綾小路のことを若造扱いするTS合法のじゃロリ教師 作:みみ9
「……で、茶柱。お主はどう思う?」
「何がですか」
「綾小路清隆のことじゃよ」
放課後。
高度育成高等学校の職員室にて、わし──天来院琥珀は、湯気の立つ湯呑みを片手に、向かい側に座る茶柱佐枝へと問いかけた。
茶柱は手元の書類から視線を上げると、露骨に面倒くさそうな顔をした。
「どう思うも何も、あの生徒は成績こそ平凡ですが、特に問題を起こしているわけではないでしょう」
「ほほう。平凡、とな?」
「……何か含みのある言い方ですね」
「いやいや、別に?」
わしはにんまりと笑ってみせる。
茶柱の眉間に深々と皺が寄った。
うむ、実に良い反応じゃ。
普段は生徒に対して厳格な態度を崩さんくせに、こういうところでは実に分かりやすい。
「じゃがのう、茶柱。お主、本当にあの小童を平凡な生徒だと思っておるのか?」
「少なくとも、今のところはそう扱うべきです。証拠もないのに生徒を特別視するのは、教師として不適切でしょう」
「正論じゃなぁ」
「……何が言いたいんですか」
「いや、別に?」
「天来院先生」
「はいはい、分かっておる。そう睨むでない」
わしは両手を軽く上げ、降参の意を示した。
とはいえ、実際のところ茶柱の言い分も間違ってはおらん。
綾小路清隆が『ホワイトルーム』出身であることを知っているのは、ごく限られた人間だけじゃ。
わしとて、職員室の真ん中で「実はあやつ、人工の天才を作る教育施設で育てられた化け物なのじゃ!」などと叫ぶつもりはない。
そんなことをすれば、わしの精神状態を心配されるのがオチじゃからな。
「しかしじゃな、あの小童、最近わしのところへ入り浸っておるんじゃよ」
「……相談室にですか?」
「うむ。昼休みになると弁当を持ってやってきて、わしの対面で黙々と飯を食う」
「それは……」
「うむ?」
「たんに懐かれているだけなのでは?」
「待て待て待て! なぜそうなる!?」
思わず声が裏返った。
失礼な。
わしはただ、あの小童が一人で昼飯を食っておるのを見かねて、何度か一緒に食べるのを許しただけじゃ。
最初は「先生、ここで食べてもいいですか」と聞いてきたのでな。
それを断るほど、わしは薄情な人間ではない。……ないはずじゃ。
「そもそもな、わしが『クラスメイトと食わんのか』と聞いても、『先生がいるので問題ありません』などと返してくるのじゃぞ?」
「……」
「しかも本人は至って真面目な顔をしておる。冗談のつもりなど一切ないのだ」
「……それは、なかなか」
「じゃろう!?」
思わず机を叩きそうになり──いや、実際に一度叩いた。
茶柱がわずかに肩を震わせる。
「ふっ……」
「おい。今、笑ったじゃろ」
「笑っていません」
「嘘をつけぃ! 口元がゆるゆるではないか!」
「天来院先生、職員室では静かにしてください」
「ぬぅ……!」
ぐうの音も出ん。
これだから正論を振りかざす女は厄介なのじゃ。
わしが恨めしげに睨んでいると、隣のデスクからひょっこりと顔を出す者がいた。
「まあまあ、二人とも。そんなに熱くならなくてもいいじゃないですかぁ」
星之宮知恵先生である。いつものように軽やかな笑みを浮かべ、こちらへと近づいてきた。
「それでそれで? 綾小路くんが天来院先生に懐いてるって話?」
「懐いておるとは言っておらん!」
「あらぁ? でも、毎日お昼を一緒に食べてるんでしょ?」
「毎日ではない! ……いや、最近はほとんど毎日じゃが」
「ふふっ、やっぱり懐いてるじゃないですか」
「ぐぬぬ……!」
なぜじゃ。
なぜ、わしが責められる側になっておるのじゃ。
わしはただ、生徒の社会性を育もうとしておるだけなのに!
「でも、綾小路くんって不思議な子ですよねぇ」
星之宮先生は、わしの机に置かれた茶菓子をひとつ摘まんだ。
「授業態度は普通だし、成績も目立たない。誰かと積極的に関わろうとしているようにも見えないのに……天来院先生のところには来るんだ?」
「そうなのじゃよ」
「先生、何か特別なことでもしたんですか?」
「……別に何もしておらんぞ?」
「本当に?」
「本当じゃ」
少なくとも、本人が自分から話しかけてくるようになるまでは、わしもそれほど干渉しておらん。
最初の頃など会話らしい会話もなく、わしが「今日はどうした」と尋ねれば「昼食です」と返り、「見れば分かるわ」と返せば「そうですか」で終わりじゃ。
会話とは何か。
わしは本気で考えさせられたものじゃ。
「じゃが、最近は多少変わってきたぞ」
「へえ?」
「この前など、わしが紅茶を飲んでおったら、『先生は毎日それを飲んでいて飽きないんですか』と聞いてきおった」
「……それ、普通の会話では?」
「うむ。普通の会話じゃな」
「それで?」
「わしが『飽きるも何も、好きなものは好きなのじゃ』と答えたら、翌日、なぜか茶葉を持ってきおった」
「……えっ?」
星之宮先生が目を丸くした。
茶柱も手元の書類をめくる手を止めている。
「待ってください。生徒からプレゼントをもらったんですか?」
「いや、本人いわく『先生がよく飲んでいるので、少し気になっただけです』とのことじゃ」
「それって……」
「うむ」
「……ふふっ」
「おい、なぜ笑う!?」
「いえ、だって……天来院先生、すっかりおばあちゃんみたいなんですもの」
「誰がおばあちゃんじゃ!!」
職員室にわしの叫び声が響き渡った。
遠くの席で仕事をしていた教師が何事かと振り向く。
茶柱はこめかみを押さえ、星之宮先生は腹を抱えて笑っておった。
……もう嫌じゃ。
この職員室、わしに対する敬意が決定的に足りんのではないか?
わし、これでも教頭と同格くらいの立場なんじゃが!?
肉体年齢だってまだまだ若いはずじゃし、おばあちゃんと呼ばれる年齢ではないはずじゃ!
「……天来院先生」
「なんじゃ、茶柱」
「その茶葉、まだ残っていますか?」
「む?」
「いえ。綾小路がどんなものを選んだのか、少し気になりまして」
「おやおや? 茶柱も興味があるのかの?」
「生徒の行動を把握するのは教師として当然です」
「ほほう?」
「……何ですか、その顔は」
「いやいや、別に?」
ふむ。
茶柱は茶柱で、あの小童のことが気になっておるようじゃな。
表向きは平凡な生徒。
じゃが実際には妙に達観しており、他者との距離感がどこかおかしい。
そして何より、こちらが想定していない行動を平然と取ってくる。
あれは、ただの世間知らずというだけでは説明できん。
……もっとも、今ここでそれを語るつもりはないがな。
「そういえば、佐枝ちゃん」
星之宮先生が、ふと思い出したように口を開いた。
「綾小路くんって、授業中に変な質問をすることがあるんだって?」
「変な質問だと?」
「うん。なんでも数学の授業で『人間関係において、相手を理解することと相手を予測することは同じですか』って聞いたらしいわよ?」
「……」
二人の会話を聞いたわしは、思わず天井を仰いだ。
あの小童……またそういうことを。
「⋯⋯担当の先生は何と答えたんだ?」
「『違うものだ』と答えたそうですけど。綾小路くん、納得いかない顔をしていたらしいわ」
「そりゃあ、そうじゃろうなぁ……」
あやつにとって、人間とは『予測する対象』なのだ。
どんな言葉をかければどんな反応が返ってくるか、何を与えれば何が得られるか。
そうした計算を、息をするように行ってきた人間。
じゃが、それは本当の意味で相手を理解していることになるのか。
少なくとも、わしはそうは思わん。
人間というものは、もっと面倒で、不合理で、そして面白い生き物なのじゃから。
「……あの小童には、まだまだ教えることが多そうじゃな」
「天来院先生?」
「いや、こちらの話じゃよ」
わしは湯呑みを手に取り、冷めかけた茶をすすった。
すると、星之宮先生が手をポンと叩いた。
「そうだ! 今度、綾小路くんを私たちの集まりに呼んでみたらどうです?」
「……は?」
「ほら、先生と一対一で食べるのには慣れているんでしょう? だったら、何人かで食事をする練習にもなるじゃないですか」
「おお……!」
思わず声が漏れた。それは悪くない考えかもしれん。
最初から同年代の生徒たちの輪に放り込むのはハードルが高い。
じゃが教師たちとの雑談であれば、多少は気楽に参加できるじゃろう。
「なるほど……。星之宮、たまには良いことを言うではないか」
「『たまには』って何ですかぁ!」
「うむうむ。では、さっそく明日から──」
「待ってください」
茶柱がぴしゃりと口を挟んだ。
「何じゃ、茶柱」
「どうして私たちの集まりに綾小路を参加させる必要があるんですか。ここは学校です。教師の私的な集まり──しかも飲み会に生徒を参加させるのは不適切でしょう」
「ぬっ……」
正論。
またしても正論じゃ。
「そ、それなら昼休みに、相談室で複数の教師が食事をすればよいではないか! 教師が生徒の相談に乗る場であれば問題なかろう?」
「……まあ、形式上は」
「よし、決まりじゃ!」
「まだ決まっていません!」
「えー、いいじゃない佐枝ちゃん! 私、綾小路くんとお話ししてみたい!」
「知恵まで何を言っている……!」
頭を抱える茶柱の苦労が目に浮かぶようじゃ。
うむ、実に愉快。
……などと笑っておった、そのときじゃった。
「失礼します」
職員室の入り口から、聞き慣れた平坦な声が響いた。
わしはぴたりと動きを止め、茶柱も星之宮先生も同時にそちらを向く。
そこに立っていたのは──。
「綾小路……?」
「どうしたんじゃ小童、忘れ物か?」
綾小路清隆は、いつも通りの無表情でこちらを見つめていた。
「いえ。天来院先生に、少し聞きたいことがありまして」
「ほう?」
「明日の昼休みなんですが……先生たちと一緒に食事をすることになったんですか?」
「…………」
星之宮先生が口元を押さえてぷるぷると震えだし、茶柱はゆっくりと目を閉じた。
わしは、再び天を仰いだ。
やってしまった。
完全にやってしまった。
本人のいないところで計画を立てていたつもりが、当の本人に聞かれておったとは。
「……小童よ」
「はい」
「どこから聞いておった?」
「先生が『教師が生徒の相談に乗る場であれば』と言ったあたりからです」
「ほぼ最初からではないか!!」
「そうですね」
なぜじゃ。
なぜそう平然としておる。
少しくらい気まずそうにせんか!
「それで、どうなんですか? 明日の昼休み、先生たちと食事をするんですか?」
「ま、まあ……そのような話が出ておったのは事実じゃが」
「分かりました」
綾小路はこくりとうなずいた。
「では明日、少し多めに弁当を作ってきます」
「…………は?」
「先生たちも食べるのでしょう? 人数分は難しいかもしれませんが、何か作って持ってきます」
「いやいやいや待て待て待て!!」
わしは慌てて立ち上がった。
「なぜそうなる!? お主は招かれる側じゃぞ!? なぜ自分が振る舞う側になっておるのじゃ!?」
「……違うんですか?」
「違わんが、違う!」
「どちらですか」
「ぬぐぐ……!」
言葉に詰まる。
こやつ……わざとなのか!?
いや、違う。
おそらく本気で分かっておらんのじゃ。
自分が『客として招かれている』という感覚が、根本的に欠けておるのだ。
誰かと食事をする。
ただそれだけのことに、どれほどの意味があるのか。
同じものを食べ、他愛もない話をして笑い合う──そんな当たり前の経験が、あやつには決定的に足りていない。
だからこそ、わしが教えてやらねばならんのだ。
人と関わることは、決して特別な儀式などではないのだと。
「……小童よ」
「はい」
「明日は弁当など気にせんでよい。お主は自分の分だけ持ってくればよいのじゃ」
「分かりました」
「それからな、わしらは別にお主を試そうとしておるわけでもないぞ」
「……そうなんですか?」
「そうじゃよ」
綾小路はしばらくわしの顔を見つめ、ほんのわずかに首を傾げた。
「先生たちは、俺と食事をしたいんですか?」
「…………」
その場にいた全員が、言葉を失った。
ああ、そうか。
こやつは本当に分かっておらんのだな。
誰かが自分と一緒にいたいと思うこと。
自分がそこにいてもいいと思われていること。
そういう、ごく当たり前の感覚が。
「……ああ、そうじゃよ」
わしは、できる限り穏やかな声で答えた。
「わしらは、お主と一緒に飯が食べたいのじゃ」
「……そうですか」
綾小路はわずかに目を伏せ、それからいつもと変わらぬ声で言った。
「では明日は、よろしくお願いします」
丁寧にいっかい一礼すると、あやつは静かに職員室を出て行った。
残されたわしらは、しばらく無言で扉を見つめていた。
やがて──。
「……天来院先生」
「何じゃ、茶柱」
「あなたが綾小路を気に懸けている理由が、少し分かった気がします」
「……そうか」
「ですが」
「うむ?」
「場所と時間の管理はちゃんとしてください。あと、仕事を増やすなら事前に相談を」
「結局そこに行き着くのか……!」
わしが肩を落とすと、星之宮先生が楽しそうに手を叩いた。
「私、何かお菓子持っていきますね!」
「うむ、頼んだぞ星之宮。……で、茶柱。お主も来るじゃろう?」
「……仕事の都合がつけば」
「素直ではないのう」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も?」
わしはそそくさと冷めたお茶を飲み干した。
ふむ、明日はなかなか賑やかな昼食になりそうじゃな。
……もっとも。
「そういえば天来院先生。綾小路くん、いつも先生のお弁当も作ってきたりして?」
「……まさか」
脳裏に、無表情の綾小路が「先生の分です」と弁当箱を差し出してくる光景が浮かぶ。
「…………それはそれで、悪くないのう」
「完全に餌付けされてるじゃないですか!!」
職員室に、再びわしの叫び声が響き渡った。
──こうして天来院琥珀のささやかな計画は、自身の意図とは少々異なる方向へと転がり始めた。
なお、翌日の昼食会で綾小路が持参した卵焼きは、なぜか教師全員の胃袋を掴むほど絶品だったという。
そして天来院は、その日からしばらくの間、職員室でこう呼ばれることになるのだった。
──『綾小路の保護者』と。