レゼにも未来を見せたい話   作:ノクティス玉子

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第40話

 

「都会のネズミと田舎のネズミ。どっちがいい?」

 

 二人の答えは、ほとんど同時だった。

 女が顔を上げる。長い前髪の奥で、眼鏡をわずかに押し下げた。

 

「やっぱり?」

「そりゃそうだろ」

 

 男は気のない声で返す。

 それから、ほんの少しだけ口元を歪めた。

 

「────」

 

 一拍。

 女も、釣られるように口の端を上げる。

 

「きっしょ」

「お前が言うな」

 

 ◆

 

 雨は突然だった。

 少し前まで曇っていただけの空から、大粒の雨が落ち始める。鞄を頭の上にかざす者もいれば、気にした様子もなく足を早めるだけの者もいる。

 連れ立って歩いていたその男女も、近くの店の軒下に滑り込んだ。

 女はずり落ちた眼鏡を押し上げる。濡れた前髪が、レンズに張りついていた。

 

「……最悪、濡れた」

「雨だからな」

 

 男は袖についた水を軽く払う。女も額に張りついた髪を指で摘まんでみたが、何本か絡まっただけだった。

 軒先から落ちる雨を、二人して眺める。

 通りには、雨を避ける場所もなく先を急ぐ人影がぽつぽつと残っていた。そのうちの一人が、少し先にある電話ボックスへ駆け込んでいく。

 金髪の少年だった。

 ずぶ濡れのまま狭い箱に収まり、しばらく外を眺めている。女は一度だけそちらに目を向けたが、少年が一人でいるだけだと分かるとすぐに興味を失った。

 

「……暇」

「帰るか?」

「雨」

「じゃあ黙ってろ」

 

 女は返事をせず、また眼鏡の位置を直した。

 雨脚は弱まらない。その向こうを、もう一つの人影が走ってきた。

 少女だった。濡れた髪を揺らしながら、そのまま先ほどの電話ボックスに駆け込んでいく。

 眼鏡に触れていた女の指が止まった。

 狭い箱の中で、少年少女が向かい合う。

 

「……おっふ」

「は?」

 

 女は身体を少しだけ前へ傾けた。

 視線の先で、少女が何かを話している。

 少年が戸惑い、少女が笑い、泣き、そして慌てたように頭を下げると、少年は嘔吐くように口元を押さえた。それから小さな花を取り出し、差し出す。

 雨音と距離に遮られ、声はまるで聞こえない。

 それでも、女は聞こえているかのように反応を示していた。

 

「おっ……おーっ……! 初々しいファーストコンタクトって感じ。サプライズで口から出すのはNGだけど……ええやん。ごっつええ」

「よくねぇよ、ボケ」

 

 男のツッコミには反応せず、女は興味津々と電話ボックスでの成り行きを見守っている。

 花を受け取った少女が笑った。少女側の好意が、僅かに動く。そしてその笑みを境に、少年から少女へ向かう好意は、出会ったばかりにしては随分と強くなった。

 女の脳裏に、自然と二つの名前が浮かんだ。

 当然、彼女に面識はない。だが、女にとってそこまで珍しいことでもなかった。

 

「ふ〜ん、へぇ……、デンジくんとレゼちゃんって言うんだ。かぁいい名前〜……!」

「いや、『デンジ』は変な名前だろ……」

「……ねぇ、私の崇高な趣味に茶々いれるのやめてくれる?」

「下世話な趣味で、いつ公安な目つけられるか分かったもんじゃねぇだろ」

「全然大丈夫ですぅ〜。公安様はこんなクソ雑魚ゆるふわ女、相手にしません〜」

「言ってて哀しくなんねぇの?」

「うっせ……!」

 

 唇を尖らせて拗ねたような表情をして、ぷいと顔を逸らす。

 彼女の興味は、少年少女──デンジとレゼの間に生まれ始めたものにあった。

 甘く酸っぱい、蜜の味。

 これまで交わることのなかった二人の間に、今まさに生まれようとしている新しい関係。

 それは女にとっての甘露に久しく、彼女の本能に密接に関わっていた。

 

「やっべぇ、昂ってきた……。心のち〇ち〇、ビンビンだぜ!」

「きっしょ」

「ねぇねぇ〜、おうち帰ったら一発しけ込もうぜぇ〜! 今日は頑張るからぁ〜! 今日は足の生えたマグロ! ね? ね? お願い!」

「家帰ったらな」

「やーい、すけべ」

「殺すぞ」

 

 女は張りついた前髪もそのままに、眼鏡の奥で目を細めた。

 雨はいつの間にか止んでいた。

 

 

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