綾小路のことを若造扱いするTS合法のじゃロリ教師 作:みみ9
6月のとある日。
窓の外からは、5時間目の開始を告げるチャイムの音が聞こえてくる。
そんな中で、わしは少しだけ引きつった笑みを浮かべながら、生徒相談室を後にする。
向かう先は───小童の在籍しているクラス⋯1年Dクラスの教室じゃ。
実はな、わしが教鞭を執る教科は「倫理」なのだよ。
人との関わりや道徳、生き方を教える教科じゃ。
……つくづく、あの小童に教えるには皮肉が効きすぎているとは思わんか?
廊下をゆっくりと歩き、Dクラスのドアの前に立つ。
扉をガラリと開けると、そこには相変わらずの光景が広がっておった。
騒がしく談笑する男子グループ。
手鏡を見たりして髪を整える女子。
そして────一番後ろの窓際の席で、まるで風景の一部と同化するように呆然と窓の外を眺めている綾小路清隆の姿じゃ。
(……ほう、一応起きてはおるな。だが、あの目は完全に魂がどこかへ飛んでおる目じゃ。)
小童のほうをほんの一瞬だけ向いて、わしはそう結論づける。
そんなことを考えながら教壇に立つと、パンパンと両手を叩いた。
「はいはい、席に着けぃ。5時間目の倫理の授業を始めるぞー。」
わしの声に、生徒たちが散り散りに自分の席へと戻っていく。
小童の隣の席では、堀北鈴音という少女が背筋をピンと伸ばし、教科書を几帳面に開いていた。
かの小娘もまた、小童とは別のベクトルで孤立している気配があるが……まあ、今は置いておこう。
「さて、今日のテーマは『他者との共生と、人間関係における信頼』についてじゃ」
そう宣言した瞬間、一番後ろの小童が、ほんのわずかにピクリと眉を動かしたのをわしは見逃さなかった。
くくっ、明らかに嫌がっておるな。
「人間は一人では生きていけぬ。互いに助け合い、支え合うことで社会を形成しておる。……では、ここでお主らに問題じゃな。」
わしはチョークを手に取り、黒板に大きく文字を書きつける。
『信頼とは何か?』
「誰か、自分なりの考えを言ってみる者はおらんか?」
教室内に微妙な沈黙が流れる。
面倒な質問だと察した生徒たちが、一斉にわしと目を合わせないように視線を低くした。
堀北だけが自信ありげに手を挙げようとしたが、わしはあえてそれをスルーする。
「……よし、では綾小路。うぬの意見を聞かせてみよ。」
指名された瞬間、クラス中の視線が一番後ろの小童に集まった。
当の小童はいつも通りの無表情のまま、されどどこか気だるそうにのっそりと立ち上がる。
「……信頼、ですか。」
「そうじゃ。うぬにとって『信頼』とはどういうものじゃ?」
ホワイトルームで「道具」としてしか人間を見てこなかった⋯⋯見ることのなかった彼奴が、どのような答えを出すのか。
わしは少しだけ意地悪な期待を込めて小童を見つめた。
小童は数秒間、どこか遠くを見るような目をした後、淡々とした声で口を開いた。
「……相手の行動パターンを予測し、自分に不利益をもたらさないと確信できた状態のことだと思います。」
「「「…………。」」」
教室内に、なんとも言えない静寂が広がった。
なんというか……システムエンジニアか何かの回答だろうか?
それとも、セキュリティソフトの導入評価か?
堀北が「なんなのその冷血な回答は……」と言いたげな、ドン引きした視線を綾小路に向けている。
他の生徒たちも、「相変わらず影が薄い上に変な奴」といった表情だ。
わしは思わず額を押さえたくなった。
(駄目じゃ……! 小童の根本にあるロジックが完全に向こう側⋯機械のそれじゃ……!)
「……ふむ。非常に合理的で、ある意味ではリスク管理として正しい答えじゃな。」
わしは苦笑いを浮かべながら、チョークをトントンと黒板に打ち付けた。
「じゃがな、綾小路。人間同士の信頼というのは、損得勘定や予測だけで割り切れるものではないのじゃ。なにせそれらによって左右できないもの⋯⋯『感情』が含まれるからのぅ。時には『裏切られるかもしれないリスク』を承知の上で、相手を信じて一歩踏み出すこと……それもまた、一つの信頼の形なのじゃよ。」
わしの言葉に、小童は首を微かに傾げた。
「理に適わない賭けをする、ということですか?」
「賭けという言い方もなかなか無粋じゃが⋯⋯まあ、理屈だけでは説明がつかないのが『人間らしさ』というやつじゃからな。うぬもこの学校にいる間に、そういう割り切れない感情を一つくらい学んでいくと良い。」
わしがそう言ってフッと微笑むと、小童は何かを思案するように目を細め、静かに「……善処します」と答えて席に着いた。
(善処します、ときたか。相変わらず可愛げのない小童じゃ。)
だが、その瞳の奥にほんの小さな疑問の火が灯ったのを、わしは見逃さなかった。
ホワイトルームの完璧なロジックでは説明のつかない「他者との関わり」。
それに戸惑い、知ろうとすることこそが、この学校における彼奴の本当の学びなのかもしれん。
「よし、では教科書の42ページを開けぃ! この『人間らしさ』について、今日はじっくりと捏ね繰り回してやろうぞ!」
わしが威勢よく声を張り上げると、生徒たちからは「えー」という気の抜けた声が上がった。
そこは「はーい」と言って、学習意欲をアピールするところじゃなかろうか?
つい先刻まで素晴らしいことを話していたのじゃから。
窓の外では、春の柔らかい風が吹き抜け、桜の花びらが舞っている。
原作の筋書きがどうなっているのか、わしにはさっぱり分からん。
これからどんな波乱がこの学校を襲うのかも未知数じゃ。
だが───ふと授業中に視線をやると、小童が教科書の端にほんの少しだけ目線を落とし、真剣な顔で何かを考え込んでおった。
(やれやれ。手のかかる生徒の教育は、まだまだ時間がかかりそうじゃな。)
未知というものも、悪いものばかりではないのじゃ。
わしは心の中で小さく笑いながら、チョークを走らせるのであった。