると、エリゼとカイルは頷いた。
「信じましょ。当てはないのだし」
「違っていれば戻ってくればいい。そこまで複雑ではないし、迷うことはないだろう」
Bランク冒険者の言葉を信じるということで話はまとまった。
「三人だった時は、こういう時どうしてたの?」
「基本はずっと右沿いに進んでいたな」
「行きは右手沿い、帰りは左手沿いね」
俺が尋ねると、カイル、エリゼが答えてくれる。
冒険者としての基本はそうなのだろう。
カルティナが異質であることは、これまでの行動からも明らかだった。
それが許されるBランク冒険者というのは、やはりそれなりの立ち位置なのだろう。
「あら」
カルティナの足が止まる。
道の先は金属の格子扉で行き止まりになっていた。
「……鍵、かかっちゃってますね」
セレナが扉に手を掛けるが、南京錠のようなものが掛けられており開かない。
「どうする? 引き返すか?」
破壊するのはリスクだった。
坑道が崩落する可能性がある以上、試すことは出来ない。
魔物が奥に帰っていったということなら、引き返して右手の道を進めば、奥に行けるだろう。
「いんや、任せて任せて~」
そう思っていたのだが、カルティナは前に出て、左手で鍵穴に触れた。
離れた右手に魔力が集まるのを感じる。
「魔法? 使えるんだ」
「うん! ちょっとだけね」
しばらくして、カルティナの右手の平に、石が生成された。
その石は、鍵の形をしていた。
「まさか、それで開くって言うの……?」
セレナの驚きの声が聴こえた。
俺もかなり魔法は練習してきたつもりだったが、魔法で扉を開けるなんてそんな芸当は不可能だ。
いや、鍵の形を作ること自体は不可能ではない。
大事なのは、どんな形で作るかだ。
カルティナはこの一瞬で鍵穴の形を理解したというのか?
「はい、開きました~。どう? すごいでしょ!」
カルティナが格子扉を開け放つ。
「どうやったの?」
「触ったらなんとなく形が分かるの!」
「各方面が血眼になって欲しがりそうな能力だな……」
「にゃはは、だから秘密、ね!」
カイルがぼそっとつぶやくと、カルティナが振り返りそう言った。
知られてしまうとかなり危ういと思うのだが、特に重い雰囲気での発言ではなかった。
本人的には、バレたら他の街……ひいては他の国に行けばよい、とでも割り切っているのだろうか。
思いのほか、何も考えず行き当たりばったりなだけの可能性もある。
それからしばらく歩いた。
空気は明確に淀んでいっている。
「……! みんな、戦闘だよ」
カルティナの鼻歌が止まった。
ラスカがびくっと震えた後、短剣を構える。
対するカルティナは悠然と、片手剣と盾を抜いた。
態勢は普段の立ち姿から変わってはいない。
戦い慣れしているのが見て取れた。
直後。
地面が揺れた。
「後ろに避けて!!」
カルティナが叫ぶ。
それを合図に、パーティ全体で後方に走る。
数秒後、元々俺たちが居た場所の土が隆起する。
地にヒビが入り、割れた。
そこから飛び出してきたのは、体長三メートルほどのムカデのような魔物だった。
体表は鉄のような分厚い鎧に覆われている。
刃物の類は通りそうにない。
「
「ちょ、待って!」
「私が受け止めるから、ラスカちゃんは合間に攻撃してね!」
カルティナが鉱殻百足に向かって駆ける。
鉱殻百足はその大きな体躯からは予想できないほど鋭敏に動いた。
外骨格が金属の擦れあうような音を鳴らす。
カルティナ目掛けて一直線、突進した。
「……いいね!」
お互いがぶつかる直前。
鉱殻百足の勢いが一瞬だけ落ちた。
その足元が隆起していたのだ。
カイルの魔法だ。
カルティナはその隙を見逃さなかった。
加速し、間合いを一気に詰める。
鉱殻百足の頭に向けて、盾を叩きつけた。
その打撃は抜群の効果だった。
鉱殻百足は上を向き、その身体の裏が見えた。
そこには鎧はなかった。
エリゼがそれに、素早く反応する。
杖で地面を叩いて魔力を集め、そのまま岩の柱を生成し、鉱殻百足の頭を天井に固定した。
「よ、よし! 僕が――」
「――ラスカ、下がってなさい!」
「ふぇ?」
今度は隣のセレナが魔力を集めた。
風の刃が、鉱殻百足にまっすぐ飛ぶ。
鉱殻百足の柔らかい皮膚を切り刻み、複数の傷口から紫の血が飛び散った。
だが、まだ仕留め切ってはいない。
痛みにもがく鉱殻百足が、岩の柱を破壊し、再び自由になる。
カルティナが一度距離を取ると、鉱殻百足は地面に潜った。
「後ろに下がるよ!」
カルティナの合図で走り出す。
気配が近い。
鉱殻百足はこちらを追従してきている。
地中から来ると言った。
地面を警戒する。
いや、待て。
地中ということは、もしかしたら壁からも?
ふと、頬に付いている土に気づく。
「上よ!」
エリゼの言葉に思わず上を向く。
天井に亀裂が入っていた。
ちょうど、俺とセレナの真上だ。
魔法使いは身体強化を使えない。
鉱殻百足を止めるか、セレナを回収して離脱するか。
鉱殻百足が止まるかは分からない。
確実なのは離脱だ。
「きゃ」
横に跳ね、左腕でセレナを担ぎ上げる。
そのまま壁に張り付くように跳躍。
一瞬遅れて、鉱殻百足が天井から姿を現す。
先ほどまで俺とセレナがいた位置に、まっすぐ突撃した。
鉱殻百足が頭を巡らせる。
次の獲物はカイル達らしい。
俺とセレナには気づいていないようだ。
壁を蹴り、鉱殻百足に向かって飛ぶ。
それと同時に、空いた右手で魔炎杖を抜き、魔力を込めた。
穂先から熱を感じる。
首元にはセレナがつけた傷が残っていた。
柔らかい部分だけでなく、表の装甲にも傷が入っている。
セレナの風魔法がそれだけ強力だったということだろう。
この亀裂からなら、刃をねじ込める。
火で焼き斬れば、この鎧もあるいは。
真横から首元の亀裂目掛けて一閃。
「ひゅ~、さっすが」
カルティナの口笛が聴こえた。
鉱殻百足の頭は斬り落とされていた。
魔炎杖の熱には耐え切れなかったようだ。
「……あ、あ、ありがとう、ございます……」
「あっ、ごめんね。下ろすよ」
腕の中に、顔を真っ赤にしたセレナがいた。
消え入りそうな声で訴えかけてきている。
さすがに恥ずかしいのだろう。
負荷を掛けないようにゆっくりと下ろす。
「……ごめんなさい、私の視野がもっと広かったら、メアさんの手を煩わせることなかったのに」
「大丈夫だよ、まったく負担になってない。それに、セレナを守るのは俺の役目でもあるから」
前衛が対応しきれない攻撃が来た場合、セレナ、カイル、エリゼを守るのは身体強化が得意な俺の役目だ。
「――! は、はい」
セレナがぱっと顔を逸らした。
「え! うそ、そういう……!?」
「しっ! ティナさん、聞こえるわよ!」
エリゼに言われ、カルティナはさっと口を両手で押さえた。
「え~そうだったんだあ。てっきり――」
「うふふ。実はね――」
きゃっきゃと意気投合するエリゼとカルティナ。
「……ついていけんな」
「本当についていけないのは何もしてない僕ですよ!!」
カイルが腕を組むと、隣のラスカが泣き顔で叫んだ。
「あの……俺……」
どの会話にも参加できないまま、落ち着くまで少し待つ羽目になってしまった。
再び歩き始める。
坑道のデコボコとした道をしばらく歩いていると、再び魔力の気配を感じた。
天井が高い。
広場に出ていた。
濃密な魔力を感じる。
ここに魔物が集まっているのだろう。
これまでの道では光源が設置されていたのだが、ここには一切ない。
魔物に破壊されてしまったのだろうか。
奥の壁が見えない。
セレナが出しているほのかな火の光のみが頼りだ。
足元でじゃり、と音がする。
土ではない。
砕けた鉱石だ。
よくよく見るとそこら中に散らばっている。
ふと、左手前の壁が見えた。
そこには大人一人がくぐれそうな程度の穴があった。
一つではない。
見渡す限り広がっている。
何かの魔物の通り道か?
鉱殻百足が通るには狭すぎる。
別の種類の魔物だろう。
「ひっ! 師匠、これ……」
ラスカも気づいたようで、上擦った声を出した。
「何かいるねえ。メアちゃん、何かあったら後ろ頼める?」
「うん、了解」
奥に進むと、地面に今度は鉱石とは異なるものが落ちていた。
一見すると鉄にしか見えないが、ほのかに魔力を感じる。
何かの魔物の甲殻なのだろう。
先ほどの鉱殻百足のものとは異なるが、魔物由来という意味では同じだ。
甲殻は不規則に砕かれていた。
まるで喰われたかのように。
突然、カルティナがしゃがみ込む。
「どうしたの?」
「ん、おまじない~」
「さっきのと同じ?」
「そ!」
カルティナの右手が地面に触れる。
「あらら、予想はしてたけど」
「な、なんですか?」
セレナが緊張した様子で続きを促す。
「巣だね、ここ」
カルティナがそう言った瞬間。
ギリギリと、金属の擦れる不快な音が場を支配する。
その出所は一つではない。
穴から小石が転がり落ちる。
「みんな、壁際から離れて!」
カルティナの合図で、壁から離れる。
暗がりでよく見えていないため、中央に集まれたかは分からない。
直後、穴の一つから、何かがぼとりと落ちた。
蟻だ。
鉱殻百足の半分もない程度の大きさ。
しかし、蟻としては不自然すぎるほど巨大なそれは、鉱殻百足と同じ鉄色の鎧を纏っていた。
大顎が揺れるたび、金属の擦れる音が響く。
続けざまに、暗がりで見えない遠くからも蟻が穴から姿を現す音が聴こえた。
数が多い。
「
「ぼ、僕はどうすれば!?」
「ラスカは中央に下がっていてくれ」
ラスカが慌てた様子で尋ねると、カイルが口を開いた。
「え、でも僕は前衛で――」
「いいから!」
セレナがラスカの横にピタリとつく。
エリゼも杖を構えて、ラスカを庇える位置に立っている。
カルティナがきょとんとした顔で振り返ったが、すぐに前を向き直った。
「来るよ!」
カルティナの言葉を皮切りに、鉱喰蟻がこちらに歩み始めた。
速いわけではない。
しかし、その物量は圧倒的だ。
こちらに寄ってくる前に数を減らすべきだ。
カルティナも同じ考えだったらしい。
多少前に出ていた。
魔法使いたちに近づかれる前にある程度数を減らすつもりだ。
距離感的に、もしセレナたちが奇襲されても駆け寄れる位置だった。
参考になる。
俺も同じ位置を取ればよいだろう。
魔炎杖に魔力を込めた。
近づいてきた鉱喰蟻に向かって、魔炎杖を振るう。
装甲はそこまで分厚くなかった。
この程度であれば焼き斬れる。
一匹、また一匹と数を減らす。
カルティナは大丈夫だろうか。
普通の金属武器でこの装甲を貫通できるのか?
そう思い視線をやると、カルティナの鮮やかな立ち回りが目に入る。
飛び掛かる鉱喰蟻を盾で宙に弾き飛ばし、剣で串刺しに。
流れるようにそのまま、地を這う鉱喰蟻の頭を盾で押しつぶす。
セレナたちへのラインを越えようとする鉱喰蟻に向かっては、首の装甲の隙間を狙って正確に剣を投げ、その首を両断。
剣を回収する動きで二、三匹をついでのように処理。
まるでリディルと共に戦ったあの時のような安心感があった。
カルティナならセレナたちを守り切ってくれる。
カイルやエリゼ、セレナも何もしていないわけではない。
俺とカルティナが目の前に集中できるよう、左右の鉱喰蟻を積極的に処理している。
ただ、少し違和感があった。
まるで、ラスカを中心に近い魔物から選んで倒しているような。
セレナの風魔法が鉱喰蟻を斬り裂く。
ラスカが飛び出して倒そうとした個体だった。
結果的に、ラスカは中央で立っているだけになっている。
まさか、ずっと――。
直後、跳躍する魔物の気配を感じた。
カイル、エリゼの方向だ。
しかし、本人たちはラスカを向いている。
気づいていない。
俺の担当だ。
肉薄する前に打ち落とそうと、姿勢を低くしたその時。
洞窟内が一瞬、パッと明るくなる。
白雷。
雷に焼かれたその鉱喰蟻は、そのまま蹴り落とされた。
「ラ、ラスカ! 何勝手なことを!」
セレナの声が響く。
ラスカの背中がびくっと揺れた。
そのままセレナたちに振り返る。
その表情は、かつての怯えたものではなかった。
むしろ、怒っているような――
「あーッ!! もう、いい加減にしろーッ!!」
ラスカが叫ぶ。
「さっきから僕に何もさせないようにして! 確かに魔物と戦うのは嫌だけど、こんなの全然嬉しくない!!」
「ラスカ……」
カイルの呆気にとられた声が聴こえた。
「みんなどうせ、あの時のことを気にしてるんでしょ! 僕はちーっとも気にしてないのにうじうじと!! この際、はっきり言いますからね――」
刺すような魔力が空間を伝播した。
「――僕の覚悟に、泥を塗らないでください!!」
雷鳴に乗せて坑道内に響き渡らせるかのように、告げられる。
「僕はあの時、みんなに助けられたッ!! そして、僕はみんなを助けたッ!! 僕も初めて誰かを守れたんだって! 助けてくれたみんなの役に立てたんだって! この想いは絶対、間違いじゃないッ!! だから――」
ラスカがふっと、笑顔を見せる。
「みんなの命、僕にも預からせてよ」
響いた声が消えた。
しかし、心に灯った火は消えない。
「――だってさ!」
最初に動いたのはカルティナだった。
ラスカの隣まで下がり、鉱喰蟻の返り血を振り払う。
その姿は無駄がなく、美しい。
表情だけはその場に不相応で、柔らかな笑みだった。
ラスカの本音を聞いて、感化されてしまったような。
「ラスカちゃん、行くよ!」
「はい!」
カルティナが駆け出す。
その後ろにぴったりと、ラスカが追従した。
カルティナが正面の鉱喰蟻を的確に斬り伏せる。
その頭上から迫る鉱喰蟻を、ラスカは強化された右足で撃ち抜いた。
壁に叩きつけられた鉱喰蟻は、指で押しつぶされたように身体が飛散する。
「やるじゃん!」
「でしょ! 師匠直伝なんで!!」
鉱喰蟻を叩き伏せながら、言葉を交わす二人。
カルティナが正面に集中できるよう、少し後ろから援護するラスカ。
完璧な連携だった。
「――ラスカ!」
疾風が巻き起こる。
カルティナとラスカの近くの、壁に潜んでいた鉱喰蟻が、風に運ばれて一か所に集められる。
「任せたぞ、ラスカ!」
その左右を、土の壁が塞いだ。
「私たちの全力、託すわ!」
鉱喰蟻の足元は窪み、濡れていた。
「よーし、ラスカちゃん!!」
「……!」
カルティナが盾を構える。
ラスカはそれに気づき、跳んだ。
「いってらっ……しゃい!!」
盾を足場に、高速で飛翔。
一直線に、鉱喰蟻の集まる場所へ。
「らああああああ!!」
明滅。
白閃が視界を埋め尽くす。
鉱喰蟻に肉薄したラスカから放たれた雷は、水伝いに、一帯を埋め尽くした。
ほどなくして、鉱喰蟻の群れは殲滅された。
「……ラスカは、肝心なときにしか役に立たないんだから」
「……それ、褒めてるの? もしかして貶してる?」
「どっちもよ、バカ」
◇
「いや~、みんなとの依頼、楽しかったなあ」
カルティナがつぶやく。
王都、冒険者ギルド前。
セレナたちと別れた後、ラスカ、カルティナと共にいた。
「僕もなんだかスッキリしました」
カルティナは帰り道、ずっと笑顔でラスカを小突いていた。
どうやら相当に気に入ったようだ。
鬱陶しそうにしていたラスカだが、一向にやめる気配のないカルティナに、とっくに諦めたようだ。
「メアちゃん、いい子を弟子にしたね!」
「俺の自慢だよ」
「いやあ、自慢だなんて、そんな」
照れ臭そうに頭をかくラスカ。
満更でもなさそうだ。
「それじゃ、私はこれで」
最後に一小突き、ラスカにお見舞いしてカルティナはそう告げた。
そのまま、去っていく。
「――魔王討伐でもよろしくね、メアちゃん!」
「……え?」
「は?」
帰り際。
振り返り、満面の笑みで手を振ると同時に。
開いた口が塞がらなかった。
そんな俺とラスカの様子を見届けるわけでもなく、カルティナの姿はすぐに見えなくなった。