断章【Remilia Viewpoint】
弾幕ごっこは私の数少ない楽しみの一つだ。
霊夢が私の館に入って来た時や、どこぞの鬼が宴を催し続けた時。
天候を勝手に操ったバカ女の時に、頭の螺子が外れた人間が変なからくりを持ちだした時や、弱っちい天邪鬼が私に牙を向けた時だって。
弾幕を放ち、避けて相手を出し抜き力のまま蹂躙する。
上手くいかない時もあるけれど、それはそれで楽しいから好きだった。
だから、今回もそうなるものだと思っていたのに。
「秘宝『斑鳩寺の天球儀』」
目の前に君臨する聖人はスペルカードを詠唱する。そのスペルは発動すると同時に多くの光球が現れ聖人の周りを旋回し始めた。その光景はさながら触れれば届くプラネタリウム。夜空に輝く星のように聖人や私の周りをぐるぐると。
「まどろっこし技だな、聖人。その程度で、このレミリア・スカーレットが捉えられるとでも?」
この技は確かに美しい。見る者を魅了するスペルだろう。だが、こと争いという点においては決定的な一撃にはなりえない。私は踊るように回避する。そうして確かな余裕をもった私は、数多の星と戯れながら右手に魔力を貯めていく。
「おや……随分と、性急だね」
それはこの上なく鮮烈なまでに輝く紅色。一生命体が持つには、大きすぎるまでの魔力の塊。
その魔力は、見る者の目を焼きつけ顕在する空間に歪みを生みだし、なおも収まる事を知らずにただ一点に収束する。
まだ淡い、これでは足りない、既に絢爛に輝いているにも関わらず。
深く、強く、大きく、そして純粋に。
そうして出来た、真紅に染まる濃密な長槍を。
あのお高く留まった聖人に対して私はありったけの力を込めて投げ放つ。
「其の魂、全て灰に帰すがいい――神槍『スピア・ザ・グングニル』」
……今までも数多くのグングニルを投げてきた。
その中でも、とびきりの最上級の真紅の槍。錬度も魔力も段違いのそんな私の全力を聖人は刮目する。
目の前には迫りくる強大なまでの魔力の塊。
そんな、通った後には破壊しか残さないソレを見て……ソイツは、確かに笑顔を見せた。
「人符『勧善懲悪は古の良き典なり』」
聖人君子がその腰に差していた剣を抜く。そうして迫り来る私の槍に相対する一瞬手前。
紅槍に触れる直前にその剣は何もない空を切る。そうして切っ先からは万物を育む聖なる光。
心に巣食う悪を懲らしめ善を勧める其の極光は、私にとってはこの上なく脅威であり忌々しい太陽の輝きと同等だ。
そんな忌わしい光が、グングニルを相殺するべく聖人の剣の切っ先から放たれる。
聖なる威光を纏った極光と、吸血鬼の髄を極めた真紅の槍。
あまりにも大きすぎる二つの力は触れあったその瞬間に甚大なまでの衝撃波を生み出した。
私達二人は遥か上空で戦っているために人里に被害は出ていないが、それでも間近にある大気は怯え世界は確かに震撼する。
其の衝撃で鳴り響くは、傲然たる暴風雨にも似た断絶的な轟音を。
其の衝撃が生み出すは、天の怒りと恐れられた雷にも似た恐惶を。
善の権化と悪の権化、相反する二つの輝きは酷く永い時を経て、そして勝負は一瞬のうちに終わりを迎えた。
「っ……嘘、だ……」
――――地に堕ちたのは、私だった。
今でこそ言えるが落ち付いて考える事が出来たならば、この結果は見えていたかもしれない。
あの聖人は私達と同じく人の心に起因して強くなる。
私達は人間の心に潜む恐れや畏怖、いわゆる負と言った感情で。
それに対してあの聖人は人間の希望や望み、いわゆる正と言った感情に応じて強くなる。
私達が弾幕ごっこを始めた時は、人里で行われている祭りの最中だ。
そんな場において、陰が陽に勝つ試しなど起こり得るものではない。
だからこそこの敗北は必定で、決まっていた事なのかもしれないけれど。
「さて……誇り高き吸血鬼よ。まだ、争いを続けるかい?」
何故だろうか。私はこの人間に対してどうしようもない嫌悪を抱いている。
それはそう言う種族だからといった、きっとそんな感情とは全くの別物だ。
私はきっと、豊聡耳神子と言う存在が気に食わない。
だからこそ……こいつとの弾幕ごっこは、こうも不思議とイライラする。
「たった一度、勝った位で自惚れるなよ……人間」
思いの外私の身体は傷を負っていた。そんな身体を支えるかのようにして少しよろけながらも立ち上がる。
とはいえ魔力が尽きたわけでもない。少し時間が経てば、またいつものように傷も完治するだろう。
「まだ矛を収める気はない、か。
あぁ、それならそれで何も問題はない。君の望むまで私は付き合おう」
私がまだ戦いを続ける意思を見せると、聖人はただ油断なく目の前に降り立つ。
だが一向に攻める様子は見せない。私の傷が治るまで待つつもりだとしたら……本当に、こいつはとことんに最悪だ。
「……見くびっているのか?」
憎悪と憤怒を込めた眼差しで、私は聖人を睨みつける。聖人とはいえたかが人間。
ここまで見下ろされるなんてこんな屈辱を、私が許容なんて出来る筈もない。
だがそれでも、今この空間において己の自由は私にはなかった。
何をされても文句しか言えない事が、なおの事苛立たしい。
「どう取ってもらっても構わないよ。
とはいえ君自身が分かっている通り、今何を思ったとしても君は何もできないのだから。
ただ私は、丁度いい機会だからやるべき事をやらせてもらおう」
聖人はそう告げるとゆっくりと私との距離を詰めてくる。
相変わらず油断も隙も見せないが、それでも優位は自分にあると言ったような、そんな佇まい。
「……好きにするといい。
最も――――五体満足でこれたらの話だが」
だからこそ……私は、その虚を突く。
それは先の衝撃で作られた一つの戦果。
聖人の……ひいては、私の周りにある夥しい紅の鮮血、吸血鬼である私の血だ。私はその自らの血液に命令を下す。
あの聖人を串刺しにしろ、我が祖先ツェペシュ公が作り上げた惨状のように。
だが、血で作り上げた複数の槍も聖人は振り返ることすら無く斬り伏せる。
あろうことかあの聖人は、手をかざしただけで重厚な剣を何もない空間から呼び出し迎撃した。
それはまるで私の行動を予見していたかのような動きだった。
地に跪く私に、それを見下ろす意向を纏う聖人君子。事今に至って、私の胸中に一つの感情が浮かび上がる。
――――勝てない
今まで何度も幻想郷に来て戦ってきた。悔しくはあるけれど、総合的に見て勝率が低い相手は何人かいる。
だが、この相手は少なくとも今のままでは私は絶対に勝てないという、その明確なイメージが生まれてしまった。
『勝てないと思ったら、その相手にはどうあがいても勝てないのよ』
……私が、いつの日か咲夜に対して告げた一言。その言葉がずっと脳内でリフレインしていた。
戦うに当たって必要なのは、確かな実力もさることながら明確な心だ。
決意なんてあってもなくてもどうでもいい。ただ唯一、どんな佳境に追い詰められても勝てないと思わない事が勝敗の目を分ける。
だというのに……私が、そう思ってしまうなんて。
あろうことか、私は立ち上がる事もせずただただ放心していた。とはいえほんの数瞬の間だけ。
だが、その数瞬で世界は一変する事になる――――
「っ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
立ち尽くす神子と座り込むレミリア、そんな二人の間を裂くように途方もない叫び声が木霊した。