信じてみたい……。
何故、燈は俺のことを信じてみたいと言ってくれたのだろうか。
霧の中に包まれた真実のように不透明ではないが……。
ヒントであったのは間違いない。俺が何故、そよを追いかけることができなかったのか。
道筋が載ってるような気がするのだ。
何故なのかは、自分でも分からない。
とはいえ、燈の言っていた言葉の意味が分からない以上。
俺にはどうすることもできないはずだった。
「ねぇ、なんか池袋のライブハウス、RINGでさ。詩っぽい感じの曲を歌ってる子いるの知ってる?」
「え?詩?歌じゃなくて?」
「いやいや、詩なんだってば!なんかあんまりこうよく分からないんだけど、聴いてるだけで泣けてくるような凄い効果があってさ!!」
俄かに信じ難い効能だ。
温泉でもあるまいし、果たしてそのような効果があるのか科学的根拠は別途必要なような気もするが。耳を傾けたくなる。恐らく、詩という単語に俺の耳が反応してしまったのだろう。
「RINGと言っていたか……」
詩、そしてRINGというライブハウス……。
繋がりそうで繋がらないはずのこの二点が俺の中でどうしても気になってしまう。
「すまない、一つ尋ねてもいいだろうか?」
「え?な、なに?キミ?」
「すまない、どうしてもそのアーティストのことが気になってしまって。容姿はどういった感じの奴なんだ?」
明らかに知らない不審者に声を掛けられたような顔をする二人。
制服を着ているというのに、何故そのような目で見られるのかは信じられないが今はそんなことよりも、その人間が燈かどうかを確かめたい。
「あー、ちょい長めの色薄めの黒髪の子だったような……名前までは覚えてないけど」
「そうか、すまない。ありがとう」
話を聞いて、ようやく理解する。
ライブハウスのステージに立っているのは、燈で間違いない。
詩という表現的にも、人を感動させる力があるという言い方的にも確かだ。
信じたいと思う。
もし、燈が言っていたことがライブハウスで自分のライブを見に来て欲しいということならば、俺は「期待」を込めたい。
「え?あ、ああ、うん」
微妙な反応を最後までされながらも、俺はその場から離れて行くことにする。
RINGに行けば、自分の答えが得れると信じてみたかったのだ。
俺もまた……。
「此処だったか、確か……」
次の日の放課後。
ライブハウスにやって来る。ライブを見るに、何故追加料金でドリンク代を支払うことになるのかはよく知らないが、喉も渇くことだ。有難く頂戴しておこう。バッグの中にペットボトルを入れつつも、ステージの照明が照らされる。
一人ずつ、一人ずつ現れて行く。
最後に、現れたのは燈……。
「え?あの子一人なの?」
「あの子凄いんだよ!」
「聴いてるだけで涙がぶわっと出て来るんだよね」
擬音の必要性に戸惑いつつも、腕を組み。
燈のライブが始まるのを待っていたのと同時に……。
腕の力が抜けてしまう。
瞼の内側から何かが出そうになる。
何故だ?何故、俺は今泣いている……?
「ずっと、孤独だと思っていた」
「誰も僕を信じてくれない、誰も僕を知ろうとしてくれない。呼吸する度に、自分はこの世界に居ちゃいけないと思わされることばかりだった」
「僕はいつしか世界に……」
「必要とされてないって思って
ああ、そうか……。
そういうことなのだな、燈。
「僕は我武者羅に走り続けた。転んでも、ボロボロになっても、自分が欲しかった。僕は此処にいるって言いたかった。誰かに認めて欲しかった。いつしか僕は……」
「羽根が捥がれた蝶そのものだった」
口元を抑えたくなる。
腕を組んでいたことなど、当に忘れてしまっていた。
自分の耳を塞ぎたくなるほど、自分の耳に燈の声が響いてしまう。
ああ、そうか。
何故こんなにも心を惹かれて聴いていたくなってしまうのか。
答えは己自身の中に存在しているのだ。俺も……そうだった。
誰かに認めて欲しかった。
片親の子供ではなく、ただただ「篠村有紀」として……。
なによりも、「四辻有紀」としての自分を誰かに知って欲しかった。偏見でもない、必要以上に優しくされることでもない。此処に居ていいということを認めて欲しかった。
だから、俺は……。
そよの手を取ることができなかった。そよを甘えさせているだけだと自分で気づいていたのだ。言うだけ言って、咎めることもせず止めろということすらできなかった。関係を維持させていたのは俺の方だ。
燈が数日前、違うバンドとして春日影を歌ったとき。
美術品を見るかのような目つきで、瞼を腫れさせていたのは……。
あの春日影がいいと思えてしまったからだ。バラバラでも、迷子になっても、それぞれの道を選んだとしても『自分』は此処にいる。
燈は燈自身で持ち味を活かしてみせたのだ。
俺が燈の強さに焦がれるようになっていたのはこういうことなのだろう。
ノートを読んだ日以来……。
強くなどなかった。
どれだけ、そよと話し合う。傷つけたとしても、ちゃんと伝える必要があると言ったところで俺は燈のように自分の言葉を感情として伝えることなどできていなかった。だからだろう、心の底では自分ではそよを説得できるわけがない。諦めろ。
もういっそ関係など断ち切ってしまえばいい。
オートロックを無理矢理強硬突破してあいつの家に行ったのも、睦からの連絡で満足していたのも自分という人間が「行動」をしたという「自己満足」に酔っていただけに過ぎない。これでは誰も見ることなどありはしない。
膝が震えてしょうがない。
今にもこの場で倒れ込みそうだ。最早、飲み物を飲んで自分の喉の渇きを癒そうとする体力すら残されていなかった。
『燈ちゃんの歌、私嫌いなんだよね』
『燈のがか?初耳だな』
『うん、有紀君がどう思ってるのかは知らないけどなんかこう自分を出せてる感じが好きじゃないの』
あいつも同じだったのだ。
俺と同じだったのだ。あのとき、俺は音楽の価値なんて主観だろうと濁していたが。
燈の歌は好きであった。だが、燈が叫べば燈が綴ればそれは……歌ではなく叫びであり必死さであり……。
詩だということを知っていた。
生の感情がある。自分を吐きだせている。自分の感情をはっきりと知れている。そういうものがあるからこそ、俺は燈の詩が好きであり、自分は何もできてない。寧ろ、聴いていけば気持ちが湧き上がるのに、聴きたくないという感情すらあったのだ。
「それでも……」
震えている膝を手で叩けば、小さく音が鳴る。
「あ、ありがとう……ござました」
気づけば、燈の番は終わっていた。
自分の世界に入っている間に、どうやら終わってしまったようだ。
今の俺には燈の歌声をちゃんと聞くということすら難しいのだろう。あまりにも愚かな話だ。滑稽で、惨め。だが、例えそうだとしても俺は燈に伝えたかったことがある。
「……!」
燈の視線が後ろの方にいる俺に向けられる。
来てくれたことを嬉しかったのか、口を小さく開けていた。
そんな燈に俺は視線を合わせてこう口を開けて、伝えることにする。今この場で最小限で伝えられる感謝の言葉。
「ありがとう燈」
お前のおかげで、俺は自分を見失わずに済んだ。
自分が何をするべきなのかを知ることができた。もう逃げたりなどしない。
もう自己満足に走ることもしたくもない。伝えたかったのだ。
どうしてもこの場で……。
「……うん」
小さく頭を下げていく。
燈を見て、俺は……。
信じてよかった。
期待してよかった。
曖昧ものではあるが……。
こういったものが人を強くさせ、繋げていくのだろう。
「そよ、悪く思わないでくれ」
ライブが終わり、観客席を出た俺はスマホからある電話番号にかける。
不思議と恐怖心などなかった。
『有紀君?電話なんて珍しいじゃない?そよと何かあった?』
「お忙しいときにすみません、実は少し頼みがありまして」
こんなことをすれば、明らかにそよは怒るだろう。
人の家に無理矢理入るような行動。だとしても、俺は……。
燈が見せてくれたあの叫びのように……。
「久しぶり……でもないか、そよ」
手で握られてる家の鍵……。
『え!?そよが……?』
『すみません、どうやら学校にも来てないようでして。もし、よろしければ俺が家に行って様子を確認しますが……』
『あら、そう?じゃあ、ちょっと休憩時間に来てもらってもいい?会社近くのケーキ屋さんで待ってるわね』
忙しいそよの母親を騙すようなことをしてしまったが。
硬く閉ざされた世界に辿り着くにはこうするしかなかった。
「人の家に無理矢理……入って来て、何が久しぶりなの?」
力はない、身体すら動いてない。
ソファーに横たわっているそよの姿だけが存在している。
「そうだな、俺も同じ立場なら同じことを思う」
一歩、一歩ずつ……。
そよの方へと近づいていく。不思議と重みを感じなかったのだ。
家に入るときからそうだった。覚悟など当に決まっている。
「すまなかった」
どれだけそよに学習してない。
もういいと言われようとも、ちゃんと口にしなければならなかった。
それが俺自身の罪であり、果たすべきことなのだから。
「また謝罪?」
「ああ、そうだな。また謝罪だ。自己満足の筋書きをひたすら続けていることを知ってる。救いたいだとか、味方だとか語っておきながら俺は何度もそよから逃げ続けた事実だけがくっきりと残る。だとしても、俺が此処に来たのは……」
「自分の言葉で語るためだ」