綾小路のことを若造扱いするTS合法のじゃロリ教師   作:みみ9

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第二話 綾小路視点

 

 

高度育成高等学校に入学して、2週間ほどが経過していた。

 

オレ――綾小路清隆はこの学校に、ある目的を持って入学した。

 

『普通』を知ること。

ホワイトルームでは教えられなかった、ごく普通の人間が送る日常を経験すること。

友人を作り、他愛のない会話を交わし、時には誰かと食事を共にする。

 

そういった当たり前の生活を送ることが、オレの目的だった。

 

もっとも、現状を見る限り、その目的が順調に達成されているとは言い難い。

 

「……。」

 

昼休み。

オレは教室の自分の席で、いつものように周囲の様子を観察していた。

 

クラスメイトたちは自然とグループを作り、楽しそうに昼食を取っている。

弾む笑い声。たわいもない雑談。昨日の授業に対する愚痴や、休日の予定。

それらすべてが、オレにとっては未知の光景だった。

 

ホワイトルームにおいて、食事とは単なる栄養補給のプロセスに過ぎない。

誰かと食卓を囲むことに特別な意味はなく、会話を楽しむ必要性も存在しなかった。

 

だからこそ、オレはこうした光景を無意識に観察してしまうのだろう。

 

どういう話題が人を笑わせるのか。

どういう態度を取れば相手の警戒を解けるのか。

どの程度の距離感が、一般的に『友人関係』と呼ばれるものなのか。

 

知識として理解することと、実際に体験することは全く異なる。

その差異を埋めるためにオレはこの学校にいるはずなのだが――。

 

「綾小路くん、一緒にお昼食べない?」

 

……などと、誰かが声をかけてくれる気配は一切なかった。

 

正確に言えば、入学してから何度か言葉を交わしたことはある。

 

だが、会話が致命的なまでに続かない。

オレが話題を広げないせいなのか、あるいは相手にとってオレと話す価値がないからなのか。

おそらくはその両方だろう。

 

しかし、無理に人間関係を築こうとすれば不自然が生じる。

それだけは避けたかった。

 

オレは弁当を食べ終えると、静かに教室を後にした。

 

行き先は決めていない。

校内をあてもなく歩きながら、残りの昼休みの過ごし方を考える。

 

そんな折、廊下の一角にある部屋の前で足が止まった。

 

『生徒相談室』

 

扉の横には、担当教師の名前が記されたプレートが掲げられている。

天来院琥珀───そう書かれていた。

 

聞いたことのない名前だ。

もっとも、オレがこの学校の全教師の氏名を把握しているわけではないため、別段おかしなことではない。

 

特に気を留めることもなく通り過ぎようとした、その時だった。

 

「そこの小童、ちょいと待たんか。」

 

扉の向こうから、奇妙な呼び声が飛んできた。

 

小童、か。

今どき、教師が生徒に向かって使う言葉とは思えない。

 

興味本位で扉へ視線を向けると、中から一人の女性教師が顔を出した。

 

外見は若い。

少なくとも、オレが想定していた『教師』という像よりも遥かに若く見える。

 

それにもかかわらず、こちらを見つめる瞳にはどこか奇妙な落ち着きがあった。

まるで長き年月を生きてきた老人のような、深遠な眼差しだ。

 

「お主、今から暇かの?」

 

「……昼休みですから、特に予定はありませんが。」

 

「ならば、ちょいとばかり付き合え。なに、取って食おうというわけではない。」

 

初対面の生徒を捕まえて「取って食わない」と宣言する教師。

 

やはり普通ではない。

少なくとも、オレの知る一般的な教師像からは乖離している。

 

だが、断るための明確な理由もなかった。

 

「分かりました。」

 

「うむ、素直でよろしい!」

 

どこか満足げな表情を浮かべた天来院先生に促され、オレは生徒相談室へと足を踏み入れた。

 

室内には整然と並べられた机と椅子、そして書類が詰まった本棚。

机の上にはマグカップが一つ置かれ、紅茶の香ばしい湯気が漂っている。

 

「さて、そこに座るがよい。」

 

「失礼します。」

 

言われた通り、オレは椅子に腰を下ろした。

天来院先生は向かいの席に腰掛けると、じっとオレの顔を見つめてくる。

 

何か問題を起こした記憶はない。

授業態度も目立たないよう無難にこなしているつもりだし、入学早々教師に目をつけられるような行動をとった覚えもなかった。

 

「ふむ……。」

 

先生は腕を組み、オレを頭からつま先まで精査するように観察する。

 

「お主、名前は?」

 

「綾小路清隆です。」

 

「綾小路清隆、か。」

 

名前を反芻すると、先生は何かを吟味するように目を細めた。

その仕草に、わずかな引っかかり覚える。

 

オレの名前を知っていたのだろうか。

いや、名簿を確認していれば知っていて当然だ。

 

だとしても、今の間は少し妙だった。

 

「……よし、綾小路。お主、昼飯は食べたか?」

 

「はい。」

 

「誰とじゃ?」

 

「一人です。」

 

「……一人?」

 

「はい。」

 

先生は言葉を失った。

まるでオレがとんでもない禁句を口にしたかのような反応だ。

 

「待て待て。お主、入学してからずっと一人で飯を食っておるのか?」

 

「だいたいは。」

 

「だいたいは、ではない! もっと誰かと交流しようとは思わんのか!」

 

突如、声量が上がった。

 

なるほど。

どうやらこの教師は、生徒の交友関係に干渉するタイプのようだ。

カウンセラーを兼任しているのなら、そういう言動も理解できなくはない。

 

「特に困っていませんので。」

 

「そういう問題ではないのじゃ!」

 

先生が机を軽く叩いた。

オレはその手元に視線を落とす。

 

怒っているようではあるが、そこに敵意は感じられない。

むしろ純粋な心配の色が伺えた。

 

少々、珍しい反応だ。

ホワイトルームにおいては、オレが誰と食事を摂ろうが、あるいは孤立していようが問題にはならなかった。

求められるのは結果のみだからだ。

 

だが、この学校では違うらしい。

友人の有無すらも教師の関心対象になり得る。

 

オレはその事実を興味深く受け止めていた。

 

「先生は、どうしてそこまで気にするんですか?」

 

「決まっておろう。学生時代の人間関係というものは極めて大切じゃからな。勉強だけできればよいというものではない。人と関わり、時には失敗し、相手を理解しようとする。その積み重ねこそが人間を成長させるのじゃ。」

 

「……なるほど。」

 

「本当に分かっておるのか?」

 

「はい。人間関係が社会生活において重要なリソースであることは理解しています。」

 

「そういう合理主義的な意味で言ったのではない!」

 

先生は頭を抱えた。

どうやらオレの回答は、彼女の期待した模範解答から外れていたらしい。

 

難しいものだ。

質問に対して論理的に答えたつもりだったのだが。

 

「お主……もしかして、友達がおらんのか?」

 

「いませんね。」

 

「即答するでない!」

 

再び叱責された。

 

いったい何がいけなかったのだろうか。

友達がいない事実を隠す必要性を感じなかったし、事実をそのまま伝えるのが最も効率的だと判断したのだが。

 

先生は深く息を吐き、額に手を当てた。

 

「……これは、なかなかの難物じゃな。」

 

「何か問題でも?」

 

「大ありじゃ!」

 

その後、オレはしばらくの間、彼女の説教を受けることになった。

 

内容を要約するとこうだ。

 

学生たるもの、クラスメイトと積極的に交流すべきである。

友人を作り、一緒に食事をし、放課後には遊ぶ。

そうした経験もまた、学校生活における重要なカリキュラムなのだという。

 

理屈は理解できる。だが、理解することと実行することは別だ。

そもそも、オレと一緒に食事をしたいと思う人間が存在するかも分からない。

無理に誘って相手に不要な気遣いをさせるくらいなら、一人で食べる方が双方にとって合理的なはずだ。

 

そう説明すると、先生はますます頭を抱えてしまった。

 

「よいか、綾小路。お主はまだ高校生活を始めたばかりなのじゃ。最初から諦める必要などない。」

 

「諦めているつもりはありませんが。」

 

「では、どうして自分から動かんのじゃ?」

 

「……。」

 

答えに詰まった。

 

自分から動く。

それ自体は容易だ。

 

必要であれば相手の性格を分析し、最適な話題を選び、自然な形で接触する。

ホワイトルームで叩き込まれた知識と観察力を応用すれば、表面的な人間関係を構築することなど造作もない。

 

だが───それでは意味がないのではないか。

 

相手の反応を計算し、望ましい結果を得るために誘導する。

それでは結局、これまでの自分と何も変わらない。

 

オレは『普通』を知りたいのだ。

しかし、普通の人間がどのようにして友人を作るのか、オレにはまだそのプロセスが分からないでいた。

 

「……少しずつ、考えてみます。」

 

最終的に、オレはそう答えた。

自分でも予想外の回答だ。

 

先生はオレの顔を何秒かじっと見つめた後、ようやく表情を和らげた。

 

「うむ。それでよいのじゃ。最初から完璧にできる人間などおらんのだからな。」

 

その言葉に、オレはわずかな違和感を覚えた。

 

『完璧にできる人間などいない』

 

少なくともオレが育ってきた環境には、そのような妥協的な思想は存在しなかった。

できないのであれば、できるようになるまで徹底的に鍛錬を繰り返す。

それだけだったからだ。

 

しかし、この教師は違う。

欠落を責めるのではなく、成長の過程として受け入れようとしている。

オレに対しても、同じスタンスを取るというのだろうか。

 

「そういえば、天来院先生。」

 

「ん? なんじゃ?」

 

「先生は、どうしてオレにそこまで構うんですか?」

 

純粋な疑問だった。

教師が生徒を指導すること自体は職務の範囲内だ。

 

だが、ここまで個人的な交友関係に踏み込んんで心配する理由は見当たらなかった。

 

先生は一瞬目を見開いた後、至極当然のことのように微笑んだ。

 

「決まっておろう。お主がわしの生徒だからじゃ。」

 

「……それだけですか?」

 

「それだけで十分じゃろう?」

 

あまりにもシンプルな解答。

 

見返りを求めている様子もない。何かを利用しようとする策略も感じられない。

ただ『生徒だから』という理由だけで、彼女はオレに関心を寄せている。

 

オレにとって、それは酷く奇妙で、馴染みのない感覚だった。

 

ホワイトルームにおいて、他者が自分に関わる際には必ず明確な理由が存在した。

損得、評価、命令、あるいは実験的な目的。

何の対価も求めずに他者に介入する行動理念は、オレの認知機能の外側にあった。

 

「……そうですか。」

 

オレの中ではそれ以上、返す言葉が見つからなかった。

先生はそんなオレの反応を見て、満足そうに頷く。

 

「さて、そろそろ昼休みも終わる頃じゃな。お主も教室に戻るがよい。」

 

「分かりました。お時間を取らせてすみません。」

 

「なに、構わんよ。いつでも相談に来るがよい、」

 

「はい。」

 

オレは立ち上がり、扉へと向かった。

その時───。

 

「……ああ、そうじゃ。綾小路よ。」

 

「はい?」

 

「次に会うときまでに、クラスメイトと一言でも多く話してみること。これは先生からの宿題じゃ!」

 

「……努力します。」

 

「うむ! 期待しておるぞ!」

 

背中に投げかけられた熱量の高い声をあとに、オレは生徒相談室を退出した。

 

廊下を歩きながら、先ほどのやり取りを反芻する。

 

天来院琥珀。

実に奇妙な教師だった。

 

時代がかった言葉遣いに、オーバーな感情表現。

それでいて、こちらの微細な反応を決して見逃さない観察眼。

 

単なる世話焼きな性格という言葉だけでは割り切れない、何かが彼女にはあった。

 

オレの回答に対する反応もどこか引っかかる。

まるでオレが人間関係に著しく欠落していることを、あらかじめ知っていたかのような――。

 

……考えすぎか。

入学したての不器用な生徒を心配する熱心な教師など、探せばいくらでもいるだろう。

 

オレはその思考を一旦打ち切り、教室へと戻った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

その日の放課後。

オレは、天来院先生から課された『宿題』のことを思い出していた。

 

クラスメイトと一言でも多く話すこと。

さて、誰に話しかけるべきか。

 

周囲を見渡せば、すでに幾つかのグループが形成されている。

今からそこに割り込むのは難度が高い。

いや、難しいというのは単なる言い訳だろう。

ただ単に、最初の一歩を踏み出すためのプロトコルが分かっていないだけだ。

 

「……はぁ」

 

自分でも驚くほど、重い溜め息が漏れた。

 

どうやらオレは、自覚している以上に『普通』というものを理解していないらしい。

もしもオレの不甲斐なさ知ったら、あの教師はまた頭を抱えるのだろう。

 

そう想像すると、不思議とほんの少しだけ可笑しかった。

 

声を上げて笑うほどではない。

けれど、ほんのわずかに口元が緩んだような気がした。

 

―――その時のオレは、まだ知る由もなかった。

 

あの奇妙な教師が、これから先、オレの高校生活に深く介入してくることになるのを。

そして、彼女との邂逅が、オレの中に存在する『何か』を少しずつ変質させていくことを。

 

ただ一つ確かなこと。

それは、天来院琥珀という存在が、オレがこれまでに出会ってきたどの人間とも一線を画しているということ――それだけだった。

 

 

 

 

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