綾小路のことを若造扱いするTS合法のじゃロリ教師 作:みみ9
わし……
そして、それ以上に呆れていた。
その原因はわしの対面で黙々と弁当を食らっている男子生徒───綾小路清隆にある。
「おい小童。うぬはいつになったら誰かとご飯を食べるという習慣を作るんじゃ?」
「はぁ…?こうやって天来院先生と食べてますよ。」
まったく伝わっておらん。
此奴、ほんとに頭がいいのか?
人工の天才を作り出そうとしているかの組織……ホワイトルームの最高傑作なのかと疑問に思ってしまうわ。
まぁともかく、この状況を普通にスルーすることはできない。
この学校に勤めている教師兼カウンセラーとしても、子どもを見守るべき立場である一人の大人としても。
「そういうことではない。そういうことではないのじゃよ、小童。わしはお主にクラスメイトと食べたりはしないのかと聞いておるのじゃ。普通の学生は、毎日のように教師と食べたりはしないのだぞ?」
「そう、なんですか?ですが、オレと一緒にご飯を食べようとしてくれる人なんて先生以外いないので。」
んー…これは駄目じゃな。
此奴、クラスメイトと話さないことをみじんも苦痛に思っておらん。
ボッチであることを受け入れ、完全に適応しておる。
他者と少しも関わらないような環境で育ってきたことも重なって、下手なこじらせボッチよりも厄介な存在となっておる。
しかも、これでだいたいのことは自己完結させられるような能力を持っておるゆえ、余計に質が悪い。
なんとかして此奴に人との関わりの大切さを教えなければなるまいな。
じゃが、いきなり野に放り出して、ボッチめしをさせるわけにもいかん。
はてさて、どうしたものかのぅ…。
「そろそろ授業が始まるぞ。減点されたくなければ、さっさとクラスへと戻れぃ。」
ちらりと時計を一瞥する。
そして、小童に向けて、しっしっと追い払うような仕草をした。
それを受けて、小童は哀愁のようなものを漂わせ、どこか名残惜しそうに室内から出ていくのであった。
「原作が分からんからなんとも言えんが、絶対原作ブレイクしてるじゃろうなぁ…。」
誰もいなくなった静かな生徒相談室の中で、わしは深く深い溜息をつき、マグカップに残っていた冷めかけた紅茶をすする。
わしは転生者と呼ばれる存在じゃ。
前世の記憶を持ったまま、気がつけばこの世界に放り出されていた。
そして、この世界は“ようこそ実力至上主義の教室へ”というライトノベルの中なのじゃよ。
まぁ原作知識は少ししか持っておらんのじゃがな!!
その少しというのも本当に最低限であり、わしが知っておるのはメインキャラクターたちの名前くらいじゃ。
ネットの海を漂っていた頃に耳にした断片的な情報か、アニメのタイトルをいくつか見聞きした程度の知識しかなかった。
ゆえに、転生した当初から、わしは原作に関わろうとは思わなかった。
物語の歯車に巻き込まれれば、どんな目に遭うか分かったものではないからな。
だというのに……なぜなのじゃろう?
気づけば、わしは物語の舞台となる高度育成高等学校に教師として赴任していたのじゃよ。
人手不足だったのか、それとも別の誰かによる強烈な意思の働きかけがあったのか、気付けば職員名簿にわしの名前が刻まれていた。
そしてそこからなんやかんやあり、先ほどの小童と関わるようになったのじゃ。
一応言っておくのなら、彼奴のことは以前から原作知識以外のものでも知っておった。
───ホワイトルーム。
世間から完全に秘匿されし教育機関。
人工の天才を作り出すというあまりにも愚かしい目標をかかげている、幾人もの子どもたちの輝かしい未来を破壊してきたクソみたいな場所。
そこは人間の尊厳を徹底的に踏みにじり、効率と結果のみを叩き込む地獄のような空間じゃ。
わしがそこに足を踏み入れることになった経緯は、今思い出しても頭が痛くなるが……とにかく、わしはそこで幼き日の綾小路清隆を目撃した。
そして、小童……綾小路清隆は、そのホワイトルームの最高傑作と呼ばれる存在じゃった。
ホワイトルームの狂気染みた教育を、幼きころから完璧にこなす存在。
勝利という結果をなによりも重視しておる、人を象っておる機械のような存在。
それが、わしがホワイトルームにいた頃の小童を見た時に抱いた感想じゃ。
感情の起伏など微塵もなく、ただ冷徹に、命じられた課題をクリアしていく。
周囲の人間を道具か障害物としか見ていないような、あまりにも歪で、あまりにも完成された虚無。
小童は同年代と比べれば圧倒的な実力を手に入れた代償に、人間性というものをほとんど失っていた。
じゃが、神様のいたずらなのだろうか?
あるいは、わずかに残された人であろうとする心による最後の抵抗だったのだろうか?
小童は「普通」というものを学ぼうとするがゆえに、ホワイトルームの圧倒的な呪縛を振り切って、この日本屈指の育成学校に入学してきた。
まぁ、理事長……坂柳の親父殿の強烈なバックアップがなければ、入試で普通に落とされていたであろうがな。
いくら常識がないからといっても、ペーパーテストを全教科50点にするというのはありえないのじゃ。
「やれやれ、そんな危険極まりない化け物を、よりによって一般的な高校の環境に放り込むなんてな……坂柳も狂っとるわい」
マグカップを机に置き、わしは窓の外に広がる景色を見下ろした。
桜の木々が風に揺れ、生徒たちが楽しげに談笑しながら校庭を歩いている。
青春のワンシーンとしてはこれ以上ないほどに平和な光景じゃ。
しかし、その平和の裏側で、この学校は特殊なルールに支配されている。
完全実力主義、ポイントによる格付け、そしてクラス間の底知れない謀略の数々。
そんな修羅の国のような場所に、人の心をどこかに置き忘れてきた小童が飛び込んできたのじゃ。
波乱が起きないわけがない。
(とはいえ……)
わしは先ほどまで小童が座っていた椅子に目をやった。
あやつは、本当に「普通」を知りたいと願っているのだろうか?
それとも、ホワイトルームの外の世界がどれほどのものか、ただ知的好奇心を満たすためにここにいるだけなのだろうか?
この学校で出会ったばかりの頃の小童は、今以上にロボットのようであった。
誰とも目を合わせず、周囲の人間を観察し、利用価値を測るだけの冷酷な瞳。
だが、ここ最近はどうじゃ?
相変わらず無表情ではあるが、授業中に居眠りをしたり、変なところで的外れな質問をしてきたり、こうしてわしのところに弁当を食べにきたりする。
それは、ホワイトルームの監獄では絶対に見られなかった、ほんの微かな「人間らしさ」の芽生えではないのかと───わしは密かに期待してしまっているのじゃ。
「ふふっ、これではまるで、手のかかる孫を育てる老人の気分じゃな」
自嘲気味に小さく笑いながら、わしはゆっくりと立ち上がる。
年齢的にはまだ若い肉体のはずなのになぜか口調がこうなってしまうのは、なぜなのだろう?
前世の記憶のせいなのか、それともこの世界に馴染む過程でついた癖なのか、自分でもよく分からんな。
「さて、そろそろ5時間目が始まるころか。あの小童、次の授業はちゃんと真面目に受けておるじゃろうな……」
以前みたく、お腹いっぱいになったせいで小童が居眠りをしていないか心配になるわしであった。