後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:暁刀魚
それから、必死に春杏の誤解を解いた。
それはもー丹念に、必死に、命乞いをしながら。
誤解じゃないじゃないかって? そこは誤解ということにしておくべきだよ、うん。
まぁ幸いにも春杏は納得してくれたし、それから死ぬほど気まずそうにしている凌雲の肩をポンと叩いて菩薩のような顔で頷いていた。
解り合う二人、もしかして好き合ってる……?
みたいなこと言ったら今度こそ私の首が飛びそうな気がしてならなかったので、黙っておく。
――んで、本の入れ替えを終えてえっちらおっちら帰宅した私たち。
帰りは凌雲が運んでくれなかったため大変だったが、まぁ今日の仕事はほぼコレだけなので問題ない。
んで、書庫に戻った私と春杏は、書庫で私が普段遣いしている机に数冊の本を並べて雑談をしていた。
「ねえねえ幽蘭、これって『双龍覇業録』だよね」
「ん、そうですね。その第二巻です」
春杏が口にしたのは、置かれている本の題名。
『双龍覇業録』。
これは今から千年以上前、「煌」の国が建国される以前に存在していた王朝。
その王朝を打ち立てた英傑と、その英傑と天下を争った覇王の物語。
歴史をベースに、多大なる脚色で持って彩られた創作だ。
言うなれば、『三国志演義』や『封神演義』といった前世における中華古代の傑作と同じようなもの……になるといいなぁ。
そんな、昨今朝廷で大人気の娯楽小説である。
これが人気ありすぎて、読み書きのできない女官も必死に読み書きを覚えているわけ。
春杏とか。
「後宮の書庫にもあったんだね、これ。私全然知らなかったよ」
「全部貸出中ですからね、一度も帰ってきたことはありませんが」
「それ、いいの……?」
「他の本は価値があるものなのでまずいですが、『双龍覇業録』に関しては宮廷で書かれて宮廷で消費されていますからね。回し読みも写本も自由にせよ、と昭華様が」
「本当に流行ってるもんねぇ……私も三巻が楽しみなんだ」
なんでこの本が流行っているかと言えば、主上がやたらめったら気に入って周囲に勧めたからだ。
それで面白くなければ、主上の周囲で話題になって終わりだったんだろうけど、普通に面白かったのが全ての原因。
今では各地で回し読みされ、写本も奨励されている。
文字の読み書き習得のきっかけとしても、重宝されているとかなんとか。
これで『双龍覇業録』が庶民にまで普及して、国の識字率がめちゃくちゃ向上したとかなったら面白いな。
主上の一番の功績扱いされそう。
「これ、借りることってできるの?」
「基本的に、人気の書物は位の高い妃から優先的に借りれるようになってます。この三冊も全て中苑の妃に貸し出すことになってますので……」
「だよねぇ」
「持っていくのは明日ですから、今ここで読むことはできますよ?」
「うー、早く読み書き覚えなきゃなぁ」
そうして、二人で読み書きの練習をしながら春杏がこぼす。
「それにしても、この
「……さて、一人で書いているわけではないと聞きますが」
「へぇー、宮中の人なんだよね。会ってみたいなぁ」
そう、この作品、作者は明かされていない。
理由はまぁ、色々ある。
ともあれ、そんな作品の話をしながら読み書きの練習をして一日を過ごす。
案外私って、結構ちゃんと仕事してるんじゃないか?
なんてな。
■
翌日、『双龍覇業録』を届け終えた後のことだ。
下苑の近くを通りかかると、何やら紅玉様が中苑の妃と揉めていた。
「あら、どうしたのかしらぼんやりと突っ立って、伴もつけずに。所詮は賤商の娘、学がなければ才もないのかしら」
「……」
伴もつけず、の言葉通り周囲に侍従長の姿はない。
もともと、紅玉様の侍従が一人しかいないことは知られており、それでよく他の妃からいびられているようだ。
「聞けば地方の成り上がりの商人が、見栄で送り出した子だと言うじゃない。所詮は田舎者の卑しい血筋。宮中の作法もまともに教わってこなかったのでしょう?」
妃はおほほ、と言った感じで笑みをこぼす。
侍女たちもせせら笑い、なんとも嫌な空気だ。
「本来ならば宮中にいることも不敬な身、身の程もわきまえずうろつかれるのも目障りですわ」
「ろくに文字の読み書きもできないのではないですか?」
「あはは、お可哀想に。でしたらこの『双龍覇業録』も読めないのではなくて?」
そう言って、妃は私が先ほど持ってきた本を、自慢げに見せびらかしてきた。
こっちに来てすぐに渡した侍女があの中に混じっているのが見える。
くそ、私の書物が紅玉様のいびりに使われているのか。
……とはいえ、その光景は事情を知っているとある意味で失笑してしまいそうな光景ではあるが。
「そもそも、貴方ごときがこの本を読む機会すらないかもしれないけど。何しろ、宮廷ではあまりにも人気すぎて、貸し出しが追いついていないというからねぇ」
多分、親のツテで取り寄せたんだろう。
親の権勢を見せつけるためだろうけど、もう少しやり方ってものがあるんじゃないか?
「主上も夢中になっておられる天下の奇書ですのに、文字の読めぬ小娘が手にしたと会ってはただの紙切れも同然ね」
「もったいないですわ。まさに、豚に真珠というやつですわね」
侍女たちもそうやって紅玉様をあげつらい、バカにしている。
対する紅玉様は、ずっと黙りこくっていた。
悔しくないはずがない、今も両手はぎゅっと衣の裾を握りしめている。
それでも耐えているのだ。
それが紅玉様の”日常”だったから。
ああ、……まったく。
本当に、くだらない。
あの妃の行動もそうだけど――紅玉様が自分を押し殺してしまっていることが私は気に入らない。
あの人はもっとワガママに、強くあってしかるべきだ。
何より――
「何が豚に真珠ですか、見る目がないのは一体どっちのほうです?」
私は、一人そうつぶやいてから、紅玉様の元へ向かう。
こちらが見ていることに気付いていたのだろう、紅玉様は来るなと言ったが、私は止まらない。
そして手を動かして――
「――失礼いたします」
「いきなり何よ、貴方!」
いきなり割って入ってきたこちらに、中苑の妃はじろりと視線を向ける。
侍女たちも各々に不快そうな顔をするが、私が持ってきた本を受け取った侍女は少しだけ驚いたような顔をした。
なんとなく引っかかる反応だが、私のするべきことは単純だ。
「たかが下民の官女風情が、私の前に割って入るなど、実に無礼ね。まったくもって躾がなっていなくてよ」
「失礼いたします、急ぎの用件でして」
「要件……?」
そこで、紅玉様が私に怪訝な視線を向ける。
一体何の要件だ、と。
そんなこと自分は頼んでいないぞ、と。
けれども気にせず、私は言った。
「――
その言葉に、うろたえたのは中苑の妃だ。
「阿華妃……上苑の!?」
へえ、あの人上苑の妃だったんだ。
まぁとてもえらいところのお姫様って感じだったけど、納得だな。
何にしても、こちらの狙いは中苑の妃に伝わったようだ。
阿華様の威光は十分に通じる。
通じなかったら、いいのですか? あの阿華様ですよ(ハッタリ)作戦に移行しなくてはならなかったから、通じてよかった。
「く……好きになさい!」
「では、失礼します」
「あ……」
呆けた様子の紅玉様を連れて、私はその場を後にする。
そのままさっさと、紅玉様の部屋へと逃げ込んだ。
ここなら、他人に話を聞かれる心配もないし、変なのに絡まれる心配もない。
「……阿華は上苑の妃だったのだな。妾はなんと失礼な……妾はただ、偶然安延や阿華と仲良くなって、友人になれたと思っていただけなのだ……」
「それ、本人の前で言ってはいけませんよ。あの方は、立場を気にせず友人として付き合ってくれているから紅玉様を気に入ってらっしゃるのです」
「そうか……すまぬ、助かったぞ幽蘭」
「いえ」
阿華様と安延様が紅玉様と知り合ったのは、本当に偶然だ。
後宮に来てすぐ、後宮内を探検していた紅玉様が見つけて、声をかけたのだという。
だから紅玉様は阿華様の地位を知らなかったし、知らないことをわかっているからこそ、阿華様は紅玉様を好いていると仰っていた。
ちなみに安延様は……よくわからないんだよな。
阿華様についてはたまに後宮で話を聞くこともあるけど、安延様はまったくない。
というか、紅玉様の部屋以外で見かけたこともない。
どういうお方なんだ。
あの方も上苑の妃なのか?
「ところで……どうして言い返さなかったのですか? 紅玉様はきちんと読み書きができますし、それに……」
「わかっておるだろう、妾は家に迷惑はかけられぬ」
「……ですが」
私は、それでもなお言い募る。
なぜなら――
「――
あいつらがありがたがって見せびらかした物語。
それを描いたのは紅玉様だ。
齢八つの娘が? と思うかも知れないが、事実である。
ただし、完全に全て紅玉様が描いたわけではない。
それでも紅玉様が、この作品に深く関わっていることは紛れもない事実だ。
「あんな奴らの言葉に、この作品を作った者が
「……!」
確かに言い返すことはできなかったかもしれない。
それでも、あんなふうに縮こまる必要は絶対なかった。
その言葉に少しだけ、紅玉様はハッとした様子を見せる。
そして――
「……
私に対して、そう言い返す。
まぁ、はい。
この双龍覇業録――作者は私と紅玉様だ。
たまに侍従長も交じる。
私が書き、紅玉様がそれにアイデアを出す。
そういう関係で、私たちはやってきた。
誰が呼んだか、沈書夫子。
一般的にはそう知られている『双龍覇業録』の作者二人が、ここにはいた。
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