後宮の司書になったので、死ぬ気で政争から遠ざかりつつ本の虫になるTS転生者 作:暁刀魚
それは、私が紅玉妃を救ってすぐのこと。
紅玉妃を救った後、比較的早い段階から私は彼女に読み聞かせをするようになっていた。
色々な事情から侍従が一人しかいない紅玉妃は、基本的に一人で暇していることが圧倒的に多い。
結果、私の読み聞かせが何よりの楽しみになったわけだが――
『――つまらん、飽きたのだ』
と言われて、読み聞かせていた本を一蹴されたことがあった。
が、この時私は本をその一冊しか持ってきていなかったのである。
すると、じゃあ読み聞かせをお開きにするしかないのだが、そこでもワガママを発揮する紅玉様。
なんと私に物語を考えて話せと言ってきた。
じゃあどうするか、少し考えてこう話し始めた。
『曰く、今から千年も昔。この中原の地は、一人の皇帝によって初めて統一されたのだ。しかしその統一王朝も数十年しか続かず、再び動乱の時代がやってきた。その中で、二人の英雄が台頭した――』
――はい、楚漢戦争です。
そうです、『双龍覇業録』は楚漢戦争なのだ。
いや、実際には楚漢戦争ではない。
この世界においても、今から千年ほど前に初めて統一王朝が打ち立てられたことは事実。
その後、王朝が即滅んで群雄割拠の中から二人の英傑が現れたことも事実。
が、こいつらは当然ながら項羽と劉邦ではない。
似たような流れを辿った、ちょっと名前が似てる別人である。
なんかこう、この国の皇帝一族が李姓で、この国の実質の建国者が太宗って呼ばれてるみたいな。
そういうミッシングリンクが結構あるんだよね、この中原の地。
で、話し始めたら――なんかやたらと紅玉様に受けた。
うっそだろ、戦記だぞ!?
んで、一通り概要を話し終えた私に、紅玉様は目を輝かせて言ったのである。
『幽蘭、これを本にしてみぬか!?』
――と。
しかしまぁ、私はこれを辞退しようとした。
だって、私にそんな文才ないし。
そもそも私が語ったのは本当に概要で、物語の体をなしていない。
だからきちんと本にするとなれば、もっとそれっぽい脚色と肉付けが必要になる。
で、紅玉様は言ったのだ。
『妾が少し考えてやろう』
というわけで聞いてみた。
――これがめっちゃ面白かったのだ。
いやあ、語彙や表現はまだまだ幼いけれど、話の展開の仕方がダイナミック。
かつ超エンターテイメント。
というか、概要しか話してないのになんで垓下の戦いに該当する戦いにおける、滅びゆく項羽の美しさを表現できるんだ。
これはもう、才能としか言いようのない。
話の内容さえきちんとしていれば、今の時代に受けるよう物語を書くこと自体は可能。
解析とかいうチートが、私にはありますからね。
それっぽい文体の書き方を“解析”し、文にした。
というわけで、紅玉様が考えた展開を、私が文にするという形で『双龍覇業録』は執筆され――バカ流行った。
やばいね。
■
とはいえ、そんなスーパー創作者紅玉様だが、悩みはある。
というか先ほど言い返せなかったのは、その悩みが主原因であるらしい。
「――続きが思いつかんのだ」
「――なるほど」
結果、『双龍覇業録』の作者紅玉妃と、彼女にアイデアを提供した私幽蘭は同時に頭を抱えていた。
『双龍覇業録』は連載を開始して一年近くが経ち、朝廷でも後宮でも絶大な人気を誇っている。
物語の内容は、いよいよこの世界における項羽相当の男が覇を唱え、秦相当の国の軍と対決する場面である。
要するに、前世の楚漢戦争に当てはめるなら鉅鹿の戦いだ。
まぁ、実際の内容は幾分か違ってくるのだけど、決定的な部分の概要は同じ。
数十万の兵を、その半分以下の兵で倒しちゃったという話だ。
下手したら、もっと少ないかも知れないというから恐ろしい。
んで――
「どうやって勝つのだこの男は!」
「勝っちゃったものは……勝っちゃったからとしか……」
決して、相手の大将が無能だったわけじゃない。
むしろ将軍としてはめちゃくちゃ有能な将軍が指揮を取っているにも関わらず、項羽が勝ってしまうのだ。
現実ならまぁ項羽だし……で納得できるが、物語の中ではそうもいかない。
紅玉様と私は、この項羽に相当する物語の主人公が、二十万の大軍を打ち破れるだけの格を描けているか自信がないのだ。
「創作とは……かくも難しいものなのだな……」
「ですね……」
私は紅玉様に楚漢戦争の……というかこの世界における両雄の争い――『荊雍戦争』概要を話している。
しかし、その細部を全て語って聞かせたわけではない。
これは単純に私がこの世界における荊雍戦争の内容を完璧に覚えているわけじゃないから。
そして何より――私が紅玉様の物語を見たいと思っているから。
この人は、本当に創作の天才なんだ。
絶対に『双龍覇業録』は完成させないといけない。
それはそれとして――
「……とりあえず、神仙に出会わせるとするのだ」
「また神仙ですか。その展開何度目ですか?」
「そんなものは、これまで人々が築いてきた物語の歴史にいってほしいのだ! そのせいで、とりあえず神仙に巡り合わせれば説得力が出ると中原では相場が決まっておる!」
「そうやって、安易な展開に逃げようとするのは紅玉様の悪い癖ですよ」
中華の物語や歴史、神仙と出会いすぎ問題――
他にも国の創始者たる皇帝は、なんかやたらとおめでたい生まれ方をするよね。
特に我が「煌」の国の太宗、李悠安に関してはすごいぞ。
ある時、彼の母親の元に仙人が降りてきて腹を撫でたと思ったら、たちどころに懐妊して三日で生まれてきたのだとか。
どこの神の子だ。
こほん。
「私は、紅玉様が知恵を駆使して、この難局をくぐり抜ける様子を描くところをみたいです」
「好き勝手言ってくれるのだ」
紅玉様は私の言葉に文句をいいながらも、なんだか嬉しそうだ。
この人は、誰かに頼られたり褒められる経験がほとんどない。
侍従長も今でこそ関係は改善しているけれど、以前は紅玉様に冷たく接していた。
たった一人の後宮、味方のいない人生で、こうやって人々から認められる経験は彼女にとってとても稀有なものだろう。
「宮中の人々も、そう思っていることでしょう」
「……言っておくが、妾は周りからチヤホヤされるために書いているわけではないのだぞ」
「そうなのですか?」
「妾がこれを書くのは、妾の知る者がこれを面白いと言ってくれるからだ。そもそも、宮中のもののほとんどはこれを書いているのが妾だと知らんだろう。先程のことからもそれは明らかだろう」
まぁ、それはそう。
紅玉様の立場は色々と難しく、さっきみたいなイビリは日常だ。
これで昔は侍従長まで味方ではなかったというから、恐れ入る。
とはいえ、だ。
「創作は、自分を馬鹿にするものを見返したいという感情が原動力となることもありますが」
「それは見返すために創作を始めたものの原動力であろう。妾が話を考えた時、そのようなこと考える余裕もなかったわ」
「……そうですか」
安延様や阿華様、それに侍従長。
紅玉様の周りにいる、数少ない味方となってくれる人たち。
そういう人たちのために、紅玉様はこの作品を書いてきたわけだ。
「そして今は、親しい人たちにこの本を読んでもらって、充実している。実に、善いことだと思います」
「…………はぁ、お主というやつは」
「……なんですか?」
いい感じに話をまとめただけなのに、なぜため息をつかれなくてはならないのか。
まったくピンとこなくて、私は首を傾げるばかり。
「よい、少し考えをまとめてくる」
「先ほども一人で考えをまとめるために歩いていて、あの妃に目をつけられたのでは?」
「むむぅ……であればお前が妾の伴をせい! 今、侍従長は手が空いておらぬ故な!」
一人で仕事してるから、大変そうだものね侍従長。
私が紅玉様の相手をしていると、それはもう毎回恐ろしいほど丁寧に頭を下げてくる。
まぁ、命を救われた恩もあるだろうけどさ。
あの時は結構大変だったんだよな。
呪い騒ぎに加えて、化生の類まで出てきて――
「考え事をしている場合か、ほら行くぞ」
「わっと、あまり引っ張らないでください」
紅玉様についていく分には、問題ない。
元々頻繁に紅玉様のところへ私が出入りしていることは知られているだろうし。
さっきも、中苑の妃と顔を合わせたしな。
というわけで、二人で後宮の庭の方へと向かうと――
「む……人だかりか」
「……紅玉様、あまり近づかれるのはよろしくないかと」
人だかりができていた、騒がしい気配。
だけどそれ以上に、私はそこから”あるもの”の匂いがぷんぷんするのを感じ取っていた。
すなわち――
どうやら、後宮では再び事件が起きているらしい。
今度は一体、何が起きてるっていうんだろうな。
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