後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:暁刀魚
侍従長素蓮の事件にかたをつけてからはや一ヶ月。
結局、あの時捕まえた賊達からはろくな情報はとれなかったらしい。
禁書を送り込んだ黒幕は、いまだ見つからず。
まぁそれでも、私の日常はそんな裏の暗闘とは関係なく進んでいくわけだ。
で、もうそろそろ冬がやってこようという今日このごろ。
普段の制服の上に一枚羽織った状態で、私は凍えそうになりながら台車を押していた。
台車の上には、大量の本が載せられている。
一人で運ぶには、台車があってもきつい量だ。
「はぁー……はぁー……ふぅー……!」
「幽蘭、大丈夫?」
「だい……じょう……ぶ……で……はないです!」
「最後だけ元気だ!」
隣には春杏。
二人がかりで台車を押しているのだが、私の貢献度は如何ほどのものか。
そもそも! こんな大量の本をうすほそに運ばせるんじゃないよ!
こちとら虚弱なんだよ、体力とかほとんどないんだぞ!
「それにしても大変だね、こんな数の本を宮廷図書に持ってくなんて」
「まったく……です!」
現在、私は司籍の仕事の一つとして、本を運んでいた。
目的はこの朝廷の本丸とも言える宮廷書庫と、後宮の書庫の在庫を入れ替えること。
常に同じ本しかないと、後宮の妃たちを退屈させてしまう。
なので定期的に蔵書を入れ替え、新鮮さを保つのだ。
多分増刷されているだろう、最近宮中で大人気の”ある小説”を後宮書庫に追加するためでもある。
今回は何冊もらえるかな……
「それにしても、宮廷の方って全然こないけど、来るたびに毎回ちょっとピリっとするよね」
「後宮はドロドロしていますが、こちらには張り詰めるような緊張感があります」
何にしても、今私たちがいるのは女の園である後宮ではなく、この国の
豪奢な宮殿の作りは変わらないが、それでもこちらのほうが若干飾り付けは抑えられ、厳かな雰囲気が漂っていた。
何より特徴的なのは、私語をする人間がほぼいないことだろう。
誰もがせかせかと、自分の目的地に向かって急ぐか業務的な会話をしている。
女所帯のせいか私語が絶えない後宮とはまるで別の世界だ。
まぁ――
「あ、見てみて、あそこに人だかりができてるよ」
「アレは……何やら女官が兵士にたかっているみたいですね」
「言い方!」
それでも、女三人よればなんとやら、宮廷でもそういうところは変わらない。
どうにも十人近い女官が、甘いマスクのイケメン兵士にキャーキャー言っているようだ。
見れば二人の兵士が、寄ってくる女官をなんとかしようとしている。
私たちはそれに、休憩がてら足を止めて視線を向けた。
「それにしても、あれって噂の羽林軍の出世頭二人組じゃない?」
「ん? あー、うん、そうですね」
羽林軍、宮中の警備を担当するエリート兵士の集まりだ。
その中でも二人、出世頭として話題になっている奴がいる。
そのうち片方に視線を向けて私はそれを確認しつつ、春杏に話を振っていく。
「春杏も、ああいった顔のいい男が好みですか」
「え? いやぁ、私は男の人はいいかなぁ」
「私もです……はぁ」
「それよりも私は……ふふ♡」
ああいう男女のあれこれは遠慮したいなぁ、なんて。
そう思いつつ疲労感を落とした私と、何やら楽しそうな春杏。
まぁ、色恋に溺れる年齢でもあるまい、お互いに。
とにかく、そろそろ移動を再開しよう。
春杏にうながして歩き始める。
あー、しんどい。
――で。
「――重そうだな、手伝おうか」
人気のないところに来たところで、後ろから声をかけられる。
私は思わず「げっ」と口に出そうになるのを抑えた。
振り返るとそこには、先程女官に言い寄られていた兵士コンビの片割れが立っていたのだ。
銀の髪を持つ、如何にもといった雰囲気のイケメン。
私は
春杏が驚く隣で、随分と親しげに話しかけてきたそいつに、振り返りながら私は言った。
「――何のようですか、雲坊」
「知り合いなの!?」
コイツの名は
同郷出身だ。
幼馴染、というやつになるのだろう。
「もうその言い方はやめてもらいたいな、幽蘭」
「昔みたいに、蘭姐って言ってもいいのですよ」
「遠慮しておく、そもそも俺のほうが年上じゃないか」
まぁ、何かしらの配慮が必要になりそうだしね、蘭姐って呼び方……
ともあれ、こいつは幼い頃私が面倒を見ていた婆さんに預けられた子どもの一人である。
「え、え……どういうこと!? どういうことなの幽蘭、男がいたの!?」
「いません! というか、普段はあんまり色恋の話をしないのに、こういう時だけ大興奮ですか?」
「俺だって、こんな干物みたいな女はゴメンだよ。それでも、流石に同郷がしんどそうなら助けるだろ普通」
困惑する春杏に、凌雲との話をしてやる。
こいつは昔、とんでもない暴れん坊で周囲を困らせていたのだ。
しかし祖母にだけは頭が上がらず、その孫である私もこいつには精神的な優位があった。
そこで私がなんとかしろと祖母にこいつを預けられ、以後雲坊、蘭姐と呼び合うまでに躾けたのだ。
そんな凌雲は、祖母がなくなる数年前に仕官。
今は羽林軍で出世頭として周囲の注目を集めているとかなんとか。
「ようするに、ヤンチャだったこいつの姉代わりが私だったわけです」
「とはいうがな、幽蘭は昔から見た目がちっとも変わらない、最初は俺のほうが背が低かったのに今じゃ俺との差はこんだけある」
「わ、わわ、わあああ!」
言いながら、自分と私の身長差を手で誇張して表現する凌雲。
それに春杏は騒いでいた。
男に興味はないといいつつも、こういう時は騒ぎ立てるものなのだなぁ。
「だから、俺のほうが絶対に年上なんだ」
「さて、どうでしょう。いえ、そこで争うつもりは私にはないのですが、私にとって雲坊はこれから先も一生雲坊ですよ」
「その割には、さっき話しかけてこなかったが?」
「あんな人前で、最近話題の羽林軍の両翼に声をかけられるわけないでしょう。私が注目を集めたがらないのは貴方も知ってるはずですが?」
「う、ううー……」
なんとも、丁々発止のやり取りが続く。
こういうのも、随分と久しいな。
凌雲は祖母がなくなる少し前に仕官して、以来故郷にはほとんど帰ってこなくなった。
私もその後、こうして後宮に入ったわけだけど、顔を合わせる機会はほとんどない。
私の普段いる所は男子禁制だし、わざわざ会いに行くような関係でもないし……
「……あれ、ところで幽蘭っていくつなの?」
と、そこでさっきから何やら唸っていた春杏が不意に質問を飛ばしてくる。
ちなみに春杏は十二歳、まだまだ若い盛りだ。
で、私はと言うと……
「……わかりません、ちなみに雲坊は十九です」
「俺は触れる必要はないだろう、俺は」
「ええ、わからないの?」
そう、わからないのだ。
何しろ拾われた時の年齢が不明なもので。
多分六歳とか、八歳くらいだと思うんだけど、そこから私は全然成長しなかった。
多少は成長して、今は子ども扱いはされない程度の容姿にはなっているが、同年代と比べて明らかに成長が未熟すぎる。
禁書の力で年を取る速度が遅いと言われても、納得してしまいそうだ。
ただ雲坊と知り合った頃は、私のほうが雲坊より背が高かった――女子は幼い頃は男子より背が高くなりやすいからな――ので私が雲坊を弟扱いしたわけ。
それから完全に背丈が頭二つ分くらい離されてしまったので、雲坊が姉ではないと主張しているわけだが。
「年齢不詳の年下のお姉さんだぁ」
「なんだか随分倒錯的な言い方ですね……」
「倒錯的言うな」
とにもかくにも、そろそろコイツをなんとかしないと。
人目がつかない場所であるから今のところ周囲には見られていないけれど、こんなところを女官に目撃されても見ろ。
一瞬でネットワークに情報が広がり、私はブラックリスト入りだ。
春杏は人懐っこさで何とかできても、基本的に存在を知られていない端っこの雑草みたいな私は、すぐに女官達からの攻撃対象となってしまう。
昭華様や貴妃様達のガードを期待するにしても、効果はすぐに出てこないぞ。
単純に、面倒が少し増えるのが嫌だ。
「とにかく、運んでくれるのでしたね」
「ああ、流石に見ててつらそうだったからな……そちらの小娘が」
「小娘!?」
「人が仕事をしていないと言いましたか?」
「ほぼしていないだろう」
まぁ、八割春杏が引いてたと思うけど、単純に結構パワフルなんだよな春杏。
あと雲坊も小娘と呼びたくて呼んだわけじゃないからね、春杏。
名乗ってないでしょう、君。
あっ、みたいな顔をするんじゃないよ。
それはそれとして、私は早速台車の中を整理する。
この台車、結構な底の深さになっていて、広い。
本を脇にどけると、人が二人分入るスペースができあがる。
「ほら、春杏、入ってください」
「えっ?」
「あ、お前……俺に人も運ばせるつもりか!?」
「貴方と並んで宮廷を歩いているところを見られたくないのです、こうすれば私たちは隠れられて噂にならないでしょう」
「こいつ……!」
でなければ、そもそも助けなど不要。
そもそもそっちにだって仕事があるんだろうから、さっさと持ち場に戻れというのだ。
先ほど一緒にいた男はどうした?
「ほらほら、さっさと運んでください。どうしたのですか? できないのですか?」
「く、この……!」
「うーんこれは……年齢不詳の年下のお姉ちゃん!」
春杏は姉を何だと思っているんだ?
まぁ、何にしても私たちはこうして、宮廷図書に向けて出発するのだった。
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