縁壱スペックさんが宝泉クラスに入学してしまいました 作:あむっぱ
高度育成高等学校。
それは、これからこの私…
進学率、就職率ともに100%。
それが、この高校の謳い文句。
そう。
99%ではなく、100%。
たったの1%の差。
しかしそれが生み出す差は、あまりにも大きい。
このキャッチフレーズにつられて、いったい何人の生徒がこの高校を受験したのだろうか?
新入生の8割くらいはそんな理由であることだろう。
恥ずかしながら、私もその中の一人である。
自分から話しておいてアレなのだが、大衆の志望動機など今はどうでもいいことだ。
問題は、今この教室…1-Dをつつみ込んでいる空気。
あまりにも重苦しく、陰鬱としたこの空気だ。
なぜこんな状況に?
いや、原因はなんとなくだが察し付いている。
私の左隣。
教卓から見て、一番右の一番後ろ。
俗に言うところの主人公席に座っている大柄の男子生徒。
おそらく、彼だ。
だいたいの生徒の恐れや警戒を含んだ視線が彼へと向けられている。
まぁ、恐れてしまう理由も分からないことはない。
同い年とは思えないような恵まれた体格。
周りを睨みつけているように感じる、鋭い光を放っている双眸。
そしてなにより、身に纏っている明らかに普通と思えない凶悪な雰囲気。
これでは、勘違いしてしまうのも仕方のないこと。
冷静に視ようとすれば、普通よりちょっと優れた身体を持っているだけの子どもだと分かるのに。
「あン?何見てやがる、テメェ。」
隣の席からじーっと見つめていたからか、彼はこちらに視線をよこしてくる。
その動きは、ギロリといった感じの擬音が鳴りそうであった。
そういう仕草が周囲の人たちに怖がられる理由になっているのだと私は思う。
実際、今ので教室の空気がまた一段と重くなったような気がする。
「いえ、なんでもないです。考えごとをしていただけなので気になさらないでください。」
私は貴方のことを恐れていないとアピールするために、ごく普通の態度で言葉を返す。
「……あァ、そうかよ。」
数秒の沈黙。
その後に、彼は投げやりにそう返事をした。
今のどこに
いや、そんなことは考えるべきではないか。
彼が驚いていることが、普通の学生に分かるはずがないのだから。
ゆえに、それは私が分かるべきことではない。
普通になるべき存在の私が分かっていいようなことではないのだ。
××××××××
「お前たち、席に着け。ホームルームを始める。」
担任であろう教師が音もなく教室へと入ってくる。
教卓に出席簿を置いた時の音で、生徒の大半はようやく教師の来訪に気づいた。
教室に入ってきたタイミングでその存在に気づいたのは、私を含めなければたったの二人。
私の隣の席の彼と、明らかに優等生そうな腰あたりまで伸びている金髪が特徴的な女子生徒である。
「これより、今後の学校生活で必要になる物品の配布を行う。私が指示するまでは携帯端末の操作はいっさいしないように。」
どこか熱の感じられない声音。
その冷酷な声からは、熱だけでなく少しの感情さえも感じ取れなかった。
先ほどの歩法からも思ったが……この教師、明らかに普通でない。
暗殺者のような身のこなし。
ロボットを思わせるような雰囲気。
「では指示した通りに端末を操作して、先ほど言ったアプリ…OAAを開いてみろ。」
OAA。
正式名称はOver All Ability。
現在の生徒会長が作成を推し進めたらしいこのアプリは、全校生徒の個別成績を具体的な数値として表示するものとのこと。
評価項目となるのは、社会に出た際に必要となる四つの能力…学力、身体能力、機転思考力、社会貢献性。
そして、それらの平均となる総合力の五項目である。
まぁそんな細かい話を気にしている者は、ここにいないだろう。
誰も彼も、学校から自身に下された評価を一心不乱に読み進めている。
「私の評価は……。」
1-Dの生徒たちの中に存在する私の名前。
そこをタップして、己のOAAを確認する。
1-D 九識 瑠流(くしき るる)
入学時成績
学力 B+ (78)
身体能力 A+ (99)
機転思考力 C+ (60)
社会貢献性 B− (67)
総合力 B+ (76)
クラス内で高評価順に並べれば、最上位。
学年全体では、中の上から上の下あたりといったあたりに配置された。
「全員、自身の評価は確認できたようだな。では、続いてこれから行われる特別試験について説明をする。二度は説明しないので、しっかりと聞くように。」
特別試験とはいったいなんぞや?
私を含めたクラスメイトのほとんどが、そんな疑問を抱いたことだろう。
だが、その疑問に答えることもなく、担任の教師…司馬先生は特別試験とやらの説明を始めた。
「特別試験などと大層な名前を付けられてはいるが、今回の試験はそこまで複雑なものではない。やることはただの学力テストだ。」
そんな言い方をされてしまえば、これから複雑なルールの試験も行われるのかと考えてしまう。
まぁ、十中八九行われるのだろうけど…。
いや、今は余計なことを考えるべきではないか。
「普通の学力テストと違う点は、上級生…二年生とペアを組んで、このテストに臨んでもらうということだ。」
わざわざ難しい口回しをしているが、内容を簡潔に言ってしまえば二人一組でテストに挑むというだけのこと。
分かりづらい部分はいっさいない。
たしかに普通の学校とは一風変わった試験内容ではあるけれども……『特別試験』と呼ぶほどだろうか?
いくら今回が単調な試験だからといっても、これではあまりにも名前負けしてしまっている。
「では……次に報酬とペナルティの話をする。」
報酬とペナルティ?
……なるほど。
たしかにそういうものがあれば、特別試験と呼ばれるのも納得ではある。
だとすれば、報酬は……先ほど配られたプライベートポイントというヤツだろうか?
この学校の仕組みをほとんど知らない私の中で、報酬として配れるものとして思い浮かぶのはそれくらいしかない。
では、ペナルティは?
何ヶ月かにわたるプライベートポイントの配布の停止……とかだろう。
少なくとも、私はそう思いたい。
「総合で500点以下のペアがいた場合、そのペアの二年生は退学。一年生は三ヶ月の間、プライベートポイントが支給されない。」
いくらなんでも、二年生にのしかかるペナルティが重すぎないだろうか?
そして、500点以下というペナルティゾーン。
ペアのどちらかが全教科白紙にして提出すれば、そのペアの二年生は問答無用で退学にされるということ。
それではまるで────二年生の誰かを無理やりにでも退学にさせたいがために作られたルールと思えるような。
いや……さすがに考えすぎだろう。
意図的に0点を取ったと考えられる生徒がいれば、その生徒は即退学となる。
テストの内容も5割近くは中学範囲ができるのならば簡単に解けるものとのこと。
わざわざ自分も道連れにしてまで、二年生の誰かを退学にさせようとする生徒がいるはずない。
思考するのを一区切りさせて、教卓へと目を向ける。
そこにはすでに司馬先生の姿はなく、クラスメイトの一人…隣の席の男子生徒が立っていた。
先ほどまではざわざわとしていたクラスが、彼を前にした今では静まり返っている。
「俺は宝泉和臣。バカなテメェらには任せられねぇから、これから俺がこのクラスのリーダーになる。文句のあるヤツはいるか?いるなら前に来い、二度と喋れねぇように黙らせてやるからよ。」
彼…宝泉和臣くんの威圧的な態度に、クラスメイトたちは誰も口を開かない。
それを服従の意思表示と捉えたのか、宝泉くんは学校の携帯端末を操作してなにかを確認していく。
ところで、二度と喋れないように黙らせるとはいったいどうやるのだろう?
口を糸で縫い付けたりでもするのだろうか?
「つーかいくらなんでもお前らバカすぎんだろ。Dはまだしも…Eが付いてるやつの気持ちが俺には分かんねぇよ。まだマシなのは……九識と七瀬か。オイ、出てこい。」
前に出てくるように言われたので、立ち上がって教卓のほうへと向かう。
そして、もう一人。
七瀬という人は、司馬先生の来訪に気づいていた金髪の女子生徒であった。
「喜べ、お前らを俺の配下にしてやる。俺のためにせっせと働きやがれ。」
私たちのことを見下ろしながら、宝泉くんは上から目線でそう告げる。
なんと答えるべきかと迷っていると、隣の七瀬さんがゆっくりと口を動かした。
「貴方その暴力をちらつかせて脅すようなやり方は認められません。」
「クハッ、まさか俺に物申すヤツがいるなんてな。だがよ、七瀬─────だからなんだ?」
宝泉くんは目を細めて、七瀬さんのことを見つめる。
しかし、七瀬さんが宝泉くんから目線を逸らすことはない。
「私個人の意見ではありますが、私は宝泉くんがリーダーになっても構わないと考えています。けれど、暴力で屈服させるやり方を容認することはできません。」
「そうかよ。なら残念なお知らせだ、七瀬。俺に言い分を聞かせたいんだったら、力ずくで聞かせてみろ。お前が口だけじゃないっつうんなら、かかってこいよ。」
一触即発の空気。
これを止められるとするのならば、ここまでか。
「ここで争うのはやめておいたほうがいいと思いますよ。監視カメラに見られているようですので、ここで喧嘩を始めたらどんなペナルティを喰らうかわかりませんし。」
巧妙に隠されている教室の上の監視カメラ。
そちらを指差しながら、私は淡々と言うべきことを言う。
「そういうことですから、ここで
暴力を振るう場所とそうでない場所の区別をつけてもらわなくては。
そうでないと、ろくなことにならない。
「今のもさっきのも学校側に見られてるってことか⋯。チッ、白けちまった。」
はて?
今ので白けるとは⋯⋯宝泉くんの考えはよくわからない。
まぁ喧嘩を止められたのでいいとしよう。
「では、話はそれだけですか?それならばここは解散して、人目のつかないところ⋯⋯カラオケにでも行って話してみては?クラスの方針も、明日の朝に話せば遅いなんてことはないでしょう。」
「そォだな、今日はこれくらいにしてやるよ。んじゃ、さっさと行くぞ。」
そう言って、一足先に宝泉くんは教室を出ていく。
それを見届けたクラスメイトの多くは安堵の息を漏らした。
宝泉くんはそんなに怖かっただろうか?
私にはどう視たとしても、ただの男子生徒にしか見えないのだが⋯。
「七瀬さん、あとは頑張ってください。」
とりあえず、この後にいっぱい頭を使うことになるであろう七瀬さんへエールを送った。
私は誘われてないから関係ないだろうし⋯。
「えっと⋯九識さんも行くんですよ?」
What???