後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者   作:本のむしむし

1 / 1
一 後宮の司籍

 中華風異世界に転生したらどう生きるかっていうのは、結構な難題だ。

 太平の時代ならいいが、中華史ってのはその大半が血塗られている。

 命の軽い世界では、衣食住安定した生活を送るだけでも一苦労。

 であればいっそ、後宮に士官してしまうというのはどうだろう。

 女の身であることが前提になるが、衣食住は働いていれば保証されるというのは悪くない。

 女の陰謀渦巻く花の園も花に近づかなければ風は起きない……はず。

 

 そんな考えの元私、幽蘭(ゆうらん)は後宮にもぐり込んだ。

 姓はない、ただの幽蘭である。

 幸い私は読み書きができる上、本の扱いが丁寧であると猛烈にアピールしたことで後宮内にある書庫の司籍となった。

 要するに司書ってこと。

 これがまた、私にとって非常に都合のいい役職だった。

 

 何しろ日がな一日本を整理したりしながら、空いている時間は読書しているだけでいい。

 人に見られなければ昼寝だってできる。

 あまりにも都合のいい立場ではないだろうか。

 まあ、どういうわけかお偉いさんに目をかけられて厄介ごとを持ち込まれることもあるけどね。

 私のもってるある"力"が普通に知られているのが悪い。

 

 ただそれも悪い事ばかりではない。

 私はそのお偉いさんが持ち込む厄介ごとを片付けるからこそ、司籍の立場を奪われずに済んでいるのだから。

 今後とも、そんな厄介ごとを全力で片付けつつ、今の立場を守っていく所存である。

 

 

 ■

 

 

 長閑な昼下り、あまり日差しが入ってこない薄暗い書庫の中で私は本を頭に乗せて昼寝と洒落込んでいた。

 本の扱いが丁寧立って話はどうしたって? この本は私物だからいいんだよ。

 それはそれで問題はあるけど、とにかく。

 微睡んでいた私だったが、そんな至福の時間を邪魔する者が現れた。

 

「たいへんたいへん、幽蘭たいへ──ーん!」

「ふごっ!」

 

 突然の来訪、目を覚ます際にうっかりバランスを崩した私は、そのまま地面に叩きつけられた。

 くそ、なんだなんだ! 

 

「……こほん。春杏(しゅんあん)、入ってくるときはもっと落ち着きを持ち、戸を叩いて合図をしてからと言ったはずですが」

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 勢いよく頭を下げる春杏。

 ふう、何とか誤魔化せたか? 

 いや、念のため更にごまかしておくべきだ。

 私は続けて、春杏の要件を問いかける。

 

「それで、一体どうしたのですか?」

「あ、えっと! それがね、宮中で変な模様の符が見つかったんだって! これがもう何かの呪いなんじゃないかって、大騒ぎなの」

「呪い……呪詛ですか」

 

 前世の私だったら何をバカな、と一笑に付していただろう。

 とはいえ、ここは中世に近いファンタジーな世界。

 呪いの一つや二つはいまだ事実として信じられているし──実際、呪(・)い(・)は(・)存(・)在(・)す(・)る(・)。

 しかし私はここで、敢えて自分の認識とは真逆のことを口にした。

 

「バカバカしい、この世に存在する呪(まじな)いの類は、そのほとんどが偶然による迷信や気休めに過ぎません。どうせ今回も、そういった類のイタズラでしょう」

「でもでも、皆本当に呪いはあるんだって不安になってるし……貴妃様の一人が実際に呪いで体調を崩されたって……」

 

 ふむ、どうやら結構大事になっているようだ。

 私は基本、後宮内の時事に疎い。

 ずっと書庫に引きこもっているのだから当然である。

 結果、情報を仕入れる方法は春杏の噂話か、あ(・)る(・)人(・)物(・)が直接持ち込むかのどちらか。

 重要度の低い話は春杏から、高い話はある人物からもたらされるのだが……

 今回は、話が春杏の所にまで来るのが遅れた結果、些事が少しだけ大事に発展しているようだ。

 まぁそれでも春杏が持ってくる話は、どうせそのうち勝手に誰かが対処する案件である。

 私は、それを黙って見ているだけでいい。

 

「噂話に踊らされては行けませんよ、春杏。何より、私は忙しいのです。そのような話で時間を取られるのは困ります」

「うう、それはそうだけど……あれ? でもさっき幽蘭って思いっきり寝てなかった?」

「うっ……」

 

 しまった、誤魔化せていなかった……! 

 いや、春杏にサボっているところを見られることは問題ない。

 この子は私が多少サボっていても、見逃してくれる度量がある。

 だけど、単純で口が軽い性質があるから、どこかでポロっと私のサボりを話してしまうかもしれないのだ。

 故に、春杏に私がサボっているという意識を持たせないことが重要。

 その場合、一番手っ取り早い方法が──

 

「……致し方ありません。春杏、その札を持ってきてください。私が調査しておきます。ただし、持ってくる際に絶対に札を直接触れないこと。どうせまがい物でしょうが、万が一がありますから」

「あ、う、うん! わかった!」

 

 ──事件を解決することだ。

 そうすれば、自然と春杏の意識がそちらに向き、私のサボりはどうでもよくなる。

 春杏は私を本が大好きな本の虫で、それによって知識を大量に蓄えており、どんなことでもその知識によってたちどころに解決する……と思っているらしい。

 まぁ、こうやって事件を解決しているわけだし、本の知識や前世の知識で人より賢いつもりだけれど。

 でも、実際は別にそんなことは全くないのであった。

 

「もってきたよ! 幽蘭!」

「はい、お疲れ様です」

 

 そう言って、持ってきてもらった札を書庫にある机の上に置いて、春杏を作業するからと追い出す。

 コレでよし。

 私は片腕を瞳にかざすと、指の隙間からそれを覗かせ──

 

「”解析”」

 

 普段は紫の色をしている瞳が、淡く金色に光出す。

 途端、札から莫大な量の”情報”が脳内へと流れ込んできた。

 ひとまず、結論から言うと──

 

「やはり、呪符ですか」

 

 ──この札は呪われている。

 

「ずいぶんと古い呪いを持ってきたものですね。おそらく、宮中でもこれを呪いと判別できる人間はそう多くない」

 

 だが、私は違う。

 私が幼い頃に”取り込んだ”力は、こういった古い情報、隠された情報に滅法強い。

 秘密を見つけ出し、秘密を暴き、そして──

 

「──”解体”」

 

 ──秘密を解(・)体(・)する。

 途端、私の瞳から漏れ出る光と同じ色の光が札を包む。

 私はこの札を介して、解析によって把握した宮中に潜む十七の札全てへ一斉にアクセスするのだ。

 これにより呪いの効果を解体することで、呪いを無害化する。

 札を包んでいた光がぱきんと弾け飛んだ。

 後に残った札へと手を伸ばし、触れて、持ち上げ振ってみるが体調が悪くなることはない。

 これが私のチートというか、異能というやつだ。

 

「ま、こんなものですね」

 

 ──その後は、春杏に噂を流してもらって事態の収拾を図った。

 この札は虫を遠ざける呪いが施された札で、貼っておくと効果があるため誰かが張り出したものである……という噂だ。

 実際、この札が全く虫と無関係かと言えばそんなことはなく、どうやら虫を殺してその死骸を呪いの触媒に使っているらしい。

 私はそれを解体によって、呪いの部分だけ排除して虫の呪(まじな)いであるという因果だけを残した。

 これにより、ほとんど気休め程度だが実際に防虫効果がある。

 しかし、本当に少しでも効果があれば、噂が広がっていく際に説得力となるというもの。

 おそらく、そう遠くないうちにこれは呪いではなく防虫札で、体調を崩した妃は偶然だったということになるだろう。

 我ながら、いい仕事をしたな。

 

 ──内心そんなことを思いながら、読書をたしなみつつ書庫に引きこもっていたある日のこと。

 一人の人物が書庫を訪ねてきた。

 

「──今回も、どうやらお手柄だったようじゃのう、幽蘭」

 

 それは、随分と壮麗な顔の持ち主だった。

 透き通るような長い金の髪に、すらっとした背丈。

 どことなく惹き込まれるような雰囲気の、鋭い切れ長目。

 そんな凛々しい容姿の、男性の袍(ほう)を纏った女(・)性(・)。

 すなわち、男装の麗人というやつだ。

 名を──

 

「昭華(しょうか)様……どうされたのですか」

 

 昭華、私に目をかけている、どう考えても後宮においては異物にしか見えない人物だ。

 男装していながら宦官ではなく、さりとてこれほどの美しさを誇りながら后妃でもない。

 

「何、ひと仕事終えた汝(なれ)に褒美の一つでも、と思ってな。ほれ、新しい書だ」

「厄介ごとの間違いでしょう。書はもらっておきますけれども」

 

 この人は、私が厄介事を片付けると、褒美に本を私にくれる。

 先日寝る時顔に載せていた本も、昭華様からもらったものだ。

 まぁ、そんなことよりも──

 

「──一つ、禁書の鑑定を頼みたい」

 

 この人の依頼は、面倒なものが多いんだよなぁ。

 とはいえ、それをこなすことで私はこうして、昼行灯な司籍生活を楽しめているわけで。

 今日も今日とて、政争や宮中のドロドロに巻き込まれないよう、死ぬ気で頑張るとしますかね。

 

 

 ■

 

 

 ──この広大なる中元の地に開かれた統一王朝に、幽蘭と呼ばれる司籍がいた。

 紫の瞳と髪を持つ、見た目だけは儚げな薄く細い体の少女。

 常に気だるげで、栄達よりも日々の安寧を尊び、司籍という書庫の管理を行う役職に満足しながら日々を送っていた。

 そんな彼女の存在を知るものは、後宮内でも限られている。

 しかしその中に、昭華を始めとした有力者も混じっているのだ。

 

 なぜか。

 それは至って単純な理由で、幽蘭が政争に巻き込まれないため、今の地位を守るため死ぬ気で面倒事を遠ざけるからだ。

 時には、事件を人知れず解決するという形で、強引に。

 結果的にそれが極一部の人間の関心を引くのだが、幽蘭はそれを気にもとめず昼行灯を決め込んでいた。

 自身を知る者の中に、帝や后妃といった、尊き者も混じっているということにいまだ気づかず。

 時には脳を焼いて性癖をお釈迦にしているとも気が付かず。

 

 今日も幽蘭は、面倒事を遠ざけたいと願いつつ、本に囲まれる生活を満喫していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。