綾小路のことを若造扱いするTS合法のじゃロリ教師 作:みみ9
二学期。
高度育成高等学校においても、時間は淡々と流れていた。
一学期に行われた数々の試験を乗り越え、生徒たちは少しずつこの学校での生活にも慣れ始めている。
そして――。
「中間試験、か……」
放課後。
相談室の椅子に深く腰掛けながら、わし――天来院琥珀は一枚のプリントを眺めていた。
二学期中間試験。
今回の試験について、生徒たちの間では様々な噂が飛び交っておる。
中でも特に多いのが、『今回の筆記試験は、ペーパーシャッフル試験のペアを決めるためのものではないか』という推測じゃ。
学校側は、そのようなことを一言も断言しておらん。
だが、過去の傾向から考えれば、そう勘繰る者が出てくるのも無理はない。ゆえに生徒たちはいつも以上に試験を意識しておる。
クラス内で勉強会を開く者。
友人同士で点数を競う者。
他クラスの動向を探る者。
そして――。
「……あの小童はどうするかのう」
わしは頬杖をついた。
綾小路清隆。
あの小童は、恐らく今回の試験についても大した興味を示さんじゃろう。
いや、正確には。
『学校側が何を意図しているか』という構造には恐ろしく勘が働くかもしれんが、こと『自分が何点取るべきか』という話になれば――。
「どうせ、また適当に平均点あたりを狙うつもりじゃろうな」
これまでの綾小路の成績。あれは明らかに意図的なコントロールだ。
わしは知っておる。あやつが本気で問題を解けばどうなるのかを。
ホワイトルーム。
そこで育てられた、人工の天才。その最高傑作。
学力という一点においてすら、あやつがこの学校の生徒の中で群を抜いていることなど、疑う余地もない。
それを本人は隠している。
いや……隠しているというより、「出す必要がないから出していない」というだけの話なのだろう。
「……じゃがの」
わしは立ち上がった。
「たまには、見てみたいではないか」
最高傑作が。
本気で試験問題を解くところを。
◇◇◇
「先生」
「おお、来たか小童」
翌日の昼休み。
いつものように相談室へやって来た綾小路が、淡々と弁当を机に置いた。
「今日は何ですか?」
「何がじゃ?」
「先生が妙に機嫌よさそうに見えたので」
「失礼な奴じゃな。わしがいつも不機嫌そうだと言うのか」
「そういう意味ではありません」
「ならよい」
わしが椅子に深く座り直すと、綾小路も向かいに座り、静かに弁当の蓋を開ける。
いつもの光景じゃ。
「ところで小童」
「はい」
「中間試験の勉強はしておるか?」
「一応。授業には出ていますから」
「……そういう意味ではない」
「そうですか」
「お主、本当に分かっておらんのか?」
「何がですか?」
「試験じゃよ。中間試験」
綾小路は卵焼きを口に運び、特に感情の窺えない目でこちらを見た。
「特に問題はないと思います」
「そうか」
わしは少し考え――そして、不敵に目を細めた。
「では、頑張れ」
「……」
綾小路の箸がピタリと止まる。
「……頑張れ、ですか?」
「うむ」
「先生が、俺に?」
「そうじゃ」
「なぜです?」
「教師が生徒に『試験を頑張れ』と言うのに理由が必要か?」
「……必要ないと思います」
「ならよいではないか」
綾小路はしばらく無言でわしを見つめていた。その瞳の奥で、わずかに思考のギアが回ったような気がした。
「分かりました」
「……ん?」
「先生がそう言うのなら」
あまりにもあっさりとした快諾だった。
「本当に? 逃げたり誤魔化したりせんのか?」
「先生の期待に応えるのも、生徒の務めでしょう」
「……」
なんじゃろう。
妙に気味が悪いほど素直だが、少し嬉しい。
「よし!」
わしは満足げに頷いた。
「ならば、今回の試験は期待しておるぞ!」
「はい」
このときのわしは、まだ知らなかった。
あやつにとっての『本気』という言葉が、どれほど異常な結果をもたらすのかを。
◇◇◇
中間試験当日。
一年Dクラスの教室には、特有の緊迫感が漂っていた。
「なあ、本当に今回の試験ってペーパーシャッフルのペア決めに関係あんのかな?」
「さあ……でも、手を抜くわけにはいかないだろ」
生徒たちが口々に不安を口にする中、綾小路清隆だけが静かに問題用紙を見つめていた。
ペーパーシャッフル。ペア決め。クラス全体の平均点。
そんなものに興味はない。
学校側が何を意図しているかは、試験が終われば自ずと見えてくる。
今、目の前にあるのは――ただの印刷された紙片だ。
「――始め」
茶柱の声とともに、試験が始まった。
綾小路はペンを走らせる。
最初の教科、数学。
問題文を読む。理解する。解法を導く。書きつける。
次。次。次。
迷いがない。躊躇もない。
まるで最初から答えが印字されているかのような速度。
ホワイトルームで叩き込まれた知識と解法パターンが、脳内で完璧な演算を行っていく。
周囲の生徒たちが唸り声を上げ、計算用紙と格闘する中、彼のペン音だけが一定のフリック音のように静かに響いていた。
数学が終わり、国語、英語、理科、社会。
やることは同じだった。
問題を読む。解く。次へ。
「……ふう」
試験終了の15分前。
綾小路は静かに答案用紙を伏せた。
誤字脱字、見間違い、計算ミス――検分はすでに脳内で終わっている。
窓の外に目を向ける。空は青かった。
特段の達成感も、感動もない。
これが、彼にとっての「本気を出す」ということだった。
◇◇◇
数日後。答案の返却。
「……は? マジかよ……!」
最初に声を上げたのは須藤だった。
「数学、86点……!? 俺がこんな取れるわけねえ……!」
「私は74点だったわ」
「平均点、思ったより高いのか……?」
教室のあちこちで驚きと安堵の声が交錯する。
そんな中、誰かが綾小路のデスクの横を通りかかり、その答案用紙を目に留めた。
「……え?」
「どうしたんだよ?」
「あ、綾小路……これ……」
「ん?」
綾小路の答案用紙。右上に大きく朱書きされた数字。
『100』
「ひっ……百点!?」
「ハぁ!? 嘘だろ、あの難問続きの数学で満点!?」
須藤が勢いよく身を乗り出して答案を覗き込む。
「おい綾小路! お前、数学こんな出来たのかよ!?」
「普通だ」
「普通で満点取る奴があるか!!」
だが、驚愕はそれだけで終わらなかった。
英語、100点。
国語、100点。
理科、100点。
社会、100点。
全教科、500点満点。
「…………」
教室から一瞬にして雑音が消え去った。
「全……教科……満点……?」
「全部……100点……!?」
堀北鈴音が、信じられないものを見る目で綾小路の答案を凝視していた。その瞳には隠しきれない動揺と、かすかな屈辱の色が滲んでいる。
「あなた……一体どういうつもり? 今まで成績をコントロールしていたの?」
「隠していたつもりはない。問われたから解いた、それだけだ」
「それだけって……!」
平田も苦笑いを浮かべながら、どこか引きつった顔で声をかけてくる。
「綾小路くん……凄まじい集中力だね。一体どんな勉強法をしたらそんな点数が取れるんだい?」
「別に特殊なことはしていない」
クラス中からの視線が綾小路に突き刺さる。
困惑、羨望、猜疑心、畏怖。
しかし、綾小路の本心はどこまでも平穏だった。
(……これで満足しただろうか、先生は)
彼が本気を出した理由は、クラスの評価でも、試験の有利不利でもない。
ただ相談室で向けられた、老教師の好奇と期待に応えた――それだけだったのだから。
◇◇◇
職員室。
「…………」
わしは机の上に並べられた5枚の答案用紙を前に、完全にフリーズしていた。
数学、100。
国語、100。
英語、100。
理科、100。
社会、100。
「……」
手が震える。
「お、おおお……」
声が漏れた。
本当にやりおった。
わしは言った。確かに言った。『少し本気を出してみい』と。
じゃがな――。
「限度というものを知らんのか!! あの分からず屋の小童はぁぁぁぁ!!!」
職員室の天井を突き破らんばかりのわしの叫びが響き渡った。
「どうされたんですか、天来院先生。騒々しい」
茶柱が呆れたように振り返る。
「これを見よ! これを!!」
わしは勢いよく答案の束を突き出した。
「綾小路が全教科満点じゃ!!」
「……は?」
茶柱が眉をひそめ、答案を受け取る。
一枚、また一枚と捲るにつれ、彼女の表情から余裕が消えていった。
「……なっ……」
「ちょっと茶柱先生、何なの? ……って、えええええ!?」
隣から覗き込んだ星之宮も、目玉が飛び出さんばかりに固まっている。
「全部100点……!? 嘘でしょ、あの綾小路君が!?」
「天来院先生……これは一体……」
茶柱の鋭い視線がわしを射抜く。
「さあな。わしが『たまには本気を見せてみろ』と言ったら、これじゃ」
わしは額を押さえた。
「加減という言葉をホワイトルームでは教えておらんのか……!」
恐ろしい。
正直に言えば、あやつの底知れぬ能力の片鱗に背筋が寒くなった。
だが――同時に。
「……ふ、ふふっ」
笑いが込み上げてくる。
世間を揺るがすような恐ろしい背景を持ちながら、教師の一言を真に受けて全教科満点を叩き出してくる。
「まったく……妙なところで愚直な奴じゃのう」
「天来院先生」
「なんじゃ、茶柱」
「その感想、本人には口が滑っても言わないでくださいね。ロジカルに困惑されますから」
「……確かにの。無表情で首を傾げられる姿が目に見えるわ」
その時、職員室の扉が静かに開いた。
「失礼します」
噂をすれば影。綾小路が入ってきた。
「……お主か」
「先生」
「なんじゃ?」
「先日の試験の件ですが」
綾小路は静かにわしの前に立つと、いつもの淡々とした声で言った。
「言われた通り、本気を出しておきました」
「……お前なぁ」
「何か問題でもありましたか?」
「問題だらけじゃわ! クラス中が大騒ぎになっておるだろうが!」
わしが頭を抱えると、綾小路は少しだけ不思議そうに首を傾げた。
「先生が『本気を出せ』と仰ったので。指示に従ったまでです」
「……まったく」
わしは大きなため息をつき、それから破顔した。
「まあよい。見事な満点じゃった。見物させてもらったぞ」
「……どうも」
「ならば」わしはニヤリと笑ってみせる。「次も期待してよいのかな?」
綾小路は数秒間、わしの顔を見つめていた。
そして、その瞳にわずかな思惑を宿しながら、静かに口を開いた。
「どうでしょうね。先生の『期待』次第です」
背を向けて職員室を去っていく小童の後ろ姿を見送りながら、わしは深く椅子にもたれかかった。
――まったく。
今回は学力という目に見えるカードを一枚切ったに過ぎん。
あやつの真の底力は、まだまだこんなものではないはずじゃ。
「やれやれ……退屈せん学校じゃな」
老教師の呟きは、静かな職員室の中に優しく溶けていった。